宮古馬

 いくつか並べてあるイーゼルには、県内各地の宮古馬の写真が展示されている。ガジュマルの木の下で休憩している様子、ジャングルの中を二頭で並んで歩くところ、牧場にいたところを正面から撮影したもの。どれも拓三の馬でないことはすぐにわかった。おそらくインターネットでかき集めたのだろう。
「宮古馬は石灰岩の多い沖縄で暮らすために、蹄が太く頑丈になっています。また、体高一二〇センチメートルという小柄の割に頭が大きいというのも立派な特徴の一つです。これらを知っておけば、宮古馬かどうか判断できるようになってきます」
 たどたどしい説明が続くものの、離脱していく聴衆の数はそれほど多くはない。皆、いかにも気の弱そうな男子の勇気を振り絞る姿に感銘を受けているのかもしれなかった。見れば、マイクを握る彼の横にいる数名の生徒も目で声援を送っているようだ。あるいは錯覚かもしれないが。
 一通り説明を終えると、今度は乗馬体験に話が移っていく。柵すら配されていない本物の馬の迫力に緊張感を持っていた聴衆がここで少しどよめいた。こんなに小さな馬に乗って大丈夫なのか、という不安だろう。男子はマイクに声を乗せて、乗馬については一〇歳以下の子供に限りますと付け加えた。それきりどよめきは収まっていった。親に手を引かれ、学校のない土曜日をここで過ごしている小学生は結構いる。宮古馬を担当する生徒たちはそれらも計算に入れて台本を組んでくれたらしい。
 遠慮して中々手が挙がらなかったものの、やがて誰も行かないのならということで四〇歳くらいの男が挙手をした。挙げていない方の手には、まだ一〇歳に満たないだろう男の子の小さな手が握られている。
 どうぞこちらへ、と拡声器を通した声に促されて父子は前へと出ていく。周囲の人間からの応援ムードがあたりを包んでなごやかな雰囲気が形作られる。次は私も乗りたいと、ファーストペンギンに続く子供たちの声も聞こえてくる。
 乗馬のための補助には拓三自身も参加した。彼が一番、太平号の性格を理解しているのだから当然だろう。馬に跨り、一ヘクタールしかない田んぼの周囲を一周して戻ってくる。馬から子供が降りるや拍手喝采、馬と人の間にあった距離は一気に縮まっていった。屈託なく笑う拓三を見ていて清隆も満足だった。
 問題は、いや難関と言えたのは一六時ごろのことであった。
 人もまばらになり始め、校内の展示は勢いを落ち着かせていった。多くの生徒が今日の片付けと翌日の準備に意識を切り替えていく。農業祭は一七時に門が閉められるのだ。
 宮古馬の周囲からも人が消えていったが、生徒たちは満足げな顔で談笑しあっていた。拓三と清隆も生徒の輪に加わって発表の出来の良さを誉めていた。