君の1番で居たいから

教科書事件があってから、若宮とよく話すようになった。とは言っても俺から話しかけることが多くて一方通行な気がするけど。
でも、廊下ですれ違うと笑いかけてくれる。
男相手にこんな気持ちは初めてで、どう表現したらいいのかわからないけれど、若宮は可愛い。
暁斗からは、「若宮となんかあったん?」と聞かれたが、俺は「別に。」と誤魔化した。
自分でもよくわからなかったが、なんとなく言いたくなかった。
そして、3年生になってしばらくしたこの時期に、うちの高校では大きな行事がある。
球技大会だ。1年や2年の時には校外学習や修学旅行があるが、3年には行事が少ないからクラスの結束を強めるために先生たちが悩んだ末に、思いついたらしい。
女子がバスケで、男子がバレー。体育館は二つあるから、それぞれで同時に行われる。
もちろんクラス対抗で、トーナメント方式だ。
俺の在籍する3年4組は運動部が多く、気合がすごい。優勝狙いだとか。
昼休みは教室内で、ポジション決めや作戦会議が行われている。
俺は基本的にどこでも良いので、適当に流す。
そういや、若宮は運動得意なのかな。
今度聞いてみよう。
ぼーっと窓の外を眺める。桜の木はすっかり緑に覆われている。校庭でバレーの練習をしている人がいる。何組だろう。
しばらく見ていると、見知った顔がちらついた。目を擦ってもう一度探す。
「…若宮じゃん。挙動不審すぎ。」
「卓ー、聞いてる?…なににやけてんのー?美女でも居た?」
揶揄うように暁斗に言われる。俺は恥ずかしさを隠すように「ちげーし。」と言う。
「で、卓はポジション、エースストライカーね。」
「なんの?」
話を聞いていなかったら、なんのことか全くわからない。
「球技大会。バレーの。」
呆れたような口調で暁斗にこたえられる。
「え?俺、専門はセッターだよ?ストライカーなんてやったことないよ…」
「でも、バレー部だしいけるだろ?」
確かに現役バレー部だけど。ストライカーってジャンプして打たないといけないポジションだし、簡単にできるものではない。
「まじー?」
「まじ。頑張ってー。」
暁斗に気持ちのこもってない言葉を返される。
このクラスにはバレー部は俺一人。運動部は多いのに。
とりあえず頑張るしかない。現役もあと1ヶ月で引退だし。
「それじゃあ、球技大会まであと2週間!頑張るぞー!」
「「おー!!」」
学級委員長の掛け声にクラスメイト達は声を合わせる。
俺は周りの半分くらいのボリュームでため息混じりに「おー」と言った。

ーー球技大会当日。
朝から3年のフロアのどの教室もクラスカラーに染まっていて、盛り上がりがすごかった。
ちなみに、3年4組のクラスカラーは緑で、隣の若宮のクラスは黄色だ。
黄色のはちまきとTシャツを身につけている若宮と廊下を歩いていると出会う。
「おはよ、若宮。」
「おはよう。」
「はちまき、俺が結ぼうか?ちょっとズレてる。」
「うん。鏡見てやったんだけど難しくて。やっぱ変だよね…」
「努力は滲み出てる。俺がやっちゃって良い?」
「うん。お願い。」
俺は若宮のはちまきを丁寧に整える。サラサラの黒い髪の毛は、はちまきの山吹色のマッチして可愛い。
俺の心臓が少しだけ跳ねた気がした。
「はい。どう?」
「めっちゃいい!ありがとう。吉岡って器用だよね。」
本当に褒め上手だ。
「ありがとう。嬉しい。」
「あ、そろそろ時間だね!本当にありがとう。俺、吉岡のこと応援してるね!」
若宮は弾けるような笑顔で言う。
「…う、うん。若宮も頑張って。」
「もちろん!またね!」
若宮は3組の教室へ走って行く。
俺はしばらく思考停止したが、後ろから暁斗に呼ばれて正気に戻る。
最近の俺は変だ。すぐにドキドキするし、体が熱い。
きっと全部の気のせいだ、と言い聞かせて教室へ向かった。

