宮古馬

 清隆と同様にその人物も、畳の席の方が店の隅っこで落ち着くのだと一度だけ発言している。ただし清隆と違う点があって、それはその人物が頑なに畳席に固執すると言う点だろう。あの男は、他に客がいようと絶対に畳席を指定する。先客が食事中だというのなら、いちいち店の外で待ってから空き次第再度入店すると言う手間を惜しまないほどだ。これまで何度か食事の席を共にしてきたが、そんなことが目の前で起こらなかったのはある種の奇跡と呼ぶに等しいのかもしれなかった。
「こんにちは、拓三(たくぞう)さん」」
 靴を脱いで畳にあがると清隆は挨拶した。メニュー表に視線を落とす年老いた男が顔を上げ、破顔して見せる。
「おお清隆、やっと来たか」
 漢那拓三(かんなたくぞう)が黄色い歯を見せて笑った。座れよと促してくる。
 靴を脱いで畳の上の座布団に腰を下ろすと、清隆の前に水の入ったコップが差し出される。
「すみません」と、清隆が言った。
「こう言う時は謝るな、素直にありがとうと言え。おまえはいつもそう言う感じだから、ずうっと他人から下に見られるんだ」
「しかし、僕の方が年下ですし、そう言う気遣いをさせるとやっぱり謝りたくなるんです。同じ業界の人間だとなおのこと」
「よくわからない。おまえはたまに訳のわからん話をすることがあるが、こういうのは頭の良い奴だからこそ起こることなのか? 俺が気にしなくて良いって言ったんだから、気にしなくて良いんだよ」
 豪快に、しかし穏やかに話す拓三に清隆は「はあ」と言う他なかった。同じ農業従事者として、拓三の方が三〇年も長く実績を積んでいる。そして年齢差もまた、この経歴と合致する。
 とりあえず手を伸ばしてコップの水を一口飲んだ。店主がやってきて乾いたタオルを渡されたので、顔と肩をいくらか拭いた。帰る頃にも降っていたら、と想像すると自然に眉がおかしな形になる。
「さて、店の開かんうちに本題に入ろう。飯はある程度話が進んでからと言うのでも悪くないだろう。いいな、清隆」
「ええ、もちろんです。そのために今日、こうして来てもらったんですから」
 拓三の声色の変わったのに反応し、清隆は背筋を伸ばした。殆ど無意識にタオルを額や頬に当てる。
 それまで機嫌の良さそうだった拓三が、にわかに不機嫌そうな顔になったようだが恐らく幻覚ではない。彼は今、多少なりとも腹を立てているのだ。これから話し合おうとする議題について考えが及んだためだろう。
「まず最初に言っておくんだが、俺はこの話には反対だ」
 きっぱりと断言した彼の表情は険しく、敵対心のようなものも感じ取れた。だがその敵対心とは、清隆に向けられたものではなかった。