月の導きで眼帯の陰陽師と結婚させられました

 十五年前に起きた附子──トリカブトの盗難事件と水路で発見された野々宮あめの父親。
 予想もしない情報に困惑しながら、着物の袖を握りしめた私は話に耳を傾けるしかなかった。

「父を失った私たちは、雲井藩の戸張家へと引き取られました」
「戸張……雲井藩にいる陰陽師か」
「そうでございます。私は、野々宮の娘であることを忘れないため雨宮と名を変え、戸張の娘となりました」

 ゆっくりと顔を上げた野々宮あめは、私を真っすぐ見て「私たちは捨て駒なのです」と話し続けた。

「あの子……弟だけでも、戸張から逃がそうとしました。だから弟の自由を条件に、私は大奥へ奉公に上がり、お役目を果たしてきました。なのに……」

 色を失ってかさついた唇が、一度強く引き結ばれた。
 お役目というのが、おそらく、戸張の指示で毒を対象者に飲ませたことなのだろう。許されることではないが、逆らえなかった背景があるということか。

 結局、弱いものはいいように使われるのか。そう考えたら、怒りと悲しみで胸が痛んだ。

「弟は戸張を信じています。嘘に固められ、憎しみの鬼となっているのです……」
「憎しみの、鬼? どういうこと?」
「あの子は父の真実を知らないのです。……父は附子の盗みを見て番所に走ろうとしたのです。それで戸張の者に斬られました」

 突然の告白に、息を呑んだ蒼司の顔色が変わった。その切れ長の瞳が見開かれ、視線が忙しなく動いている。

 後で聞いたのだけど、附子の盗みは解決せず闇に葬られ、葦原藩と雲井藩の関係をより悪くするきっかけにもなったのだそうだ。本来なら、将軍家を盛り立てるために手を取り合わなければならない御三家に歪ができたことは大きく、大奥でも対立が大きくなるきっかけとなった事件だったとか。

「当時、あの子はまだ五つでした。母が真実を告げられずにいたところ、戸張が偽りを吹き込んだのです」
「……偽り?」
「附子を売りつけた葦原藩が、それを盗んで別にところに売ろうとしている」
「そんなバカな話があるか!」

 怒りに顔を歪ませた蒼司の声が響いた。だけど、野々宮あめは静かに話を続けた。

「子どもというのは純粋です。父の代わりとなった戸張の言葉を信じてしまいました。そして……私たちの母が毒によって死にました」
「毒……もしかして、附子?」
「──はい。当時、戸張は蠱毒を使って堕胎薬を作ろうとしていたんです。母は、それに協力させられ、毒を煽ったのです。全ては、私たちを生かすために」

 子どもたちを人質にとられ、実験動物のように使われていたというのか。
 あまりにも酷い話に、胃の奥がむかむかとしてきた。どこに向けていいかわからない怒り、悲しみ、行き場のない負の感情で頭がおかしくなりそうだ。
 きっと、野々宮あめはそういった感情を抱えてきたのだろう。

 和歌と恋の話で盛り上がる女中たちの中、ほとんど表情を変えなかった姿を思い出し、胸が苦しくなる。恋の話なんかで笑えなかったのね。

「戸張は弟に、母の死を東雲の呪いによるものと信じ込ませました」
「──なんだと?」
「戸張こそが筆頭陰陽師となるべきと、弟は信じています。その為にも、次の将軍を雲井藩からと……」
「だから、いいなりとなって働いているの?」

 私の問いかけに、野々宮あめは唇を噛んで頷いた。

「どうか、弟をお助け下さい。凛様に毒を飲ませて厚かましいとは存じます。ですが、こうする意外に方法が思いつきませんでした」
「どういうこと?」
「私たちは戸張の捨て駒です。失敗した時は、容赦なく切り捨てられます。弟が私のことを助けて欲しいと訴えたとしても、動かないでしょう……私の命をかけても、その非道さに気づかせたかったのです」

 再び畳に両手をついた野々宮あめは「私の命はいりません」というと、再び頭を下げた。

「……私のたった一人の弟にございます」
 
 何卒と慈悲を乞う野々宮あめは、私たちが座敷牢を出るまでその頭を上げなかった。