カテイの手紙

 息子の秀太のことはニュースで流れました。おそらく〇〇先生にも、息子の名前がどこかで耳に入ったかもしれません。あるいは、この手紙の最初の方から『秀太』と読んで「おや」と引っ掛かりを覚えたかもしれません。いずれにせよ、息子は逮捕され、少年院と呼ぶのでしょうか、子供たちばかりが投獄される施設へと連れて行かれました。人殺しをしたと言うことで、社会へ復帰するためにはそれなりに期間が要るだろうという話を弁護士の方からされた気がします。
 教えてください。人生とは、何ですか。
 私の家庭の話を、現在に至るまでの過程をここまで書き連ねました。この手紙、読み返していませんがどれほどの長さになったか、とにかく一読し、そして返事をいただけましたら幸いでございます。
 いえ、返事は必ず、ください。私は相談したいのです。〇〇先生に、この大事件の後に残された私のこと、そして投獄された秀太のこと、相談したいのです。どんなに短くても構いませんから、私たちについて、どうか有意義な知恵を、お貸しください。このままでは私、息子と対面することができません。息子の方もまた、私と会うには気まずくてしょうがないのではないかと推察されます。親子の絆というものを私は信じているのです、ですから必ず、私と秀太とは感動的な再会を果たし、昔のように仲睦まじく生活できると確信しています。ただ、手段を知らないのです。知恵を、お貸しください。
 この手紙、推敲のため読み返すようなことも致しません。書いたままのこの状態で、投函します。どうか、早いお返事のあることを願っています。
 教えてください。人生とは、何ですか。

 この奇異なる手紙を受け取った、千葉県のとある心療内科の医師は手紙の内容を一通り読んだのち、次のように返答した。

『拝復
 随分と余裕がおありのようで、私としては羨ましい限りです。私はもう、六〇の齢を数え毎日犬馬の労をとらせてもらうより他は生きていく術がないように思っているのですから。あなたのように悩み事を抱えていられるだけ、人間らしい生活を手に入れているように感じられます。私には、はっきり申し上げておくのですが、あなたの悩みを救える立場にはありません。これは、あなたのごく個人的な悩みであります。あなたのように、中々伝えにくい悩み事というのは、誰にだってあるものです。それをあなたは、自分だけが不幸であるように手紙をしたため、私の元に投函しましたね。あなたの息子と、亡くなられた夫よりも、私はあなたをかわいそうに思います。こんな人生しか歩めないあなたを、かわいそうに思います。私が何度も電話での相談、来診しての相談に乗ってくれないから、こうして手紙を書いて寄越したのでしょう。律儀に名前を変えて、正体不明者からの本気の相談事だと錯覚させようとしましたね。愚行です。浅慮です。