カテイの手紙

 秀太を連れた夫を送る日々が、始められます。入園のための手続きを済ませ、時期がそうだったからなのか入園式みたいなものは執り行われませんでした。ある日から突如として、息子の秀太は保育園に通わなくてはならなくなりました。私は困惑しました。ありきたりな表現ではありますが、レールが切り替わったみたいにして秀太の保育園生活が開始したのです。私はまだ職場にも復帰していないし、家の中にはあの子のための世話の道具があちらこちらに散らばっている状況です。いきなりあの人に、息子を取られてしまったのではないかと言う錯覚すら起こるほどに劇的な変化だと言えました。それでも私は、当然ではありますが文句の一つもつけずに懸命に家の仕事をし、秀太がよその子に迷惑をかけていないただ一点を願いながら夕方になるのを待ちます。
 夫は秀太の新生活を起点として、残業をしなくなりました。上司に掛け合ってそのように手筈をしてもらったらしいのです。彼は息子と共に、以前よりも早く帰宅します。その瞬間を、私は毎日苦しみにも似た感情を抱きつつ待っているのでした。
 最初のうち、問題は起こりませんでした。一年が経過し、二年目に突入してから問題が起こりました。秀太が、所謂ハイハイを卒業し、直立して動くようになったのです。伝い歩きと言うのでしょうか。赤子が壁やものを頼りにしてたどたどしく歩く状態、あれがまさしく、起こり始めたのです。秀太は人より成長の遅い子でした。一歳になっても、言葉はある程度話せるようになっていたのですが運動がいまいち慣れないと言った様子で、二歳になるその時までハイハイしかできずにいるような子なのでした。これを私は、特におかしいとは感じていませんでした。他の子達は歩き始めていると言うのに秀太だけがハイハイをしている。通常これを見たなら親という生き物は焦りのような、良くない感情に突き動かされ子供を教育しようとしますが、これは、はっきり申しますが間違いです。赤子こそハイハイをしなくてはなりません。