アクアセリス双王譚 〜追放王子ですが王座奪還のために首都を目指します!〜


翌日、早朝。
プラータとカロンは大きなあくびをしながら村長の家を後にした。2人の頭には見事なたんこぶ。

あの決闘の直後、2人揃って村長のゼフから大目玉をくらったのだ。
村中が目を覚ますような大きな声を、あんな深夜に出すな。――それが主なお説教だった。
しかし、話しているうちに次第に本題から逸れ、最終的には「王子」と判明したプラータの身の上や状況を心配し、叱責する内容へと変わっていった。
夜通しでそんなことが出来るのだから、ゼフもまたエネルギッシュで愛情が深い人物だ。

2人が踊り星亭に戻ると、家の前でエトワールが出迎えてくれた。

「おかえり、二人とも。ゼフじいのお説教、長かったでしょう?」

彼女の声掛けに「ただいま」と応えるプラータとカロン。
そんな2人を伺うようにエトワールは声をかける。

「ね、ねえ…」
「うん?どうしたの?エト」

プラータとエトワールの視線が交わる。どうしたらいいのかわからない、というように彼女は呟いた。

「…おうじさま、なの?」
「あっ」

その一言で、プラータは彼女が戸惑っていることを理解した。
彼らの決闘は村中に響き渡っていた。そりゃあ、エトワールだって知っていて当然だ。

もう、ごまかしはきかない。

「…うん。今まで言えなくてごめんね。俺、王子様なんだ。」
「ひょえっ」

エトワールは思わず変な声がでてしまった。王子様だなんて、彼女にとってはまさに雲の上の存在だ。

「でもね!俺は、俺だよ!プゥだよ!」
「…!」
「この村に帰ってきた日にキミに言った言葉に、偽りはないよ。」

女の子だと思っていたプゥが男性だったとわかったあの日。結局、性別など関係なく、幼い頃仲のよかったプゥがただ大人になっただけだった。
彼の振る舞いに裏表がないことは、この1週間でよくわかっている。

ならば、「王子様」という肩書がついたところで、プゥの本質は何一つ変わらないのだろう。エトワールの知るプゥは、王子だろうとそうじゃなかろうと、変わらない。
彼の表情と言葉が、それを真っ直ぐにエトワールへ伝えてきた。

「うん…わかった。」

エトワールは素直に、プラータのことを受け入れた。

「ありがとう、エト。」

そんな彼女の返事にプラータは、心から嬉しそうに微笑んだ。


ーーー

さて、それから約半日後。
夕焼けに山が染められる時間帯。

しっかり寝て気力を回復したプラータとカロン。
彼らが居候させてもらっている空き部屋に、エトワールが訪れていた。

「来てくれてありがとう、エト。あのね、エトにお願いしたいことがあるんだ。」
「うん、なぁに?プゥ。」

プラータのベッドに腰かけながら、エトワールは尋ねる。
隣に座るプラータは彼女と真っ直ぐに向き合った。そしていつになく真剣な顔で、彼は口を開いた。

「俺とカロンは、シル…俺の弟を助けるために、首都を目指す。それに、エトも一緒に来て欲しいんだ。」
「………え?」

エトワールは、目を丸くして固まった。
プラータはそんな彼女の困惑に寄り添うように微笑んで口を開く。

「そりゃ、戸惑うよね。なんで一緒に来てほしいかちゃんと説明するから、まずは聞いてほしいんだ。」

そんなプラータの言葉に、彼女は居住まいを正す。

「ところで、俺のこの怪我を治してくれない?エト」
「え?いいけれど…」

そこへ来た突拍子もないプラータのお願い。
エトワールは首を傾げつつも頷いて、プラータの頬の傷に触れた。
するとスゥ…と、彼の傷はみるみる塞がっていった。

「静水魔法…?」

その様子に、思わずカロンはつぶやく。
エトワールは、ぽかんとした顔で彼を見た。一方プラータはカロンの言葉に頷いて、話し始める。

「そう、静水魔法。教会に所属してる司祭さんたちはみんな使える、回復魔法。これは心が清らかな人にしか使えない、特別な魔法なんだよ、エト。…この村には使える人が沢山居るから、エトはそんな風に感じたことはなかったかもしれないけど。」
「えぇ…?」

まさに、プラータの言うとおりだった。
この村の半分くらいはこの力が使える。軽い怪我をしたら、友達に頼めば治してもらえる。「治りますように」と願えば治る怪我なら大丈夫。
それがこの村の、エトワールの常識だった。
まさかそれが、特別な力だなんて。

プラータは続ける。

「俺とカロンは、その魔法は使えない。俺達2人だけで旅をするには、ちょっと心もとないんだ。だから、エトに一緒に来てほしいと思ってるの。」
「そう、なのね…」

プラータの言葉を噛み砕くようにゆっくり理解していくエトワール。そしてふと浮かんだ疑問を彼に尋ねた。

「…そもそも、どうしてプゥは首都を目指すの?弟さんを助ける…って?」
「うん、次はそこを話すね。…俺がどうして、この村に戻ってきたのか。何をしに、首都へ戻ろうとしてるのか。」

そう言って笑い、プラータはこれまでのことを話し始めた。
双子の弟がいること、その弟から国王暗殺の濡れ衣を着せられて、王宮から追放されたこと。
そして広間からの去り際、宰相の心の声をプラータは聞いたこと。

