石畳を行き交う人々、活気に満ちた笑い声、コインとサイコロが転がる音。
プラータたちが到着したのは、ヴェルノーグ。北領の領都だ。
ハリスのいたヴァルトンや、軍港の町フォングとは、比べものにならないほどの賑わい。
初めて訪れる都会に、エトワールは目を丸くしてあちこち目移りしてしまう。
往来の人にぶつかりそうになった彼女の肩をそっと引き寄せつつ、プラータは口を開いた。
「やっぱり領主のお膝元は賑やかだね〜。カロン、ヴェルノーグはどんな街なの?」
半歩後ろを歩く従者に、プラータは声をかける。
エトワールがプラータと同じように自分の方を向いたのを確認してから、カロンは話し始めた。
「ヴェルノーグは通称、「賭博の都」と言われています。双六、チンチロ、カードといった身近な酒場賭博から、剣闘士、競馬、水上レースなどの大型なものまで、様々なものが展開されています。領主であるファントルノ侯爵直営のカジノもあります。こうした娯楽は身分を問わず解放されているため、貴族層が少なく荒くれ者の多い北領で強い支持を得ています。武器や、軍向けの早馬、船輸送の早便など、賭博をきっかけに発展した特産品は、農作物の少ないこのエリアを支える経済の要です。」
スラスラと流れるような解説に、エトワールは感心してしまった。確かに彼の言う通り、剣闘士や水上レースのポスターが街中に沢山貼られている。
街の中央にひときわ大きく見えるのは、直営のカジノなのだろう。
「楽しそうな街なのね」
「まあ…そうですね。こういった雰囲気の街は、国内では珍しいかと。」
エトワールの感想に、カロンも同意だった。
そんな中、突如プラータが足を止めた。
「ねえ、カロン…あれ」
プラータがとあるお店を指さして呟く。
それに従いエトワールもカロンもそちらに視線を向けた。
そこにあるのは大きな武器屋。看板には、「ヴァルシェルド」と書かれている。
それに気付いたカロンの表情が一気に明るくなったのを、プラータは見逃さなかった。
「ヴァルシェルド本店!!!」
カロンからは聞いたことがない明るく大きな声。ビックリしたエトワールは彼を見上げながら、おずおずと彼に尋ねた。
「…凄いところ、なの?」
「もちろんだ!」
宝物を見つけた少年のような表情で答えるカロン。彼はそのまま、流れるような早口で語り始めた。
「国内最高級の武器ブランドがヴァルシェルドだ!ゼファルド山からとれる良質な鉱石とブランドお抱えの鍛冶職人によって作られた刃はまさに斬れないものなし!ブランドは100年以上の歴史を持ち、昔から王家御用達なのも当然。軍人や貴族の間ではヴァルシェルドの武器を使っていることはステータスであり王家への忠誠の証だ!本店がこの街にあることはもちろん把握していた。だがいざ実際に目の前にする、と……」
興奮した様子のカロンを、プラータは微笑み、エトワールはポカンと口を開けて見守っていた。
その視線と自身の暴走に気付いたカロンは、むず痒さに咳払いをひとつ。
「……失礼しました。」
「カロン、武器オタクなところあるもんねぇ。テオから聞いてるよ?側近就任のための特別研修の時に、王宮の武器庫にあるヴァルシェルドの武器全部言い当てて、海軍元帥なジャレッドのおっさんをドン引きさせたって。」
「殿下!?お願いです、忘れてください!!」
本人にとっては恥ずかしいエピソードをあっさりプラータに暴露され、うろたえるカロン。
普段は寡黙でしっかり者、大人びた雰囲気の彼。その年相応な雰囲気に、エトワールは思わず微笑んでしまった。
カロンだって、プラータやエトワールより年下の青年なのだ。
「行ってみる?お店。」
エトワールはそう提案した。きっとカロンは行きたいだろうと思ったからだ。
しかし、カロンは困ったように口ごもった。
