脳裏に狂歌を本にして広めたとされる蔦谷重三郎をよぎらせた。もしかしたら、この月江戸にも似たような人物がいるのかしら。それに、大奥でも、庶民の文化に興味をもっているのは発見だ。
意外と、女中たちとも話がしやすいかも。
興味深く女中たちの華やぐ会話に耳を傾けていると、誰かが「雨宮さんの和歌も素敵だったわ」といった。
黙っていた雨宮の手がぴくりと動く。
「ほら先日、詠まれた芽吹きの和歌ですわ」
「私の和歌など拙いものです」
「謙遜されなくていいのよ」
「雨宮さんは控えめな方ですわね」
「ふふ、私も雨宮の芽吹きの歌、気に入っていますよ」
桜の方がそういうと、次々に、誰某の歌も素敵だったと話がさらに賑やかさを増した。
どうやら、ここでは和歌を詠むのが日常のようだし、女中たちは仲が良さそうだ。
まるでSNSで流行っている動画を楽しむように、話す女中たちを観察していると「凛殿はどうかしら」と桜の方が私に話を振ってきた。
「和歌に興味はおありかしら?」
「自分で詠むとなると難しくて……古い和歌を学ぶのは好きでしたが」
高校の頃を思い出して曖昧に返事をすると、桜の方は嬉しそうに手を合わせた。
「和歌のご趣味?」
「上様は和歌を嗜まれます。私も時折、詠みますのよ」
「素敵ですね。……皆さんも和歌を詠まれるのですか?」
これは、女中さんたちと近づけるチャンスだ。
会話に入ってきた一人に視線を向けると、その顔が少し強張った。
「私は下手で、今、桜の方様に教えて頂いてるところです」
「先日のお勉強会で教えてくださった和歌、素敵でしたよね」
「ええ、桜の方様が将軍様への思慕を重ねて選ばれたのかと思うと、胸の締め付けられる思いですわ」
頷き合う女中の言葉に、桜の方は頬をぽっと染めた。
慎ましやかな照れ方を見て、ああ、確かに男性が放っておかないタイプだと納得してしまった。こういうのを天然でできるのって、一種の才能だよね。
「でも、桜の方様の心中を思うと、涙が止まりません」
「私もでございます」
女中たちは白い手をぎゅっと握りしめて、頷き合っている。すると、静かにお茶を淹れていた一人が「夕暮れは」と呟いた。
この場にいた全員の視線が、その人に向かった。
「夕暮は雲のはたてにものぞ思ふ、天つ空なる人を恋ふとて──本当に素敵な恋の歌でございました」
「もう、雨宮……恥ずかしいから、忘れてくださいな」
雨宮と呼ばれた女中は、穏やかな表情で湯呑を差し出す。
天つ空なる人──空の彼方にいるような貴いお方を、恋い慕うお気持ちを詠んだ和歌ね。
なるほど、文字が美しいだけではなく、和歌にも精通している才女なのね。将軍様の心を射止めたのも納得だ。
「凛様は和歌を詠まれますか?」
「わ、私も自分ではちょっと不勉強で……皆さんの和歌をお聞きしてみたいです」
ちらりと、雨宮と呼ばれていた女中を見ると、彼女はゆっくりと首を振って「私は苦手でして」と言葉を濁した。彼女は左の泣き黒子が印象的で、側室付きの女中にしては派手さがない。着ている小袖も落ち着いた風合いだ。
意外と、女中たちとも話がしやすいかも。
興味深く女中たちの華やぐ会話に耳を傾けていると、誰かが「雨宮さんの和歌も素敵だったわ」といった。
黙っていた雨宮の手がぴくりと動く。
「ほら先日、詠まれた芽吹きの和歌ですわ」
「私の和歌など拙いものです」
「謙遜されなくていいのよ」
「雨宮さんは控えめな方ですわね」
「ふふ、私も雨宮の芽吹きの歌、気に入っていますよ」
桜の方がそういうと、次々に、誰某の歌も素敵だったと話がさらに賑やかさを増した。
どうやら、ここでは和歌を詠むのが日常のようだし、女中たちは仲が良さそうだ。
まるでSNSで流行っている動画を楽しむように、話す女中たちを観察していると「凛殿はどうかしら」と桜の方が私に話を振ってきた。
「和歌に興味はおありかしら?」
「自分で詠むとなると難しくて……古い和歌を学ぶのは好きでしたが」
高校の頃を思い出して曖昧に返事をすると、桜の方は嬉しそうに手を合わせた。
「和歌のご趣味?」
「上様は和歌を嗜まれます。私も時折、詠みますのよ」
「素敵ですね。……皆さんも和歌を詠まれるのですか?」
これは、女中さんたちと近づけるチャンスだ。
会話に入ってきた一人に視線を向けると、その顔が少し強張った。
「私は下手で、今、桜の方様に教えて頂いてるところです」
「先日のお勉強会で教えてくださった和歌、素敵でしたよね」
「ええ、桜の方様が将軍様への思慕を重ねて選ばれたのかと思うと、胸の締め付けられる思いですわ」
頷き合う女中の言葉に、桜の方は頬をぽっと染めた。
慎ましやかな照れ方を見て、ああ、確かに男性が放っておかないタイプだと納得してしまった。こういうのを天然でできるのって、一種の才能だよね。
「でも、桜の方様の心中を思うと、涙が止まりません」
「私もでございます」
女中たちは白い手をぎゅっと握りしめて、頷き合っている。すると、静かにお茶を淹れていた一人が「夕暮れは」と呟いた。
この場にいた全員の視線が、その人に向かった。
「夕暮は雲のはたてにものぞ思ふ、天つ空なる人を恋ふとて──本当に素敵な恋の歌でございました」
「もう、雨宮……恥ずかしいから、忘れてくださいな」
雨宮と呼ばれた女中は、穏やかな表情で湯呑を差し出す。
天つ空なる人──空の彼方にいるような貴いお方を、恋い慕うお気持ちを詠んだ和歌ね。
なるほど、文字が美しいだけではなく、和歌にも精通している才女なのね。将軍様の心を射止めたのも納得だ。
「凛様は和歌を詠まれますか?」
「わ、私も自分ではちょっと不勉強で……皆さんの和歌をお聞きしてみたいです」
ちらりと、雨宮と呼ばれていた女中を見ると、彼女はゆっくりと首を振って「私は苦手でして」と言葉を濁した。彼女は左の泣き黒子が印象的で、側室付きの女中にしては派手さがない。着ている小袖も落ち着いた風合いだ。

