時間は少し戻って。
カロンがプラータの寝室で警戒している一方その頃。
「このクッキー、美味しいねぇプゥ」
「そっ、そうだね」
プラータはエトワールの部屋のベッドに潜り込んで、貰ったクッキーを2人でこっそりと食べていた。
同じベッドですごすなんて、子供の時以来だ。しかし、あの頃とは状況が違いすぎる。
(カロン〜〜〜!!これはさすがに酷くない!?)
忠義の厚い従者へ向けて、プラータは思わず恨み言が浮かぶ。
というのもこの状況は、カロンがエトワールにプラータを部屋に匿うように願い出た結果だからだ。ご丁寧に「万が一誰か来ても、寝ているだけに見せかけてください」とまで添えて。
エトワールと2人きり、同じ布団の中。
嬉しいのだが、鼓動の音が彼女に聞こえてしまうのではないかと思うほどだった。
クッキーを口にしながら、エトワールはふと真剣な顔になり尋ねた。
「…ねぇ、プゥ」
「ん?どうしたの?エト」
プラータは戸惑いながら返す。心配げな表情で、エトワールは言葉を続けた。
「さっきの伯爵さん、プゥは…苦手?」
「えっ……なんで?」
突然のその質問に、プラータは思わず聞き返す。
エトワールは言葉を選ぶように、ゆっくりと答えた。
「プゥの…笑顔がね。いつもと違って……。何となく、無理…してるように、見えたから。」
「…!」
それはまさしく、プラータの本音を見抜くものだった。
見抜いているからこそ、彼女は心から心配してプラータに尋ねたのだ。
それを理解したプラータは、彼女の優しさをまた実感して胸が熱くなった。思わず彼女を抱きしめそうになるのをぐっと耐えて、彼は口を開く。
「バレちゃったかぁ。実は、王宮や社交界でよく見る目をガルマン大将がしてたから…ちょっと、苦手なんだよね。」
エトワールはそれを聞いて、首をかしげて聞き返す。
「…目?」
「うん。…こっちを値踏みしてくる目だよ。「この王子は俺の利益になるのか?」って探ってくる感じの。」
「そっ、か…。」
納得したようにエトワールは呟く。
そんな彼女に、プラータは笑いかけながら言葉を続けた。
「俺は子供の頃、王宮で沢山見るその目の大人が嫌で仕方なかったんだ。怖かった。…それから逃げ出した結果、セランディア村にたどり着いたんだよ。」
「えぇ…!?」
それは、双子の弟以外誰も知らない事実。
初めて、ブラータは子供の頃に言えなかったことをエトワールに打ち明けた。
「逃げ出した…って…?」
素直な疑問をこぼすエトワール。
プラータは、思い出話を語り始めた。
ーーー
時は遡り、19年前。
双子の建国神によって創られた水の豊かな島国、アクアセリス王国。
そこに、双子の王子が生まれたのだ。神話をなぞったような王子たちの誕生を国中が祝福し、お祭り騒ぎだった。
そんな彼らが、5歳のこと。
「待ってよ、プゥ」
半べそをかきながら、前を駆けていく兄を必死に追いかけるシルヴァラ。
プラータは踊るように振り返る。立ち止まったが、まるで待ちきれないというようにぴょんぴょんと跳ねた。プラータは弟に向けて大きな声で言った。
「シル、早く!パーティーだよ?早くしないと始まっちゃうよ!」
その日は、プラータとシルヴァラの誕生日の祝宴が王宮で開かれる日だった。
正式に王子として、2人が貴族や国民にお披露目する場。初めて、彼らが社交界へ出向く日だ。
兄、プラータは、元気で明るく快活な子供だった。常に王宮内を駆け回り、庭園でどろんこになるまで遊ぶほど。弟の手を引っ張り、まるで毎日冒険しているようだった。
一方弟のシルヴァラは、引っ込み思案でいつも兄の後ろを追いかけていた。絵本を読むのが好きで、侍女に読み聞かせをねだる姿は王宮のアイドルだった。
そんな兄弟はこの日、今までにないほどおめかしをして、父王の後ろに二人並んで歩く。
舞踏会へ、足を踏み入れた。
そこは、まるで宝石箱のようにキラキラと輝いた場所。
誰もが着飾り、談笑し、優雅に踊っている。
