アクアセリス双王譚 〜追放王子ですが王座奪還のために首都を目指します!〜

首都、アクシアの王宮にて。
黙々と政務を進めているシルヴァラ。
L字型に机が並ぶ執務室には、大きな窓から陽光が降り注ぎ、小鳥のさえずりと共に、庭園での軍隊の訓練の掛け声が微かに響いていた。そこはかつて、双子の王子たちが並んで政務をこなしていた場所。——今は、シルヴァラ一人だけが机に向かっている。

財務担当がまとめた今年の首都の納税や各店舗の売り上げ確認は、計算が得意なプラータが担当していた仕事だ。
半分以上手付かずなその書類の束を手に取った時、シルヴァラには違和感があった。

プラータが確認済みの範囲に、やたらと追記のメモが多く挟まっているのだ。
そんなに修正箇所が多いのか?と疑問に思い、シルヴァラは表紙をめくった。

しかしメモの内容を見た途端、彼の心配は安堵と呆れに変わったのだ。

イカ焼き屋台の欄のそばには
「美味しい!けど冬はおっちゃんの防寒対策をもう少しした方がいい」
とあるピザ屋の欄には
「お庭のハーブがお隣の花壇まで侵食しそう。要注意!」
とある八百屋の欄には
「結婚おめでとう〜〜〜!!お祝い持っていかなきゃ」

書類を汚さないよう、わざわざ別の紙切れにメモをし、だがどの店のことかすぐ分かるように、適切な位置に挟み込んである。そこに書かれているのは、こんな他愛もない言葉ばかりだった。
仕事の精度は問題ないのだが、こんなこと書いていたらそりゃあ半分も終わらないはずだ。

ノックもせずに扉を豪快に開けて、
「シル〜〜!おまたせ!市場のお土産!!」
と焼き菓子を差し出す笑顔が目に浮かぶ。
プラータが居なくなったこの執務室は、ペンを滑らす音が聞こえるほど静かになった。

「…今どこで何してんだ、プゥ。」

無鉄砲な兄を想い、ポツリと呟くシルヴァラ。
どこか嬉しそうな微笑みを口元に浮かべながら、彼は兄のメモに従い指示書を書き進めていった。

ーーー

夕日が森の木々に遮られ、最早夜と変わらない暗さの道すがら。
街道とも言えない荒れた道の端で、プラータは思いっきり水筒の水を飲み干していく。
そんな彼の足の怪我をエトワールが静水魔法で治療していた。

「エト〜〜〜ありがとね〜〜〜。」

若干なきべそをかきながら、水を飲んだプラータが言う。
その言葉に首を振って、申し訳なさげにエトワールは口を開いた。

「私こそ…ずっと守って貰って…何も出来なくて…」

というのも、今日の午後にゼファルド山を下りたのに、夕方になっても森を抜けられない。彼らはひっきりなしに暴漢に襲われ続けているためだ。
大抵が金品や食べ物目当ての盗賊であり、人数にものを言わせたような杜撰な強襲。そのため、プラータとカロンの二人で十分対応出来ている。何一つ盗まれてはいない。
しかし、さすがに4戦、5戦と続くと疲れが出てくるもので。ついに軽傷を負ったプラータをエトワールが手当しているところだった。
なお、今回戦った2人組をカロンが森の中へ連れて行った。現在事情を聞き出している最中だ。

しょんぼりしているエトワールを安心させるように、プラータは彼女の頭を撫でた。

「いまこうして、俺の怪我を治してくれてるのは、エトにしか出来ないことだよ。もしエトが居なかったら、俺もカロンもここで死んじゃってたかも。」
「そんなことないと思うのだけど…」

そうエトワールが呟く。それに対して、プラータは笑って断言した。

「そんなことあるよ。怪我って洒落にならないんだよ?」

エトワールの不安は、怪我が治って元気そうな彼の笑顔と言葉にかき消された。

「エト、一緒に来てくれてありがとう!」
「…うん」

そう頷いて笑ったエトワールに、プラータも安心した。見つめ合う2人。どこか甘酸っぱい空気が彼らを包んだ。

しかし、

「…いい空気のところ失礼します、殿下。」

気配もなく急に戻ってきたカロンのその一声に、プラータもエトワールもビクリと肩を震わせた。
跳ねる心臓を抑えながら、エトワールが口を開く。

「お、おかえりなさい、カロンくん。」
「ただいま戻りました、エトワール。」

二人のみに声が聞こえるであろう位置に腰を下ろすカロン。
そして彼は、盗賊から聞き出した情報をプラータとエトワールに報告し始めた。

「ここは北領、カルヴァイン子爵の領地内です。ただし、本来の子爵領ではなく、7年前に併合された地域。子爵邸からここへ来るにはゼファルド山の麓の森を越えねばならず、その影響で行政の手が行き届かず、事実上の無法地帯になっています。国内のゴロツキや逃亡中の犯罪者が流れ着く場所となっているようです。」

