カテイの手紙

  悶々とした時間がただ右から左に流れて行き、私は時間の進むのをただじっと、その場に立って眺めているような感覚がしました。そうして秀太が一七歳になった時、決定的な事件が起こったのです。
 最初から結論を申し上げます。これは、順序をしっかりと立てて書くより結論から書いてしまった方が良い気がしますから。〇〇先生におかれましては、どうか驚かずに、中途でこの手紙を捨ててしまわぬよう気を保ってこの先をお読みください。
 つまり、私の息子の秀太は、自身の父親を殺してしまったのです。殺害です。凶器は、自宅の包丁を用いました。私から夫を奪い、自らの手で父を排除したということです。これは嘘ではありません、真です、本当のことなのです。
 事件を知らされたのは、私が件の道の駅にてパートで勤務し、いつも通り退勤してからのことでした。その日はやけにパトカーがうちの近所を走っているなと思っていたのですが、まさか自宅で事件が起こっているなど考えたくもないことでした。私は通勤には車もバスも使わない人間で、歩いて通える距離なのでその日も徒歩で慣れた道を帰っていました。そうしますと、自宅に近づくにつれて人だかりができているのです。私は人の多くなるにつれて不安が膨れ上がって行き、もしや火事でもあったかもしれない、強盗でもあったかもしれないと歩くのを早めて行きました。
 赤色灯を煌々と光らせながら、パトカーが複数台私の家を取り囲み、私たちの部屋に警察官が出入りしています。私は地面に膝をついて叫びたい気持ちになります。幸せが壊された時の光景って、こんなにも現実感がないものなのだとぼんやり考えていました。
 黙って立ち尽くしている私を揺り起こしたのは、近くに住んでいるあの集会の会員でした。女性で、やはり子供を二人育てている母親です。
「川田さん、川田さんのご主人がね、その、かわいそうなんだけど」
 最後まで聞く前に、心の耳を塞ぎました。もうそれしか抵抗する手段は残されていないような気がしたからです。そういえば、この方は苗字を島田というのだ、島田さんは来月弟さんが中学生に上がり、上の兄の方は大学進学に伴って東京へ出ていったのだと、彼女の家庭事情を、関係もないのにぼんやり思い返していました。いつものように気の利いたことをこちらから話してやりたい、アドバイスの一つでもしてやりたいと願ったのですが、駄目でした。こちらが普段のように、上に立つことなどできません。
 私がずっと動かないでいるのを見かねたか、島田さんは人混みの中に入っていって一分後に警察官を二人連れて戻ってきました。私がこのアパートの、事件が起こった部屋の住人であること、事件に巻き込まれた男と結婚していることなど、丁寧に話してくれました。