月の導きで眼帯の陰陽師と結婚させられました

「和歌のご趣味?」
「上様は和歌を嗜まれます。私も時折、詠みますのよ」
「素敵ですね。……皆さんも和歌を詠まれるのですか?」

 これは、女中さんたちと近づけるチャンスだ。
 会話に入ってきた一人に視線を向けると、その顔が少し強張った。

「私は下手で、今、桜の方様に教えて頂いてるところです」
「先日のお勉強会で教えてくださった和歌、素敵でしたよね」
「ええ、桜の方様が将軍様への思慕(しぼ)を重ねて選ばれたのかと思うと、胸の締め付けられる思いですわ」

 頷き合う女中の言葉に、桜の方は頬をぽっと染めた。
 慎ましやかな照れ方を見て、ああ、確かに男性が放っておかないタイプだと納得してしまった。こういうのを天然でできるのって、一種の才能だよね。

「でも、桜の方様の心中を思うと、涙が止まりません」
「私もでございます」

 女中たちは白い手をぎゅっと握りしめて、頷き合っている。すると、静かにお茶を淹れていた一人が「夕暮れは」と呟いた。
 この場にいた全員の視線が、その人に向かった。

「夕暮は雲のはたてにものぞ思ふ、(あま)つ空なる人を恋ふとて──本当に素敵な恋の歌でございました」
「もう、雨宮……恥ずかしいから、忘れてくださいな」

 雨宮と呼ばれた女中は、穏やかな表情で湯呑を差し出す。

 天つ空なる人──空の彼方(かなた)にいるような貴いお方を、恋い慕うお気持ちを詠んだ和歌ね。
 なるほど、文字が美しいだけではなく、和歌にも精通している才女なのね。将軍様の心を射止めたのも納得だ。

「凛様は和歌を詠まれますか?」
「わ、私も自分ではちょっと不勉強で……皆さんの和歌をお聞きしてみたいです」

 ちらりと、雨宮と呼ばれていた女中を見ると、彼女はゆっくりと首を振って「私は苦手でして」と言葉を濁した。彼女は左の泣き黒子が印象的で、側室付きの女中にしては派手さがない。着ている小袖も落ち着いた風合いだ。

 雨宮が他の女中に視線を向けた時、彼女の髪を飾る簪が静かに揺れてきらめいた。
 話を振られた女中たちは口々に「桜の方様の前で詠むのは恥ずかしい」とか「私も詠むのは不得意にございます」と恥ずかしそうに頬を染めた。

「なにも恥ずかしがることはありませんよ。心のままに言葉を綴ればよいのです」
「桜の方様、それが難しゅうございます」
「狂歌であればもっと気軽にできますが」

 女中たちの話になるほどと思った。
 江戸時代といえば、皮肉や風刺を楽しむ狂歌が流行ったわね。和歌のパロディともいえて庶民の間で特に賑わったのよね。