毒の噂が広がって、敵が国元に帰ってくれたらいいのに。そう思う気持ちも、ほんの少しだけあった。
変わらず桜の方と連絡を続けていると、和歌の勉強会をしないかとお誘いが届いた。
和歌を詠むのが苦手だといったから、気にかけてくれたのだろう。
流れるように美しい文字を眺め、お返事をどうしようか一人で考えていると、縁側から「若奥様」と声をかけられた。見れば、若い女中が膝をついて控えている。
「なにかありましたか?」
「先ほど、文が届きました」
「文……桜の方様から?」
まだ返事を出していないのに、なにか問題でも起きたのだろうか。不安に思いながら女中に歩み寄ると、丁寧に折られた無機質な手紙を渡された。開くと、誰の文字ともわからないものが綴られている。
「夏山になく郭公、心あらば物思ふ我に声なきかせそ……?」
読み上げて和歌だと気付いた。それ以外には、差出人の名前すら書かれていない。
もう一度、文字を目で追ってみる。
なんだろう、そこから嫌な感じがひしひしと伝わってくる。これは、桜の方から届く優しい文字と全く違う。なにかもっと寒々しいものがあるようで、気味が悪い。
そう感じたからだろうか。指先がピリピリと痺れた。まるで、指と紙の間で静電気が起きているような感じがする。
息をつまらせていると「どうした?」と声がした。
静かな声によって、現実へと引き戻されたようだった。
振り返ると、蒼司が少し驚いた顔をして縁側に立っていた。おもむろに座敷へと上がる彼へと歩み寄り、手紙を差し出した。
「これが私に届いて……桜さんからと思ったんだけど」
「姉上から?」
「でも、差出人の名がなくて」
困っていたといい終わる前に、蒼司は「貸しなさい」と少し語気を強めていった。いつもの優しい声とは違い、もしかしたらこの手紙は開いてはいけなかったのかもと、緊張が走る。
彼の厳しい眼差しに驚いて、無意識に肩へ力を入れていた。硬直した瞬間、指が触れあい、 パリッと静電気が弾けて手紙から指が放れた。
無機質な紙はひらひらと畳へ落ちていく。
梅雨時期に静電気が起きるなんて珍しいこともあるものね。そう気楽に思えたらよかったのに。そうではない不安が胸をよぎった。
今のは本当に、静電気なの?
ひりひりする指先を摩っていると「大丈夫か?」と気遣う声がかけられた。
「う、うん。驚いたけど、怪我はしてないから」
「そうか……そこの女中、この文はどこからのものだ?」
ほっと息をついた蒼司は、黙って控えていた女中を振り返った。その声はまるで氷や刃物のように冷たく、縁側で膝をついて控える女中へと刺さるようだった。深々と頭を下げる彼女は、その肩を強張らせながら口を開いた。
「そ、それが……誰が受け取ったかわからず。若奥様宛てでしたので、お持ちするよういわれ……」
「差出人の知れぬものを持ち込むな。凛になにかあったらどうする。疑わしき文は全て、私の元へ持ってこい」
淡々とした言葉に優しさは微塵も感じないし、怒気すらはらんでいる。それが、女中にも伝わったのだろう。「かしこまりました」という声が震えていた。
「あ、あの、蒼司さん……そんなに怒らなくても」
変わらず桜の方と連絡を続けていると、和歌の勉強会をしないかとお誘いが届いた。
和歌を詠むのが苦手だといったから、気にかけてくれたのだろう。
流れるように美しい文字を眺め、お返事をどうしようか一人で考えていると、縁側から「若奥様」と声をかけられた。見れば、若い女中が膝をついて控えている。
「なにかありましたか?」
「先ほど、文が届きました」
「文……桜の方様から?」
まだ返事を出していないのに、なにか問題でも起きたのだろうか。不安に思いながら女中に歩み寄ると、丁寧に折られた無機質な手紙を渡された。開くと、誰の文字ともわからないものが綴られている。
「夏山になく郭公、心あらば物思ふ我に声なきかせそ……?」
読み上げて和歌だと気付いた。それ以外には、差出人の名前すら書かれていない。
もう一度、文字を目で追ってみる。
なんだろう、そこから嫌な感じがひしひしと伝わってくる。これは、桜の方から届く優しい文字と全く違う。なにかもっと寒々しいものがあるようで、気味が悪い。
そう感じたからだろうか。指先がピリピリと痺れた。まるで、指と紙の間で静電気が起きているような感じがする。
息をつまらせていると「どうした?」と声がした。
静かな声によって、現実へと引き戻されたようだった。
振り返ると、蒼司が少し驚いた顔をして縁側に立っていた。おもむろに座敷へと上がる彼へと歩み寄り、手紙を差し出した。
「これが私に届いて……桜さんからと思ったんだけど」
「姉上から?」
「でも、差出人の名がなくて」
困っていたといい終わる前に、蒼司は「貸しなさい」と少し語気を強めていった。いつもの優しい声とは違い、もしかしたらこの手紙は開いてはいけなかったのかもと、緊張が走る。
彼の厳しい眼差しに驚いて、無意識に肩へ力を入れていた。硬直した瞬間、指が触れあい、 パリッと静電気が弾けて手紙から指が放れた。
無機質な紙はひらひらと畳へ落ちていく。
梅雨時期に静電気が起きるなんて珍しいこともあるものね。そう気楽に思えたらよかったのに。そうではない不安が胸をよぎった。
今のは本当に、静電気なの?
ひりひりする指先を摩っていると「大丈夫か?」と気遣う声がかけられた。
「う、うん。驚いたけど、怪我はしてないから」
「そうか……そこの女中、この文はどこからのものだ?」
ほっと息をついた蒼司は、黙って控えていた女中を振り返った。その声はまるで氷や刃物のように冷たく、縁側で膝をついて控える女中へと刺さるようだった。深々と頭を下げる彼女は、その肩を強張らせながら口を開いた。
「そ、それが……誰が受け取ったかわからず。若奥様宛てでしたので、お持ちするよういわれ……」
「差出人の知れぬものを持ち込むな。凛になにかあったらどうする。疑わしき文は全て、私の元へ持ってこい」
淡々とした言葉に優しさは微塵も感じないし、怒気すらはらんでいる。それが、女中にも伝わったのだろう。「かしこまりました」という声が震えていた。
「あ、あの、蒼司さん……そんなに怒らなくても」

