清方様に伝えて調べさせようという蒼司に頷きながら、私は重たい身体をひじ掛けに預けた。身体が鉛のように重い。
このまま眠ったら、現代に戻ったりして。──脳裏に眩しいヘッドライトを思い出して、ハッとした。
顔を上げると、すぐ横で蒼司が行燈《あんどん》に火を灯していた。
「気にせず眠ってもよいぞ」
「でも……」
「少ししたら女中を呼ぼう。今日は早く休むといい」
床の用意ができるまで休めばいいといわれ、もう一度ひじ掛けに寄り掛かった。すると、肩に羽織がかけられた。
ふわりと優しい香を感じながら、瞼を下ろす。まるで蒼司に抱き締められたような錯覚をしながら、うとうととする。
「ほととぎす鳴くや五月のあやめ草、あやめも知らぬ恋もするかな」
蒼司の優しい声が聞こえた。
ほととぎす……あやめ……そういえば、お城に向かう橋の名前、菖蒲橋って聞いたな。もしかして、あのあたりでも菖蒲の時期に咲くのかな。
ぼんやりとしながら、すっかり思考力のなくなった私は和歌の意味を考えることも出来ず、そのまま心地いいまどろみの中へと落ちていった。今度は、眩しいヘッドライトなど思い出さずに。
◇
遠くで不思議な音がした。
それが音じゃなくて声だと気づくのに、しばらく時間がかかった。
「──りん、凛」
耳にじんわりと優しく届くのは、聞き覚えのある女性の声。お母さんにどこか似ている。
「聞こえるかの、月宮凛」
名を呼ばれ、ハッとした。
目を見開くと、私は真っ白な世界に立っていた。ここは、事故の直後に女神様と会った場所ではないか。そして目の前にいるのは──
「女神、様?」
「どうじゃ、セカンドライフを楽しんでおるかの?」
意味深な笑みを浮かべた輝く女神様の赤い唇は、まるで椿のように赤々としている。
理解が追い付いていない私がぽかんとしていると、大きな扇子がゆっくりと広げられた。そこには、美しい着物を身にまとった女性が描かれている。どことなく、桜の方のように見えた。
「……女神様、どういうことですか?」
「なにがじゃ?」
「大奥潜入だなんて、聞いてませんよ!」
「厄介なことになっておるようじゃの」
扇子で口元を隠す女神様だけど、きっとあの陰で笑っているに違いない。
女神だっていうくらいだもの、全部お見通しに決まっている。なんとなく思いながら目を堪えていると、扇子がゆらりと動いた。
「ふむ……毒か?」
「──!? そ、そうです。大奥は大騒ぎで、それに側室の桜さんは身体が弱くて、もしも、毒なんて口にしたら……」
今は将軍様が桜の方と夜を過ごしていないから、ターゲットにされていないのかもしれない。でも、もしも毒を盛られたりしたら、ひとたまりもないだろう。
そうなったら、きっと蒼司だって悲しむし、私が召喚された意味がないんじゃないか。考えただけで背筋が震え、胸の奥が痛んだ。
胸元を握りしめ、足元をじっと見つめて黙っていると、女神様が「凛は優しいの」と呟いた。
優しいだけで問題が解決したら、どんなに楽だろう。それだけじゃダメ……毒をどうにかできる手立てがないと。
このまま眠ったら、現代に戻ったりして。──脳裏に眩しいヘッドライトを思い出して、ハッとした。
顔を上げると、すぐ横で蒼司が行燈《あんどん》に火を灯していた。
「気にせず眠ってもよいぞ」
「でも……」
「少ししたら女中を呼ぼう。今日は早く休むといい」
床の用意ができるまで休めばいいといわれ、もう一度ひじ掛けに寄り掛かった。すると、肩に羽織がかけられた。
ふわりと優しい香を感じながら、瞼を下ろす。まるで蒼司に抱き締められたような錯覚をしながら、うとうととする。
「ほととぎす鳴くや五月のあやめ草、あやめも知らぬ恋もするかな」
蒼司の優しい声が聞こえた。
ほととぎす……あやめ……そういえば、お城に向かう橋の名前、菖蒲橋って聞いたな。もしかして、あのあたりでも菖蒲の時期に咲くのかな。
ぼんやりとしながら、すっかり思考力のなくなった私は和歌の意味を考えることも出来ず、そのまま心地いいまどろみの中へと落ちていった。今度は、眩しいヘッドライトなど思い出さずに。
◇
遠くで不思議な音がした。
それが音じゃなくて声だと気づくのに、しばらく時間がかかった。
「──りん、凛」
耳にじんわりと優しく届くのは、聞き覚えのある女性の声。お母さんにどこか似ている。
「聞こえるかの、月宮凛」
名を呼ばれ、ハッとした。
目を見開くと、私は真っ白な世界に立っていた。ここは、事故の直後に女神様と会った場所ではないか。そして目の前にいるのは──
「女神、様?」
「どうじゃ、セカンドライフを楽しんでおるかの?」
意味深な笑みを浮かべた輝く女神様の赤い唇は、まるで椿のように赤々としている。
理解が追い付いていない私がぽかんとしていると、大きな扇子がゆっくりと広げられた。そこには、美しい着物を身にまとった女性が描かれている。どことなく、桜の方のように見えた。
「……女神様、どういうことですか?」
「なにがじゃ?」
「大奥潜入だなんて、聞いてませんよ!」
「厄介なことになっておるようじゃの」
扇子で口元を隠す女神様だけど、きっとあの陰で笑っているに違いない。
女神だっていうくらいだもの、全部お見通しに決まっている。なんとなく思いながら目を堪えていると、扇子がゆらりと動いた。
「ふむ……毒か?」
「──!? そ、そうです。大奥は大騒ぎで、それに側室の桜さんは身体が弱くて、もしも、毒なんて口にしたら……」
今は将軍様が桜の方と夜を過ごしていないから、ターゲットにされていないのかもしれない。でも、もしも毒を盛られたりしたら、ひとたまりもないだろう。
そうなったら、きっと蒼司だって悲しむし、私が召喚された意味がないんじゃないか。考えただけで背筋が震え、胸の奥が痛んだ。
胸元を握りしめ、足元をじっと見つめて黙っていると、女神様が「凛は優しいの」と呟いた。
優しいだけで問題が解決したら、どんなに楽だろう。それだけじゃダメ……毒をどうにかできる手立てがないと。