いつもは広く感じる第一体育館。
キュッキュッとシューズの音が飛び交う。
俺のクラスは絶賛試合中。バレー部が多い2組が相手だから見知った顔が多い。
「卓ー!頼んだ!」
俺は高く上がったボールをネット向こうのコートめがけて打つ。
ダンッと床につく音と共に、俺が打ったボールはコートに打ち付けられる。
審判をしていた体育教師がホイッスルを鳴らし、「イン!」と言う。
「卓ナイス!何点目?」
「それな、めっちゃ決めてんじゃん!まじすげーよ!」
クラスメイトとハイタッチしながら、得点板を見る。
24-15で、うちが圧倒的に優勢だ。
俺ばっかり決めてて正直意味があるのかわからない。
ふと、隣のコートを見る。
山吹色のTシャツを着たクラスが試合をしている。若宮は上手くやってんのかな。
俺は再び視線を対戦相手に向けた。どうせ25点でこの試合は終わるのだから、俺じゃない人にボールを上手いこと回そう、と心に決めた。

試合は順調にいって、俺のクラスは午後に決勝に出るらしい。
体育館の壁に貼られたトーナメント表を見て、午後の相手を確かめる。
6クラスあると、決勝までに2試合するクラスと、1試合しかしないクラスが出てくる。
奇数だから仕方ないが、やっている側としては午前中に3セット2試合は、流石にへとへとだ。
計6回試合をした。3時間ほぼぶっ通しで。
「吉岡!」
突然声をかけられる。
この声と呼び方で思い当たるのは一人しかいない。
「わ、若宮!?もう教室戻ったんかと思った。」
「吉岡が見えたから、話しかけてみようと思って。試合、かっこよかった。気づいたら、吉岡のこと目で追ってた。」
「え、見てたの?」
「うん!さすがバレー部。」
見られていたことへの恥ずかしさもあったが、若宮の無邪気な笑顔が可愛くて、それどころではない。
てか、可愛いって表現があっているのかわからない。男に対してこんな感情抱いたことないし。ああ…また変だ。
「若宮は、午後は何組と対戦するん?」
俺はとりあえず話を逸らす。
「5組。一回戦で負けちゃったから。」
「そっか。若宮とも対戦してみたかったなー。」
「俺弱いよ〜?」
「角度とか計算して器用に攻撃してきそう。」
俺は冗談混じりに言う。
「あはっ…そんなに俺、理系じゃないよ〜。数学は得意だけど、化学の方が好きだし。」
「ほんと、勉強で若宮に敵う人いんのかな…」
「上には上がいると思うけど、この学校ではずっと一番かな?」
と自信ありげに答える。
「かっこいいじゃん。勝てる人出てきたら、面白そう。」
「…あーでも、物理は2位の木原に負けそう。」
「木原…?うちのクラスの?」
「うん。3年4組の木原杏果(きはらきょうか)。こないだ聞いたら、あと5点だったんだよな…」
「追いつかれないように応援してるわ。」
「ありがと。吉岡も。」
後ろから暁斗が俺を呼ぶ声が聞こえる。
「あー…うん。ありがとう。また。」
「またね。」
若宮と渋々別れて、暁斗のもとへ向かう。
脳裏に焼きついた若宮の笑顔が離れない。
「卓、最近若宮とよく一緒にいるじゃん。関わり合ったけ?」
「ない…けど。」
「ふーん。でも、あんな暗いやつと何してんの?」
「暗い…?」
暗くはないと思うけど。割と笑うし、よく話す。
「うん。なんかずっと本読んでて、話しかけづらいっていうか。」
「そうかなぁ…」
「ま、いいや。昼飯食おうぜー!お前らも。」
暁斗が誘えば断る人はいない。もちろん女子を含めて。
友達が多いだけじゃなくて、顔も良いとか羨ましい要素が詰まっている。俺が一緒にいるのは不釣り合いだと感じるくらいには。
「じゃあ、午後の作戦会議も教室でするか!4組の教室集合!」
明るくてハキハキとした暁斗の声が体育館に響く。
俺は暁斗に手を引かれて流されるがままに、教室へ向かった。

