月の導きで眼帯の陰陽師と結婚させられました

 再び訪れた大奥で、桜の方は少し顔色のすぐれない様子で私を出迎えてくれた。

 しとしとと雨が降っている。こういった湿度の高い日は、自律神経とか血圧に影響を及ぼすから、体の弱い桜の方は堪えるんじゃないかな。
 小刻みに息をしている桜の方がにこりと微笑んだ。

「文を交わしていても、こうして会って話せるとより嬉しいものですね」
「ご無沙汰しました。あの、義姉上様……顔色が優れませんが、体調がよろしくないのですか?」

 ひじ掛けに少し寄りかかる姿を気にかけると、桜の方は姿勢を整えた。
 
「見苦しい姿を見せてしまいましたね」
「いいえ、そんな。無理をなさらないでください。体調がすぐれないのでしたら、また日を改めます」
「本当に凛殿はお優しい。蒼司が夢中になるのもわかりますね」

 ふふっと小さく笑った桜の方は、差し出された湯呑を手に取ると、湯気をゆっくり吸い込む。

「温かいお茶を頂けば、落ち着くと思います。せっかく会えたのですから、和歌の話をしましょう」
「お体に障らないのでしたら……」

 申し訳ない気持ちで頷くと、女中たちが側に寄ってきた。

「体調がすぐれない時は、桜の方様が嫌がっても寝所へお連れいたします」
「それに、桜の方様は凛様の訪れを心待ちにしていたのですから、少しだけでもお付き合いください」
「私たちもお待ちしていたんですよ」
「まあ、あなたたち。それでは、私が我が儘をいっているようではありませんか?」

 侍女たちが口々にいう言葉を聞いて、桜の方は少し恥ずかしそうに頬を染めた。見た目ほど体調が悪いわけでもないのかもしれない。

 穏やかな空気の中、柔らかな微笑みが交わされる。
 差し出された湯呑を手にし、ふわりと爽やかなお茶の香りを吸い込んだ。それを一口飲み、ほっと息をつく。
 私としても手ぶらで帰るわけにいかないし、言葉に甘えることにしようかな。

「先日、紫陽花のことを文に書いて下さったでしょ?」

 穏やかな声にドキッとした。
 静かに微笑む桜の方に頷くと「古い歌があるのよ」といって、庭を望める縁側へと視線を向けた。釣られて見たそこには、鮮やかな青紫の花びらを雨で濡らす紫陽花の植え込みがあった。
 やっぱり、月江戸城にも植えられているのね。

言問(ことと)はぬ木すら紫陽花(あぢさゐ)諸弟(もろと)らが、(ねり)村戸(むらと)にあざむかえけり」

 すらすらと詠まれた和歌だけど、意味のわからない単語がいくつかあって、つい首を傾げてしまった。そんな私の様子に気付いた桜の方は、女中に「筆を」という。
 文机が用意され、硯と筆、半紙が運ばれる。
 そこに流れるような文字が書かれた。御右筆なだけあり、しなやかで美しい文字だわ。

「万葉集に載る歌ですよ。言葉をいわぬ木である紫陽花のように、諸弟の言葉にすっかりだまされてしまった……」

 だまされたという言葉に、さらにドキリとする。
 半紙に書かれた文字を目で追い、桜の方がなにか伝えようとしているのではないか、必死に考えた。

「あ、あの……不勉強で恥ずかしいのですが、諸弟とは、どういう意味ですか?」

 おずおずと質問をすれば、桜の方は嬉しそうに頷いた。