司祭に案内され、プラータ達が教会にたどり着いた頃には、太陽はすっかり沈んでいた。
簡素な塀の向こうに灯る街の灯りが、疲労した彼らを温かく迎える。
ここはヴァルトン。街を守るように、塀のそばに教会が立っていた。
「見ての通り貧乏な教会だ。しかも孤児院を兼ねてるからガキ共がうるせぇ。案内はしたが、金があんなら街の中央に行きゃあ…」
そんなぶっきらぼうな言葉の途中。教会の裏口が勢いよく開き、何人もの子供が青年司祭に駆け寄ってきた。
「ハリス!おかえりなさい!」
「山菜採れた?」
子供たちは次々に司祭に話しかける。
そんな彼らに、ハリスと呼ばれた司祭は辟易したように声を荒げた。
「一気に喋るなクソガキが!さっさと馬から山菜のカゴを下ろせ。」
そんなハリスの雑な対応にも、子供たちは慣れた様子で笑いながら荷物を下ろし始めていく。
呆然とそれを見ながら、エトワールはプラータに耳打ちした。
「ねぇ、プゥ。『ハリス』って…、死者の国を司る神様の名前よね?」
彼女の確認に、プラータはゆっくりと頷いた。
エトワールの言うとおりだ。
しかも神話によれば、その冥界の神ハリスディオンは、教会が祀っている女神・アンピトリテリアと敵対している。
つまり、教会の司祭が「ハリス」を名乗るだなんて、考えられないのだ。
エトワールと同じ疑問を抱いていたカロンが、険しい顔で口を開く。
「お前…本当に司祭なのか?」
「…ハッ」
ハリスが鼻で笑う。どうやら彼はプラータたちの思いを察したらしい。
そして彼は言葉を続けた。
「カミサマなんざクソくらえだ。民を守る女神様とやらが本当に居るんなら、」
肩からだらんと下りているだけの右腕を、引きちぎらんばかりに握りしめる司祭。彼の低い声が絞り出される。
「…こんな孤児院なんざ必要ねぇだろうが」
その言葉は、「司祭」としてあるまじきもの。しかし、彼の瞳に宿る憎悪が、彼の背後に隠れる子供達の不安げな表情が、彼の発言をずしりと重くさせている。
月のない夜に、教会の灯りだけがほのかに揺れていた。
すると腹の底から響くような音が、静まり返ったこの場に突如鳴り響いた。
あまりに不釣り合いなその音に、ハリスの眉間に深い皺が寄り、カロンが目を見開く。
エトワールはあまりにも大きなその音の主をポカンと見上げた。
それは、プラータのお腹の音だった。
「…だって、お昼ご飯食べずに山を下って来て、夕食もまだでしょ?」
恥ずかしそうに頬をかくプラータが呟く。確かに、彼の言う通りなのだが。
「…殿下、昨晩の送別会と今朝の朝食で、村の食料備蓄をほとんどお一人で食べ尽くしたでしょう?」
頭を抱えたカロンの鋭いツッコミに、プラータは言い逃れできず視線をそらした。
さて、そんな彼の様子に最初に吹き出したのは誰だったか。
いつの間にか、この場は子供達の笑い声に包まれていた。エトワールも肩を振るわせている。
「髪の長いお兄ちゃん、お腹ペコペコなの?」
そう言いながら男の子たちがプラータに駆け寄ってくる。
一方エトワールは、山菜のカゴを持つ女の子たちの方へ向かい、ハリスに尋ねた。
「ハリス司祭様、この山菜でお夕飯を作っていいですか?山菜料理は得意です!」
エトワールの言葉に、女の子たちの表情に花が咲く。
少年少女たちの様子を見ていたハリスは、舌打ちをひとつすると「おい」と女の子たちへまず声をかけた。
「その女をキッチンに案内してこい。一緒に飯作ってろ。」
「はーい!」
元気な返事と共に、エトワールの手を引いていく女の子たち。
ハリスはその姿を見送った後、今度は男の子たちへ指示をだす。
「お前らはその2人と街でパンをたらふく買ってこい。金はそいつらにたかっていいぞ。」
