月の導きで眼帯の陰陽師と結婚させられました

 何度か桜の方に会う日が続いた。
 和歌や恋の話ばかりで、サークルに通うような錯覚を覚えるようになり、すっかり巫女のお務めは頭の片隅にいってしまった。
 おふくさんは特に私と感覚が似ていて、恋愛結婚に憧れていると打ち明けてくれて、片思いしている人がいるって教えてくれた。その話が出た時は、皆で黄色い声をひそめて笑ったりして。

 時代が違っても女子は恋の話や噂話が好きなんだな。
 だけど、雨宮やんさはほとんど話さず、お茶を入れながら頷くばかりだった。

 恋の話が嫌いなのか、それとも、雪の方が亡くなったことを思い出してしまうのか。
 想像しても答えは見つからない。
 蒼司とも、雨宮のことは思い過ごしだったのかと話すようになっていった。

 そんなある日。
 約束の時間に大奥を訪ねても、桜の方が姿を表さなかった。広い座敷にポツンと待たされ、どうしたものかと思っていると、おふくさんが姿を見せた。
 愛らしい顔に不安の色が見えた。

「桜の方様は本日、体調が優れぬ様子でして」

 言葉を濁すおふくさんは、私から視線を逸らすようにして、しずしずと頭を下げた。他に女中の姿はないし、そんなに体調が悪いのか。
 心配して視線を泳がせると、おふくさんは少し焦るような様子を見せた。

「私がお相手をするようにと、桜の方様から仰せつかっております」
「おふくさんが……?」
「私では、気の利いたお話をすることはできないかもしれませんが」

 和歌も上手くはないですしと、おふくさんが少し口籠ったとき、縁側から雨宮が姿を見せた。その手にはお茶と和菓子がのった盆を持っている。

「凛様、菓子も用意いたしました。少し、休んでいかれてください」

 雨宮は物音立てずに腰を下ろした。
 湯呑からは湯気がふわりと立ち、小皿の上では涼やかな青い寒天に覆われた和菓子が輝いている。その重なりと輝きは、まるで雨に濡れた紫陽花のようだ。小さなサイコロみたいな寒天が、丸い白あんの玉を覆っているみたいで、ところどころ赤い寒天も混ざっていから色の重なり具合で紫にも見えるし。
 見た目にも綺麗な和菓子をじっと見ていると、雨宮が静かに語りかけてきた。

「紫陽花の季節はもう終わりますが、先日の和歌のことを思い出し、用意いたしました」

 さあどうぞと差し出され、緊張が走った。
 紫陽花には毒がある。──不意に、蒼司の話したことを思い出した。そもそも、桜の方が紫陽花の和歌を教えてくれたのだって、手紙に紫陽花の毒について書いたことが原因だろうし。
 今までの毒に纏わることが、脳裏で走馬灯のように蘇った。

「どうかされましたか、凛様?」
「いいえ。とても涼しげで美しく、食べるのがもったいないなと思いまして」

 もしも、おふくさんが持ってきた和菓子だったら思い出さなかったかも。
 蒼司の不安な顔と「雨宮という女には気をつけるんだ」という声が鮮明に蘇る。

 小皿を手に取り、気付かれないように息を飲む。
 これに毒が入っていたとしても、私が死ぬことはない。でも、苦しまない保証はないんだよね。