「ですが…俺も殿下も愛剣は既にヴァルシェルドのものですし、旅の途中ないま必要以上の武器を持つのは得策じゃないですし…エトワールは退屈でしょう?武器屋は…。」
謎の遠慮をするカロン。
真面目すぎるが故の痩せ我慢なのは、お兄さんとお姉さんには丸バレだ。
「私はかまわないわ。ねぇ?プゥ」
「そーそー!せっかく来たんだから行こうよ!俺も行きたいなぁ!」
そんな二人に、カロンの顔は嬉しそうにほころんだ。
「……そう、言っていただけるなら……。」
かくして、彼らは揃って国内最高級の武器屋へ足を運んだのだった。
ーーー
カランカラン、と軽快なベルの音が鳴る。
カロンが扉を支え、プラータとエトワールは中へ。
その間に、シワ一つない制服に身を包んだ青年が慌てて駆け寄ってきた。胸元に光るバッチは、この春に彼が入ったばかりだとプラータたちに教えてくれた。
「いらっしゃいませ……プラータ殿下!?」
彼はひと目見ただけで、プラータが王子だと気付き驚きの声をあげた。
静かにザワつく店内の空気に呑まれないよう踏ん張りながら、青年は続ける。
「カロン様も、いらっしゃいませ!!直ぐに担当の者をお呼びします。まずは奥へどうぞ!」
彼の案内に従い、一行はお店の奥へ。
商談をしていたであろう店内にいた人々の多くも、王族が来たと聞いて頭を垂れていた。
(プゥって……本当の本当に王子様なんだ……!)
旅に出て何度目かの実感が、エトワールを襲う。今回のが最も強烈だ。
明らかに貴族と分かる人たちが、プラータが通るだけで礼をする。どう見てもエトワールより年下なスタッフが一目で彼を王子と見抜き、別格の待遇を当然のように行う。
それを堂々と受けるプラータとカロン。
足が沈むようにふかふかな絨毯は、本当ならエトワールは一生踏むことがなかったものだ。
彼女はこの時はじめてハッキリと、プラータと自分の住む世界は違うのだと実感した。
ーーー
さて、貴賓室にて紅茶と共に待つことほんの数分。
ビシッと制服を着こなし、青髪をキッチリオールバックにした眼鏡の青年が姿を現した。
「プラータ殿下!グラスゴー大尉!わざわざ本店に足をお運び下さりありがとうございます。お会い出来て光栄です。」
心から嬉しそうな青年と、席から立って握手するプラータ。彼も同様に、再会を喜んで口を開いた。
「レグリス!久しぶり。急に来てごめんねぇ。他のお客さん、緊張させちゃったよね?」
困ったように眉を下げるプラータ。正直、プラータは先ほどの周囲の反応に(しまったなぁ)と内省していたのだ。
追放されたとはいえ、一般的に見ればプラータは王族だ。突然訪ねれば店内の空気を変えてしまうくらい、想像出来たはずなのに。
そんな気遣いを見せる王子に先に着席を促し、担当スタッフであるレグリスはズバリと答えた。
「はい。それはもう。大慌てで私を呼んだあの新人は、裏で腰を抜かしてましたよ。領都と言えど王家の方と直接会うことなんてない田舎なんですから、せめていらっしゃるなら裏口から一声連絡してください。」
「だよねぇ、気をつける。」
「とはいえ、それは些細なことです。王家に選ばれてることは我々の誇りですから、どうぞ堂々と。」
「あはは、ありがとう。ねえ、新人の彼はカロンの選任にしてあげてよ。まさか俺だけじゃなくてカロンの顔も覚えてるとは思わなかったなぁ。」
「当然でしょう。側近の方も含め、王家関係者の名前と顔を覚えるくらい、あたりまえの新人教育です。」
続いて席につき、誇らしげなレグリス。新人の担当配属についてはサラサラとメモに書き留めていた。
「ところで…。」
手を止めるレグリス。彼はじっとプラータを見つめた。なんと切り出そうかと迷っているようだ。
話題を察したプラータは、自ら切り込んだ。
「シルヴァからの追放の件でしょ?事実なんだなぁ、これが。だから実はいま俺は「殿下」なんて呼ばれる立場じゃないんだよね。」
