ふと思い出して尋ねると、驚いた顔が私に向けられた。
ああ、やっぱり知られていないようね。
現代日本でも紫陽花の毒は解明されていなかった。誤って食べた人が救急搬送された事例もあるし、国が自然毒のリストに入れていたけど、一般家庭やお寺、ありとあらゆる場所に植えられていた。あんなに綺麗で梅雨の代名詞ともいえる花だけど、ちょっと謎の多い花なんだよね。
東雲家の庭にも、問題なく植えられている。もしかしたら月江戸にも、江戸時代のような園芸ブームと品種改良が流行っていて、どこにでもあるのかもしれない。
「紫陽花に毒……?」
驚きを隠せない蒼司は、眼帯から手を放すと視線を紫陽花が植えられる庭へと戻した。
「触っても問題はないけど、食べると嘔吐や眩暈の症状を引き起こすの」
「充分、危険ではないか」
「私の世界では一般家庭にも植えられていたし、食べるなんてことはなかったよ」
料理屋で添えられた紫陽花の葉っぱを食べて食中毒が起きた、なんて事例もあるけど、頻繁に起こることじゃない。
「しかし、身体が弱い者や子どもが口にしたら──」
いいかけて、蒼司はなにか思いついたらしい。再び黙ると眼帯に触れる。しばらくして考えがまとまったのか、手を離すと私を見た。
「凛、敵に私たちの動きが伝わるとしたら、どこからだと思う?」
「どこから……清方様は口が固そうだし、意図しなければ広まることはないかな。桜さんも……大奥に届く手紙って、中身を確かめられるんだよね?」
私の問いに、薄い唇がゆっくりと上がる。
「大奥を騒がせるようなことを書くのは危険だが、言葉で匂わせることはできよう」
「言葉で……毒が側にあると伝えるの?」
「そうだ。庭の紫陽花が色づいたが、東雲の巫女がそれは毒をもつという。切ってしまうのは忍びないと申し上げれば、口にしなければ命を奪うものではないと告げられた」
すらすらと並べられる言葉に、なるほどと頷く。
東雲の巫女という単語を入れることで、信ぴょう性が増す。月江戸城にだって紫陽花の植え込みはあるだろうし、子どもを持つ桜さんなら心配して周りの女中に気を付けるよう伝えるだろう。
「彩葉姫が間違って口にしないか心配だ……って添えるのはどうかな?」
「あくまで、身内を心配している体を装うのか」
「毒は意外と側にあるものだと驚いているって書けば、もう少し強い印象を与え、噂が広まるかも」
「……なるほど。噂は形を変える。心配した女中の間で『大奥に毒がある』と噂が流れるかもしれんな」
「そうすれば、毒を持ち込んでいる者は慌てるでしょ?」
「噂が形を変えれば、緊張も増すか」
その言葉に頷くと、蒼司は立ち上がりながら「今すぐ文を書こう」といった。
手紙を書くのは任せ、私は縁側で練きりの残りを食べることにした。不思議なことに、こっちの達筆な文字を読むことはできるけど、筆に慣れていないから書くことができないのよね。
だから、手紙を書くのは蒼司の役目。
文机に向かって姿勢を正す姿を見て、心強いなと改めて思う。もしも私一人だったら、なにもできなかったよね。
甘い練きりを口に運んでいると、しとしとと降っていた雨が少し強まり始めた。女中たちがそろそろと現れ、濡れてしまうからと座敷に戻るよういわれた。
もう少し、梅雨に濡れた情緒ある紫陽花の庭を眺めていたかったのだけど、仕方ないわね。
手紙を出した後、この小さな企てについては清方様の耳にも入れることになった。もしも、おかしな動きをする者が出たら、報告して欲しいと。
ああ、やっぱり知られていないようね。
現代日本でも紫陽花の毒は解明されていなかった。誤って食べた人が救急搬送された事例もあるし、国が自然毒のリストに入れていたけど、一般家庭やお寺、ありとあらゆる場所に植えられていた。あんなに綺麗で梅雨の代名詞ともいえる花だけど、ちょっと謎の多い花なんだよね。
東雲家の庭にも、問題なく植えられている。もしかしたら月江戸にも、江戸時代のような園芸ブームと品種改良が流行っていて、どこにでもあるのかもしれない。
「紫陽花に毒……?」
驚きを隠せない蒼司は、眼帯から手を放すと視線を紫陽花が植えられる庭へと戻した。
「触っても問題はないけど、食べると嘔吐や眩暈の症状を引き起こすの」
「充分、危険ではないか」
「私の世界では一般家庭にも植えられていたし、食べるなんてことはなかったよ」
料理屋で添えられた紫陽花の葉っぱを食べて食中毒が起きた、なんて事例もあるけど、頻繁に起こることじゃない。
「しかし、身体が弱い者や子どもが口にしたら──」
いいかけて、蒼司はなにか思いついたらしい。再び黙ると眼帯に触れる。しばらくして考えがまとまったのか、手を離すと私を見た。
「凛、敵に私たちの動きが伝わるとしたら、どこからだと思う?」
「どこから……清方様は口が固そうだし、意図しなければ広まることはないかな。桜さんも……大奥に届く手紙って、中身を確かめられるんだよね?」
私の問いに、薄い唇がゆっくりと上がる。
「大奥を騒がせるようなことを書くのは危険だが、言葉で匂わせることはできよう」
「言葉で……毒が側にあると伝えるの?」
「そうだ。庭の紫陽花が色づいたが、東雲の巫女がそれは毒をもつという。切ってしまうのは忍びないと申し上げれば、口にしなければ命を奪うものではないと告げられた」
すらすらと並べられる言葉に、なるほどと頷く。
東雲の巫女という単語を入れることで、信ぴょう性が増す。月江戸城にだって紫陽花の植え込みはあるだろうし、子どもを持つ桜さんなら心配して周りの女中に気を付けるよう伝えるだろう。
「彩葉姫が間違って口にしないか心配だ……って添えるのはどうかな?」
「あくまで、身内を心配している体を装うのか」
「毒は意外と側にあるものだと驚いているって書けば、もう少し強い印象を与え、噂が広まるかも」
「……なるほど。噂は形を変える。心配した女中の間で『大奥に毒がある』と噂が流れるかもしれんな」
「そうすれば、毒を持ち込んでいる者は慌てるでしょ?」
「噂が形を変えれば、緊張も増すか」
その言葉に頷くと、蒼司は立ち上がりながら「今すぐ文を書こう」といった。
手紙を書くのは任せ、私は縁側で練きりの残りを食べることにした。不思議なことに、こっちの達筆な文字を読むことはできるけど、筆に慣れていないから書くことができないのよね。
だから、手紙を書くのは蒼司の役目。
文机に向かって姿勢を正す姿を見て、心強いなと改めて思う。もしも私一人だったら、なにもできなかったよね。
甘い練きりを口に運んでいると、しとしとと降っていた雨が少し強まり始めた。女中たちがそろそろと現れ、濡れてしまうからと座敷に戻るよういわれた。
もう少し、梅雨に濡れた情緒ある紫陽花の庭を眺めていたかったのだけど、仕方ないわね。
手紙を出した後、この小さな企てについては清方様の耳にも入れることになった。もしも、おかしな動きをする者が出たら、報告して欲しいと。