午後も大盛り上がりだった。
女子達は早く試合が終わったらしく、男子の応援をしていた。
誰かが得点を決める度に、歓声が聞こえる。
ふと、視界の端に若宮が映る。体育館の端で、体育座りをしてぼーっとしている。眠そうだ。
目があったので、手を振ると若宮が会釈をする。いつも礼儀正しい。それも若宮の良いところだと思うけどな…。暗いとか、硬いとか言われるのはそれが原因なのかもしれないが。
「卓〜、またにやけてんじゃん。好きな人でもいた?紹介しよっかー?」
「にやけてた!?」
「うん。無意識なん?」
「うん…。」
「それって…。いや、いいや。」
「え?まって、気になるじゃんか!」
「まあまあ…とりあえず!試合に集中してくださいな。」
そう言う暁斗は、悪巧みをしているような笑顔だ。
何を言いかけたんだろう。気になって試合に全然集中できなかった。とは言っても、身体は勝手に動くのでミスは少なかった。
普段の練習がこんなところで活きてくるとは。

全ての試合が終わり、学年全員が体育館に集められる。女子の表彰、男子の表彰、総合表彰の順で、クラスが呼ばれる。
女子は優勝が4組。準優勝は3組らしい。
俺が一番最初に若宮を探しに行った時に話しかけたロングヘアの女子は、女バスのキャプテンだった。他人に無関心すぎて知らなかった。
男子は優勝が4組、準優勝は1組だった。
てっきり賞状を受け取る人は事前に決めているのだと思っていたら、決まっていなかったようだ。すると突然、学級委員長の畑中侑介(はたなかゆうすけ)が「一番活躍したのは卓だから、卓行ってこい!」と言うので、断れるわけもなく俺は立ち上がった。
体育教師から賞状を渡されて、なんとなく両手で受け取る。大勢の前に立つことに慣れてないから、ぎこちなかったかもしれない。
クラスの場所に戻って座ると、女子からの視線が集まる。
俺なんか暁斗と一緒にいるだけで、普通にしてれば陰キャだよな…確かに、と納得しつつやっぱり他の男子がが行った方が良かったんじゃないかと思う。
総合優勝はもちろん、うちのクラスで賞状は暁斗が受け取った。イケメンすぎて俺には少し眩しい存在だ。