「なんと…!?」
息を呑むレグリス。声を潜めて、彼はプラータへ問いただす。
「いったい何故!?あれほど仲のいいご兄弟ではないですか。」
「うーん、なんでだろうね。」
「そんな呑気な!?巷ではシルヴァラ殿下が王位継承権をプラータ殿下から強奪するために濡れ衣を着せた、なんて言われてますよ。私は到底そうは思えないんですが。」
「えー、そんな噂になってるの?」
そこからはもう情報交換だ。貴族間のうわさ話、新聞の報道の仕方、双子王子の不仲説から、シルヴァラがプラータを庇った説まで。
本人たちの耳には届きようもない世論に、話は盛り上がっていった。
エトワールはもう、ついていけない。
貴賓室のソファでさえ居心地が悪いというのに。
彼女はこっそりメモを残す。そして彼らの邪魔をしないようにそーっと、この部屋を抜け出した。
ーーー
「では、本当に偶然立ち寄っただけなんですね。」
話が一段落したところで、レグリスは納得したように言葉を漏らす。
推しブランドの本店にただテンションが上がってしまっただけなカロンは、想定以上の大事になったことに対して申し訳なさげに頷いていた。
「出来れば気軽に店内をぐるーっと見たいんだけど、それは難しいよね?」
プラータが希望を告げる。本来なら、この貴賓室に希望の武器や展示前の秘蔵品を直接持って来て、優雅にワインなど楽しみながらプレゼンを聞くものだ。
しかしレグリスは、時計を確認した後に微笑んだ。VIPの要望を叶えるくらい、ベテランな彼には朝飯前だ。
「もう30分もすれば店じまいです。そうしたら貸切にできますので、存分に見ていってください。それまで、カタログで目星をつけるのはいかがでしょう?」
そう言いながら、彼は二人の前に一冊の分厚い冊子を差し出す。
身を乗り出して反応したのは、カロンだ。
「ヴァルシェルドの最新カタログ…!!」
以前接客した時と変わらないその反応に、にっこり笑うレグリス。
表紙をめくりながら、彼は続けた。
「ご明答です、グラスゴー大尉。既にご存知かもしれませんが、今年はゼファルド山の鉱物の質が良い。その上新たな製鉄技術が導入されたため、このページの辺りの剣は今までになく重厚で…」
彼の解説に、カロンの瞳はキラキラと輝いている。
30分など飛ぶ矢のようなスピードで過ぎ去った。
店内に移動したカロンとプラータは、先ほどの新人も交えて武器談義に大盛り上がりだ。
最新型の剣を試し振りさせてもらったり、鞘や柄の装飾について語ったり。
果てにはヴァルトンの教会にわざわざ通水魔術を繋いで、ハリスに専用武器の贈り物を提案したり。
突然そんなことを言われ、ハリスはまた口をあんぐりと開けていた。
「んな高え武器、俺が買える訳ねぇだろ!は?泊めてもらったお礼?んなもんあの日の飯代で十分だ!」
などと言ってキレていたハリス。
しかし彼だって日々鍛錬を欠かさない戦士。質のいい武器が手に入るとなれば、そりゃあ興味を示すもので。
結局、ハリスへ三節棍のプレゼントと、プラータとカロンの愛剣のメンテナンスサービスをお願いすることになった。
カロンは愛剣の代用に、すっかり仲良くなったあの新人スタッフに勧められた最新の短剣まで買っている。
その結論に至った頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
「エトー、ごめんねお待たせ!」
やっとエトワールに声をかけたプラータ。
彼女の残したメモにはお店の外で待っていると書かれていた。
…しかし。
「エト…?」
プラータが扉の周囲を見渡しても、彼女の姿はない。
「エトワール?」
ぐるっとカロンが外周を回っても、エトワールは見つからない。
彼女が、居なくなった。
その事実に気付いたとき、男二人は一気に血の気が引いたのだった。
To be continued...
