アクアセリス双王譚 〜追放王子ですが王座奪還のために首都を目指します!〜

ヘル・ガルマンは、血の気が引く感覚がした。

いや、むしろ娘の暴挙に頭に血が登る感覚だろうか。

どちらにしろ、突如告げられた事実は信じられないものだった。



娘が、第一王子暗殺を企てて、実行に移したという。そして、警戒していた側近によって彼女は現行犯で捕らえられていた。

事の次第は、既に海軍元帥にも報告済みだという。



「この度の事態……なんと、詫びをすればいいか………」



苦渋の声がガルマン伯爵から絞り出される。

彼は、目の前の少年大尉へ頭を下げる。



目を覚ましたユーリが目にしたのは、そんな父親の姿だった。



「どうして!!」



椅子に縛られたまま、ユーリは叫んだ。



「どうしてそんな奴に頭を下げるの父様!!相手は大尉でしょ!?平民でしょ!?しかも、コイツの主は王宮から追放されてるのよ!!だったら、ここで殺してしまえば、宰相様への素敵なお土産になるでしょう!政敵の首を取って、何が悪いの!」

「黙らんかこの愚か者が!!」

「っ………」



キャンキャンと吼える子犬の声をかき消す獅子の咆哮。

ヘルは喚く娘を一喝し、黙らせた。

そして彼女を射抜くのは、嵐の空のような灰色の瞳。殺気をまとうその怒りは、まさしく軍の大将。

憤怒の言葉をヘルは放つ。



「王宮を出られていようと、プラータ殿下の御身が王家の者であることに変わりはない。貴様は今夜、王族に刃を向けた国賊に成り果てた。」

「そんな…つもりは…!」

「言い訳の余地などないわ!!短絡的な思考で身勝手な暴走をしおって!!人の命を何だと思っとる!!」

「っ……」



その怒声は、砲弾のようにユーリへと降りかかった。

彼女の言い分は一切、聞き入れられない。



「貴様など、娘ではないわ!!」



ヘルのその一言が、ユーリにとってトドメだった。

彼女の愛らしい目が絶望に見開かれる。雨雲のようなグレーの瞳から、大粒の涙が溢れていく。



「ごめんなさい…ごめんなさい、父様…ごめんなさい…ごめんなさい…」



そのまま、まるで人形のように謝罪だけを彼女は繰り返すようになってしまった。



そんなユーリを見ることもせず、ヘルはカロンへ向き直り話し始めた。



「あの者はゼファルド山の麓の森へ捨ておきます。学園も退学させます。もちろん伯爵の爵位などあの者には最早ありません。どうか、この処置にてお許しを。」

「…」



カロンは、考える。ヘルの言う処置は、考え得るなかで最も重いものだ。

いくら軍人希望とはいえ、ご令嬢育ちの彼女が、あれだけ盗賊や反グレがいる森に放り出されたら、ひとたまりも無いだろう。生き延びたとしても、ハリスのいるヴァルトンの街に迷惑をかける可能性だってある。こういう流れがあるから、あのエリアの治安が悪化してしまうのだろう。



プラータなら、こんな時どうするだろう。

ジャレッドなら、こんな時どうするだろう。

カロンが捕らえた「反逆者」は、まだたった14歳の少女だ。カロンの妹の1人と、同じ歳の少女。



「…恐れながら、ガルマン大将。」



ゆっくりと、カロンは口を開く。鋭いガルマンの視線が彼を射貫くが、怯むこと無く彼は続けた。



「ユーリが学園を卒業し、軍人としてまっとうに生きるために、俺が監督します。」



その発言に、ガルマンの表情はさらに険しくなった。



「どういう意味だ。貴様に何ができる。」



大将の威圧感に嫌な汗がカロンの背を伝う。それでも、彼はハッキリと答えた。



「男爵の爵位を頂いている俺がユーリの後見人になり、平民として彼女を再度王立学園へ編入させる。俺は殿下に着いていく以上、直接指導することは出来ない。だが、連絡をとりあう手段はいくらでもある。だから後見人としての役割は果たせるはずだ。彼女が学園で問題を起こせば、それは俺の責任だ。あなたの手を煩わせることはありません。」



意味が分からない。そんな表情でヘルもユーリもカロンを見つめ返す。その表情はそっくりで、彼らが親子だということを伝えてくる。

そんな二人をどこか微笑ましく感じてしまいながら、カロンは続けた。



「ユーリはまだ14歳です、ガルマン大将。たった1度の間違いで、更生の機会さえ無くすのは酷でしょう。現に、プラータ殿下は一切この事態を知りません。殿下にお怪我がない以上、ガルマン大将の仰った処置は余りに重すぎるように俺は思います。だから、この形の処置を提案しました。お家からの勘当、爵位の剥奪がされているのであれば、ロングハースト元帥もご納得いただけると思います。」