放課後、女子はカバンを持ってどこかへ遊びに行ってしまった。男子もカラオケ行こうぜ!とか提案されて、10人くらいは教室から消えていってしまった。俺も暁斗に誘われたが、「今日は用事あるから。ごめん。」と断った。
本当は何もないけれど。
今日くらい放課後はゆっくり過ごしたい。
最近は、春季大会が近くて部活の練習も多いから勉強する時間も休む時間もない。
オレンジ色に染まる空を窓から眺める。
お先真っ暗で、やりたいこともない俺はこの先どこに行くんでしょうか…神様。
なーんて、神に聞いても無駄か。
ガタッと後ろから音がして、振り返る。
教室を見渡すとクラスメイトは誰もいなかった。
俺の後ろには悔しそうな顔で立つ天才が一人。
「何やってんの?」
「いや…吉岡のこと、後ろからおどかそうとしたら、机に足ぶつけた。」
「相変わらず、変なところでドジだな。まーでも、そこが若宮らしいのかもな。」
若宮は恥ずかしそうにリュックのストラップをいじる。
「とりあえず、座りなよ。」
と俺が言うと、若宮は俺の隣の席に座った。
数十秒の沈黙の後に若宮が口を開く。
「あ、あのさ。連絡先、交換しない?」
俺は若宮の口からその言葉が出てきたことに驚く。絶対自分から言わなそうなのに。
「うん。それ俺も言おうと思ってた。」
「ほんと?…俺さ、人と関わるの苦手だからクラスとかに、なかなか打ち解けられなくて。」
「そう?意外と上手くやってるように見えるけど…」
「全然。体育とかペアでやるのあんまり好きじゃない。一人になるし。」
俺から見えていた若宮は、割と周りとも良い関係だと思っていたが、実はそんなことないのかもしれない。
「体育は俺もあんま好きじゃない。ペア制度やめて欲しいよな。俺も、いつも余り組。仕方なく入れてもらう時の気まずさ半端ない。」
「わかる!吉岡もやっぱそう思う?」
「うん。仲良い人、あんまいないし。」
「深山は?」
「あいつとは3年間クラスが同じってだけでめちゃくちゃ仲良いわけじゃないんだよな〜。」
正直、暁斗とはタイプが違う。俺はあんな明るくないし、ハキハキと喋れない。
「てっきり、ずっと一緒にいるのかと思ってた。でも、そうだよね。人間関係って難しいよね。」
「ほんとそう。色々考えないといけないから大変だよな。」
「うんうん。」
「あ、でも若宮は学年に仲良い人いるんだっけ?俺と同じクラスの木原とか。よく廊下で話してるよな。」
「あー、木原は1年と2年の時に同じクラスだったんだよね。」
「へー、そっか。」
俺はなんかモヤっとした。なんでかはわからない。
「でも木原と冬に研修行ったんだけどさ、同じ部屋で3日も過ごして思ったのは、あいつとは絶対に一緒に暮らしたくないなーって。」
「もしかして事件でもあったの?」
気になってどんどん聞き入ってしまう。
「いやーそれが、本当に俺の価値観と合わないだけだと思うんだけどさ。まず、ホテルの部屋に入るんだけど、着替えずに汚れた服のままベッドにダイブしたんだよね。もう俺、信じられなくて。」
それは俺もびっくりするかもしれない。人によると思うが。潔癖の俺にとっては共感しかない。
「あと、風呂も部屋についてたんだけど、ジャンケンでどっちが先に入るか決めたんだよね。」
ジャンケンってなんか可愛いな、と思いながら話を聞く。
「俺が負けたから後に入ることになったんだけど…木原が風呂上がったから、俺も入ろうと思ったんだよね。洗面所が風呂の前にあって、まず洗面所の扉を開けたら水浸し。」
「確かにそれは大変だな…」
「うん。楽観的でポジティブなやつだけど一緒に暮らすならもっと穏やかな人が良いなって実感した研修だったよ〜。」
ちなみに若宮がさっきから言っている研修は大学が高校と連携して行なっているもので、大学の講義を受けて、実験をしたりするなど大学生を早くから体験できるものだ。
「すげーわかる。穏やかな人が良いよな。あと、価値観が合う人。」
若宮はうんうん、と頷く。
「話逸れてごめん。連絡先って普通にチャットアプリでいい?」
「うん。電話番号とか聞いてどうやって使うん?」
と俺が笑うと、若宮が「そ、そんなのわかんないじゃん!」と恥ずかしそうにこたえる。
QRコードをかざして、若宮の連絡先をゲットする。
若宮のアイコンは綺麗な夜空だ。
「これ、星空?」
「うん。綺麗でしょ?」
「めちゃくちゃ綺麗。どこで撮ったん?」
「家の庭。」
衝撃の答えに俺は一瞬戸惑う。
「家!?」
「うん。うち、ど田舎にあるからさ。街灯とかも少なくて、夜は星が綺麗に見えるんだよね〜」
そういえば以前、電車で家まで2時間かかるって言ってた気がする。
「いいなぁ…いつか行ってみたい。」
「吉岡の家からは見えないの?星。」
「うーん…見えるけど、うちの庭の近くにたまたま街灯があって。少し離れた公園に行かないと綺麗に見えないんだよね…」
「そっか〜。でもいつか俺のうちにもおいでよ。」
「若宮の家に行くためには、俺が電車を終点まで乗り過ごさないとだなぁ。」
「ふっ…わざわざ乗り過ごすんだ。」
くすくすと若宮は笑う。
暁斗は若宮のことを暗いやつって言ってたけど、よく普通に笑う。すぐに笑顔になるから、こっちまで楽しくなる。
「でも、逆に若宮が俺の家に来るのは途中で降りれば良いから簡単そうだな。」
「今度遊びに行こうか?朝5時とかに。」
「そもそも電車がないじゃん。」
「あ、そっか。…まあでも、俺が突然来ても驚かないでね。」
「わ、わかった。じゃあ、俺も突然行くから。」
「良いよ。俺は慣れてるから。」
いたずらな笑顔でこちらを見る。
やっぱり若宮は可愛い。…ほんと、ずるい。