「やったーーー!!!!」
飛び上がって喜ぶ男の子たち。もちろん面食らったのはプラータとカロンだ。
「ちょっ、司祭!」
抗議の声をあげるプラータ。
すでに教会の方へ歩き始めてたハリスはチラリと視線だけを寄越して言った。
「どうせ貴族だろテメェ等。たまには貧乏人に施せよ。」
そしてそのまま彼は教会の中へ去ってしまった。
今まで出会ったことのないタイプの司祭だ。
「んな無茶苦茶なぁ…」
面食らったプラータが思わずそう呟く。
そのまま、2人は孤児院の男の子たちに引っ張られ、ヴァルトンの街へ向かうのだった。
ーーー
コトコトと鍋が歌う。ハーブを煮出したスープの素だ。食欲をそそる香りが簡素なキッチンを満たしている。
幼い女の子たちが、井戸水で豆を丁寧に洗っている。量がいつもより多いので、二人がかりだ。
エトワールは、この中でも年長者と思われる少女と、山菜やキノコを一口大に切っていく。
「みんな、料理の手際がいいのね。」
エトワールは少女たちにそう声をかけた。母と2人で村唯一の居酒屋を切り盛りしていたエトワールにとって、料理は手際が命。そんな彼女から見て、この孤児院にいる少女たちの腕前は合格ラインだ。
「だって早くご飯食べたいもん!」
洗った豆を鍋に入れながら年端も行かぬ女の子が答える。鍋の番をしている少女が、それに続いた。
「大人はハリスと司教様しか居ないから、いつも料理は私達で当番制なの。毎日やっていれば、そりゃあ手際はよくなるわ。」
少女の言葉に、エトワールは合点がいった。確かに彼女たちの手際は、日々料理をしていることがわかるものだ。
笑顔で少女たちとおしゃべりを続けるエトワール。
「ハリス司祭様は、どんな方なの?」
彼女が出した話題に、少女たちはわぁッと嬉しそうに話しだした。
「ハリスはね、片腕しか動かないのに何でも出来るんだよ!」
「盗賊に襲われてた私を司教様と一緒に助けてくれたの。」
「いっつも筋トレしてる!でも司教様みたいにムキムキにならないって拗ねてた!」
「お料理、ハリスが教えてくれたんだぁ。」
少女たちから溢れ出る彼への好意と信頼。ハリスのあの険しい表情と荒い態度だけ見れば信じられないくらいだ。
エトワールの隣で料理していた、お姉さん的存在の少女が続く。
「ハリスは、1番最初に司教様が保護した子供だったそうです。ここが孤児院になったきっかけというか…。以来ずっと、司教様の補佐をしているし、私達にとっては、兄貴分なんです。」
「そうなんだ…。」
少女たちの言葉に、エトワールは呟く。
正直に言うと、エトワールからハリスへの第一印象は「怖い」だった。
屈強な男3人をそれぞれ一撃ずつで倒してしまった衝撃と、こちらへ向けてくる鋭い視線。
教会へ向かっている間もほぼ無言。回数の多い舌打ち。
いくらプラータが警戒しなくていいと言っていたとはいえ、やはり怖かったのだ。
だが、少女たちの話しでその印象はすっかり消えてしまった。
不器用だけど、根は優しい人なのかもしれない。
加えて気になったのは、「司教」という存在。
今の所、それらしき姿は見ていない。
挨拶とお礼がしたいと思い、エトワールは尋ねた。
「ところで、司教様はいまどこにいらっしゃるの?」
すると少女たちは口を揃えて笑顔で答えた。
「クソ子爵をぶっ飛ばしに!!」
「…へ?」
どういうことだろう、とエトワールが返す間もなく。
バタン、と大きな音を立てて扉が閉まる音が響いた。全員の視線がそちらへ向くが、キッチンへ入ってきたのはハリスだった。
「余計なことベラベラ喋ってんじゃねぇぞ。」
