カテイの手紙

「川田さん、ご主人がちょっと酷い目に遭ったのだけど、でも大丈夫よ、大丈夫になる。だから気をしっかり持ってちょうだい」
 根拠のない漠然とした応援を贈られました。横目でちらと視線を返しただけで、それ以上は何もできませんでした。青い制服を着た男たちに、島田さんが説明したはずの事柄を尋ねられます。この家に住んでいること、被害に遭った男性の妻であること、そういうことです。確認が取れると、胸元に装着していた無線機で何事かを通信していましたが、やがて背中を押されて「こちらへ」と促されました。促された先はパトカーの車内でした。人だかりとは二〇メートルほど離れた場所で、駐停車禁止の標識の前に停められているパトカーでした。この辺りは住宅密集地なので、都合の良い場所が他になかったのだろうと想像しました。
 車内で私は、ただ俯き、膝の上に置いた手を見下ろしているばかりでした。制服姿の警察官が左に座り、コートのようなものを羽織った刑事風の壮年の男が、私の右に座りました。私はこのまま連行され、逮捕されてしまうのではないかという不安に駆られ、ここから脱出する術がないものか考えました。考えているうち、右に座っていた壮年の刑事が話し出します。
「川田育美さんですね」
「はい」と、何とか絞り出した声で返事をします。
「落ち着いて聞いていただきたいのだが、あなたの夫が、あなたの息子さんを刺し殺したのです。つい二時間ほど前のことでした」
「そんな、嘘よ」
「嘘ではありません。現場付近に犯人が、つまり息子さんが残っていて、血まみれになっているのを目撃されて付近の住民が通報しました。ぼうっとアパートの廊下に立っているところを見られましてね、すぐ横には倒れて動かない、それも胸から血を流している男性がいるし、その息子らしき男子の右手には包丁が握られているというのも通報の電話で聞き取りができています。一番近くで巡回していたパトカーが現場に急行しまして、電話で知らされたのと寸分違わぬ状況だったそうです。それで、先ほど息子さんを連行いたしました」
 頭が真っ白になるとは、あのようなことを指して言うのでしょうね。私は何も言えず、続いた刑事さんの言葉も聞き取れないほど前後不覚になりました。この身が宇宙空間にでも投げ出されたような、肉体が浮遊する感覚に包まれて、そればかりで他のことに意識を割く余裕もなくなりました。その後も刑事さんと問答したような気がするのですが、内容は忘れてしまいました。