アクアセリス双王譚 〜追放王子ですが王座奪還のために首都を目指します!〜

宝石のように輝く星々をエトワールはぼんやりと見上げていた。 彼女がいるのはゼファルド山の山頂だった。

エトワールはゆっくりと、視線を空から遠方へと移す。彼女の目に映るのは、この国の全景だ。
夜の帳が国を包んでいる。宝石のように輝いているエリアは、首都のアカシアだ。

海のように青く光るのが王宮。 その王宮の右に軍の本部があり、左側には王立学園。海沿いには庭園が綺麗な大聖堂がある。…らしい。
おとぎ話の中のような、華やかでキラキラした場所。 幼い頃、ここからの景色を眺めながら、プゥが話してくれたことだ。

エトワールにとっては、想像すら難しいくらい遠い世界。

「…どうしよう…」

ポツリ、ため息混じりに声が漏れる。
プラータからされた頼みごとは、田舎娘なエトワールには荷が重かった。

サクサクと軽快な足音が近づいてくる。
ふとエトワールがそちらへ目を向ければ、結った長い髪をリスの尻尾のように揺らしながら、小柄な女性が駆けてくる。

「エートー!温かいぶどう酒持ってきたよー!」

手を振りながら彼女が声を張り上げる。彼女はヒヨ。村で唯一の同い年だ。
エトワールとヒヨは、生まれたときから一緒に育ってきた仲だ。

「ヒヨ、どうしてここに?」

急に現れた幼馴染に、エトワールは目を丸くした。 そんな彼女に笑いかけながら、ヒヨは隣に腰掛け話す。

「プゥがね、ここにエトが居るだろうから話を聞いてあげてほしいって。だから来てみた!」
「プゥが?」

茶化したようにヒヨは言う。

「そ!王子様にお願いされちゃったら断れないよねぇ〜〜!」

そうして渡された白ぶどうのお酒がじんわりとエトワールの手を温めた。 その銀色のお酒はまるで、プラータの気遣いと暖かさをそのまま体現しているようだった。

「…ね、エト。プゥと何かあった?」

打って変わって、ヒヨは優しく問いかけてきた。

「何かあった訳じゃないんだけど…。実はね、」

そしてエトワールは、プラータから聞いた話を全て親友に伝えていった。 寄り添って聞いてくれるヒヨの、なんとありがたいことか。

「それ…重すぎない…!?」

一通りのあらましを聞き、ヒヨの本音が飛び出す。その言葉に、エトワールは困ったように笑った。

「ヒヨも、そう思う?」
「思うよ!アタシたちはただの田舎娘だよ!?山から下りたことすら殆どないよ!?王子様助けに宰相の計画を暴く手助けなんて無茶ぶりだよ〜〜〜!」

まるでヤケ酒のように勢い良くぶどう酒をヒヨは飲んでいく。そしてその勢いのままに思ったままをヒヨは口走る。

「っていうか、プゥって本当に王子様なんだね!?」

そんな彼女に、エトワールは思わず笑ってしまった。

その様子に少しだけ安心したヒヨ。彼女が、エトワールに問いかける。

「エトは、どうしたいの?」

その言葉に、エトワールはまとまらない思考を手繰り寄せながら答えた。

「私は…プゥの、力になれたら…いいな、って、思う。でも…私でいいのかな?っても…思うんだ…。」
「ふぅん?…エトはどうしてそう思うの?」
「だって、怪我はみんな治せるでしょう?プゥとカロンは特別な魔法だって言ってたけれど…そんな凄いこととは思えなくて…。」
「そっかぁ…。プゥの言葉が信じられないんだね、エトは。」
「んっと…そうじゃなくて…」

ヒヨと話しながら、エトワールは少しずつ自身の気持ちを整理していく。
そうしていくうちに浮かんだのは、1つの答え。彼女は、俯きながらポツリと呟いた。

「私は、私のことを…信じられない、かな。ヒヨも言ってたように、この山から下りたことすらない私に…王子様なプゥの手助けなんて…本当に出来るのかな、って…。プゥの話してくれた話が、なんだかおとぎ話の話みたいな感じがして…。」
「なるほどぉ…。そりゃそうだよねぇ。」

トポポ、と水筒からエトワールのコップにぶどう酒が注がれる。彼女の不安が、ヒヨには痛いほど分かる。自分のコップにもお酒を足しながら、ヒヨは他人事のように呟く。

「実際、宰相さん?が何しよーとも、アタシたちまで影響することってそーほとんどないもんねー。」 「…うん」

その言葉に、エトワールは思わず頷いてしまった。 事実、そうなのだ。プラータの話は確かに重要だし、力になりたいとは思うのだが、彼女にとってはどうしても、遠い世界の他人事なのだった。