相変わらず乱暴な態度。そんな彼の左手には、うさぎの肉が何束か握られていた。
どうやら、保存庫からその肉を取ってきていたらしい。
豆をスープ鍋へ入れ終わった子供たちがそれに気づき、目を輝かせた。
「お肉だぁ!!」
「今日お肉食べていい日なの?」
調理台に肉をのせて、食器棚を開くハリス。
まな板と包丁を1つずつ取り出しながら、女の子に目もくれずに答えた。
「客が来てるからな。兎くらい、また狩ればいい。」
その言葉に、キッチンは歓喜の声に包まれた。
彼女たちにとってお肉がご馳走なのだとよくわかる。
「ハリス司祭様、そのお肉、私がお料理していいですか?」
「あ?」
エトワールの提案に、ハリスは驚いたような困ったような顔をする。
睨まれてるとも感じそうな表情だが、エトワールにはもう怖くない。
「居酒屋、踊り星亭の看板メニューを振る舞いますっ!」
自信満々に宣言するエトワール。その勢いにおされたのか、ハリスは尻込みするように頷いたのだった。
ーーー
紙袋いっぱいに入ったパンを抱える少年3人。
りんごやクルミの入ったすこし重たい紙袋を抱える少年2人。
今日はご馳走だ!とはしゃぐ彼らの後ろで、プラータは困り笑顔だ。
「あーぁ、旅費が尽きちゃった。」
そうぼやくプラータ。しかしその瞳は優しく、満足げだ。子どもたちの抱える食料は、本当に全てプラータが奢ったものだ。
そんな主人を見上げて、カロンは微笑む。子どもたちが喜ぶ姿を喜べるプラータの人柄に彼は惚れたのだ。それ故に、カロンはいまここにいる。
「…貯金は全て持ってきていますので、ご安心ください。殿下。」
「わー、流石高給取り〜」
冗談めかしてカロンが言えば、同じように冗談めいた返しがプラータから返ってきた。
プラータから頭をわしわしと撫でられる。温かいその手に、カロンの胸はいっぱいになるのだった。
さて、プラータは前を歩く少年たちへ歩み寄り声をかけた。
「ノア、エディ、リューク、ミラン。領主様のお屋敷跡っていうのは、あとどのくらい?」
4人の少年それぞれの名前を呼ぶプラータ。現在彼らが向かっているのは教会とは反対側。
子爵領に併合される前のこのエリアの領主がこの街に住んでいたと聞いたプラータたちは、そこへ案内してもらっていた。
「あれだよ!」
リュークと呼ばれた少年が指差す。
視線を向けたプラータとカロンの目に飛び込んできたのは、想像を絶するものだった。
首都住まいのプラータたちからすれば、広くはない敷地。しかしこの街では1番大きな家があったのだろうとわかるレンガ造りの控えめな外壁。
その中に見えるのは、焼け跡だった。
炭になった木材たちが無残に積み重なっている。多少は整理されたらしいのは入り口そばのみで、事件当時の悲惨さがそのまま残されていた。
整理された場所に小さな十字が2つ立っている。そばに花が添えられているのを見ると、お墓なのだろう。
「ひどい…」
プラータから言葉が漏れる。
カロンは、フルーツを抱えた年長者2人に声をかけた。
「7年前まで、ここに領主様が住んでいたんだな?」
「うん。」
「俺達もちっちゃい頃だから、あんまり覚えてないけど。」
カロンの質問に頷くリュークとミラン。残りの2人は10歳にも満たない年齢なため何も知らないだろうと考えて、カロンはリュークたちに重ねて尋ねた。
「どうしてお屋敷はこうなってしまったのか、知っているか?」
「火事?だっけ?」
「たぶん?なんか凄い燃えてたのは何となく覚えてる。」
「火事か…」
2人の答えに唸るカロン。
焼け跡とお墓を改めて見たのち、彼はプラータを振り返る。
「殿下、妙だとは思いませんか。」
その問いかけに、プラータは頷いた。
