「……蒼司様にも、お見せしたいなと思ってしまって」
食べるのを躊躇う理由をなんとか絞り出すと、おふくさんが少し頬を染めて「まあ」と呟いた。その声と表情に、緊張が少しほぐされた。
添えられていた黒文字から指を遠ざけ、おふくさんを見る。
「雨宮様、こちらもう一つないのかしら? 凛様にお持たせしてはどうかしら」
「そうですね。頼んで参りましょう。安心して、そちらはお召し上がりください」
目を細めた雨宮は腰を上げた。
おふくさんは「夫婦仲がよさそうで羨ましいです」といって微笑んだ。
仲が良いというのだろうか。悪くはないだろうけど。
小さな紫陽花を見つめ、蒼司の横顔を思いながら黙っていると、おふくさんが「本当に微笑ましいですわ」と笑いながら頬を染めた。
「おふくさん、好きな人がいるんですよね?」
雨宮が退席したことで、ほんの少し緊張がほぐれたのもあり、皿を下ろして横を見た。すると、おふくさんの頬がますます赤く染まっていく。
「ええ。私の家は国元でも大きな薬問屋なんですけどね。そこによく買いにいらっしゃるお侍様でして」
照れながら、ここだけの話ですよと念を押し、おふくさんは自分の手をぎゅっと握りしめた。
「お名前も存じませんし、お話をしたこともありません。もう、かれこれ二年お会いしていませんし……忘れられてしまっているかもしれませんね」
「……でも、おふくさんは年季が明けたら国元へ帰られるのでしょう?」
「はい。そうしたら、きっと、親の決めた男の方と結婚をするんだと思います」
「そんな……」
武家と商家では家格がありすぎるということなのか。
やっぱりこの月江戸も、私の知っている江戸時代と同じで身分とか政略結婚で成り立っているのね。自由な恋愛結婚なんて夢物語なんだな。
考えたら寂しくなって、言葉が出てこなくなった。
「だから、凛様は私の希望なんですよ」
「……希望?」
「決められた結婚でも、お相手を慈しみ合える夫婦になれる。凛様を拝見していると、そう感じるんです」
ふくさんは少しだけ寂しそうに、だけど、諦めとは違う期待の色を瞳に浮かべた。
慈しみ合える夫婦──蒼司の微笑みを思い出し、胸がきゅっと締め付けられた。果たして、私たちはそういう夫婦になれるのだろうか。私は、蒼司の思いに応えられるのか。
考えを巡らせて、はたと気付いた。
私ってば蒼司とちゃんと夫婦になろうとしていた?
「凛様?」
小首を傾げるふくさんと視線があう。
目の前にいるのはふくさんなのに、純粋な瞳を見ていたら、蒼司の顔が思い浮かんでくる。もしかして私、蒼司のことを──
「お顔が赤いですわよ?」
「あ、あの……大丈夫です」
胸の高鳴りを誤魔化せそうもなくて、少し温くなったお茶を味わう余裕もなく、一気に飲み干した。その時、舌になにかざらりとしたものを感じた。
食べるのを躊躇う理由をなんとか絞り出すと、おふくさんが少し頬を染めて「まあ」と呟いた。その声と表情に、緊張が少しほぐされた。
添えられていた黒文字から指を遠ざけ、おふくさんを見る。
「雨宮様、こちらもう一つないのかしら? 凛様にお持たせしてはどうかしら」
「そうですね。頼んで参りましょう。安心して、そちらはお召し上がりください」
目を細めた雨宮は腰を上げた。
おふくさんは「夫婦仲がよさそうで羨ましいです」といって微笑んだ。
仲が良いというのだろうか。悪くはないだろうけど。
小さな紫陽花を見つめ、蒼司の横顔を思いながら黙っていると、おふくさんが「本当に微笑ましいですわ」と笑いながら頬を染めた。
「おふくさん、好きな人がいるんですよね?」
雨宮が退席したことで、ほんの少し緊張がほぐれたのもあり、皿を下ろして横を見た。すると、おふくさんの頬がますます赤く染まっていく。
「ええ。私の家は国元でも大きな薬問屋なんですけどね。そこによく買いにいらっしゃるお侍様でして」
照れながら、ここだけの話ですよと念を押し、おふくさんは自分の手をぎゅっと握りしめた。
「お名前も存じませんし、お話をしたこともありません。もう、かれこれ二年お会いしていませんし……忘れられてしまっているかもしれませんね」
「……でも、おふくさんは年季が明けたら国元へ帰られるのでしょう?」
「はい。そうしたら、きっと、親の決めた男の方と結婚をするんだと思います」
「そんな……」
武家と商家では家格がありすぎるということなのか。
やっぱりこの月江戸も、私の知っている江戸時代と同じで身分とか政略結婚で成り立っているのね。自由な恋愛結婚なんて夢物語なんだな。
考えたら寂しくなって、言葉が出てこなくなった。
「だから、凛様は私の希望なんですよ」
「……希望?」
「決められた結婚でも、お相手を慈しみ合える夫婦になれる。凛様を拝見していると、そう感じるんです」
ふくさんは少しだけ寂しそうに、だけど、諦めとは違う期待の色を瞳に浮かべた。
慈しみ合える夫婦──蒼司の微笑みを思い出し、胸がきゅっと締め付けられた。果たして、私たちはそういう夫婦になれるのだろうか。私は、蒼司の思いに応えられるのか。
考えを巡らせて、はたと気付いた。
私ってば蒼司とちゃんと夫婦になろうとしていた?
「凛様?」
小首を傾げるふくさんと視線があう。
目の前にいるのはふくさんなのに、純粋な瞳を見ていたら、蒼司の顔が思い浮かんでくる。もしかして私、蒼司のことを──
「お顔が赤いですわよ?」
「あ、あの……大丈夫です」
胸の高鳴りを誤魔化せそうもなくて、少し温くなったお茶を味わう余裕もなく、一気に飲み干した。その時、舌になにかざらりとしたものを感じた。

