アクアセリス双王譚 〜追放王子ですが王座奪還のために首都を目指します!〜

「ここが最有力候補だよ。」

 そう探偵は告げ、眼の前の屋敷をプラータとカロンに指し示す。そこは、領主直営カジノのすぐ裏手。

「ここって……もしかして、ファントルノ侯爵邸……?」

 プラータは戸惑ったように呟く。その言葉に、アカウは微笑んで頷いた。

「もちろん。」
「もちろん!?」

 太陽は東から昇りますが?と言う様な即答に、プラータは声が裏返ってしまった。
 探偵の言葉がうまく飲み込めず、彼の口が動く。

「いやあの、いくら裏稼業と繋がりがある侯爵家と言っても……さすがに本人が誘拐なんてしないんじゃ……?」

 ファントルノ侯爵といえば、国内の三大侯爵家だ。当主とは社交界でしか会っていないが、ルーナとそう歳の差はない。領主たちの中では、最も若い。
 そんな権威も格式もある男性が、犯罪に手を染めるとは思いたくなかった。

 しかし、彼の願望を裏切るように探偵は首を傾げる。

「手を付けたのが本人かどうかはさておき、侯爵が最も怪しいよ?裏との縁もそうだが何より、彼は女好きだ。」
「……」

 下世話過ぎて二の句が継げない。だというのに、アカウは容赦なく根拠を続ける。

「言っただろう?ヴァルシェルドの向かいにある喫茶店は、領主からの覚えもいい、と。」

 つまり、あのお店を犯行場所に選んでも、侯爵ならばお咎めなしということか。

 これだからプラータは社交界が嫌いなのだ。誰もが表向きはいい顔をしながら、心の内は正反対。そんなギャップを、果たして何度見たことか。
 ファントルノ侯爵と言えば、女性をダンスに誘っている姿をよく見た。そんな彼が女好きと言われているだけ、まだ裏表の厚みは少ない方かもしれなかった。

 落胆するプラータをおいて、アカウは正々堂々と門番に声をかける。カロンはそんな彼に冷や汗をかいたが、意外にもすんなりと門を通された。

「万が一侯爵が黒幕じゃなかったとしても、彼が味方につけば一網打尽だ。さあ、行こうか。」

 そう言って、月光に照らされた魔王の屋敷を背景に手を差し出すアカウ。妙な自信に満ちている。
 そんな彼の手を、ハイタッチをするように叩くプラータ。そうして彼は、先陣をきって北領領主邸の敷地へ足を踏み入れた。

ーーー
 
 妙に女性っぽい男性に案内され、プラータたち一行がたどり着いた大きな扉。
 案内人が恭しく道をあける。その先の部屋に入った途端、プラータは大きく目を見開いた。

「エト!!」

 部屋の奥に鎮座されたベッド。そこに横たわるのは、彼にとってのお姫様。だが、呼びかけに彼女が応える様子はない。それどころか、同じ寝台に腰掛ける青年の方が不敵に笑い、口を開いた。

「ようやく到着ですか。」

 深い青の髪に、草原を思わせる緑の瞳。整った顔立ちのことは、1度会ったら忘れないだろう。

「……ファントルノ侯爵……。」
「はい、お久しぶりです。……元、第一王子殿下。」
「……」

 アカウの推理は、見事的中していたのだ。当たって欲しくなかったと、プラータの胸は痛い。

「……エトに何をしたの。」

 慎重に、彼は言葉を紡ぐ。侯爵は余裕を崩さず、優雅な佇まいで答えた。

「ご安心下さい。眠っているだけです。」

 1輪の花を手に取り、キスをするように口元へ翳す。そして囁く、国内屈指の毒使い。

「少々……特殊な睡眠薬でね?」
「ッ……!」

 緊張が走る。彼の口元に咲く真っ赤な薔薇に、プラータの背を嫌な汗が伝う。水を神聖視するこの国において、炎の色である赤は不吉な色だ。

「勝負をしましょう、プラータ様。」
「……勝負?」
「はい。貴方が勝てば、睡眠薬の解毒方法を教えましょう。特定の手順を踏まなければ、彼女は死ぬまで眠り続けます。」
「……!」

 どうする?と、彼の翡翠の瞳が問いかける。その目は真剣で、鋭い。
 侯爵が勝った場合の褒賞は、火を見るより明らかだ。

「わかった。」
「殿下…!?」

 上着を脱ぎ、心配げな声をあげたカロンに預ける。そしてプラータは、大きく前へ。
 その様子に、侯爵は目を細める。手元の薔薇を、エトワールの胸元において立ち上がった。

「ッ……」

 彼の行為に、プラータは手に力が籠る。好意を寄せる女性の死を暗喩されて、黙っていられる男がいるだろうか。

 部屋の中央で対峙する王子と侯爵。女性っぽいあの使用人が、彼らの間に剣を差し出した。

「どちらでも好きな方を使って下さい、プラータ様。」
「……。」

 堂々たる宣言。睨み返したところで、その余裕が崩れることはない。
 こちらが愛用の剣をメンテに出していることさえ、把握していたのだろう。

 プラータは、自分の側の柄を握りしめた。それに伴い、侯爵も残りの一振りを手に取った。

 双方、剣を構える。切っ先がかすかに触れ合う距離。

「さあ……始めようか。」

 そう言って斬り込んで行ったのは、侯爵だった。

To be continued...