「うん。ただの火事だとしたら、当主たちはなぜ逃げられなかったんだろう。なぜ…こんなになるまで、鎮火されなかったんだろう。」
大人たちの会話にキョトンと首をかしげる子供たち。
そんな彼らを安心させるようにプラータは頭を撫でた。
「ちょっと待ってて。」
そう子どもたちに声をかけて、プラータは門を潜っていく。
そして簡素なお墓の前に膝をつく。
十字に木材を縛っている紐にぶらさがる小さな墓標。
そこに記された名は、「カスパー・アンベルク男爵」と「イザベラ・アンベルク男爵婦人」。
「アンベルク…?」
プラータにとって、それは聞き覚えのある名前だった。
どこで聞いたのだろう、と思いを巡らせる。
王宮内だろうか?いや、違う。首都の市場だろうか?いや、それも違う。だがどこかで聞いたことがある。その名を呼んだことがある。
ふと、墓前にそなえられた野花に目がいく。真っ白な花びらが特徴的なそれはセランディア村のそばの湖畔に沢山咲いている花だ。
苦い蜜が風邪薬になると、村に居た頃プラータに教えてくれたのは確か…。
「アンベルクのおっちゃん!!」
思い出したプラータが思わず叫ぶ。
ボサボサに見える金髪に、丸メガネをかけたさえないおじちゃん。セランディア村の近くまでよく登って来ては、いろんな植物を採集したり教えてくれたり、逆に村人に聞いてきたりしていた。
確かによく村長のゼフと話している姿を見ていたが、彼が領主だとは全く気づかなかった。
ある日を境にぱったり会わなくなったなぁ、とは思っていた。まさか、亡くなっていたなんて。
衝撃が後から後から押し寄せてくる。
溢れてくる涙をぐっと拭って、プラータは手を合わせた。
「お久しぶりです…おっちゃん。」
プラータの頬を撫でる夜風は、まるで彼の挨拶に応えているようだった。
To be continued...
簡素な塀の向こうに灯る街の灯りが、疲労した彼らを温かく迎える。
ここはヴァルトン。街を守るように、塀のそばに教会が立っていた。
「見ての通り貧乏な教会だ。しかも孤児院を兼ねてるからガキ共がうるせぇ。案内はしたが、金があんなら街の中央に行きゃあ…」
そんなぶっきらぼうな言葉の途中。教会の裏口が勢いよく開き、何人もの子供が青年司祭に駆け寄ってきた。
「ハリス!おかえりなさい!」
「山菜採れた?」
子供たちは次々に司祭に話しかける。
そんな彼らに、ハリスと呼ばれた司祭は辟易したように声を荒げた。
「一気に喋るなクソガキが!さっさと馬から山菜のカゴを下ろせ。」
そんなハリスの雑な対応にも、子供たちは慣れた様子で笑いながら荷物を下ろし始めていく。
呆然とそれを見ながら、エトワールはプラータに耳打ちした。
「ねぇ、プゥ。『ハリス』って…、死者の国を司る神様の名前よね?」
彼女の確認に、プラータはゆっくりと頷いた。
エトワールの言うとおりだ。
しかも神話によれば、その冥界の神ハリスディオンは、教会が祀っている女神・アンピトリテリアと敵対している。
つまり、教会の司祭が「ハリス」を名乗るだなんて、考えられないのだ。
エトワールと同じ疑問を抱いていたカロンが、険しい顔で口を開く。
「お前…本当に司祭なのか?」
「…ハッ」
ハリスが鼻で笑う。どうやら彼はプラータたちの思いを察したらしい。
そして彼は言葉を続けた。
「カミサマなんざクソくらえだ。民を守る女神様とやらが本当に居るんなら、」
肩からだらんと下りているだけの右腕を、引きちぎらんばかりに握りしめる司祭。彼の低い声が絞り出される。
「…こんな孤児院なんざ必要ねぇだろうが」
