月の導きで眼帯の陰陽師と結婚させられました

「雨宮さん……ホトトギスに、こんなことはやめようって伝えるための和歌だったんじゃないの?」

 問いかけると、雨宮はおもむろに顔を上げた。汚れた頬には涙の筋がいくつもできている。震える唇から、小さな嗚咽とともに「凛様」と私を呼ぶ声がこぼれた。

「私、あなたが悪い人だと思えないの。だって、あの紫陽花のお菓子には毒なんてなかったでしょ? 紫陽花で、毒を仕込んでいるって警告してくれてたのかなって思ったの。もしも私が気付いて毒を飲まなかったら、諦めようとしてた……違うかな?」
「凛様……誠に申し訳ございません……ほんの少し、口にしたとしても、命に別条のない程度を入れるつもりでございました。このような企みはやめるよう伝えるには、もう、私が捕まるしかないと思い……」
「でも、私が平気そうな顔をしていたから、量を増やした」
「……はい。もう、後戻りはできないと思い……せめて、私が全ての罪をかぶり、あの子を逃がす時間を稼ごうと思い……」

 しゃくりあげながら話していた雨宮はハッとして、唇を噛んだ。思わず口を滑らせたことに気付いたのだろう。
「あの子?」と訊いてみても、結ばれてしまった口が開くことはない。

 蒼司をちらりと見れば、凄く厳しい顔をしている。これは、尋問しても名前を聞き出したいって思ってるんだろうな。
 どうしたものかと考えていると、雨宮は着物の合わせに手を差し込んだ。
 警戒した蒼司がとっさに一歩前へ出て、刀の柄に手をかけた。
 武器になるようなものは全て没収されているだろうから、危険はないだろうけど、私も一瞬だけ身構えて息を呑んだ。

「私たちは捨て駒。失敗すればどの道、命はない」
「……え?」
 
 雨宮が呟きながら懐から取り出したのは、つげ櫛だ。その半月のような弧の部分をそっと撫でながら、雨宮はうっすらと笑みを浮かべた。

 半月のようなつげ櫛には、細かな飾り彫りがあった。漆か染め剤が塗られているのだろう、それを雨宮は静かに爪でなぞりながら語り始めた。

「あの子を守ろうと必死だった。地獄に落ちるのは私だけでいいと思って生きてきた……どうして……雲は月にかかるのでしょう」

 雨宮はつげ櫛を撫でる。そうして、伸びた爪で櫛に彫られた模様をなぞった。

「凛様……月は夜を照らしてくれます。その優しい光を覆う雲を許せますか?」
「雲……?」
「ええ、雲です。その雲を払うことが私にはできないのです。雲に身をやつして、あの子を守ることしかできなかった」

 雲というのは、雲井藩のことなのか。月は雨宮のいう「あの子」のことかもしれない。もしかしたら、身内の誰かが雲井藩で人質のようになっているとか?
 曖昧な独白に眉をひそめていると、雨宮は低く「でも」と呟いた。その目には悲しみと憎しみ、様々な感情が揺らいでいる。

「でも……幼かったあの子は違った。天へ昇ろうとする雲を龍だと信じ込まされてしまった」
「……天に昇ろうとする雲?」

 脳裏に描いたのは真っ青な空に立ち上る、一筋の雲。
 まるで尻尾を揺らして天に向かうような姿を龍雲と呼ぶのだと、ネットに書かれていたのを見た気がする。それは吉兆の証で、スマホの待ち受けにすると幸運が訪れるとかって話もあったな。SNSでも、龍に見える雲の写真が拡散されていたことを思い出した。

 ふと、座敷牢の高いところにある小さな窓枠を見上げた。だけど、ここからでは青空すらよく見えない。

「雲が龍になれる筈がありません。まして、月に成り代わるなど無理なこと」
「……月に成り代わる?」

 静かな声が語る中、黒い模様をなぞっていた爪がぴたりと止まった。

「罪は私が全て背負います。だから、どうか……あの子を見逃してやってはくれませんか?」

 再びその頬を涙が濡らした。

「この命をもって、全て償います。ですから、どうか……」
「雨宮さん……」

 つげ櫛を畳に置いた雨宮は、再び手をついて頭を下げた。