アクアセリス双王譚 〜追放王子ですが王座奪還のために首都を目指します!〜

太陽がやっと顔を出し始め、鶏が鳴くのを待つような早朝。
海軍元帥、ジャレッド・ロングハーストは自身の執務室にて定期連絡を受けていた。

魔法陣の描かれた水瓶に注がれた水。魔術によってそこから空中に浮かび上がった大きな雫に映っているのは、部下であるカロン・グラスゴー大尉だ。

彼からの報告を聞き終え、ジャレッドは椅子に深く腰かけ、呟く。

「ゼファルド山のセランディア村か…。なるほど。」

机の上に広げた地図にはピンが1つ立っている。
今、部下と王子がいるというその村は、ジャレッドでさえも初めて名前を聞く田舎の山村だ。
国の最果てとも言えるこんな村に居たという、幼い頃の王子にも驚きだ。

「殿下の様子はどうだ」

ジャレッドは部下へ問う。雫の向こうのグラスゴー大尉は、困ったように言葉を濁した。

「その…とても、殿下らしく、と言いますか…自由に、されておられます。」
「…つまり遊んでるんだな、あの馬鹿は。」
「遊ん…いや…あの…村の生活に…貢献しておられて…」

ジャレッドは盛大にため息をつく。
グラスゴー大尉は、他に類を見ないほど真面目だ。だから主人であるプラータのことを擁護するような言い方を選んでいる。
そんなことをしなくとも、追放されて2週間、プラータが何もしてないのは明白だった。

「で?馬鹿は城に戻る気はねぇと?」

核心を問うジャレッド。
思わず語気が強くなったのも無理はないだろう。

城の中では、双子の弟であるシルヴァラ王子がその手腕を発揮している。
プラータが担当していた政務の多くを本人が引き継ぎ、滞りなく進めている。
加えて、兄を支持していた派閥の貴族を自陣営に取り込むことに抜かりはない。
あの断罪劇のような冷たさはなりを潜めている。ただ淡々と、表情1つ変えずに仕事をこなすシルヴァラ。

そんな彼を黙って見守るウスタシュ・プルタルコス宰相。まるで蛇のような目に弧を描きながら。

これは嵐の前の静けさだ。
ジャレッドの軍人のカンが、そう警鐘を鳴らしていた。

「それは……分かりません。」

困ったように眉を下げ、苦しそうにグラスゴー大尉は答える。その表情は、ジャレッドと同じ胸騒ぎを彼も抱えてることを物語っていた。

「グラスゴー大尉」

そんな部下の名をジャレッドは呼ぶ。迷いを映す彼の瞳を見据えて、ジャレッドは言の葉を送る。

「本音でぶつかって来い。ただ主人に追従するだけが、側近の仕事じゃねぇぞ。」
「…!」
「報告ご苦労。そのまま遊び呆けてるようなら、定期連絡はもう無くていいぞ。」
「…わかり、ました。」

魔術の発動を止め、通信を終了させる。
果たしてこれが最後の報告となるのか否か。それはたった16才の少年大尉次第だ。

窓の外、遠くに見えるゼファルドの山頂をジャレッドはじっと見つめていた。

ーーー

(本音でぶつかる…と言っても、いったいどうすれば)

元帥からの言葉に頭を悩ませながら、村の外にある池から戻るカロン。

もしもプラータが、本当にこのままこの村で自由な生活がしたいのなら、その気持ちを尊重するべきじゃないか。
けれど、このまま何もしなかったら、取り返しのつかないことが起こるんじゃないか。

二律背反な不安がグルグルと、カロンの頭の中に渦巻いていた。

モヤモヤしたまま、カロンは村へ戻ってきた。
そんな彼を出迎えた、キャイキャイとはしゃぐ男女の声。エトワールと、プゥだ。

「ホント、プゥの髪ってきれーい!!絹糸みたいよねぇ」
「ありがとう!エトは昔から色んなヘアアレンジが出来て器用だよねぇ!」
「子供の頃、プゥの髪で練習させてもらったおかげよ。」
「あったね〜そんなこと!三つ編みが出来ないって、エトってば急に泣き出すんだもん。」
「ちょっと、プゥ!」

王族の証である氷のように輝く銀髪が、まるで本当に女の子かのように可愛らしい三つ編みツインテールにされている。エトワールは楽しそうにプゥの髪を編んでいき、プゥはされるがまま。彼の笑顔は、緊張感のかけらも無く緩みきっている。

「何やってるんですか??」

つい、本音がカロンの口から飛び出してしまった。

「あら、カロンくん。おかえりなさい。」
「おかえりー、カロン!何って、畑の朝の水やり終わったから、エトに髪の毛を結って貰ってるよー」

カロンの危機感など、全く届いていない。2人揃って、空気がお花畑だ。

と、そこへ駆け寄ってくるのは村の子供達。

「プゥ兄!畑仕事終わったなら今日も文字を教えて!」
「プゥ兄!先に昨日の稽古の続き!今日こそプゥ兄に勝ってやる!」
「プゥ兄ぃー、首都のお話してー!」
「わかったわかった!順番にな!」

嬉しそうに子供達の頭を撫でるプゥ。完成したヘアアレンジのお礼をエトワールに伝えると、彼は子供達に手を引かれて行ってしまった。

カロンは小さくため息をついた。
この1週間、カロンの目に映るプゥはいつも笑顔だ。それはそれは、幸せそうなのである。

太陽と共に起きて、農作業をする。
エトワールの母が作った朝食を食べたら、薪割りや草むしり。
昼間は子供達に文字や剣の稽古をしたり、古くなった家の修繕や家畜の世話の手伝いをして。
日が暮れるころには小さな天然の温泉で汗を流す。
そして夜にはエトワールたち家族が営む居酒屋で飲んで、踊って。

それが、この村でのプゥの日常だ。
陰謀とも、権力争いとも、政治とも、社交界とも、何一つ関係ない。
この小さな村で完結する、平和で、穏やかで、笑顔しかない暮らし。

これがプラータの望んだ生活なのだろうか。

そんな不安が、カロンの胸を押しつぶしそうだった。

ーーー

フクロウの声が響く。星々が天高く散りばめられた夜空が広がる。
月明かりが唯一の光源な中、カロンは隣のベッドで寝るプゥを揺すった。

「どーしたの、カロン?」

ハッキリとした声で名を呼ばれる。どうやら、プゥも眠れていないらしい。
そのことに少々ホッとしながら、カロンは単刀直入に伝えた。

「…俺と手合わせしてください。」
「えぇ…」

嫌そうにプゥは顔をしかめる。なぜ今。明日でいいじゃないか。
その言葉は、次に発したカロンの声に飲み込まれた。

「プラータ殿下。」
「っ、」

この村に入って初めて、その名でプゥは呼ばれた。
カロンの声音とその言葉から、何も感じないほど彼も鈍感ではない。

「…わかった。」

しぶしぶというように、彼はベッドから起き上がる。
木刀ではなく、愛剣を手にとるカロン。
その様子にプゥは苦虫を噛み潰したような顔をしながら、愛剣の柄を握る。
ずしりと重たい鋼を感じながら、カロンの背を追ってプゥも外へ向かっていった。

To be continued...