エトワールは、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
「あ、れ…?」
瞳に映ったのは、見覚えのない華やかな天井。キラキラと輝くシャンデリアが揺れている。一泊させてもらったガルマン伯爵邸を思い出すが、それよりも華美だろう。
横たわっているのはふかふかのベッド。肌触りのいい、シワひとつない真っ白なシーツ。それは武器屋の貴賓室と同じく、平民には全く縁のないもの。
「ッ…。」
エトワールにもハッキリとわかったのは、分不相応な場所にいるということだけ。ここがどこなのか、彼女にはサッパリ分からない。
確か、プラータとカロンが武器屋から出てくるのを待っている間、レイと名乗る青年とお茶をしていたはず。それがなぜ、お屋敷にいるのだろう。プラータ達もここに来ているのだろうか。
そんな不安と共に、彼女はゆっくりとベッドから降りる。揃えて置かれていたいつもの靴を履き、ふわふわとした絨毯の上をそーっと歩く。
まるでホテルの一室のように佇む机やソファには触れず、物音を極力抑えるように真っ直ぐと。
黒く艶のある重厚な扉に触れる。しかし、押しても、引いても、その扉はびくともしない。
「うそ…」
閉じ込められている。
その事実は、エトワールの背筋に冷たいものを落としていった。
ーーー
執務室で、レイブンは通水魔術にてプルタルコス公爵令嬢と通信を繋いでいた。
外はすっかり暗くなっている。軍の基本業務時間も終わりのはずだ。彼女に残業をさせてしまっているのは、少々心苦しかった。
「それで?例の女は捕らえてるのよね?」
「えぇ、もちろん。」
キツイ第一声に、レイブンは思わず苦笑いだ。
「氷の公爵令嬢」なんて社交界で言われているのが思い浮かぶ。ルーナはまさにその通り名の通りなのだろう。そしてそれこそが彼女の魅力だと、レイブンは考えていた。
「彼女本人とお話しされる前に、彼女から聞き出せた内容をご報告させて頂いても?」
「かまわないわ。」
「では。」
許可を得て、レイブンは順序立てて彼女へ報告した。
プラータ側はシルヴァラの意図を何も知らないこと、プラータの聖水魔法である心読みによって宰相の不穏な言葉を聞いたこと、その言葉を根拠に彼らは王都に戻りシルヴァラの真意を確かめようとしていること、彼女の友人が見たという真っ赤な髪の不審者のこと。
そして、彼女が平民であるにも関わらず清水魔法が使え、それを理由にプラータたちの回復役として旅に同行していること。清潮熱の薬をプラータにかつて預けたのが、彼女だということ。
「そう…。」
通信の向こうで、ルーナが思案する。その様子を見てレイブンもまた状況の理解を進めて行く。
ルーナは第一王子追放に関わっていない。レイブンはそう判断した。
そして彼女もまたレイブンと同じように、どちらに付くべきか見極めるために真実を探る者なのだろう、と。
であれば、彼女の利用価値はレイブンにとって「薄い」。
彼は、そう見切りをつけた。
「ファントルノ侯爵、報告ありがとう。後は私が直接その女から話を聞くわ。最初に依頼した通り、一刻も早くここに連れてきて。」
「かしこまりました、プルタルコス大佐。本日中には出立いたしましょう。王都へは、2日後の到着予定になるかと。」
「わかったわ。」
恭しく礼をするレイブン。王都のご令嬢との通信は、終了した。
「オリバー、殿下たちの動向は。」
通水魔術用の水を張った壺を肩片付ける部下へ、レイブンは問いかける。
腹心は当然のように答えた。
「ようやく、お姫様の不在に気づいたそうよ。今頃血まなこになって探してるんじゃないかしら。」
「…想定以上に呑気だな。」
レイブンの本音が漏れる。向こうの動きが遅いことはレイブンにとってありがたくもあり、迷惑でもあった。次の一手を熟考できるが、計画の進みは遅くなる。
「オリバー、夕食の席はエトワール嬢と共にする。広間の準備を進めてくれ。」
「わかったわ。殿下たちの妨害はどうする?」
「必要ない。遅かれ早かれ、こちらに来てもらわねば困る。」
「あら、了解よ。…ということは、宰相の依頼の方が優先なのね?」
部下からの確認に、レイブンはほんの少し口角を上げる。
彼はカーテンを閉ざし夜でも賑やかなこの街の明かりを遮って、答えた。
「そうだ。」
それは、冷酷な宣戦布告。
宰相からの依頼とは、プラータ・ディ・ポセイドニオスの暗殺だった。
To be continued...