「王子様方!」
「プラータ殿下!シルヴァラ殿下!」
笑顔で話しかけてくる大人達。挨拶や、誕生日の祝福を口々に述べてくる彼ら。
しかし、プラータは悲鳴を飲み込むので精一杯だった。なぜなら、彼はその笑顔の裏の本音を感じ取ってしまったからだ。
トゲトゲとした波動、ねっとりとした波動、値踏みされる感覚、打算、策謀…
大人になった今なら分かる。あの時プラータが感じたのは、相手の心の声の片鱗だ。制御できていなかった、聖水魔法のせいだったのだろう。
何も分からなかった当時は、その感覚が恐ろしくてたまらなかった。
「っ…」
「プゥ…?」
プラータはシルヴァラの服のすそを握りしめ、彼の後ろに怯えて隠れる。
この舞踏会以来、プラータは大人が怖くて仕方なくなってしまったのだった。
そこから、双子の王子の様子は逆転した。
教養教育の場や社交界で見られる姿は、前を歩いて堂々と対応するシルヴァラと、後ろから泣きべそでついてくるプラータ。それはさらに大人達からプラータへの猜疑心と低評価を助長してしまっていた。その悪評を笑顔の裏に隠していたとしても、本人は魔法の力により嫌でもそれを感じ取ってしまう。
プラータの笑顔は、シルヴァラの前でしか見られなくなっていった。
そんな状態が1年は続いた頃。彼を救ったのは、弟のとある提案だった。
「ねぇ、プゥ。お城から逃げちゃえばいいんだよ。」
もちろん、プラータは嫌がった。唯一の兄弟、シルヴァラと離ればなれになりたくなかったからだ。それに、自身がこの国にとって大事な「王子様」であることは、幼いながらもプラータだって理解していた。逃げ出すわけにはいかない。
しかしシルヴァラは、彼の手を握り言葉を続けた。
「プゥが毎日泣きそうな顔をしているのが、ぼくはイヤだ。大人が怖いなら、怖い大人がいないところに逃げちゃえばいい。プゥが笑って遊べる場所が、ぜったいこの国にあるはずだから。」
「じゃあシルも!シルも一緒に逃げよ!」
「ダメだよ。王子様が二人ともいなくなったら、王様になれる人がいなくなっちゃう。ぼくは、王子様をやる。プゥは、どこかで笑ってて。」
「でもぉ…」
グズるプラータ。シルヴァラは、兄を安心させるように額をコツン、と合わせた。
大人を怖がるプラータに、彼がいつもやっていた「おまじない」だ。
「大丈夫、プゥ。ぼくらは双子だよ?きっと、離れていたって繋がってるよ。」
心からの心配と、温かい願いが、プラータに伝わってくる。シルヴァラの行動は、言葉は、いつも裏表がない。穏やかで、優しい、大事な片割れ。シルヴァラの隣に居れば安心できて、笑うことが出来て、怖い想いを忘れることが出来た。
だからこそ、彼がどれだけ本気でその提案をしてくれているのか、プラータは受け止めていた。
「…うん。わかった。」
頷くプラータ。寂しげに、でも嬉しそうに笑うシルヴァラ。
そしてその夜のうちに、その計画は実行に移された。
王宮に置かれているルーナの洋服を1着引っ張り出す。プラータはそれを身に纏い、王族特有の銀色の髪をスカーフで隠す。そして散々遊び回ったが故にどこに何があるか全て把握している王宮と庭園を、二人は手を繋いで駆け抜ける。
シルヴァラが先導し、プラータの手を引いていく。抜け道を目指しながら、彼はプラータに作戦を伝えていく。
王子様だとバレないために、女の子のフリをすること。
できるだけ遠くに逃げること。ゼファルト山ならお城から1番遠いから、そこがいいかもしれない。
大きなお屋敷は貴族のお家だから、そこには近づかないこと。
王宮の大人たちはシルヴァラがどうにかするから、決して振り返らないこと。
抜け道の入り口で、そっと手を離す。同じ銀髪、同じ水のような色の瞳、うり二つの容姿。
心通じ合う唯一の片割れの姿を、お互いの目に焼き付けて。
プラータは、王宮に背を向けて駆けだしたのだった。
ーーー