「・・・」



ヘルは唸る。ユーリを一瞥すると、深いため息をついた。



「全く…。あの海賊元帥が好みそうなむちゃくちゃさだな、大尉。」

そしてヘルは、ユーリを縛っていた縄を切った。呆然としている彼女に、彼は背を向けて告げる。



「大尉の寛大な措置に感謝するんだな。」

「っ…!」



彼女の絶望に満ちた瞳がカロンへ向けられる。「海軍大将の娘」であり「伯爵家令嬢」であることに誇りを持っていた彼女からすれば、カロンの提案もまたヘルの言葉と同じように地獄なのだろう。

しかし、カロンはそんな彼女を真っ直ぐに見つめて激励を伝えた。



「海軍大将になるんだろう?だったら、父の七光りではなく自分の実力でなればいい。爵位なんてなくても成し遂げろ。それが、ガルマン伯爵からも認められる道なんじゃないか。」

「っ………」



現実を受け入れられない。そんな様子で歯を食いしばるユーリ。

そのまま、彼女は何も言わずに部屋を飛び出していってしまった。



ガルマンはゆっくりと自身の椅子へ腰掛ける。ため息交じりに、カロンへ問いかけた。



「何故、あのような措置をとった。」



その問いに、カロンは即答した。



「プラータ殿下だったら、そうしただろうと思ったからです。」

「ほう?」

「…俺は、弟妹の世話を言い訳に、軍に入る夢を諦めようとしていました。しかし、殿下の手助けのおかげで王立学園へ入学し、今ここに居ます。殿下にしていただいたことを、自分もしたまでです。」

「…そうか。」



そこまで聞き届け、納得したように目を閉じるガルマン。

改めて彼はカロンへ向き直り、頭を下げた。



「本当に、この度は申し訳なかった。そして、娘への寛大な対応、心から感謝申し上げる。どうか…あの馬鹿娘を、よろしくお願いいたします。」



それは彼の、父親として最上級の愛情だった。



「…はい。」



カロンはその想いをしかと受け止め、敬礼を返した。



ーーー



こうして騒動を収め、部屋に戻ろうとしたカロン。しかし、彼はガルマンに引き留められた。



「長話になってしまい申し訳ない。だが、私の知る情報を全て、君へ託しておきたい。君たちが王宮へ冤罪を晴らしに行くつもりなら、役に立つだろう。」



ガルマンのその言葉は、カロンにとってまたとない提案だった。

すぐさま彼の方へ向き直るカロン。その様子を見て、ガルマンは話し始めた。



「……最近、気になる動きがあってな。西の大陸の内戦、お前も知ってるだろ?」




その言葉に、カロンは黙って頷く。それを確認して、ガルマンは続けた。



「その戦争に、この国も関わるべきだと主張する派閥がある。この私もそうだ。戦争に介入すれば、戦争特需で武器を売ることが出来る。農作物の育ちにくいこの北のエリアを潤すためにも…いや、今したいのはそんな話ではない。好戦派と呼ばれるその派閥のトップは、ウスタシュ宰相だと言われている 。」



カロンは目を見張った。軍の中に派閥があることはカロンだって小耳には挟んでいた。しかし、まさか海の向こうのゴタゴタに首を突っ込もうとしているだなんて。

言いたいことはたくさん浮かぶが、まず最初に確認するべきことに絞って、カロンは口を開いた。



「……宰相だと言われている、と言いますと?」



深く椅子に腰掛け、ガルマンは言葉を選ぶように続ける。



「…表向きは、閣下は対立派閥だ。しかし、こちらの派閥に関わってる可能性が高い。閣下の動きと、好戦派の筆頭である首都勤務のライナ・ストラグラ大将の動きが妙に一致している。」

「……なるほど。」

「さて、問題はここからだ。北領の領主、レイブン・ド・ファントルノ侯爵。あの若造は宰相と関係がいいらしい」

「……宰相と、ですか?」



聞き返すカロンに対し、ガルマンはゆっくりと頷いた。



「ああ。ただ、若造が本気で閣下に従ってるのか、それともただ利用されてるだけなのかはわからん。もし閣下にべったりなら、君達にとっては厄介な相手になる。逆にまだ中立の立場なら……話し合う余地はあるだろう。」

「そう、ですか…。なるほど…。」



ガルマンの言葉を吟味するように考えるカロン。元々ヴェルノーグの街を目指していたのも、国内の三大侯爵家のひとつであるファントルノ侯爵家を訪ねてみようとしていたからだ。その侯爵が、「計画」を立てている本人であるウスタシュ宰相と繋がっている可能性が示唆された。



彼の元を訪れるべきか、否か。



「私から紹介状は書かんぞ。私のものを持っていったところで、あの若造は警戒心を増すだけだ。これらの情報をどう活かすかは、君たちが決めたまえ。」



ガルマンはそう言うと、カロンへ下がっていいと仕草で伝えてきた。彼から得られる情報は、これで全てなのだろう。



姿勢を正し、敬礼を返すカロン。



「情報提供、感謝いたします!ガルマン大将。」

「…これで借りは無しだ。小童」



さすがは、海軍大将。その義理堅さを目の当たりにし、カロンはまたひとつ学びを得たのだった。



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