「あ、れ…?」
瞳に映ったのは、見覚えのない華やかな天井。キラキラと輝くシャンデリアが揺れている。一泊させてもらったガルマン伯爵邸を思い出すが、それよりも華美だろう。
横たわっているのはふかふかのベッド。肌触りのいい、シワひとつない真っ白なシーツ。それは武器屋の貴賓室と同じく、平民には全く縁のないもの。
「ッ…。」
エトワールにもハッキリとわかったのは、分不相応な場所にいるということだけ。ここがどこなのか、彼女にはサッパリ分からない。
確か、プラータとカロンが武器屋から出てくるのを待っている間、レイと名乗る青年とお茶をしていたはず。それがなぜ、お屋敷にいるのだろう。プラータ達もここに来ているのだろうか。
そんな不安と共に、彼女はゆっくりとベッドから降りる。揃えて置かれていたいつもの靴を履き、ふわふわとした絨毯の上をそーっと歩く。
まるでホテルの一室のように佇む机やソファには触れず、物音を極力抑えるように真っ直ぐと。
黒く艶のある重厚な扉に触れる。しかし、押しても、引いても、その扉はびくともしない。
「うそ…」
閉じ込められている。
その事実は、エトワールの背筋に冷たいものを落としていった。
ーーー
執務室で、レイブンは通水魔術にてプルタルコス公爵令嬢と通信を繋いでいた。
外はすっかり暗くなっている。軍の基本業務時間も終わりのはずだ。彼女に残業をさせてしまっているのは、少々心苦しかった。
「それで?例の女は捕らえてるのよね?」
「えぇ、もちろん。」
キツイ第一声に、レイブンは思わず苦笑いだ。
「氷の公爵令嬢」なんて社交界で言われているのが思い浮かぶ。ルーナはまさにその通り名の通りなのだろう。そしてそれこそが彼女の魅力だと、レイブンは考えていた。
「彼女本人とお話しされる前に、彼女から聞き出せた内容をご報告させて頂いても?」
「かまわないわ。」
「では。」
許可を得て、レイブンは順序立てて彼女へ報告した。
プラータ側はシルヴァラの意図を何も知らないこと、プラータの聖水魔法である心読みによって宰相の不穏な言葉を聞いたこと、その言葉を根拠に彼らは王都に戻りシルヴァラの真意を確かめようとしていること、彼女の友人が見たという真っ赤な髪の不審者のこと。
そして、彼女が平民であるにも関わらず清水魔法が使え、それを理由にプラータたちの回復役として旅に同行していること。清潮熱の薬をプラータにかつて預けたのが、彼女だということ。
「そう…。」
通信の向こうで、ルーナが思案する。その様子を見てレイブンもまた状況の理解を進めて行く。
ルーナは第一王子追放に関わっていない。レイブンはそう判断した。
そして彼女もまたレイブンと同じように、どちらに付くべきか見極めるために真実を探る者なのだろう、と。
であれば、彼女の利用価値はレイブンにとって「薄い」。
彼は、そう見切りをつけた。
「ファントルノ侯爵、報告ありがとう。後は私が直接その女から話を聞くわ。最初に依頼した通り、一刻も早くここに連れてきて。」
「かしこまりました、プルタルコス大佐。本日中には出立いたしましょう。王都へは、2日後の到着予定になるかと。」
「わかったわ。」
恭しく礼をするレイブン。王都のご令嬢との通信は、終了した。
「オリバー、殿下たちの動向は。」
通水魔術用の水を張った壺を肩片付ける部下へ、レイブンは問いかける。
腹心は当然のように答えた。
「ようやく、お姫様の不在に気づいたそうよ。今頃血まなこになって探してるんじゃないかしら。」
「…想定以上に呑気だな。」
レイブンの本音が漏れる。向こうの動きが遅いことはレイブンにとってありがたくもあり、迷惑でもあった。次の一手を熟考できるが、計画の進みは遅くなる。
「オリバー、夕食の席はエトワール嬢と共にする。広間の準備を進めてくれ。」
「わかったわ。殿下たちの妨害はどうする?」
「必要ない。遅かれ早かれ、こちらに来てもらわねば困る。」
「あら、了解よ。…ということは、宰相の依頼の方が優先なのね?」
部下からの確認に、レイブンはほんの少し口角を上げる。
彼はカーテンを閉ざし夜でも賑やかなこの街の明かりを遮って、答えた。
「そうだ。」
それは、冷酷な宣戦布告。
宰相からの依頼とは、プラータ・ディ・ポセイドニオスの暗殺だった。
To be continued...