「その後は、エトが知ってる通りだよ。お腹すいて動けなかった俺を、エトが助けてくれたおかげで、セランディア村にたどり着けたんだ。」
「そうだったのね・・・」
時は戻って、現在。ガルマン伯爵邸にて。
幼い頃、なぜプゥが女の子のフリをしていたのか、なぜエトたちの村に来たのか。
知らなかったその経緯を聞いたエトワール。彼女は心配げに、プラータの頬に手を添えて尋ねた。
「もう・・・大人は怖くない?」
その質問に、プラータは笑って答えた。
「うん。セランディア村のみんなや、エトのおかげだよ。聖水魔法も無事に制御出来るようになったから、垂れ流しで心の声を感じる訳じゃなくなったし。」
プラータの言葉に、エトワールは安心したように微笑む。そんな彼女の手に、プラータは自身の手を重ね合わせた。
「ずっと、エトにお礼が言いたかったことがあるんだ。」
「?なあに、プゥ。」
真っ直ぐ、彼女を見つめてプラータは話す。
「俺が村を出て王宮に戻ろうとしたのは、シルが当時流行っていた清潮熱にかかって死にかけてるって噂を聞いたからだった。あのとき、エトが持たせてくれた薬があったでしょう?」
「うん。村のみんなが、もしかしてこれで治るんじゃないかって話してたやつ・・・。」
それは、とある毒草の解毒剤。
清潮熱とは、6年前に首都で猛威をふるった流行病だ。しかしセランディア村ではその被害は全く無かった。村人が噂に聞く症状は、とある毒草によるものと酷似していたのだ。
エトワールは当時、プゥの弟の回復への祈りを込めて、その解毒剤を彼に渡した。そして、村を出て行く親友を見送ったのだ。
「あの薬のおかげでね、シルはちゃんと完治したんだ。本当に、本当にありがとう、エト。俺たち双子、二人ともエトに命を救われたんだよ。」
心の底から嬉しそうに、プラータが告げる。彼の温かい想いが、エトワールの胸を打った。
ーーー
一方、同時刻の首都、アクシアの王宮にて。
「…って訳で、6年もの間平民ライフしてたはずなのに、俺の清潮熱を治すためにって、女の子から貰った薬を持ってわざわざパンデミック真只中の王宮に戻ってきたんだよ。あのバカは。」
夜風を浴びながらの晩酌で、シルヴァラは従者のテオに昔話を聞かせていた。
プラータが何故ゼファルド山に居たのかと、王宮に戻ってきた理由。奇しくも、双子揃って同じ話を同じ時にしていたのだ。
「それは…プゥ殿下も無茶なことを…」
話を聞いたテオは引き気味だ。
テオと姉のルーナでさえ当時、東領の別荘へ避難させられていた。あの頃の王宮に戻ってくるだなんて、子供にとっては自殺行為だ。
しかしテオは、気になった点を考察するように口を開いた。
「それにしても、清潮熱は首都の医者も治療方法が当時分からず、聖職者の清水魔法も効きが弱かったものですよね?それがいっぱつで治るほどの薬を預けたその女の子とは、一体・・・。」
ぶどう酒をゆっくりと飲むシルヴァラ。ほろ酔いの彼は、当時を思い出しながら答える。
「さぁ?」
「さぁって・・・」
「清水魔法はそもそも怪我に特化していて、病気には効きづらいし。医者だって人間なんだから、未知の病には弱い。もしかしたら、ゼファルト山の方では清潮熱はよくあることで、既に薬があったってだけかもよ?」
「そうでしょうか・・・」
納得いかない、という表情のテオ。そんな従者の様子にクスリと笑うシルヴァラ。
「そんなに考え込んでると、せっかく格好いい顔してるに眉間の皺がとれなくなるぞ~」
「ちょ、辞めて下さい殿下!」
そんな軽口を言いながら、シルヴァラはテオの眉間をくりくりと指で押す。彼らの間ではよくあるじゃれあいだ。
かつて二人で駆け回った庭園を眺めて、シルヴァラはまた葡萄酒に舌鼓を打つ。
無邪気だったあの頃には、もう戻れない。
「・・・今頃、その女の子とよろしくやってるんじゃないかな。プゥは。」
シルヴァラの呟きに、テオはなんとも言えない複雑な表情をしていたのだった。
To be continueed...
