教会の講堂。
正面には大きなステンドグラス窓があり、どの教会も必ずその前に神聖な水で満たされた杯が置かれている。
エトワールはハリスの右腕を引っ張って講堂へ駆け込む。
そして全く躊躇なく、その杯へ繋いだ手を突っ込んだ。
「おい!!」
ギョッとしたハリスは目を見開き、思わず息をのんだ。
この杯に入っている水は、女神・アンピトリテリアが下りたと言われているアンピ湖の水だ。女神と繋がる聖なる水として、わざわざアンピ湖まで定期的にくみに行っている。
そんな大事なものに、呪われて動かなくなった右腕を突っ込むなんて。
「っ…」
案の定、ビリビリと感じたことのない痛みが右腕に走る。
顔をしかめて、思わず腕を引こうとハリスは後ずさる。
「ダメ!」
「っ、な…」
しかし、エトワールはより強く彼の手を握り引き止めた。たじろぐハリス。焼かれるような痛みに最早涙目だ。
しかしハリスはなぜか、エトワールから目を離せない。
「歌って、賛美歌!私が必ず治してあげるから、ハリスは祈りを歌で女神様に届けて!」
「んな、こと…」
「大丈夫!あなたは、死者の国の生贄なんかじゃないわ!」
「…!!」
月のない夜に、エトワールの真っ直ぐな瞳が、きらきらと光る。まるで、民を守る女神アンピトリテリアが本当に彼女に降りたかのようだ。
ハリスは歯を食いしばる。舌打ちをしそうになったが、やめた。
「わかったよ…テメェの賭けに乗ってやる!!」
ハリスの叫びに、エトワールは嬉しそうに微笑んだ。
2人は目を閉じる。深く深呼吸すると、ハリスは歌を奏で始めた。
清き湖 たゆたう流れ
波間に響くは 祈りの調べ
永久に満たせよ この生命(いのち)
女神の御声(みこえ)に 唄う波音
エトワールの胸に響く彼の低音。その調べに乗せて、彼女は祈る。
(女神様、どうか。ハリスの腕の傷が治りますように…!!)
歌と、祈り。
それらに応えるように、杯に満たされた水が淡く光る。
その輝きが強くなるごとに、ハリスの腕の痛みが引いていく。
彼の手を握るエトワールの手は、温かい。
祈りの歌が、ゆっくりと終わる。
それに合わせて、エトワールはそっと目を開いた。続いて目を開けたハリスと視線が交わる。
力なく、エトワールは笑う。
「ね?うまく、いった…で、しょ…」
「っ、おい!!」
しかし、言葉もままならないまま彼女の身体は力なく倒れていってしまった。
大慌てで手を伸ばすハリス。
幸い、彼の両手はしっかりとエトワールを受け止めることが出来た。
「おい、しっかりしろ!おい!!」
身体を揺する。しかし彼女の目蓋は閉じられたままだ。顔色は悪く、呼吸は荒い。
右手を彼女の額にあてれば、酷い高熱を伝えてきた。
「……え、」
そこで初めて、ハリスは気づいた。
右手だ。彼はいま、左腕でエトワールの身体を支えて、右手で彼女の額に触れたのだ。
彼の右腕は、問題なく動いている。
痛みなど全くない。むしろ今まで感じられなかった温度や質感を、彼の右手はしっかりと伝えて来ている。
本当に、右腕が治ったのだ。
衝撃のまま、ハリスは腕の中の女性を見る。
街の人と変わらない、ごく普通のワンピースを着た女性。小柄で細く、柔らかい。扱いを間違えれば壊れてしまいそうな身体。この辺りではよく見る黒髪。
特別なことなど、何もない女性だ。
「お前、いったい…………」
驚愕の言葉がポツリと、漏れた。
「ねぇ。」
不意に響いた声に、ハリスの心臓が跳ね上がる。
勢いのままに声の方へ顔を向ければ、寝間着姿のプラータが住居エリアへ続く扉口に立っていた。
「もういいよね?エトを寝かせてあげたい。」
「あ、あぁ…」
有無を言わさないような声音。辛うじてハリスが頷けば、プラータはためらうことなく、こちらへ歩み寄った。
そしてエトワールを宝物のように丁寧に抱き上げると、住居エリアへと戻っていく。
「…おい!」
ハリスは、その背中に声をかけた。
ピタリと、プラータは立ち止まる。
「その女…何なんだ、一体。」
感じた疑問を投げかけるハリス。
プラータはそんな彼を一瞥して、答えた。
「普通の田舎娘だよ。人よりもずっと心が清らかで、この国の誰よりも優しくて純粋な…ね。」
To be continued...
