コメントの方も覗いてみたが、やはりそこも外国の文字ばかりが並んだ。最初に目に飛び込んだいくつかを訳してみると、投稿者に同情したり賛同するものだった。それ以降は翻訳をしようと思えなかった。日本語で書かれたコメントもちらほら見受けられ、そこには動画の趣旨に苦言を呈する内容で清隆はいくらか安心した。やはり、見る人が見れば動画の内容がおかしなものであるとわかるのだ。常識のある日本人なら、食べ物や動物が乱暴されるのを許せないのである。
これでは拓三が外国人を毛嫌いするのにも納得がいく。清隆にだって言葉を持たない動物に意味のない暴力が振るわれるのは快く思えない。しかし一方で、これでは拓三本人にも悪影響なのではないかとも思えてきた。
彼が海外の人たちを嫌えば嫌うほど、動物を愛してやまない同族すら嫌悪してしまうのではないか。それは非常にもったいないことだ。分かり合える人は、海を渡った先にもいる。地球に七八億人も住んでいるのだからそんなの当たり前だ。実際にアメリカを見てきた清隆にはわかる。むしろ動物の飼育に関しては海外の方が進んでいる面すらあるのだ、これを知らないまま嫌うのでは損失と呼ぶほかないだろう。
他人を変えることは恐ろしく難しい話だ。だが劇的にではなく、ほんの少しだけなら膨大な時間を費やさずとも変えられる。お節介を承知の上で、清隆の頭の中では計画書が策定され始めていた。
外国人が嫌というなら、日本の、それも地元の高校生に馬を見てもらうのは何も問題ないだろうということで、清隆は学校に宮古馬を連れてきてもらうことにした。総合実習という内容をいくらでも変更できる科目を使い、沖縄の在来種への理解促進という名目で拓三に依頼をした。老齢な彼は清隆に対しなんらかの思惑があるのだろうと警戒しているようだったが、地元の高校生が相手という話には抗えなかったらしい。謝礼について切り出そうとしたところで止められ、無償で構わないと言われた。ボランティアではいけないのだと清隆がここでも説得を試みたのだが、「長い付き合いだろう他人行儀にするな」と一蹴されてしまった。
あの居酒屋で交渉が決裂したちょうど一週間後に、大きなトラックに乗せられて栗毛の宮古馬が名護に到着した。普段とは異なる馬との交流という体験は、授業をサボりがちだった一部の男子も含め生徒に好評だった。動物介在クラブというものを抱えているほどこの学校の生き物に対する意識は高い。食肉用のブロイラーや卵を産む採卵鶏だけでなく、亀や犬、そのほかウナギやエビといった水棲生物の飼育も行われている。
質問を矢継ぎ早に浴びる拓三はご満悦という表現にぴたりと当てはまった。
生徒たちの熱心な授業態度にすっかり楽しくなっていたのは清隆も同様であった。拓三と生徒の邪魔をしないよう後方で微笑し眺めていると、学科長が声をかけてきた。
これでは拓三が外国人を毛嫌いするのにも納得がいく。清隆にだって言葉を持たない動物に意味のない暴力が振るわれるのは快く思えない。しかし一方で、これでは拓三本人にも悪影響なのではないかとも思えてきた。
彼が海外の人たちを嫌えば嫌うほど、動物を愛してやまない同族すら嫌悪してしまうのではないか。それは非常にもったいないことだ。分かり合える人は、海を渡った先にもいる。地球に七八億人も住んでいるのだからそんなの当たり前だ。実際にアメリカを見てきた清隆にはわかる。むしろ動物の飼育に関しては海外の方が進んでいる面すらあるのだ、これを知らないまま嫌うのでは損失と呼ぶほかないだろう。
他人を変えることは恐ろしく難しい話だ。だが劇的にではなく、ほんの少しだけなら膨大な時間を費やさずとも変えられる。お節介を承知の上で、清隆の頭の中では計画書が策定され始めていた。
外国人が嫌というなら、日本の、それも地元の高校生に馬を見てもらうのは何も問題ないだろうということで、清隆は学校に宮古馬を連れてきてもらうことにした。総合実習という内容をいくらでも変更できる科目を使い、沖縄の在来種への理解促進という名目で拓三に依頼をした。老齢な彼は清隆に対しなんらかの思惑があるのだろうと警戒しているようだったが、地元の高校生が相手という話には抗えなかったらしい。謝礼について切り出そうとしたところで止められ、無償で構わないと言われた。ボランティアではいけないのだと清隆がここでも説得を試みたのだが、「長い付き合いだろう他人行儀にするな」と一蹴されてしまった。
あの居酒屋で交渉が決裂したちょうど一週間後に、大きなトラックに乗せられて栗毛の宮古馬が名護に到着した。普段とは異なる馬との交流という体験は、授業をサボりがちだった一部の男子も含め生徒に好評だった。動物介在クラブというものを抱えているほどこの学校の生き物に対する意識は高い。食肉用のブロイラーや卵を産む採卵鶏だけでなく、亀や犬、そのほかウナギやエビといった水棲生物の飼育も行われている。
質問を矢継ぎ早に浴びる拓三はご満悦という表現にぴたりと当てはまった。
生徒たちの熱心な授業態度にすっかり楽しくなっていたのは清隆も同様であった。拓三と生徒の邪魔をしないよう後方で微笑し眺めていると、学科長が声をかけてきた。

