宮古馬

「どうしたもこうしたもない、すぐに駆け寄ったさ、馬を殴りつけた瞬間にな。ここから今すぐに出て行けと言ったが、相手はちっとも悪びれなかった。むしろ子供を驚かせたやつ、みたいな顔をして泣き出した子に優しい言葉をかけて俺をちらちら見ながらどっかへ行ったさ。最後には振り返って俺の全身を写真に残していった。インターネットとかいうのにばら撒くんだろう、くだらない」
 想像するに良い経験ではなさそうだった。拓三が清隆の頼みを断ろうとする理由もわかる。聞けば、このような話がこの二週間ほどで一〇回はあったそうだ。もう馬を表に出すのはやめ、現在倉庫の裏の目立たない場所で飼育しているのだという。
「とにかく俺は、宮古馬は貸さない。外国人が来ないのならば、その時は貸してやる」
 ぶっきらぼうな条件を残して、電話は切られた。

 そのようなやりとりがあって一度は学科長の頼みを断ろうとした清隆だったが、頭の中では迷いが渦を巻くばかりであった。ここで話を無かったことにするのは簡単である。ただ学科長が肩を落とし、別のプランがないか模索を再開するだけのことだ。だがそれは憚られた。学科長が少しかわいそうだし、それにこの宮古馬計画はうまくいくのではないかという期待があったからだ。
 第一に、『外』からやってきた客に向けて沖縄の生物をアピールできるという点だ。沖縄には数多くの生き物が生息している。熊や猿こそいないが、沖縄にしかいない(もっと言えば沖縄の中でも限られた地域にしか分布を広げていない)生き物は大勢いる。沖縄の豊かな自然と幅広い生物相を知ってもらうには良い機会だ。
 第二に、県民に対しても良い学びの場となる可能性がある。清隆はどちらかと言えばここに期待を寄せている。
 沖縄島には様々な生物がいるものの、例えば沖縄らしい生き物といえばどんなものがいるだろうか。本州にも分布を広げている種も多数いるのは事実だが、沖縄にしか生息していない種、いわゆる固有種や在来生物たちの存在はもっと知られて良いはずだ。しかし近年進む土地開発の影響もあってか、多くの県民にはこの数多くの生物種の認知が進んでいない。沖縄の生き物といえば、なんであろうか。ハブ、マングース、ヤンバルクイナ。清隆のこれもまた偏見なのであるが、多くの人がこのあたりの名前を挙げて以降沈黙するだろう。