わからないことばかりだけど、雨宮と「あの子」は雲井藩にいいように使われているってことね。そして、二人を捕らえて処罰したとしても、雲井藩はいい逃れられる用意がある。そんなところか。
「そなたの言葉が真実だと、誰が証明する?」
蒼司の静かな言葉が降ってきた。
驚いて仰ぎ見ると、冷静な瞳が雨宮を見下ろしていた。
「命乞いをするため嘘をつく者もいる」
「蒼司さん、でも……」
「凛、この者がなにを語ったか考えよ。なに一つ、毒に関わるものの真相を語ってはおらん」
「それはそうだけど。でも、雲って雲井藩のことよね。雨宮さんは、雲井藩になにか弱みを握られて使われていたんじゃないの? そうなんでしょ、雨宮さん!」
もしそうなら、助けたい。その思いで問いかけるも、雨宮は頭を下げたまま微動だにしなかった。
「私には、この者が凛の優しさにつけ込み、騙し、命乞いをしているようにしか見えぬ」
冷ややかな言葉に、言葉が出てこなかった。
息苦しい沈黙が続く。
命乞いをしている。それは間違いないだろう。でも、それは自分のことじゃなくて「あの子」のこと。きっと、それが約束されなければ、雨宮さんは本当のことを語らないつもりなんじゃないかな。
どうしたらいいのか。私になにができるのか。──必死に頭を回転させていると、雨宮さんが顔を伏せたまま「私の本当の名は」と静かにいった。
「……野々宮あめ」
雨宮という名前が偽名だったことに驚いていると、蒼司が「野々宮」と低くその名を繰り返し呟いた。見上げると、蒼司は眉間に深いしわを寄せている。深く息を吸ったかと思えば、唸るように息を吐いた。
「附子の騒動か」
「……蒼司さん、ブシって?」
「薬にも使われるトリカブトの根のことだ」
「──トリカブト!? 猛毒じゃない!」
思わず声を荒げると、蒼司は低く「そうだな」といって頷いた。
「十五年前、葦原藩でそれを高値で買い取る薬問屋が現れ、一騒動あったと父上から聞いたことがある」
「騒動……?」
「附子を買い求めた薬問屋は、葦原藩の貿易港から国元へ向かうため出航するはずだったが、一晩にして積み荷が消えたそうだ」
「消えたって、盗まれたってこと?」
「ああ。葦原藩としても薬問屋の国元、湊川藩と関係を悪くするわけにもいかず、盗人探しに尽力したそうだ」
「そんなことが……でも、それと野々宮って名前になんの関係があるの?」
トリカブトが大量に盗まれたとなれば、確かに大問題だけど、それが雨宮──野々宮あめに関係しているとは思えない。だって、十五年前でしょ。野々宮あめの年齢はおそらく二十代半ばくらい。とすれば、当時は十歳くらいでしょ。まさか、そんな子どもが盗みに加担していたとは思えないし。
「その騒動が起きた翌朝、水路で男の死体が上がった」
「……え?」
突然の話に頭がついていかない。
困惑しながら蒼司を見上げてみたが、彼は野々宮あめから視線を外そうとはしなかった。
「その手の甲に、奇妙な火傷の痕があったそうだ」
「火傷?」
「手の甲にあった入れ墨を焼いて消そうとしたのだろうと、父上はいっていた。その入れ墨を記憶していた者がいたこともあり、後に身元が判明した。男の名は──」
「野々宮晴久。私の父です」
蒼司の言葉を遮り、野々宮あめが告げた。
「そなたの言葉が真実だと、誰が証明する?」
蒼司の静かな言葉が降ってきた。
驚いて仰ぎ見ると、冷静な瞳が雨宮を見下ろしていた。
「命乞いをするため嘘をつく者もいる」
「蒼司さん、でも……」
「凛、この者がなにを語ったか考えよ。なに一つ、毒に関わるものの真相を語ってはおらん」
「それはそうだけど。でも、雲って雲井藩のことよね。雨宮さんは、雲井藩になにか弱みを握られて使われていたんじゃないの? そうなんでしょ、雨宮さん!」
もしそうなら、助けたい。その思いで問いかけるも、雨宮は頭を下げたまま微動だにしなかった。
「私には、この者が凛の優しさにつけ込み、騙し、命乞いをしているようにしか見えぬ」
冷ややかな言葉に、言葉が出てこなかった。
息苦しい沈黙が続く。
命乞いをしている。それは間違いないだろう。でも、それは自分のことじゃなくて「あの子」のこと。きっと、それが約束されなければ、雨宮さんは本当のことを語らないつもりなんじゃないかな。
どうしたらいいのか。私になにができるのか。──必死に頭を回転させていると、雨宮さんが顔を伏せたまま「私の本当の名は」と静かにいった。
「……野々宮あめ」
雨宮という名前が偽名だったことに驚いていると、蒼司が「野々宮」と低くその名を繰り返し呟いた。見上げると、蒼司は眉間に深いしわを寄せている。深く息を吸ったかと思えば、唸るように息を吐いた。
「附子の騒動か」
「……蒼司さん、ブシって?」
「薬にも使われるトリカブトの根のことだ」
「──トリカブト!? 猛毒じゃない!」
思わず声を荒げると、蒼司は低く「そうだな」といって頷いた。
「十五年前、葦原藩でそれを高値で買い取る薬問屋が現れ、一騒動あったと父上から聞いたことがある」
「騒動……?」
「附子を買い求めた薬問屋は、葦原藩の貿易港から国元へ向かうため出航するはずだったが、一晩にして積み荷が消えたそうだ」
「消えたって、盗まれたってこと?」
「ああ。葦原藩としても薬問屋の国元、湊川藩と関係を悪くするわけにもいかず、盗人探しに尽力したそうだ」
「そんなことが……でも、それと野々宮って名前になんの関係があるの?」
トリカブトが大量に盗まれたとなれば、確かに大問題だけど、それが雨宮──野々宮あめに関係しているとは思えない。だって、十五年前でしょ。野々宮あめの年齢はおそらく二十代半ばくらい。とすれば、当時は十歳くらいでしょ。まさか、そんな子どもが盗みに加担していたとは思えないし。
「その騒動が起きた翌朝、水路で男の死体が上がった」
「……え?」
突然の話に頭がついていかない。
困惑しながら蒼司を見上げてみたが、彼は野々宮あめから視線を外そうとはしなかった。
「その手の甲に、奇妙な火傷の痕があったそうだ」
「火傷?」
「手の甲にあった入れ墨を焼いて消そうとしたのだろうと、父上はいっていた。その入れ墨を記憶していた者がいたこともあり、後に身元が判明した。男の名は──」
「野々宮晴久。私の父です」
蒼司の言葉を遮り、野々宮あめが告げた。