カロンがプラータの寝室で警戒している一方その頃。
「このクッキー、美味しいねぇプゥ」
「そっ、そうだね」
プラータはエトワールの部屋のベッドに潜り込んで、貰ったクッキーを2人でこっそりと食べていた。
同じベッドですごすなんて、子供の時以来だ。しかし、あの頃とは状況が違いすぎる。
(カロン〜〜〜!!これはさすがに酷くない!?)
忠義の厚い従者へ向けて、プラータは思わず恨み言が浮かぶ。
というのもこの状況は、カロンがエトワールにプラータを部屋に匿うように願い出た結果だからだ。ご丁寧に「万が一誰か来ても、寝ているだけに見せかけてください」とまで添えて。
エトワールと2人きり、同じ布団の中。
嬉しいのだが、鼓動の音が彼女に聞こえてしまうのではないかと思うほどだった。
クッキーを口にしながら、エトワールはふと真剣な顔になり尋ねた。
「…ねぇ、プゥ」
「ん?どうしたの?エト」
プラータは戸惑いながら返す。心配げな表情で、エトワールは言葉を続けた。
「さっきの伯爵さん、プゥは…苦手?」
「えっ……なんで?」
突然のその質問に、プラータは思わず聞き返す。
エトワールは言葉を選ぶように、ゆっくりと答えた。
「プゥの…笑顔がね。いつもと違って……。何となく、無理…してるように、見えたから。」
「…!」
それはまさしく、プラータの本音を見抜くものだった。
見抜いているからこそ、彼女は心から心配してプラータに尋ねたのだ。
それを理解したプラータは、彼女の優しさをまた実感して胸が熱くなった。思わず彼女を抱きしめそうになるのをぐっと耐えて、彼は口を開く。
「バレちゃったかぁ。実は、王宮や社交界でよく見る目をガルマン大将がしてたから…ちょっと、苦手なんだよね。」
エトワールはそれを聞いて、首をかしげて聞き返す。
「…目?」
「うん。…こっちを値踏みしてくる目だよ。「この王子は俺の利益になるのか?」って探ってくる感じの。」
「そっ、か…。」
納得したようにエトワールは呟く。
そんな彼女に、プラータは笑いかけながら言葉を続けた。
「俺は子供の頃、王宮で沢山見るその目の大人が嫌で仕方なかったんだ。怖かった。…それから逃げ出した結果、セランディア村にたどり着いたんだよ。」
「えぇ…!?」
それは、双子の弟以外誰も知らない事実。
初めて、ブラータは子供の頃に言えなかったことをエトワールに打ち明けた。
「逃げ出した…って…?」
素直な疑問をこぼすエトワール。
プラータは、思い出話を語り始めた。
ーーー
時は遡り、19年前。
双子の建国神によって創られた水の豊かな島国、アクアセリス王国。
そこに、双子の王子が生まれたのだ。神話をなぞったような王子たちの誕生を国中が祝福し、お祭り騒ぎだった。
そんな彼らが、5歳のこと。
「待ってよ、プゥ」
半べそをかきながら、前を駆けていく兄を必死に追いかけるシルヴァラ。
プラータは踊るように振り返る。立ち止まったが、まるで待ちきれないというようにぴょんぴょんと跳ねた。プラータは弟に向けて大きな声で言った。
「シル、早く!パーティーだよ?早くしないと始まっちゃうよ!」
その日は、プラータとシルヴァラの誕生日の祝宴が王宮で開かれる日だった。
正式に王子として、2人が貴族や国民にお披露目する場。初めて、彼らが社交界へ出向く日だ。
兄、プラータは、元気で明るく快活な子供だった。常に王宮内を駆け回り、庭園でどろんこになるまで遊ぶほど。弟の手を引っ張り、まるで毎日冒険しているようだった。
一方弟のシルヴァラは、引っ込み思案でいつも兄の後ろを追いかけていた。絵本を読むのが好きで、侍女に読み聞かせをねだる姿は王宮のアイドルだった。
そんな兄弟はこの日、今までにないほどおめかしをして、父王の後ろに二人並んで歩く。
舞踏会へ、足を踏み入れた。
そこは、まるで宝石箱のようにキラキラと輝いた場所。
誰もが着飾り、談笑し、優雅に踊っている。
「王子様方!」