その言葉は、「司祭」としてあるまじきもの。しかし、彼の瞳に宿る憎悪が、彼の背後に隠れる子供達の不安げな表情が、彼の発言をずしりと重くさせている。
月のない夜に、教会の灯りだけがほのかに揺れていた。
すると腹の底から響くような音が、静まり返ったこの場に突如鳴り響いた。
あまりに不釣り合いなその音に、ハリスの眉間に深い皺が寄り、カロンが目を見開く。
エトワールはあまりにも大きなその音の主をポカンと見上げた。
それは、プラータのお腹の音だった。
「…だって、お昼ご飯食べずに山を下って来て、夕食もまだでしょ?」
恥ずかしそうに頬をかくプラータが呟く。確かに、彼の言う通りなのだが。
「…殿下、昨晩の送別会と今朝の朝食で、村の食料備蓄をほとんどお一人で食べ尽くしたでしょう?」
頭を抱えたカロンの鋭いツッコミに、プラータは言い逃れできず視線をそらした。
さて、そんな彼の様子に最初に吹き出したのは誰だったか。
いつの間にか、この場は子供達の笑い声に包まれていた。エトワールも肩を振るわせている。
「髪の長いお兄ちゃん、お腹ペコペコなの?」
そう言いながら男の子たちがプラータに駆け寄ってくる。
一方エトワールは、山菜のカゴを持つ女の子たちの方へ向かい、ハリスに尋ねた。
「ハリス司祭様、この山菜でお夕飯を作っていいですか?山菜料理は得意です!」
エトワールの言葉に、女の子たちの表情に花が咲く。
少年少女たちの様子を見ていたハリスは、舌打ちをひとつすると「おい」と女の子たちへまず声をかけた。
「その女をキッチンに案内してこい。一緒に飯作ってろ。」
「はーい!」
元気な返事と共に、エトワールの手を引いていく女の子たち。
ハリスはその姿を見送った後、今度は男の子たちへ指示をだす。
「お前らはその2人と街でパンをたらふく買ってこい。金はそいつらにたかっていいぞ。」
「やったーーー!!!!」
飛び上がって喜ぶ男の子たち。もちろん面食らったのはプラータとカロンだ。
「ちょっ、司祭!」
抗議の声をあげるプラータ。
すでに教会の方へ歩き始めてたハリスはチラリと視線だけを寄越して言った。
「どうせ貴族だろテメェ等。たまには貧乏人に施せよ。」
そしてそのまま彼は教会の中へ去ってしまった。
今まで出会ったことのないタイプの司祭だ。
「んな無茶苦茶なぁ…」
面食らったプラータが思わずそう呟く。
そのまま、2人は孤児院の男の子たちに引っ張られ、ヴァルトンの街へ向かうのだった。
ーーー
コトコトと鍋が歌う。ハーブを煮出したスープの素だ。食欲をそそる香りが簡素なキッチンを満たしている。
幼い女の子たちが、井戸水で豆を丁寧に洗っている。量がいつもより多いので、二人がかりだ。
エトワールは、この中でも年長者と思われる少女と、山菜やキノコを一口大に切っていく。
「みんな、料理の手際がいいのね。」
エトワールは少女たちにそう声をかけた。母と2人で村唯一の居酒屋を切り盛りしていたエトワールにとって、料理は手際が命。そんな彼女から見て、この孤児院にいる少女たちの腕前は合格ラインだ。
「だって早くご飯食べたいもん!」
洗った豆を鍋に入れながら年端も行かぬ女の子が答える。鍋の番をしている少女が、それに続いた。
「大人はハリスと司教様しか居ないから、いつも料理は私達で当番制なの。毎日やっていれば、そりゃあ手際はよくなるわ。」
少女の言葉に、エトワールは合点がいった。確かに彼女たちの手際は、日々料理をしていることがわかるものだ。
笑顔で少女たちとおしゃべりを続けるエトワール。
「ハリス司祭様は、どんな方なの?」
彼女が出した話題に、少女たちはわぁッと嬉しそうに話しだした。