その報告に、プラータは唸りながら重い口を開く。

「北領…は確か、領主が国内の犯罪者の看守も担っている。首都がある南領や、東西の領に比べたら、治安の悪さは確かに課題だったはず…。その中でも特に治安が悪いところに入っちゃった、ってこと?」

プラータの確認に、カロンは頷いて答える。

「はい。自分の身は自分で守れ、身なりがいい奴は襲って奪って当然…それがここの常識だと。特にこの辺りはまだ山のすぐそばなので、荒れた人物が最も多い。街道まで出れば多少の集落はあるそうです。なので、夜通しになるかもしれませんが、今晩のうちにそこまで向かうのが得策と思います。」

臣下の進言に耳を傾けるプラータ。そして彼は、エトワールの方へ尋ねた。

「カロンの言うとおり、とりあえず安全に眠れそうな場所まで移動を優先しようと思うんだけど、エトは平気?」

彼の言葉に、エトワールも力強く頷いた。

「うん!安全なとこまで、行ってみよう!」

彼女の返事に安心する男2人。
そして、プラータの「よし!」という声と共に、3人は再度歩き出した。
先導するのは、盗賊から道順も聞き出したカロンだ。

カロンやプラータよりも巨漢な二人組からどうやってそんな情報まで聞き出したのか…。カロンの足元についた血痕に気づいて少々末恐ろしくなったプラータだが、深く考えるのを止めたのだった。

それから30分は歩いただろうか。
突如襲ってきた一発の弾丸を、カロンの剣が切り伏せた。

「へえ?この俺の不意打ちを防ぐとはなぁ!」
「だが残念。それ即ちその剣が一級品だと証明したに過ぎない。」
「身ぐるみ全部置いていってもらおうかぁ!クソ貴族どもぉ!」

物陰から現れたのは、銃や剣や槍を構えた三人組の半グレだ。

剣を構えるカロン。
プラータは彼に横に並び剣を抜くが、思わず本音が口に出た。

「またかぁ〜〜〜〜〜〜」

警戒を強めながら、カロンがそんな彼に答える。

「もう少し変装をするべきかもしれませんね。キリがない。」
「だねぇ……………」

嫌気を感じながらも臨戦態勢をカロンとプラータはとった。
そんな時だ。

半グレ3人の背後に現れる影。

「グァっ!」
「っう…!」
「な、テメェ何者…ガハッ」

その影は鮮やかな流れでその半グレを沈黙させていく。
背後から脳天への回し蹴り。筋骨隆々の男の身体が吹っ飛んだ。それに目もくれず隣の奴へみぞおちに一発殴りを入れたかと思えば、もう1人の顔面へ長い足の蹴りが炸裂した。

バタバタと倒れる3人。唯一立っているその人物はなんと、教会の司祭の服を着ていた。

耳が隠れる位置で切りそろえられた真っ直ぐな黒い髪。プラータに並ぶ長身細身なその青年の肌は白く、整った顔立ちをしている。
しかし、キツくプラータたちを睨む瞳が、彼の苛烈さを表していた。
低い彼の声が響く。

「貴様ら、クソ子爵の手の者か?だったらここで潰す。…違うなら、もう少し身なりを考えろ。カモにしてくれって言ってるようなもんだぞ。」

プラータとエトワールを守るように、カロンが前に出て剣を構える。
一方プラータは、聖水魔法を発動し司祭服の彼を探った。

プラータが読み取れた彼の心の内は、警戒と心配。彼が発した言葉のままだ。子爵の身内かと警戒する一方で、そうでないなら自身の管轄する教会での保護を考えてくれているようだ。

そこまで読んで、プラータは安心と共にカロンの肩を叩いた。

「カロン、警戒を解いて大丈夫。」
「………かしこまりました。」

プラータの言葉に、カロンは剣を収める。
その様子に、司祭服の青年は怪訝な顔をした。

一歩前へ出て、プラータが口を開く。

「助けてありがとう、司祭さん。俺たちは子爵とは全く関係ないよ。今朝ゼファルド山を出て、やっと麓に下りてきたところなんだ。よかったら、教会で保護してもらえませんか?今日の宿に困ってて。」
「………は?ぜファルド山から??」

プラータの言葉に、怪訝な顔をする司祭の青年。
疑うようにプラータ、カロン、エトワールの3人を見比べる。

チッ、という舌打ちの音が聞こえた気がした。
しかし、司祭の青年は口を開く。

「教会はこっちだ、ついて来い。」

ぶっきらぼうだが、プラータの言葉を信じてくれたと分かったその言葉。
プラータたちは顔を見合わせ安堵の笑みをこぼす。
おいて行かれないように、司祭の青年の後に続いた。

To be continued...