「プラータ殿下!シルヴァラ殿下!」
笑顔で話しかけてくる大人達。挨拶や、誕生日の祝福を口々に述べてくる彼ら。
しかし、プラータは悲鳴を飲み込むので精一杯だった。なぜなら、彼はその笑顔の裏の本音を感じ取ってしまったからだ。
トゲトゲとした波動、ねっとりとした波動、値踏みされる感覚、打算、策謀…
大人になった今なら分かる。あの時プラータが感じたのは、相手の心の声の片鱗だ。制御できていなかった、聖水魔法のせいだったのだろう。
何も分からなかった当時は、その感覚が恐ろしくてたまらなかった。
「っ…」
「プゥ…?」
プラータはシルヴァラの服のすそを握りしめ、彼の後ろに怯えて隠れる。
この舞踏会以来、プラータは大人が怖くて仕方なくなってしまったのだった。
そこから、双子の王子の様子は逆転した。
教養教育の場や社交界で見られる姿は、前を歩いて堂々と対応するシルヴァラと、後ろから泣きべそでついてくるプラータ。それはさらに大人達からプラータへの猜疑心と低評価を助長してしまっていた。その悪評を笑顔の裏に隠していたとしても、本人は魔法の力により嫌でもそれを感じ取ってしまう。
プラータの笑顔は、シルヴァラの前でしか見られなくなっていった。
そんな状態が1年は続いた頃。彼を救ったのは、弟のとある提案だった。
「ねぇ、プゥ。お城から逃げちゃえばいいんだよ。」
もちろん、プラータは嫌がった。唯一の兄弟、シルヴァラと離ればなれになりたくなかったからだ。それに、自身がこの国にとって大事な「王子様」であることは、幼いながらもプラータだって理解していた。逃げ出すわけにはいかない。
しかしシルヴァラは、彼の手を握り言葉を続けた。
「プゥが毎日泣きそうな顔をしているのが、ぼくはイヤだ。大人が怖いなら、怖い大人がいないところに逃げちゃえばいい。プゥが笑って遊べる場所が、ぜったいこの国にあるはずだから。」
「じゃあシルも!シルも一緒に逃げよ!」
「ダメだよ。王子様が二人ともいなくなったら、王様になれる人がいなくなっちゃう。ぼくは、王子様をやる。プゥは、どこかで笑ってて。」
「でもぉ…」
グズるプラータ。シルヴァラは、兄を安心させるように額をコツン、と合わせた。
大人を怖がるプラータに、彼がいつもやっていた「おまじない」だ。
「大丈夫、プゥ。ぼくらは双子だよ?きっと、離れていたって繋がってるよ。」
心からの心配と、温かい願いが、プラータに伝わってくる。シルヴァラの行動は、言葉は、いつも裏表がない。穏やかで、優しい、大事な片割れ。シルヴァラの隣に居れば安心できて、笑うことが出来て、怖い想いを忘れることが出来た。
だからこそ、彼がどれだけ本気でその提案をしてくれているのか、プラータは受け止めていた。
「…うん。わかった。」
頷くプラータ。寂しげに、でも嬉しそうに笑うシルヴァラ。
そしてその夜のうちに、その計画は実行に移された。
王宮に置かれているルーナの洋服を1着引っ張り出す。プラータはそれを身に纏い、王族特有の銀色の髪をスカーフで隠す。そして散々遊び回ったが故にどこに何があるか全て把握している王宮と庭園を、二人は手を繋いで駆け抜ける。
シルヴァラが先導し、プラータの手を引いていく。抜け道を目指しながら、彼はプラータに作戦を伝えていく。
王子様だとバレないために、女の子のフリをすること。
できるだけ遠くに逃げること。ゼファルト山ならお城から1番遠いから、そこがいいかもしれない。
大きなお屋敷は貴族のお家だから、そこには近づかないこと。
王宮の大人たちはシルヴァラがどうにかするから、決して振り返らないこと。
抜け道の入り口で、そっと手を離す。同じ銀髪、同じ水のような色の瞳、うり二つの容姿。
心通じ合う唯一の片割れの姿を、お互いの目に焼き付けて。
プラータは、王宮に背を向けて駆けだしたのだった。
ーーー
