沖縄といえば、ハブ。これは間違いではない。外来種のタイワンハブが北部地域の一部に定着している現状はあれど、ハブは確かに沖縄の立派な固有種である。付け加えるなら、昔からハブは沖縄の生態系の頂点に君臨していると言って差し支えない。ハブが捕食する生き物は色々いるが、ハブを捕食する生き物はいないのだ。絶対的王者、これがハブである。同じクサリヘビ科のヒメハブやナミヘビ科のアカマタもおおよそ似たような位置付けと言えなくもない。沖縄といえばハブ、もっと言えば蛇である。
しかし、これに続いて挙げられるであろうマングースについては清隆は複雑な感情を持っている。現在この地に根を下ろしているマングースはインドから渡ってきたフィリマングース、つまり外来種なのだ。外来種とは言え害をなさなければそれほど忌み嫌われる理由はないのだが、このマングースは農作物を食べてしまう。食害に遭った農家たちを中心に、マングースに対しては駆除せよという意識が強く働いている。これを沖縄らしさの一つに数えられてはたまったものでない。
観光客の多くはハブとマングースを並べると脊髄反射の如く対決を思い浮かべるだろう、これもまた問題だ。元々マングースは沖縄においてハブ駆除のため用いられたという話は有名だが、持ち込みの根拠となったのはインドにおけるマングースがコブラを捕食したという目撃情報である。しかしこれはインドで一件のみ報告された事例で、もっと言えばマングースが本当にコブラを食べるため襲ったのか怪しいというほどなのだ。そんな再現性などかけらもない図式を作り上げるために、ハブとマングースの決闘ショーではあらかじめハブを氷水に入れたりなどして弱らせ、その上で対決させたという事例もある。当然のことながら二〇〇一年の動物愛護法改正に伴い全面的にショーは禁止された。清隆にしてみればそもそもそんな頭のおかしいショーなどは実施しなくても良いのではと思うのだが、県内外の多くはいまだにこの決闘ショーが健在であるという認識でいるのだ。
この決闘を犬猫に置き換えて考えてみてほしい。猫(または犬)が勝つという台本のために片方の生き物が氷水に入れられ、そのまま負けて仕舞えば死ぬのだ。これを楽しむなど野蛮人である。
そして野生下においても、先のたった一件の目撃情報を頼りにマングースはハブを倒す希望の星として沖縄で期待された。しかし現実は全くの期待外れに終わった。マングースは昼行性でハブは夜行性、生活の場が重ならないし、飛ばない鳥として有名なヤンバルクイナを捕食し始めたものだから評価は一転してしまう。やはり駆除対象という識意意外地元住民が寄せる気持ちというのは存在し得ないのだった。
しかし、これに続いて挙げられるであろうマングースについては清隆は複雑な感情を持っている。現在この地に根を下ろしているマングースはインドから渡ってきたフィリマングース、つまり外来種なのだ。外来種とは言え害をなさなければそれほど忌み嫌われる理由はないのだが、このマングースは農作物を食べてしまう。食害に遭った農家たちを中心に、マングースに対しては駆除せよという意識が強く働いている。これを沖縄らしさの一つに数えられてはたまったものでない。
観光客の多くはハブとマングースを並べると脊髄反射の如く対決を思い浮かべるだろう、これもまた問題だ。元々マングースは沖縄においてハブ駆除のため用いられたという話は有名だが、持ち込みの根拠となったのはインドにおけるマングースがコブラを捕食したという目撃情報である。しかしこれはインドで一件のみ報告された事例で、もっと言えばマングースが本当にコブラを食べるため襲ったのか怪しいというほどなのだ。そんな再現性などかけらもない図式を作り上げるために、ハブとマングースの決闘ショーではあらかじめハブを氷水に入れたりなどして弱らせ、その上で対決させたという事例もある。当然のことながら二〇〇一年の動物愛護法改正に伴い全面的にショーは禁止された。清隆にしてみればそもそもそんな頭のおかしいショーなどは実施しなくても良いのではと思うのだが、県内外の多くはいまだにこの決闘ショーが健在であるという認識でいるのだ。
この決闘を犬猫に置き換えて考えてみてほしい。猫(または犬)が勝つという台本のために片方の生き物が氷水に入れられ、そのまま負けて仕舞えば死ぬのだ。これを楽しむなど野蛮人である。
そして野生下においても、先のたった一件の目撃情報を頼りにマングースはハブを倒す希望の星として沖縄で期待された。しかし現実は全くの期待外れに終わった。マングースは昼行性でハブは夜行性、生活の場が重ならないし、飛ばない鳥として有名なヤンバルクイナを捕食し始めたものだから評価は一転してしまう。やはり駆除対象という識意意外地元住民が寄せる気持ちというのは存在し得ないのだった。


