アクアセリス双王譚 〜追放王子ですが王座奪還のために首都を目指します!〜

エトワールが行方不明。この事態が起こったのが領都だったことは不幸中の幸いだったかもしれない。
なぜなら、完全に日が沈んだこの時間でも、街には明りが灯り人の活気が満ちているからだ。

「エトーー!!」

プラータは声を大にして叫ぶ。しかし通行人が多少振り向くだけで、彼女からの返事はない。

「失礼、黒髪をポニーテールにして、緑のワンピースを来た背の低い女性を見かけなかったか?」

巡回している軍人に聞き込みをするカロン。だが、有力な情報は得られない。

二人がかりで必死に探したが、手がかりはゼロだ。
聞こえてきたのは、彼らにとって不都合な推測のみだった。

「連れの女がいなくなった?そりゃあおめぇ、人さらいにやられて今頃花街なんじゃねぇか?」

聞いた瞬間、プラータは花街へ向けて駆け出していた。慌てて追いかけるカロン。
心臓が痛いほど跳ねる。後悔の波が押し寄せる。
どうしてあの時、エトワールを1人にしてしまったのだろう。
同じ後悔を、カロンもひしひしと感じていた。

結局、花街にもエトワールの姿はなかった。
その頃にはもう、プラータもカロンも途方に暮れてしまっていた。
もう夜も更けてきた。疲労と空腹もあり、二人には次の一手が全く浮かばない。

絶望の淵に立つ彼らに差し伸べられた一筋の光。

「この街で困ったことがあれば、街の探偵を頼ると良い」

それは、そんな一声だった。

ーーー

深夜だというのに、小さな個人経営カジノは賑わっている。
その横を通り抜け、プラータとカロンは同じ建物の外階段を登っていく。

2階の扉の前には、「ニウ探偵事務所」という看板が立てかけられていた。
かすかに香るのは、コーヒーだろうか。

顔を見合わせるプラータとカロン。こんな深夜に、探偵事務所が営業しているとは正直思えない。
しかし事態は一刻を争う。藁にも縋る気持ちで、彼らはここにいるのだ。

意を決したカロンが、扉を開きながら声をかけた。

「…失礼します」

すると、彼らを迎えたのは豊潤なコーヒーの香りだった。
間接照明の柔らかい明かりが部屋を包む。
革張りの黒いソファの奥、バーカウンターのような背の高い机に肘をついて、その人物はいた。

うなじの辺りから二股の尻尾のように長い髪に対し、横髪は耳のあたりまで切り揃えられている。
アンテナのように揺れるアホ毛は興味の方向を示す。
緑の瞳がプラータとカロンが抱えるトラブルを見抜くように細められた。

コーヒーを一口、ゆっくりと味わう。
そして、その人物はややハスキーな声で話しかけてきた。

「やあ。ようこそ、ニウ探偵事務所へ。ボクはここの探偵であるヘマの相棒、アカウだ。よろしく、プラータ第一王子殿下に、その従者様?…いや、元第一王子殿下、と呼ぶべきかな。」

その第一声にプラータは驚き、カロンは警戒し1本前へでた。
アカウと名乗った人物は、明らかに平民なのにひと目見ただけでプラータを王子だと見抜いた。そのうえ、彼が王宮を追放されていることも把握しているらしい。

2人の様子に困った風に笑いながら、アカウは続けた。

「そんなに警戒しないでくれたまえ。このくらい常識だろう?銀髪と水のような澄んだ瞳はポセイドニオス王家の特徴じゃないか。そのうえ、第一王子殿下がシルヴァラ第二王子から追放されたことは有名だ。そして、いくら「元」王子だとしても、そんな高貴な身分の人物がこんな田舎領都に1人で居るはずがない。ならば、一緒に居るキミは第一王子殿下の従者だとわかる。当然だろう?」

反論も出来ない正論に、カロンは押し黙る。
ニコリと笑って、アカウは続けた。

「春先で暖かかったとはいえ、今日はキミたちほど汗ばむような暑さではなかった。つまり、汗だくになるほど走り回った後にこの探偵事務所にたどり着いたのだろう?その様子だと…人探し、かな?」

これにはプラータもカロンも、さらに目を丸くした。アカウの言葉は全て正解だ。
意にも介さない様子で、アカウはカウンターをなぞって調理場へ足を進める。
探偵の言葉は続く。

「2人とも顔色が悪い。心配もあるのだろうが、食事を抜くのはよくないな。空腹というのは人の判断力を鈍らせ、パフォーマンスを低下させる。」

話しながら、アカウは鍋の蓋を開ける。まだほのかに温かいスープを皿に盛り付けていく。
続いてバゲットをとりだし、ザクザクといい音をたてて切り分ける。
乾燥させた山菜のチップを小皿に入れた。

