月の導きで眼帯の陰陽師と結婚させられました

 蒼司に握られる手を見つめながら、女神様のことを思い出す。
 どうして、私だったのかと考えながら梅御殿に戻ると、タイミングを見計らったように、女中がお茶を運んできた。

「凛はずいぶんと疲れている。しばらく誰もこの座敷に近づけるな」

 気を遣って人払いをする蒼司の背中を見ながら、熱いお茶を口に含んで、ほっと息をついた。

 早く足を崩したいな。足袋(たび)も脱いで足を投げ出したい。そもそも、着物を脱ぎたいのだけど、そうもいかないしな。
 一人暮らしの部屋だったら、さっさと脱いで下着姿でベッドに飛び込んでいるだろう。

「疲れただろう。気にせず足を崩したらいい」
「……いいの?」
「構わない。草履(ぞうり)に慣れていないのだから、着物や足袋にも不馴れなのだろう?」

 蒼司のお察し能力が高くて助かる。だけど、男の人に素足を見られるのは少しだけ恥ずかしいわけで。
 少し足を崩すと「遠慮するな」といって、蒼司は私の足袋に手をかけた。

「ま、待って! 自分で脱げるから」

 さすがに脱がされる方がもっと恥ずかしい。
 苦笑しながらそうかと頷く蒼司は、ひじ掛けを持ってくるとそれを私の横に置いて向かいに座った。

「疲れているだろうが、姉上の話を聞かせて欲しい」

 静かな声に頷いて、それから大奥で見聞きしたことを一通り伝えた。

 話し終えるころには空が夕暮れに染まり、湯呑のお茶も温くなっていた。
 冷めたお茶を一口啜っていると、黙って聞いていた蒼司の口から小さな息が零れた。桜の方が元気だと知って、少しは安心してくれたのかな。

「姉上の周りでは、おかしな動きはないということか」
「女中の皆さんも桜さんを慕っているようでしたし、特に変わった様子は……」

 いいかけて、ふと、雨宮さんのことを思い出した。彼女だけ、他の女中さんとなにか空気感が違ったのよね。それが少し引っ掛かる。

 大奥は女社会だから、同僚の顔色を窺ったり足の引っ張り合いがあって当然の場所。その中で、ああも浮いた印象を与えるのは、むしろ印象が悪いんじゃないのか。下手をすると、頑張っている人に「私のことを下に見ている」とか「バカにしている」と勘違いさせかねない。
 元々、そういうところが至らない女性なのか、あるいは、あえてそう振舞っていたのか。

 黙って湯呑の中を見つめていると、蒼司が「どうした、凛?」と気遣うように声をかけてきた。
 雨宮さんのこと、話した方がいいのかな。

「気になる女中がいるにはいたの。でも、控えめなだけかもしれないし」
「……些細なことでも気になるなら、その者の身辺を調べさせよう」

 まあ、調べるに越したことはないか。
 側室付きの女中なら、年季奉公で数年おきに入れ替わりとかありそうだし。もしも、雨宮さんがこの一年近くに入った人なら、まだ慣れていないだけという可能性もある。

「桜さんは、雨宮と呼んでたわ。左に目の下に黒子がある女中で」

 目の下に触れて伝えると、蒼司さんは小さく「雨宮」と呟いて頷いた。

「聞き覚えがあるの?」
「いや……しかし、以前、姉上から届いた文によくしてくれる女中がいると書かれていた。その者の名が、雨宮だったと思ってな」

 桜の方が気を許している女中ってことか。