宮古馬

「清隆さん、宮古馬は本番にも用意できそうですか」
 本番というのは、言うまでもなく農業祭である。
「まだわかりません。必要なステップを一つ踏んだというのは間違いないですが、結局は拓三さん次第です。僕は僕にできることをやってみます」
「そうですか。いや、清隆さんには頑張ってほしいんです。目玉とまでは言いませんが、天然記念物の馬が人目を惹く重要なポジションになるのは目に見えていますし、もし本番に連れて来れなかったら、私校長先生に怒られてしまいますからね」
 そう言って笑う学科長の目は、ちっとも楽しげではなかった。清隆も形だけは声高らかに笑って見せたが、内心初めてかけられる学科長からの圧に戦々恐々としていた。
 授業の終了を告げるチャイムが鳴っても、生徒たちは解散しようとする気配を見せなかった。乗馬はできないのだと断られても蹄に触れてみたり鼻先に手を伸ばしてみたりと、大半の生徒が馬に心を躍らせていた。そのうちに他のクラスの生徒も畑の隅の交流会に現れるようになって、人だかりは大きくなっていくばかりだ。半ば強引に授業を終了させ、大勢の生徒に見送られながら宮古馬は本部に帰っていくのだった。ちなみに馬の名前は大平号といった。栗毛で愛嬌のあるおとなしい子だ。
 生徒の好評を博した翌朝、清隆の携帯電話に着信が鳴り響いた。取って画面を確認すると、拓三からの電話だった。学校へ赴く必要のない、言ってみれば休日のような日だったので清隆はまだベッドの上で毛布に包まれていた。普段であれば、学校のない日でも朝から自分の畑に行くのだが今朝は怠けているのである。
「清隆、俺は考えを変えたよ。やっぱり農業祭にあいつを出すことにした」
 寝起きの声でうねりつつ頭を掻いていた若者はなんのことだ、と訊こうとしたが次の瞬間には跳ねるようにして起き上がっていた。
「あいつというのは、もしかして太平号のことですか?」
「それ以外に誰がいるんだ。馬、欲しかったんだろ。一度は断っておいてこんなこと言うのは勝手かもしれんが、どうかもう一度、俺の願いを聞いてくれないか」
 そんなもの二つ返事だ、と清隆は思った。願ったり叶ったりである。もしや夢ではなかろうかと部屋の中をぐるぐる見回していたが、夢の世界である根拠は発見できそうにない。時計の示す一〇時三〇分という情報もどうやら現実のものだ。
「それなら、一度会ってくれませんか。色々と段取りがあるので」
 構わないさ、と話す声は嬉しそうだった。

 二週間後の農業祭本番には、多くの来場者が学校に訪れた。校内のグラウンドや職員駐車場を解放しても場所が足りず、付近の個人経営の飲食店にも協力を仰いで車を置く場を確保した。それでも入り込みがピークに達するお昼頃には駐車待ちの車の列が敷地内にできるほどである。この行事がどれだけ注目されているかがわかる。