それらをお盆に載せて運んで来る頃には、プラータのお腹が何時ものように元気に鳴き始めていた。

「まずは食事にしようじゃないか、お二方。依頼内容は、腹を満たしながらゆっくり聞こう。」

探偵はそう言いながら、お皿をソファー前の机に並べていく。

カロンはまだ、目の前の人物を警戒していた。
こちらは何も話していないのに、なぜそこまでわかるのか、と。
深夜だというのにこんなに簡単に食事が出てくるのも不思議だった。ここは飲食店ではないのだから。

しかし、背後から聞こえる己の主人の腹の音を無視するのは、この世の何よりも心苦しい。

「さっきも言ったが、そんなに警戒しないでくれたまえ、若い従者くん。この程度は推理でも何でもない。ただの観察の結果だよ。食事が心配なら気にしないでくれたまえ、これはボクらの今日の夕飯の残りだ。もし有害なものが入っているのなら、今頃この探偵事務所は壊滅しているね。」
「っ………」

ぐうの音も出ないカロン。彼に追い打ちをかけたのは、プラータだ。

「カロン〜…」

敬愛する王子からの甘え声に、逆らえる従者など果して居るだろうか!

「…わかりました。」

懐の短刀に伸ばしていた手を下ろすカロン。
その様子に、プラータはパッと表情に花を咲かせた。あっという間に探偵の元へ駆け寄ると、探偵の両手を握り大きく振って感謝を伝えていた。

食事をしながら、ここに来た経緯を話したのは、言うまでもない。

ーーー

思案するようにゆっくりとコーヒーカップを置くアカウ。
探偵はソファーへ深く座り直して、口をひらいた。

「なるほど、状況は理解したよ。そのエトワールという女性を探しているんだね。」

その言葉に、プラータは頷く。
彼にコーヒーのおかわりを注いだカロンも、探偵へ真剣な視線を向けた。

「まず、いくつか質問をしてもいいかい?」
「もちろん」

探偵の問いかけに答えるプラータ。
自信満々に探偵は微笑む。そんなアカウに対応しようとする王子は、何を聞かれるのかと身構えた。
しかし始まった問答は、随分と軽快なものだった。

「エトワール嬢は、男遊びをするタイプかな?」
「ええぇ!?エトはしないよ、そんなこと!」
「なるほど。では恋の駆け引きは苦手だね?」
「恋!?え、どうだろう?たぶん、そう…」
「そうかい。加えてエトワール嬢は、こんな遊び人の都に来るのは初めてだったね?」
「うん…。」
「だよね。ではエトワール嬢は見知らぬ街を1人で冒険するお転婆娘かな?」
「いや…違う。たまに大胆な行動をすることもあるけど、それは親しい誰かのためな時だし…。」
「ほう、それは素敵なことだね。最後に、エトワール嬢は美人かい?」
「美人…というよりも、エトは可愛らしいっていうか…。って、何言わせるんだよぉ!」
「へえ〜〜……。そうかい……。」

そう言ってニヤニヤし始めたアカウに対し、顔を真っ赤にしているプラータ。探偵に隠し事をしようというのが、そもそも無理な話だろう。

「…あの、その質問に何の意味が?」

見かねたカロンが口を挟む。探偵がふざけているようにしか、彼には見えなかった。

しかし探偵は態度を崩さない。むしろアカウは、確信を得たように口角をあげた。

「とても重要なことだよ。今の回答のおかげで、大方の目星はついたからね。」
「ホントに!?」
「なっ…?信じられない。なぜ」

探偵の言葉に、プラータは嬉しそうに身を乗り出した。一方、カロンは猜疑の目を向ける。
よくある対照的な反応に動じることもなく、探偵は語り始める。
さあ、ここからは探偵・アカウの推理ショーだ。

「まず、エトワール嬢が1人でいたと思われる時間帯を確認しようか。ヴァルシェルドの店員が店を出ていく彼女を見たのは15時半頃だったと、キミたちに伝えたのだろう?あの店はスタッフも一流だから、その情報は信憑性があると考えていいだろう。キミたちは王家関係者だから、キミたちに嘘をつくメリットは1ミリもないからね。
そしてキミたちが彼女の不在に気付いたのが19時。実に3時間半も女性を1人で放置していたわけだ。」

改めて突きつけられると、自分たちの愚かさに2人の男は肩身が狭い。
容赦なく、推理ショーは続いていく。

「では、この3時間半の間にエトワール嬢はどこへ消えたか。まず彼女自身でどこかへ行った可能性はないだろう。なぜなら先ほど殿下に聞いた通り、エトワール嬢は1人で冒険するタイプではない。ではナンパ男についていったか?それも違うだろう。いくら男性経験に乏しいからと言っても、大胆な行動にでるのは他の誰かの為だというエトワール嬢が、いつ戻るか分からない殿下やカロンくんと連絡がつかなくなるような誘いには乗らないだろう。ならば人攫いか?それも違う。15時半から19時という時間帯は、通りに活気があり人々の目がある。いくら裏社会と隣り合わせのこの領都ヴェルノーグといえど、そんな白昼堂々と誘拐をする馬鹿はいない。」