プラータたちが到着したのは、ヴェルノーグ。北領の領都だ。
ハリスのいたヴァルトンや、軍港の町フォングとは、比べものにならないほどの賑わい。
初めて訪れる都会に、エトワールは目を丸くしてあちこち目移りしてしまう。
往来の人にぶつかりそうになった彼女の肩をそっと引き寄せつつ、プラータは口を開いた。
「やっぱり領主のお膝元は賑やかだね〜。カロン、ヴェルノーグはどんな街なの?」
半歩後ろを歩く従者に、プラータは声をかける。
エトワールがプラータと同じように自分の方を向いたのを確認してから、カロンは話し始めた。
「ヴェルノーグは通称、「賭博の都」と言われています。双六、チンチロ、カードといった身近な酒場賭博から、剣闘士、競馬、水上レースなどの大型なものまで、様々なものが展開されています。領主であるファントルノ侯爵直営のカジノもあります。こうした娯楽は身分を問わず解放されているため、貴族層が少なく荒くれ者の多い北領で強い支持を得ています。武器や、軍向けの早馬、船輸送の早便など、賭博をきっかけに発展した特産品は、農作物の少ないこのエリアを支える経済の要です。」
スラスラと流れるような解説に、エトワールは感心してしまった。確かに彼の言う通り、剣闘士や水上レースのポスターが街中に沢山貼られている。
街の中央にひときわ大きく見えるのは、直営のカジノなのだろう。
「楽しそうな街なのね」
「まあ…そうですね。こういった雰囲気の街は、国内では珍しいかと。」
エトワールの感想に、カロンも同意だった。
そんな中、突如プラータが足を止めた。
「ねえ、カロン…あれ」
プラータがとあるお店を指さして呟く。
それに従いエトワールもカロンもそちらに視線を向けた。
そこにあるのは大きな武器屋。看板には、「ヴァルシェルド」と書かれている。
それに気付いたカロンの表情が一気に明るくなったのを、プラータは見逃さなかった。
「ヴァルシェルド本店!!!」
カロンからは聞いたことがない明るく大きな声。ビックリしたエトワールは彼を見上げながら、おずおずと彼に尋ねた。
「…凄いところ、なの?」
「もちろんだ!」
宝物を見つけた少年のような表情で答えるカロン。彼はそのまま、流れるような早口で語り始めた。
「国内最高級の武器ブランドがヴァルシェルドだ!ゼファルド山からとれる良質な鉱石とブランドお抱えの鍛冶職人によって作られた刃はまさに斬れないものなし!ブランドは100年以上の歴史を持ち、昔から王家御用達なのも当然。軍人や貴族の間ではヴァルシェルドの武器を使っていることはステータスであり王家への忠誠の証だ!本店がこの街にあることはもちろん把握していた。だがいざ実際に目の前にする、と……」
興奮した様子のカロンを、プラータは微笑み、エトワールはポカンと口を開けて見守っていた。
その視線と自身の暴走に気付いたカロンは、むず痒さに咳払いをひとつ。
「……失礼しました。」
「カロン、武器オタクなところあるもんねぇ。テオから聞いてるよ?側近就任のための特別研修の時に、王宮の武器庫にあるヴァルシェルドの武器全部言い当てて、海軍元帥なジャレッドのおっさんをドン引きさせたって。」
「殿下!?お願いです、忘れてください!!」
本人にとっては恥ずかしいエピソードをあっさりプラータに暴露され、うろたえるカロン。
普段は寡黙でしっかり者、大人びた雰囲気の彼。その年相応な雰囲気に、エトワールは思わず微笑んでしまった。
カロンだって、プラータやエトワールより年下の青年なのだ。
「行ってみる?お店。」
エトワールはそう提案した。きっとカロンは行きたいだろうと思ったからだ。
しかし、カロンは困ったように口ごもった。
「ですが…俺も殿下も愛剣は既にヴァルシェルドのものですし、旅の途中ないま必要以上の武器を持つのは得策じゃないですし…エトワールは退屈でしょう?武器屋は…。」