「あ、そういえば。」

遠くを眺めそうだったエトワールだったが、ヒヨの言葉で我に返り彼女の顔を見た。 そして何でも無いことのようにヒヨは言う。

「2週間ちょっと前だっけ?アタシが火傷しちゃった日あったじゃない?」
「うん、あったね。」
「あの日ね、シャドウコーンの実を採ってる変な人に会ったの。そのせいで火傷しちゃったんだよね。」
「…変な人?」
「そう、変な人!真っ赤な髪で、浅黒い肌にお花の絵が描いてある変な男の人!「その実、使い方間違えたら毒になっちゃうから気をつけてくださいねー!」って、アタシが声かけてあげたの。そしたら、「そうか」って、超低い声でボソッと言って、手を振ったと思ったら!急に火の粉が目の前に飛んできて!それでアタシ火傷しちゃったの!今思えばもしかして、あの赤い髪の変な人って、プゥが言ってた国王暗殺未遂ってやつの真犯人なんじゃない!?」
「え…?」

サァ、と血の気が引く感覚がエトワールはした。
今のヒヨの推測が事実であれば、プラータの話は他人事ではなくなるのだ。

もし、本当にその赤い髪の男が真犯人ならば、その姿を見たというヒヨの命を狙ってこない保証はどこにもない。
エトワールにとっては身近なものが故に、どこにでもあると思っていたシャドウコーン。だが、プラータに濡れ衣をきせたその実は、本当にこの山から持って行かれたものなのかもしれない。

その2つの事実だけで、エトワールが怒る理由には十分だった。

「私、プゥのところに行ってくる!!」
「え、ちょっとエト!」

勢いよく立ち上がるエトワール。
彼女は驚いてるヒヨを置いて、急いで村へと駆けて行った。

ーーー

一方、その頃。 プラータとカロンは営業の終わった踊り星亭で食器洗いをしていた。 黙々と作業をする2人。
食器と水の音だけが響き、かすかなフクロウの鳴き声が相づちを打つ。

プラータは時折、誰かを待つようにお店の扉を確認していた。

「…エトワールが心配ですか?」

そんな彼に気づかない従者ではなく。
急に核心を突かれたプラータの肩が跳ねる。動揺を隠すように慌てて自分より少し下にあるツンツンヘアを見るプラータ。
作業の手を止めずに、カロンは彼を見上げて小さくため息をついて尋ねる。

「殿下は、エトワールのことを随分信頼しているようでしたが、さすがにあのお願いは重いとお思いですか?」
「っ…そ、そりゃぁ」

唇を尖らせるプラータ。
バツが悪そうにごにょごにょと言いながら、カロンから受け取った食器を拭いていく。

「こっちの都合に彼女を巻き込んでるし…。せっかく再会出来たのに、また離ればなれも寂しいし?でも危険なことに連れて行こうとしてるし。エトがこの村で人気なのもエトが村を大好きなのもよーくよーく知ってるし…。」

まったく、煮え切らない。

「殿下、エトワールに惚れてらっしゃいますもんね。」
「ほっ!?!?///」

カロンからの不意打ちに、プラータは手を滑らせた。

お皿がガシャンと大きな音を立てて割れたが、それをかき消すように勢いよく開いた扉。
顔を真っ赤にしたプラータのカロンへの抗議の言葉と、駆け込んだエトワールの男2人への決意表明の声が完全に同時に響いた。

「別にエトに惚れてなんてないよ!!」
「プゥ、私あなた達と一緒に行く!!」

まったく別の言葉が重なり合う、不協和音。
おかげでお互いが何を言ったのか誰一人聞き取れなかった。
静寂が場を包む。三者それぞれ目が点だ。

「…お、おかえり。エト。えっと、ごめん、何て?」

自分の発言を聞かれてはいないかと、顔を引きつらせたプラータがエトワールに聞き返す。
彼女は気合い十分、という雰囲気で答えた。

「私、プゥたちと一緒に行く!王様を暗殺した人に、この村や山を好きになんてさせないんだから!」
「そ、か…!ありがとう、エト。嬉しい!」
「ちょっと待ってくださいエトワール。国王陛下を暗殺した人とは?それと、正確には陛下は暗殺されてはおりません。未遂です。」

彼女の言葉に、笑顔になるプラータと険しい顔になるカロン。
一方エトワールの方も、彼らの方へ歩み寄りながら聞き返した。

「ところで、プゥはなんて言ったの?私がなぁに?」
「や、何でも無いよ!!」
「あ、エトワール。そこお皿割れてるので気をつけて。」
「きゃぁ、ほんとだ!」

ごまかすプラータと、助太刀するように足下の注意を伝えるカロン。
そのまま話題はお皿やら暗殺未遂やらプラータの発言やらとひっちゃかめっちゃか変わっていった。

だが、3人は笑い合う。その場には明るい波動だけが波打っていた。

こうして、追放された王子は、忠義厚い従者と信頼する女性と共に、再度首都を目指すこととなるのだった。

To be continued...