「ハリスはね、片腕しか動かないのに何でも出来るんだよ!」
「盗賊に襲われてた私を司教様と一緒に助けてくれたの。」
「いっつも筋トレしてる!でも司教様みたいにムキムキにならないって拗ねてた!」
「お料理、ハリスが教えてくれたんだぁ。」
少女たちから溢れ出る彼への好意と信頼。ハリスのあの険しい表情と荒い態度だけ見れば信じられないくらいだ。
エトワールの隣で料理していた、お姉さん的存在の少女が続く。
「ハリスは、1番最初に司教様が保護した子供だったそうです。ここが孤児院になったきっかけというか…。以来ずっと、司教様の補佐をしているし、私達にとっては、兄貴分なんです。」
「そうなんだ…。」
少女たちの言葉に、エトワールは呟く。
正直に言うと、エトワールからハリスへの第一印象は「怖い」だった。
屈強な男3人をそれぞれ一撃ずつで倒してしまった衝撃と、こちらへ向けてくる鋭い視線。
教会へ向かっている間もほぼ無言。回数の多い舌打ち。
いくらプラータが警戒しなくていいと言っていたとはいえ、やはり怖かったのだ。
だが、少女たちの話しでその印象はすっかり消えてしまった。
不器用だけど、根は優しい人なのかもしれない。
加えて気になったのは、「司教」という存在。
今の所、それらしき姿は見ていない。
挨拶とお礼がしたいと思い、エトワールは尋ねた。
「ところで、司教様はいまどこにいらっしゃるの?」
すると少女たちは口を揃えて笑顔で答えた。
「クソ子爵をぶっ飛ばしに!!」
「…へ?」
どういうことだろう、とエトワールが返す間もなく。
バタン、と大きな音を立てて扉が閉まる音が響いた。全員の視線がそちらへ向くが、キッチンへ入ってきたのはハリスだった。
「余計なことベラベラ喋ってんじゃねぇぞ。」
相変わらず乱暴な態度。そんな彼の左手には、うさぎの肉が何束か握られていた。
どうやら、保存庫からその肉を取ってきていたらしい。
豆をスープ鍋へ入れ終わった子供たちがそれに気づき、目を輝かせた。
「お肉だぁ!!」
「今日お肉食べていい日なの?」
調理台に肉をのせて、食器棚を開くハリス。
まな板と包丁を1つずつ取り出しながら、女の子に目もくれずに答えた。
「客が来てるからな。兎くらい、また狩ればいい。」
その言葉に、キッチンは歓喜の声に包まれた。
彼女たちにとってお肉がご馳走なのだとよくわかる。
「ハリス司祭様、そのお肉、私がお料理していいですか?」
「あ?」
エトワールの提案に、ハリスは驚いたような困ったような顔をする。
睨まれてるとも感じそうな表情だが、エトワールにはもう怖くない。
「居酒屋、踊り星亭の看板メニューを振る舞いますっ!」
自信満々に宣言するエトワール。その勢いにおされたのか、ハリスは尻込みするように頷いたのだった。
ーーー
紙袋いっぱいに入ったパンを抱える少年3人。
りんごやクルミの入ったすこし重たい紙袋を抱える少年2人。
今日はご馳走だ!とはしゃぐ彼らの後ろで、プラータは困り笑顔だ。
「あーぁ、旅費が尽きちゃった。」
そうぼやくプラータ。しかしその瞳は優しく、満足げだ。子どもたちの抱える食料は、本当に全てプラータが奢ったものだ。
そんな主人を見上げて、カロンは微笑む。子どもたちが喜ぶ姿を喜べるプラータの人柄に彼は惚れたのだ。それ故に、カロンはいまここにいる。
「…貯金は全て持ってきていますので、ご安心ください。殿下。」
「わー、流石高給取り〜」
冗談めかしてカロンが言えば、同じように冗談めいた返しがプラータから返ってきた。
プラータから頭をわしわしと撫でられる。温かいその手に、カロンの胸はいっぱいになるのだった。