謎の遠慮をするカロン。
真面目すぎるが故の痩せ我慢なのは、お兄さんとお姉さんには丸バレだ。
「私はかまわないわ。ねぇ?プゥ」
「そーそー!せっかく来たんだから行こうよ!俺も行きたいなぁ!」
そんな二人に、カロンの顔は嬉しそうにほころんだ。
「……そう、言っていただけるなら……。」
かくして、彼らは揃って国内最高級の武器屋へ足を運んだのだった。
ーーー
カランカラン、と軽快なベルの音が鳴る。
カロンが扉を支え、プラータとエトワールは中へ。
その間に、シワ一つない制服に身を包んだ青年が慌てて駆け寄ってきた。胸元に光るバッチは、この春に彼が入ったばかりだとプラータたちに教えてくれた。
「いらっしゃいませ……プラータ殿下!?」
彼はひと目見ただけで、プラータが王子だと気付き驚きの声をあげた。
静かにザワつく店内の空気に呑まれないよう踏ん張りながら、青年は続ける。
「カロン様も、いらっしゃいませ!!直ぐに担当の者をお呼びします。まずは奥へどうぞ!」
彼の案内に従い、一行はお店の奥へ。
商談をしていたであろう店内にいた人々の多くも、王族が来たと聞いて頭を垂れていた。
(プゥって……本当の本当に王子様なんだ……!)
旅に出て何度目かの実感が、エトワールを襲う。今回のが最も強烈だ。
明らかに貴族と分かる人たちが、プラータが通るだけで礼をする。どう見てもエトワールより年下なスタッフが一目で彼を王子と見抜き、別格の待遇を当然のように行う。
それを堂々と受けるプラータとカロン。
足が沈むようにふかふかな絨毯は、本当ならエトワールは一生踏むことがなかったものだ。
彼女はこの時はじめてハッキリと、プラータと自分の住む世界は違うのだと実感した。
ーーー
さて、貴賓室にて紅茶と共に待つことほんの数分。
ビシッと制服を着こなし、青髪をキッチリオールバックにした眼鏡の青年が姿を現した。
「プラータ殿下!グラスゴー大尉!わざわざ本店に足をお運び下さりありがとうございます。お会い出来て光栄です。」
心から嬉しそうな青年と、席から立って握手するプラータ。彼も同様に、再会を喜んで口を開いた。
「レグリス!久しぶり。急に来てごめんねぇ。他のお客さん、緊張させちゃったよね?」
困ったように眉を下げるプラータ。正直、プラータは先ほどの周囲の反応に(しまったなぁ)と内省していたのだ。
追放されたとはいえ、一般的に見ればプラータは王族だ。突然訪ねれば店内の空気を変えてしまうくらい、想像出来たはずなのに。
そんな気遣いを見せる王子に先に着席を促し、担当スタッフであるレグリスはズバリと答えた。
「はい。それはもう。大慌てで私を呼んだあの新人は、裏で腰を抜かしてましたよ。領都と言えど王家の方と直接会うことなんてない田舎なんですから、せめていらっしゃるなら裏口から一声連絡してください。」
「だよねぇ、気をつける。」
「とはいえ、それは些細なことです。王家に選ばれてることは我々の誇りですから、どうぞ堂々と。」
「あはは、ありがとう。ねえ、新人の彼はカロンの選任にしてあげてよ。まさか俺だけじゃなくてカロンの顔も覚えてるとは思わなかったなぁ。」
「当然でしょう。側近の方も含め、王家関係者の名前と顔を覚えるくらい、あたりまえの新人教育です。」
続いて席につき、誇らしげなレグリス。新人の担当配属についてはサラサラとメモに書き留めていた。
「ところで…。」
手を止めるレグリス。彼はじっとプラータを見つめた。なんと切り出そうかと迷っているようだ。
話題を察したプラータは、自ら切り込んだ。
「シルヴァからの追放の件でしょ?事実なんだなぁ、これが。だから実はいま俺は「殿下」なんて呼ばれる立場じゃないんだよね。」
