カテイの手紙

手紙の最初には、拝啓と書けばよろしいのでしょうか。申し訳ありません、私には手紙の書く手順とやらが少しもわからないのです。だからこの手紙、おかしな始まり方をすると思いますが、どうか許してください。いちいち手順などを調べているほど、こちらには余裕がないのです。この手紙を読んだ、〇〇様、どうかお返事をください。私にはもう、このほかに方法がないのです。私の家族には、もうすぐそこまで危機が迫ってきているようで、逃れる術がないのです。ですから、戦う方法を教えてください。
 私は今年で四六歳になります。生まれは佐賀の神崎町というところで、育ったのは両親の転勤もあったので福岡の八女という市でした。私にはどちらにも、つまらない田舎という印象しかなく、だからと言って都会に飛び出そうなどという野心もないので、東京どころか、ついに福岡県の中心にも赴いた覚えがないという、実に浅ましい、つまらない人生を送ってきたのです。四六年間、そういう人生を送ってきました。
 そんな私にも、自慢ではありませんが結婚を迎えるという時期がやってくるのでした。私がまだ二五歳の時、やはり福岡の八女市にて仕事をしている頃、お近づきになった男性があったのです。その男性は、しかしまた、特異な接近術を会得している人間で、通常一般の人々から見てあまり好ましいと思われるような人間ではありません。ですが、私にとってはまるで白馬の王子様、といっては手垢にまみれた文章表現ですが、とにかくそのように見えて仕方がなかったのです。私が二七、相手の方が二六の歳になっていた頃結婚をしました。彼の方には実家と仲の悪い事情があり、私の方でも両親からあの男とは結婚するなという重圧がのしかかってきたのでしたが、二人してそれを振り切り、半ば強引に結ばれると言った形になりました。私たちは、それで良かったのです。
 同居が始まります。我々は各々契約していたアパートを離れ、佐賀の白石町という、これもまたあまり特徴的でない町に引っ越しました。未だ名前を知りませんが、かなり幅の広い川が流れている地域です。川を横断するためには細かく何回も橋を渡らなくてはなりません。あるいは、うんと長い巨大なブリッジを、アーチを描きながら進むしかありません。そして、私はそんな橋を渡った先にある道の駅にて仕事を再選択しました。彼の方では、その道の駅からはかなり離れたとある商社にしました。二人で選んだアパートは、私の仕事場から近い距離にあったのでした。