「心の声?」

突然現れたその言葉に、エトワールは再び首を傾げた。
心の声が聞こえただなんて、いくらプラータの言葉とはいえ信じられなかったのだ。

そんな彼女の反応を見越していたかのように、プラータは解説をしてくれた。

「俺たち王家の人間はみんな、聖水魔法っていう魔法が使えるんだ。それは人それぞれ効果が違うんだけど、俺の聖水魔法は人の心の声を聞けるものなんだ。俺はシルの真意が知りたくて、王宮の広間を出る前にその魔法を使ったんだけど、聞こえたのはシルの声じゃなくて宰相の声だったんだよ。」
「殿下!?!」

しれっと種明かしをしたプラータに、カロンが驚きの声をあげた。

「そんな重要なこと、こんなにあっさり話してしまっていいんですか!?」

カロンの言い分はもっともだ。
王家の人間にとって聖水魔法は切り札なのだ。その内容を人に話すだなんて、こうも簡単にすることではない。
現にプラータの側近であるカロンでさえ、今初めて彼の聖水魔法を知ったほどだ。

だが慌てるカロンをプラータは制した。

「俺達の都合で、彼女を危険なことに巻き込もうとしてるんだ。このくらい明かすのは当然の誠意でしょ?」

一点の曇もなくそうプラータは言う。その様子に、彼がエトワールのことをどれだけ信頼しているかが見てとれた。

「…宰相さんは、なんて言っていたの?」

彼の魔法を信じたエトワールが尋ねる。
慎重に言葉を選んだその質問に、カロンもまた固唾をのんだ。

プラータは重い口を開いた。

「…『これで邪魔者は居ない。計画の成就まで、あと少し』…って、言ってたよ。」

緊張が走る。プラータ、カロン、エトワール、それぞれがその言葉の意味を思案した。

「…つまり、殿下を王宮から追い出したかったのは、シルヴァラ殿下ではなく、ウスタシュ宰相…?」

カロンの推察に、プラータは頷く。

「…ウスタシュさんって、どんな人なの?」

エトワールの質問に、カロンが答えた。

「ウスタシュ宰相は、現在体調の優れない国王陛下に代わって国の政治を主に取り仕切っていらっしゃる方です。6年前、首都でおこったパンデミックへの対応と収束、その後の平民登用機会の拡大政策を主導しました。」
「ふーん…?つまりいい人?」
「指導者としての評価は、そうですね。」
「カロンの言うとおりなんだけどさぁ…」

しかしプラータは、カロンの解説に異を唱えた。
困ったように天を仰ぎながら、プラータから見えるウスタシュ宰相を語る。

「俺は苦手なんだよねぇ、あの人…。聖水魔法のコントロールがうまく出来なかった子供の頃、あの人から感じる心の内の感情の波みたいなのが、他のどの貴族よりもトゲトゲしてるっていうか…ねっとりしてるっていうか…。顔はニコニコしてるし俺やシルに優しいんだけど、顔と言葉だけで心から漏れてるものが全然違ってて…」

漠然としたその印象に、エトワールはうーんと悩んで呟く。

「…つまり嫌な人?」
「でもそれ、感じてるのたぶん俺だけなんだよなぁ〜〜〜」

バフン、と音をたててプラータはベッドに倒れ込む。エトワールの言葉に、彼はイエスともノーとも言えなかった。

「…殿下の印象も加味するなら、ウスタシュ宰相は政治の実績はありますが、人としては信用できない雰囲気がある…といったところでしょうか。」
「なるほどぉ…」

カロンが宰相の評価を簡潔にまとめてくれたおかげで、エトワールにもその人物像がなんとなくイメージできた。

プラータの長い髪がまばらにベッドに広がる。 彼らが挑もうとしてる先は、雲を掴むような話だ。

「つまりね、エト。」

プラータが知る中で最も純粋で裏表のない素敵な女性を見上げながら、ゆっくりと結論を話す。

「自分の魔法のおかげで聞こえたウスタシュ宰相の心の声を根拠に、彼は何かしらの計画を立てていることだけは確か。ここからは俺のカンだけど、たぶんその計画は国にとって良くないことで、俺の弟はそれに利用されてるんだと思う。だから、俺とカロンはその計画とやらの証拠を集めて、計画を阻止したいんだ。利用されている弟…シルを、助けたい。」

真っ直ぐ、エトワールを見つめるプラータ。
彼のその表情と言葉に、エトワールは6年前を思い出していた。

「…プゥがこの村を出ていった時も、そう言ってたよね。」

思わず、エトワールの口から言葉が漏れる。
ずっと一緒だと当時思っていた「親友」も、同じ目をして同じ言葉を言っていた。弟…シルを助けたい、と。

「…そうだね。」

同じ景色を思い出して、プラータは目を細める。
あの時もエトワールは迷っていた。けれど王宮に戻ろうとするプラータの背を押してくれたのは、彼女だった。

「今回は、一緒に来てほしいんだ、エト。…君の力を貸してほしい。」

彼の真剣な思いがエトワールに伝わってくる。
だからこそ彼女は、目を伏せた。

「少し…考えても、いい?」

不安げな彼女の返事に、プラータは微笑んで頷いたのだった。

To be continued...