「なんと…!?」
息を呑むレグリス。声を潜めて、彼はプラータへ問いただす。
「いったい何故!?あれほど仲のいいご兄弟ではないですか。」
「うーん、なんでだろうね。」
「そんな呑気な!?巷ではシルヴァラ殿下が王位継承権をプラータ殿下から強奪するために濡れ衣を着せた、なんて言われてますよ。私は到底そうは思えないんですが。」
「えー、そんな噂になってるの?」
そこからはもう情報交換だ。貴族間のうわさ話、新聞の報道の仕方、双子王子の不仲説から、シルヴァラがプラータを庇った説まで。
本人たちの耳には届きようもない世論に、話は盛り上がっていった。
エトワールはもう、ついていけない。
貴賓室のソファでさえ居心地が悪いというのに。
彼女はこっそりメモを残す。そして彼らの邪魔をしないようにそーっと、この部屋を抜け出した。
ーーー
「では、本当に偶然立ち寄っただけなんですね。」
話が一段落したところで、レグリスは納得したように言葉を漏らす。
推しブランドの本店にただテンションが上がってしまっただけなカロンは、想定以上の大事になったことに対して申し訳なさげに頷いていた。
「出来れば気軽に店内をぐるーっと見たいんだけど、それは難しいよね?」
プラータが希望を告げる。本来なら、この貴賓室に希望の武器や展示前の秘蔵品を直接持って来て、優雅にワインなど楽しみながらプレゼンを聞くものだ。
しかしレグリスは、時計を確認した後に微笑んだ。VIPの要望を叶えるくらい、ベテランな彼には朝飯前だ。
「もう30分もすれば店じまいです。そうしたら貸切にできますので、存分に見ていってください。それまで、カタログで目星をつけるのはいかがでしょう?」
そう言いながら、彼は二人の前に一冊の分厚い冊子を差し出す。
身を乗り出して反応したのは、カロンだ。
「ヴァルシェルドの最新カタログ…!!」
以前接客した時と変わらないその反応に、にっこり笑うレグリス。
表紙をめくりながら、彼は続けた。
「ご明答です、グラスゴー大尉。既にご存知かもしれませんが、今年はゼファルド山の鉱物の質が良い。その上新たな製鉄技術が導入されたため、このページの辺りの剣は今までになく重厚で…」
彼の解説に、カロンの瞳はキラキラと輝いている。
30分など飛ぶ矢のようなスピードで過ぎ去った。
店内に移動したカロンとプラータは、先ほどの新人も交えて武器談義に大盛り上がりだ。
最新型の剣を試し振りさせてもらったり、鞘や柄の装飾について語ったり。
果てにはヴァルトンの教会にわざわざ通水魔術を繋いで、ハリスに専用武器の贈り物を提案したり。
突然そんなことを言われ、ハリスはまた口をあんぐりと開けていた。
「んな高え武器、俺が買える訳ねぇだろ!は?泊めてもらったお礼?んなもんあの日の飯代で十分だ!」
などと言ってキレていたハリス。
しかし彼だって日々鍛錬を欠かさない戦士。質のいい武器が手に入るとなれば、そりゃあ興味を示すもので。
結局、ハリスへ三節棍のプレゼントと、プラータとカロンの愛剣のメンテナンスサービスをお願いすることになった。
カロンは愛剣の代用に、すっかり仲良くなったあの新人スタッフに勧められた最新の短剣まで買っている。
その結論に至った頃には、すっかり辺りは暗くなっていた。
「エトー、ごめんねお待たせ!」
やっとエトワールに声をかけたプラータ。
彼女の残したメモにはお店の外で待っていると書かれていた。
…しかし。
「エト…?」
プラータが扉の周囲を見渡しても、彼女の姿はない。
「エトワール?」
ぐるっとカロンが外周を回っても、エトワールは見つからない。
彼女が、居なくなった。
その事実に気付いたとき、男二人は一気に血の気が引いたのだった。
To be continued...