丁寧に一つ一つの可能性を潰していくアカウ。
ありがたいのだが、回りくどい。
焦れったくなってきたプラータを察したのか、探偵はニコリと笑って続けた。

「じゃあどこに行ったのかって?簡単さ、お茶に誘われたんだろう。」
「………お茶?」

キョトン、とした声がプラータから漏れる。
表情を変えず、探偵は詳細を語り始めた。

「そう、お茶さ。ヴァルシェルド本店の向かいには喫茶店があるだろう?テラス席が通り沿いに設置されているのが特徴の、親しみやすい店さ。ヴァルシェルドと店構えを並べているのだから、元々庶民の店にしては綺麗で華がある。店主の息子がこの街の海軍師団で昇進したのをきっかけに、貴族層も訪れるようになった。領主からの覚えも良い。だからあの店は、ヴァルシェルドで武器の商談をする旦那たちを待つご婦人たちの、格好の休憩場所なのさ。」

探偵の言葉に、プラータとカロンは完全に意表を突かれた。言われてみれば確かに、あの店の前には探偵が言う通りの喫茶店があったのだ。
白を基調とした雰囲気はまさに女性受けがいいだろう。だがそれ故に、男2人で行くには近寄りがたい。無意識に捜索場所から外してしまっていた。

「エトワール嬢は恐らく、誰かから誘われてその店へ行ったのだろう。店の向かいだから、待ち人が出てくればすぐに気がつける、などと言われれば、断る理由はない。男遊びや、恋の駆け引きを知らない純粋なエトワール嬢は、自身に声をかけてきた男を疑うことなんてしらないだろうからね。」
「おっ、男!?!」

プラータは思わず声をあげる。予想外の展開にあらぬ不安が一気に上るが、そんな彼の様子に探偵は笑い出してしまった。

「アッハハハハ、そんなに驚くことかい?可愛らしい女性が1人で居たら、お茶に誘うのは同性ではなくて異性だろう?」
「た…………確かに………」

当たり前な一般論。狼狽えたことに恥ずかしくなりつつ、プラータは座り直した。

「では、キミたちをテラス席で待っていたはずのエトワール嬢はどこに消えたのか。」

ついにたどり着いた結論に、プラータとカロンは固唾を飲む。
探偵はさも当然のように話し始めた。

「アルコールか、眠りを促すハーブティーか、とにかく喫茶店で飲んでいても違和感のないものによって、エトワール嬢は眠らされてしまったのだろう。すると相手は、介抱をするという名目で、白昼堂々と彼女を攫うことが出来る、というわけだ。店のそばに馬車をつけておいても違和感はないからね。これが、エトワール嬢失踪の大方の真相だろう。」

納得のいく道筋。だがその結論は、プラータとカロンが危機感を覚えるには充分過ぎた。

「さて、もう良い子は夢の中な時間帯だが、まだ動けるかい?プラータ殿下、カロンくん。」

そんな2人を奮い立たせるように立ち上がる探偵。アカウはサクサクと外出の準備を進めていく。

突然変わった流れについていけずポカンとしているプラータとカロン。
それに気付いたアカウは告げる。

「ほら、何してるんだい?善は急げだ。そんな計画めいた動きが出来る者なんて限られている。一晩もあれば彼女の居場所を突き止められるさ。」

その言葉に、プラータは立ち上がる。しかし彼を引き止めて、カロンはアカウの前に立ち塞がった。

「尽力はありがたい。だが、貴方が誘拐犯の味方だという可能性は?話してくれた貴方の推理は理に叶っている。だが、まるで見てきたように話す貴方のことを、全面的に信用するのは難しい。」
「へえ?」

探偵は目を細める。不信をハッキリと口にしたカロンに対し、探偵は声高らかに言った。

「ボクらは賭博の都、ヴェルノーグの街の探偵だ。街で流れる涙を救う者であり、トラブル解決が仕事。それが探偵だ。つまり、ボクらは常に中立さ。賭け事はしないし、何か特定の組織に肩入れすることはない。これはボクらの探偵としての誇りであり矜持だ!」
「っ……」

真っ向からぶつかるカロンとアカウを見ながら、プラータは自身の聖水魔法を発動させた。
心読みの波は、探偵の真意を探る。

聞こえてきたのは、探偵がいま発した言葉と全く同じプライドだった。

「カロン」

従者に声をかけるプラータ。その優しい声音で、カロンもまた主人の意向を汲み取った。
後ろへ下がったカロンに代わり、プラータは探偵へ伝えた。

「エトを連れて行った可能性のある人たちのところに、案内してほしいんだ!」

その言葉にニヤリと笑う探偵。
ついて来い、というようにアカウは探偵事務所の扉を開けた。

To be continued...