君の1番で居たいから

「はぁ〜。」
休み時間。ざわつく教室にため息をつく人が一人。
「暁斗がため息とか珍しいじゃん。何かあったの?」
「DMでやり取りしてた女の子からお金貸してって言われてさー。」
「いくらくらい?」
「100万円。」
どうゆう経緯でそうなったんだよ…と心の中でツッコミを入れる。
「俺100万も持ってないよ〜。」
「ちなみに、相手は暁斗のことあんまり知らない人?」
「美咲ちゃんって言うんだけど…。優しくて、可愛いし…」
「へー、そ、そうなんだ。」
暁斗の瞳に本来は見えないはずのハートマークが見える。
「100万円貸してくれないと会えないって言われてさー。」
悔しそうに頭を抱えながら、暁斗は天を仰ぐ。
「ちなみに、どこで出会ったの?」
「ネット。趣味がたまたま合って話すようになった。」
多分暁斗は騙されているのだが、全く気づいていない。普段は、先生達やクラスメイトからなんかしらの代表に推薦されるくらいしっかりしている上に、みんなの頼れるリーダーという感じだが、プライベートではかなり抜けてるし、色々やらかしているらしい。
暁斗のポンコツ具合には家族もお手上げだとか…。
「暁斗、そんな人早めに縁切った方が良いよ。」
暁斗は机に突っ伏して首を横に振る。
「えー、せっかく運命の人見つけたのに…金で勝てないとかある?」
まったく聞く耳を持たない。
「そもそも100万って突然言い出す数字じゃないから。どっかの会社の取引じゃあるまいし。」
暁斗はしばらく黙ってから、顔を上げた。
「とりあえず、俺の手持ち金全部振り込めば良いか!愛が伝われば美咲ちゃんも考えが変わるかもしれないし…」
ここまで素直だとは。流石に、もうそろそろ本当のことを言うか。
俺は暁斗の楽しそうな表情が壊れるところを見たくなかったが、それ以上に事件に巻き込まれる方が困ると思い、意を決して言った。
「暁斗、悲しい事実なんだけどさ、それ多分最近被害が増えてるロマンス詐欺だよ。ほら、ニュースでやってるじゃん?ダイレクトメッセージを使ってお金を請求してくるやつ。美咲って人は中身はおじさんかも。」
暁斗は一瞬フリーズした。
「…え、でも好きだよーとか言ってくれたよ?あれも全部嘘?」
「うん。」
「まじ?」
「ちゃんと調べた方がいいだろうけど、ほぼ確実。ま、まあ、お金振り込む前に気づいて良かったね…。不安なら、お母さんに聞いてみれば?」
俺はさらっと言う。冷静に言いたいわけではないのに、どう頑張ってもこうなってしまう。
このテンションで話していると冷たいって言われることも多い。
そんな俺の話でも素直に受け止めてくれる人たちには本当に感謝している。
「まじかー…。」
割とショックだったらしく、俺が弁当を広げて食べ始めても暁斗はぼーっとしていた。
そんな様子を見かねて何か話そうとすると、俺より先に暁斗が沈黙を破って、声を落とした。
「そういや、若宮とはどうゆう関係なの?」
突然の話題に俺は少し驚く。
「うーん…勉強教わったり…?」
「わかりやすい?」
「うん。」
「へー、俺も今度教えてもらおっかな〜。」
「暁斗は、勉強できるじゃん。この学校で一桁の順位ってなかなかすごいことだと思うけどなぁ。」
抜けてるけど、周囲が暁斗を頼るのは単に人懐っこいからではなく、頭の回転が早いからだ。頼むとなんでも要領よくこなしてしまう。俺が知らない間に生徒会長になっていて、本当にびっくりだ。
そんな暁斗が学年一位の若宮に質問することなんて、多分ない。
あと、暁斗にはすごい美人の姉ちゃんがいるから授業とかでわからなかったところは毎晩電話で質問しているとか。
一回だけ俺も見たことがあるが、とにかく美人だった。見るからに賢そうな人で、気象予報士をやっていると聞いてすぐに納得した。
「学年一位には敵わないよー。あいつ、なんか暗いけどすげーもん。」
暁斗は椅子の背もたれに寄りかかって、遠い目で天井を見上げながら言う。
「そういや、若宮のこと暗いってよく言ってるけど、そんなに暗い?結構笑う印象なんだけどな〜。」
数秒の沈黙。
何かやばいこと言ったかもしれない。
「え?ちょっと待って。若宮が笑う?見たことないんだけど!?」
「普通に話してて笑わない?」
「全然…前に話しかけたことあるけど、『無』って感じ。」
「ほんと?」
「うん。笑顔からはかけ離れてたと思うんだけど…。」
「…もしかして暁斗、怖がられてるのかもね〜。」
「そんなぁ…。」
美咲ちゃんのショックに追い打ちをかけてしまったかもしれないと思って少し反省する。
「えー…そんじゃ、他のやつにも聞いてみて、笑わないって意見が少なかったら、俺のイメージアップに付き合って。」
「まあ頑張れ。応援はする。」
俺は少しだけ暁斗に勝ったかもしれないことが嬉しくて、机の下で小さくガッツポーズをした。


放課後。
多くの生徒が帰った後に、玄関前の丸テーブルで、数学のテキストを解いている時間が一週間で一番好きな時間だ。
穏やかに時間が流れていく雰囲気。
目の前でペンを走らせる音。
窓から風が吹くと、ふわっと揺れる黒い髪。
ペンを置いて見とれてしまう。
「…ん、質問?」
太陽みたいな笑顔で俺を照らす。
