久しぶりの着物は、さすがに寝間着よりも重さがあり、帯を締められるときに足元がふらついた。着替えを手伝ってくれた女中たちだけじゃなくて、迎えに来た蒼司にまで心配な顔をさせてしまったけど、笑って誤魔化した。
本音をいえば、まだ体が重い。でも、一刻も早く雨宮に話を聞かないといけない。
蒼司に連れられて向かったのは、屋敷の離れにある土蔵。入り口には見張り役の若い武士が立っていた。中に入ると、また別の武士がいる。監視役なのだろう。
監視役に案内され、さらに奥へと進むと、木の格子で仕切られた座敷が見えた。その奥で雨宮が静かに座っている。何をするわけでもなく、暗い座敷の上で小さなな窓枠を見上げている。
格子に下がる南京錠が外された。
監視役を下がらせた蒼司は、私より先に座敷牢の中へと入っていく。
差し出された手にひかれ、屈みながら小さな入り口をくぐると、困惑したように「凛様?」と声がした。
私を見る目が、これでもかというほど見開かれている。驚きと困惑、怯えすら含んだ視線は、まるでお化けを見たといっているようだ。
一瞬の硬直の後、雨宮は両手を膝の前で揃えると、深々と頭を下げた。肩が震えていた。
少ししけっぽい畳に膝をつき、雨宮の前で腰を下ろす。蒼司は横に立ったままだ。きっと、雨宮が私になにか仕掛けたら、その腰にある刀を抜くつもりなのだろう。
そんな心配はないと思うんだけど。
ふっと息をついて、雨宮の様子を窺う。
着物はあの日のままだ。髪を飾っていた簪は一本もなく、長い髪が後ろで紐に結われている。きっと、自害を防ぐために没収されたのだろう。
「雨宮さん、少しお話ししませんか?」
別に咎めに来たわけじゃない。わかってもらおうとして、優しく声をかけてみたけど、雨宮は黙ったままだった。
「私が生きているのが、不思議ですか?」
指がぴくりと動いた。
「蒼司様から聞きました。熊も殺せるほどの毒だったと」
「……申し訳ございません」
「私が毒を探していると、気付いてましたよね。だから、殺そうとしたんですか?」
「全ては私のしでかしたことにございます」
「私が知りたいのは、どうしてあの場で毒を盛ったかです。どう頑張っても、逃げ場がないですよ」
顔を上げようとしない雨宮は、繰り返し「申し訳ございません」と呟くだけだ。
「捕まる気だったんですか? 誰か庇っているんですか?」
「……庇ってなどいません」
「でも、あの毒は蠱毒。陰陽師が作るものだって聞きました。あなたじゃ作れないし、そう簡単に譲渡するものじゃない……ですよね、蒼司さん?」
「ああ。雲井藩に縁のある陰陽師を調べている。口を閉ざしても、見つかるのは時間の問題だろう」
淡々と告げられた蒼司の言葉に、雨宮はわずかだけど動揺を見せた。
畳の上で重ねられた指先が震えている。
「あなたは時間を稼ぎたい。こうしている間に、庇っている誰かを逃がそうとしている……違いますか?」
問いかけると、ぱたりぱたりと小さな雫が落ちる音がした。
雨宮の手元に丸い染みができている。
「夏山になく郭公、心あらば物思ふ我に声なきかせそ──あの和歌を選んだのは雨宮さんですよね。これ、私じゃなくて別の誰かに送った和歌ですよね? その誰かがホトトギス」
重なり合っていた雨宮の両手がぎゅっと握りしめられた。
本音をいえば、まだ体が重い。でも、一刻も早く雨宮に話を聞かないといけない。
蒼司に連れられて向かったのは、屋敷の離れにある土蔵。入り口には見張り役の若い武士が立っていた。中に入ると、また別の武士がいる。監視役なのだろう。
監視役に案内され、さらに奥へと進むと、木の格子で仕切られた座敷が見えた。その奥で雨宮が静かに座っている。何をするわけでもなく、暗い座敷の上で小さなな窓枠を見上げている。
格子に下がる南京錠が外された。
監視役を下がらせた蒼司は、私より先に座敷牢の中へと入っていく。
差し出された手にひかれ、屈みながら小さな入り口をくぐると、困惑したように「凛様?」と声がした。
私を見る目が、これでもかというほど見開かれている。驚きと困惑、怯えすら含んだ視線は、まるでお化けを見たといっているようだ。
一瞬の硬直の後、雨宮は両手を膝の前で揃えると、深々と頭を下げた。肩が震えていた。
少ししけっぽい畳に膝をつき、雨宮の前で腰を下ろす。蒼司は横に立ったままだ。きっと、雨宮が私になにか仕掛けたら、その腰にある刀を抜くつもりなのだろう。
そんな心配はないと思うんだけど。
ふっと息をついて、雨宮の様子を窺う。
着物はあの日のままだ。髪を飾っていた簪は一本もなく、長い髪が後ろで紐に結われている。きっと、自害を防ぐために没収されたのだろう。
「雨宮さん、少しお話ししませんか?」
別に咎めに来たわけじゃない。わかってもらおうとして、優しく声をかけてみたけど、雨宮は黙ったままだった。
「私が生きているのが、不思議ですか?」
指がぴくりと動いた。
「蒼司様から聞きました。熊も殺せるほどの毒だったと」
「……申し訳ございません」
「私が毒を探していると、気付いてましたよね。だから、殺そうとしたんですか?」
「全ては私のしでかしたことにございます」
「私が知りたいのは、どうしてあの場で毒を盛ったかです。どう頑張っても、逃げ場がないですよ」
顔を上げようとしない雨宮は、繰り返し「申し訳ございません」と呟くだけだ。
「捕まる気だったんですか? 誰か庇っているんですか?」
「……庇ってなどいません」
「でも、あの毒は蠱毒。陰陽師が作るものだって聞きました。あなたじゃ作れないし、そう簡単に譲渡するものじゃない……ですよね、蒼司さん?」
「ああ。雲井藩に縁のある陰陽師を調べている。口を閉ざしても、見つかるのは時間の問題だろう」
淡々と告げられた蒼司の言葉に、雨宮はわずかだけど動揺を見せた。
畳の上で重ねられた指先が震えている。
「あなたは時間を稼ぎたい。こうしている間に、庇っている誰かを逃がそうとしている……違いますか?」
問いかけると、ぱたりぱたりと小さな雫が落ちる音がした。
雨宮の手元に丸い染みができている。
「夏山になく郭公、心あらば物思ふ我に声なきかせそ──あの和歌を選んだのは雨宮さんですよね。これ、私じゃなくて別の誰かに送った和歌ですよね? その誰かがホトトギス」
重なり合っていた雨宮の両手がぎゅっと握りしめられた。