正面には大きなステンドグラス窓があり、どの教会も必ずその前に神聖な水で満たされた杯が置かれている。
エトワールはハリスの右腕を引っ張って講堂へ駆け込む。
そして全く躊躇なく、その杯へ繋いだ手を突っ込んだ。
「おい!!」
ギョッとしたハリスは目を見開き、思わず息をのんだ。
この杯に入っている水は、女神・アンピトリテリアが下りたと言われているアンピ湖の水だ。女神と繋がる聖なる水として、わざわざアンピ湖まで定期的にくみに行っている。
そんな大事なものに、呪われて動かなくなった右腕を突っ込むなんて。
「っ…」
案の定、ビリビリと感じたことのない痛みが右腕に走る。
顔をしかめて、思わず腕を引こうとハリスは後ずさる。
「ダメ!」
「っ、な…」
しかし、エトワールはより強く彼の手を握り引き止めた。たじろぐハリス。焼かれるような痛みに最早涙目だ。
しかしハリスはなぜか、エトワールから目を離せない。
「歌って、賛美歌!私が必ず治してあげるから、ハリスは祈りを歌で女神様に届けて!」
「んな、こと…」
「大丈夫!あなたは、死者の国の生贄なんかじゃないわ!」
「…!!」
月のない夜に、エトワールの真っ直ぐな瞳が、きらきらと光る。まるで、民を守る女神アンピトリテリアが本当に彼女に降りたかのようだ。
ハリスは歯を食いしばる。舌打ちをしそうになったが、やめた。
「わかったよ…テメェの賭けに乗ってやる!!」
ハリスの叫びに、エトワールは嬉しそうに微笑んだ。
2人は目を閉じる。深く深呼吸すると、ハリスは歌を奏で始めた。
清き湖 たゆたう流れ
波間に響くは 祈りの調べ
永久に満たせよ この生命(いのち)
女神の御声(みこえ)に 唄う波音
エトワールの胸に響く彼の低音。その調べに乗せて、彼女は祈る。
(女神様、どうか。ハリスの腕の傷が治りますように…!!)
歌と、祈り。
それらに応えるように、杯に満たされた水が淡く光る。
その輝きが強くなるごとに、ハリスの腕の痛みが引いていく。
彼の手を握るエトワールの手は、温かい。
祈りの歌が、ゆっくりと終わる。
それに合わせて、エトワールはそっと目を開いた。続いて目を開けたハリスと視線が交わる。
力なく、エトワールは笑う。
「ね?うまく、いった…で、しょ…」
「っ、おい!!」
しかし、言葉もままならないまま彼女の身体は力なく倒れていってしまった。
大慌てで手を伸ばすハリス。
幸い、彼の両手はしっかりとエトワールを受け止めることが出来た。
「おい、しっかりしろ!おい!!」
身体を揺する。しかし彼女の目蓋は閉じられたままだ。顔色は悪く、呼吸は荒い。
右手を彼女の額にあてれば、酷い高熱を伝えてきた。
「……え、」
そこで初めて、ハリスは気づいた。
右手だ。彼はいま、左腕でエトワールの身体を支えて、右手で彼女の額に触れたのだ。
彼の右腕は、問題なく動いている。
痛みなど全くない。むしろ今まで感じられなかった温度や質感を、彼の右手はしっかりと伝えて来ている。
本当に、右腕が治ったのだ。
衝撃のまま、ハリスは腕の中の女性を見る。
街の人と変わらない、ごく普通のワンピースを着た女性。小柄で細く、柔らかい。扱いを間違えれば壊れてしまいそうな身体。この辺りではよく見る黒髪。
特別なことなど、何もない女性だ。
「お前、いったい…………」
驚愕の言葉がポツリと、漏れた。
「ねぇ。」
不意に響いた声に、ハリスの心臓が跳ね上がる。
勢いのままに声の方へ顔を向ければ、寝間着姿のプラータが住居エリアへ続く扉口に立っていた。
「もういいよね?エトを寝かせてあげたい。」
「あ、あぁ…」
有無を言わさないような声音。辛うじてハリスが頷けば、プラータはためらうことなく、こちらへ歩み寄った。
そしてエトワールを宝物のように丁寧に抱き上げると、住居エリアへと戻っていく。
「…おい!」
ハリスは、その背中に声をかけた。
ピタリと、プラータは立ち止まる。
「その女…何なんだ、一体。」
感じた疑問を投げかけるハリス。
プラータはそんな彼を一瞥して、答えた。
「普通の田舎娘だよ。人よりもずっと心が清らかで、この国の誰よりも優しくて純粋な…ね。」
To be continued...