「その後は、エトが知ってる通りだよ。お腹すいて動けなかった俺を、エトが助けてくれたおかげで、セランディア村にたどり着けたんだ。」
「そうだったのね・・・」
時は戻って、現在。ガルマン伯爵邸にて。
幼い頃、なぜプゥが女の子のフリをしていたのか、なぜエトたちの村に来たのか。
知らなかったその経緯を聞いたエトワール。彼女は心配げに、プラータの頬に手を添えて尋ねた。
「もう・・・大人は怖くない?」
その質問に、プラータは笑って答えた。
「うん。セランディア村のみんなや、エトのおかげだよ。聖水魔法も無事に制御出来るようになったから、垂れ流しで心の声を感じる訳じゃなくなったし。」
プラータの言葉に、エトワールは安心したように微笑む。そんな彼女の手に、プラータは自身の手を重ね合わせた。
「ずっと、エトにお礼が言いたかったことがあるんだ。」
「?なあに、プゥ。」
真っ直ぐ、彼女を見つめてプラータは話す。
「俺が村を出て王宮に戻ろうとしたのは、シルが当時流行っていた清潮熱にかかって死にかけてるって噂を聞いたからだった。あのとき、エトが持たせてくれた薬があったでしょう?」
「うん。村のみんなが、もしかしてこれで治るんじゃないかって話してたやつ・・・。」
それは、とある毒草の解毒剤。
清潮熱とは、6年前に首都で猛威をふるった流行病だ。しかしセランディア村ではその被害は全く無かった。村人が噂に聞く症状は、とある毒草によるものと酷似していたのだ。
エトワールは当時、プゥの弟の回復への祈りを込めて、その解毒剤を彼に渡した。そして、村を出て行く親友を見送ったのだ。
「あの薬のおかげでね、シルはちゃんと完治したんだ。本当に、本当にありがとう、エト。俺たち双子、二人ともエトに命を救われたんだよ。」
心の底から嬉しそうに、プラータが告げる。彼の温かい想いが、エトワールの胸を打った。
ーーー
一方、同時刻の首都、アクシアの王宮にて。
「…って訳で、6年もの間平民ライフしてたはずなのに、俺の清潮熱を治すためにって、女の子から貰った薬を持ってわざわざパンデミック真只中の王宮に戻ってきたんだよ。あのバカは。」
夜風を浴びながらの晩酌で、シルヴァラは従者のテオに昔話を聞かせていた。
プラータが何故ゼファルド山に居たのかと、王宮に戻ってきた理由。奇しくも、双子揃って同じ話を同じ時にしていたのだ。
「それは…プゥ殿下も無茶なことを…」
話を聞いたテオは引き気味だ。
テオと姉のルーナでさえ当時、東領の別荘へ避難させられていた。あの頃の王宮に戻ってくるだなんて、子供にとっては自殺行為だ。
しかしテオは、気になった点を考察するように口を開いた。
「それにしても、清潮熱は首都の医者も治療方法が当時分からず、聖職者の清水魔法も効きが弱かったものですよね?それがいっぱつで治るほどの薬を預けたその女の子とは、一体・・・。」
ぶどう酒をゆっくりと飲むシルヴァラ。ほろ酔いの彼は、当時を思い出しながら答える。
「さぁ?」
「さぁって・・・」
「清水魔法はそもそも怪我に特化していて、病気には効きづらいし。医者だって人間なんだから、未知の病には弱い。もしかしたら、ゼファルト山の方では清潮熱はよくあることで、既に薬があったってだけかもよ?」
「そうでしょうか・・・」
納得いかない、という表情のテオ。そんな従者の様子にクスリと笑うシルヴァラ。
「そんなに考え込んでると、せっかく格好いい顔してるに眉間の皺がとれなくなるぞ~」
「ちょ、辞めて下さい殿下!」
そんな軽口を言いながら、シルヴァラはテオの眉間をくりくりと指で押す。彼らの間ではよくあるじゃれあいだ。
かつて二人で駆け回った庭園を眺めて、シルヴァラはまた葡萄酒に舌鼓を打つ。
無邪気だったあの頃には、もう戻れない。
「・・・今頃、その女の子とよろしくやってるんじゃないかな。プゥは。」
シルヴァラの呟きに、テオはなんとも言えない複雑な表情をしていたのだった。
To be continueed...