こんな感情に今まで出会ったことがない。
「ううん。見とれてた。」
「何に?」
俺は一瞬だけ言葉を止めて考える。
「秘密。」
「えー、教えてよ〜。」
残念そうな若宮すらも、なんだか面白くて笑い出してしまう。
「余計気になるじゃん!」
「ふっ…あははっ…普通に…妄想してただけ〜。」
「じゃあ…今から俺が出す化学の問題にそれぞれ5秒以内に答えられなかったら、さっき吉岡が考えてたこと教えて?」
「わかった。望むところだー!」
若宮は少し考えてから、「決めた!」と言って俺の方を見る。
「1問目!グルコースの分子量は?」
「うーん…えっと、なんだっけ。あ!180!!」
「正解。難易度上げようかな。第2問!酢酸と水酸化ナトリウム水溶液を反応させると何性水溶液ができるでしょう?」
さっきから俺が苦手なところばっかり突いてくる。流石だ。
「うわー、なんだっけ?酢酸は…弱酸で水酸化ナトリウム…えっと強塩基。…塩基性だ!絶対塩基性!」
「おー、正解。すごい!じゃあ最終問題。俺の好きな元素は何でしょう?」
もはや化学の勉強ではないじゃん。
「えー…なんだろ。」
若宮と一緒に勉強するようになって二か月以上は経っている。好きなものは…辛いものとランニングくらいしか知らない。
周期表の変なところにある元素が好きそうだな…。
「あと2秒!」
「はやっ…えっと…ス、スカンジウム!」
俺の声が玄関中に響く。
人がいたら、流石に気まずい声量だった。
若宮はクスクスと笑う。
「…むしろ正解行く前に、なんでスカンジウムを選んだのか知りたい…!」
笑いを堪えながら若宮は言う。
なんで選んだのかは、自分でもわからない。
「周期表の変なところにあるから…なんとなく?」
「ふっ…おかげでスカンジウム好きになりそう。」
「正解は?」
なんか大声を出した自分が恥ずかしくなってきて若宮を急かす。
「正解は鉛。」
「なまりか〜。元素記号おしゃれだよな。」
「うん。まあでも、全部5秒以内に答えられたから、今回はノーカンということで。」
「5秒以内ってそうゆうことか!全問正解かと思ってた…。頭良い!」
「ありがと。でも化学できるようになってるじゃん。」
「部活も来週で引退だし。勉強し始めたからね。単純に、今まで復習したことなかったからできなかっただけなのかも。」
復習と口では言いつつ、実践したことがなかった。でも、必死に頑張っている若宮をそばで見て改めて努力の大切さを感じた。
「大事なこと!でも、夏休みまであと一か月くらいだし、計画立てないとだね〜。」
夏休みは7月末からだ。
運動部の3年は全国大会に勝ち上がらない限り、夏休みまでに引退する。
うちの学校は強豪ではないから、多くの生徒は7月からだんだん受験モードへと切り替わる。
夏休みで差をつけようと全国の受験生は必死だろう。
「夏休みか…。若宮は予定とかある?」
「特にないから学校で勉強するつもり。夕方まで開いてるみたいだし。」
「さすがだなー…。俺なんてノープラン。」
「そういや、吉岡が嫌じゃなければ聞きたいことあるんだけど…いい?」
何だろう。見当がつかない。
「進路とかって決まってる?」
「…。決まってない。」
正確に言うと、決まっているが学力が足りず周囲からは反対されている状態だ。
「そっか〜。難しいよね。」
「若宮は?進路もう決めた?」
「うん。俺は医学部行こうかなーって。もちろん病気を治す職業に憧れはあるけど、研究に興味があるんだよね。」
若宮らしい返答でしっくりくる。
「若宮なら叶えられるよ。」
「ありがとう。」と言うと、お互いに言葉を選ぼうとして黙ってしまう。
少し経ってから、若宮がそっと沈黙をほどいた。
「……ねえ、吉岡。仮に学力関係なしにどこでも行っていいですよってなったらどんなことしたい?」
質問がずるい。俺が学力と見合っていないことをしたいって勘づいているのだろう。
その上での若宮なりのイタズラかもしれない。
俺はしばらく考えてから話すことに決める。
「…医者になりたい。たくさんの人を笑顔にするのが俺の夢。」
俺は言った後に少し後悔する。
誰にも話したことのない本音が、意図せず溢れてしまった。苦笑いをしながら、手元に視線を落とす。
無謀な夢だから呆れた顔をしているかもしれないと思うと、若宮の方を見れない。
おそるおそる顔を上げる。
若宮は少しも驚かずに、俺に笑いかけた。
「かっこいい夢じゃん。俺の夢が叶うなら、吉岡の夢も叶う!いや、正確には俺が吉岡をそこまで上げるのが目標だな〜。」
突然俺の想像を上回る返答が返ってきて、動揺する。
「…え?ちょっ…と待って。どうゆうこと?」
「つまり、吉岡の夢は俺の夢でもあるってこと。俺は吉岡が3年のうちに一回でも理系教科で学年一位とったら多分泣く。」
若宮は思っていたよりも俺のことをよく見ている。こんな言葉をかけられて嬉しくないわけがない。
「じゃ、1位になったら一番に若宮に報告する。」
「待ってるね!」
若宮はわくわくした様子でそう言うと、再び
退屈だった勉強は、どんどん楽しいものへと変わっている。
これも若宮のおかげだったりして…なんて冗談まじりに考える。
でも、きっとそうだとは思わずにはいられなかった。