「この和歌は、大友家持が後の正妻となる従妹へ贈ったものなのよ。諸弟は文を届けるお使いのことね。使いの子は、何度も二人の間を取り持つように和歌を届けているの」
なるほど、万葉集を編集したといわれる大伴家持なだけはある。
何度も和歌を届けて恋心を深めたのかしら。その間繋ぎをしたお使いはどんな気持ちで行き来していたのか。さっさと結婚しろよとやきもきしたのか、面倒な仕事だなと呆れていたのか。
想像するとおかしくなり、思わず頬を緩めると女中の一人が「雅な恋ですわね」といった。それに思わず首を傾げる。だって、騙されてしまったっていうのは、怒っているように感じてしまうわ。
「騙されたといっているのに?」
私の疑問に、女中たちは顔を見合って意味深に笑った。
「恋ですわよ。お使いは大伴家持に、姫様はあなたを恋しがっていますと伝えたのです」
「早く思いを遂げればよいのにと思っていったのでしょうね」
「だけど、自信をもてない大伴家持は、使いの言葉に騙されないぞと文を送るのです」
「その本心は、姫が自分を思ってくれているのが嬉しく、裏腹なことをいっているのですわ」
短い和歌に込められた恋物語を想像し、心を躍らせて語る女中たちの姿に、恋愛小説を語り合っていた友人たちの姿が重なる。
短い和歌にもつながる他の歌があり、そこに物語がある。
高校の時、万葉集について語ってくれた古典の先生の話を思い出しながら、彼女たちの会話に耳を傾けた。
しとどに濡れる紫陽花の側で筆を取る大伴家持。その姿がそわそわとしているのが想像できた。
文の返事はいつ届くのか。恋しい人の本当の気持ちを知りたい。
いつの時代も、恋をすると考えることは同じなのかもしれない。
案外、大伴家持ってツンデレだったんだなと考えるとおかしくて、さらに頬が緩む。
「凛様も、この和歌のよさがわかりまして?」
「大伴家持は、よほど姫が好きだったのですね」
「そうですわ。だから、慎重に慎重を重ねられたんです」
手を合わせてキラキラと顔をほころばせる女中たちは、口々に「恋ですわ」「優雅ですわ」とうっとりとした声音で、遠い空の下へと思いを馳せていた。
桜の方が優しく微笑んだ。
「だから、使いの言葉は嘘でなかった。騙されてよかったと思いを告げた和歌なのです」
「騙されてよかった……複雑な和歌ですね」
「前後にやり取りされた和歌を知れば、もっと、理解を進められると思いますよ」
「……前後の和歌」
その言葉に、はっとした。これって、皆に文字を書いてもらうチャンスじゃないかな。
「あ、あの、その前後の和歌を教えてもらえませんか? せっかくだから、その……皆さんがどれを好きかも知りたいので、それぞれ、紙に書いてもらえたら嬉しいんですが」
両手を合わせ、ダメでしょうかと上目遣いでお願いすると、女中たちは顔を輝かせて「書きましょう」と頷き合った。
「雨宮、あなたはどの和歌がよいと思いますか?」
桜の方は、ずっと黙っていた雨宮を振り返った。すると、彼女は少し困った顔で「悩ましいですね」と呟いた。
桜の方と女中たちから、和歌を通して恋のなんたるかを教えられ、頭も胸もいっぱいになって大奥を後にした。
なるほど、万葉集を編集したといわれる大伴家持なだけはある。
何度も和歌を届けて恋心を深めたのかしら。その間繋ぎをしたお使いはどんな気持ちで行き来していたのか。さっさと結婚しろよとやきもきしたのか、面倒な仕事だなと呆れていたのか。
想像するとおかしくなり、思わず頬を緩めると女中の一人が「雅な恋ですわね」といった。それに思わず首を傾げる。だって、騙されてしまったっていうのは、怒っているように感じてしまうわ。
「騙されたといっているのに?」
私の疑問に、女中たちは顔を見合って意味深に笑った。
「恋ですわよ。お使いは大伴家持に、姫様はあなたを恋しがっていますと伝えたのです」
「早く思いを遂げればよいのにと思っていったのでしょうね」
「だけど、自信をもてない大伴家持は、使いの言葉に騙されないぞと文を送るのです」
「その本心は、姫が自分を思ってくれているのが嬉しく、裏腹なことをいっているのですわ」
短い和歌に込められた恋物語を想像し、心を躍らせて語る女中たちの姿に、恋愛小説を語り合っていた友人たちの姿が重なる。
短い和歌にもつながる他の歌があり、そこに物語がある。
高校の時、万葉集について語ってくれた古典の先生の話を思い出しながら、彼女たちの会話に耳を傾けた。
しとどに濡れる紫陽花の側で筆を取る大伴家持。その姿がそわそわとしているのが想像できた。
文の返事はいつ届くのか。恋しい人の本当の気持ちを知りたい。
いつの時代も、恋をすると考えることは同じなのかもしれない。
案外、大伴家持ってツンデレだったんだなと考えるとおかしくて、さらに頬が緩む。
「凛様も、この和歌のよさがわかりまして?」
「大伴家持は、よほど姫が好きだったのですね」
「そうですわ。だから、慎重に慎重を重ねられたんです」
手を合わせてキラキラと顔をほころばせる女中たちは、口々に「恋ですわ」「優雅ですわ」とうっとりとした声音で、遠い空の下へと思いを馳せていた。
桜の方が優しく微笑んだ。
「だから、使いの言葉は嘘でなかった。騙されてよかったと思いを告げた和歌なのです」
「騙されてよかった……複雑な和歌ですね」
「前後にやり取りされた和歌を知れば、もっと、理解を進められると思いますよ」
「……前後の和歌」
その言葉に、はっとした。これって、皆に文字を書いてもらうチャンスじゃないかな。
「あ、あの、その前後の和歌を教えてもらえませんか? せっかくだから、その……皆さんがどれを好きかも知りたいので、それぞれ、紙に書いてもらえたら嬉しいんですが」
両手を合わせ、ダメでしょうかと上目遣いでお願いすると、女中たちは顔を輝かせて「書きましょう」と頷き合った。
「雨宮、あなたはどの和歌がよいと思いますか?」
桜の方は、ずっと黙っていた雨宮を振り返った。すると、彼女は少し困った顔で「悩ましいですね」と呟いた。
桜の方と女中たちから、和歌を通して恋のなんたるかを教えられ、頭も胸もいっぱいになって大奥を後にした。

