カテイの手紙

「塾に通わせているのは、あの子のためだと前にも説明したはずよ。それがどうして悩みの種になっているみたいな言い方ができるの」
「実際にやってみて、想像と違っていたなんてのは珍しい話じゃないさ」
 何でもないように、でもどこか言いにくそうに夫は意見します。私は思い切って椅子から立ち上がりそうになりましたが、夫のどこか遠い目を見るやその気力も無くしてしまいました。
 夫はなおも続けます。
「そして、これは前にも一度尋ねてみようと思っていたことなんだけど、どうして君は、秀太に部活をさせないんだ。あの子だって、あれで運動神経は良い方なんだ、野球でもサッカーでもやらせればきっと活躍できる」
「私だって最初はそのように考えていたわ。保育園の時に長い間ずっとハイハイをさせていたのだって、そのためだったもの。でも事情が変わった、それだけのことよ。あの子は運動ではなくて学業の成績で伸ばすの」
「事情って、どんな」
 夫の呆けたような質問の態度に、私は目を覆いたくなるようでした。
「あなたが、数年前秀太と外でキャッチボールしていて、怪我させたんじゃない。どうしてもう忘れたの。あれは確か、三年か四年前のことだったはずよ」
「忘れていたわけじゃない。でもたった一回の怪我でそこまで臆病にならなくても」
「慎重と、言ってちょうだい」
 机の端を手で掴んで、私は夫を睨みつけます。夫はたじろいで、「慎重にならなくてもいいんじゃないか」と訂正しました。私の方はあまり気の晴れるような心地はしませんでしたが、ひとまずこれでよし、話を進めるよう尽力を再開します。話し合いは難航、とまでは行きませんが途中で何度も衝突とすれ違いのような様相を呈していました。最後には私の方から夫に説明と説得をして、なんとか了承してもらうことに成功しました。今だから書きますが、私は男の人たちの忘れっぽさには辟易しているのです。一体どうして、男たちとはものを簡単に忘れてしまえるのでしょう。あれを教えれば二日で忘れ、これを伝えたら三時間後に確認の電話が入るという具合にすぐ忘却してしまいます。一体これは、どうしてなのでしょう。〇〇先生、これもどうか、教えてくださいませんか。
 秀太が中学校の三年間、ついに私たちとは仲良くはしようとしませんでした。あの子はすっかり、親の元から意識だけは離れているようでした。同級生の子達と学校の行事などで話をする機会がごく稀にあったのですが、その度にあの子について良くない、いえ悪い噂を耳に入れるようになりました。高校生の不良たちと良く一緒になっているとか、タバコを吸っているだとか、酒を飲んでいるとか、とにかく悪い生徒の見本のような噂ばかりです。これに限って、私は教師には直接問いただすことができませんでした。怖いのですから、しょうがないです。