さて、プラータは前を歩く少年たちへ歩み寄り声をかけた。
「ノア、エディ、リューク、ミラン。領主様のお屋敷跡っていうのは、あとどのくらい?」
4人の少年それぞれの名前を呼ぶプラータ。現在彼らが向かっているのは教会とは反対側。
子爵領に併合される前のこのエリアの領主がこの街に住んでいたと聞いたプラータたちは、そこへ案内してもらっていた。
「あれだよ!」
リュークと呼ばれた少年が指差す。
視線を向けたプラータとカロンの目に飛び込んできたのは、想像を絶するものだった。
首都住まいのプラータたちからすれば、広くはない敷地。しかしこの街では1番大きな家があったのだろうとわかるレンガ造りの控えめな外壁。
その中に見えるのは、焼け跡だった。
炭になった木材たちが無残に積み重なっている。多少は整理されたらしいのは入り口そばのみで、事件当時の悲惨さがそのまま残されていた。
整理された場所に小さな十字が2つ立っている。そばに花が添えられているのを見ると、お墓なのだろう。
「ひどい…」
プラータから言葉が漏れる。
カロンは、フルーツを抱えた年長者2人に声をかけた。
「7年前まで、ここに領主様が住んでいたんだな?」
「うん。」
「俺達もちっちゃい頃だから、あんまり覚えてないけど。」
カロンの質問に頷くリュークとミラン。残りの2人は10歳にも満たない年齢なため何も知らないだろうと考えて、カロンはリュークたちに重ねて尋ねた。
「どうしてお屋敷はこうなってしまったのか、知っているか?」
「火事?だっけ?」
「たぶん?なんか凄い燃えてたのは何となく覚えてる。」
「火事か…」
2人の答えに唸るカロン。
焼け跡とお墓を改めて見たのち、彼はプラータを振り返る。
「殿下、妙だとは思いませんか。」
その問いかけに、プラータは頷いた。
「うん。ただの火事だとしたら、当主たちはなぜ逃げられなかったんだろう。なぜ…こんなになるまで、鎮火されなかったんだろう。」
大人たちの会話にキョトンと首をかしげる子供たち。
そんな彼らを安心させるようにプラータは頭を撫でた。
「ちょっと待ってて。」
そう子どもたちに声をかけて、プラータは門を潜っていく。
そして簡素なお墓の前に膝をつく。
十字に木材を縛っている紐にぶらさがる小さな墓標。
そこに記された名は、「カスパー・アンベルク男爵」と「イザベラ・アンベルク男爵婦人」。
「アンベルク…?」
プラータにとって、それは聞き覚えのある名前だった。
どこで聞いたのだろう、と思いを巡らせる。
王宮内だろうか?いや、違う。首都の市場だろうか?いや、それも違う。だがどこかで聞いたことがある。その名を呼んだことがある。
ふと、墓前にそなえられた野花に目がいく。真っ白な花びらが特徴的なそれはセランディア村のそばの湖畔に沢山咲いている花だ。
苦い蜜が風邪薬になると、村に居た頃プラータに教えてくれたのは確か…。
「アンベルクのおっちゃん!!」
思い出したプラータが思わず叫ぶ。
ボサボサに見える金髪に、丸メガネをかけたさえないおじちゃん。セランディア村の近くまでよく登って来ては、いろんな植物を採集したり教えてくれたり、逆に村人に聞いてきたりしていた。
確かによく村長のゼフと話している姿を見ていたが、彼が領主だとは全く気づかなかった。
ある日を境にぱったり会わなくなったなぁ、とは思っていた。まさか、亡くなっていたなんて。
衝撃が後から後から押し寄せてくる。
溢れてくる涙をぐっと拭って、プラータは手を合わせた。
「お久しぶりです…おっちゃん。」
プラータの頬を撫でる夜風は、まるで彼の挨拶に応えているようだった。
To be continued...

