「いただきまーす!!!!」
子どもたちの嬉しそうな声が教会の食堂に響く。
みんな見たこともないご馳走の量に、我先にと手を伸ばした。
キノコとお豆のスープと、山菜とお芋のサラダ。
ここまでは普段の食事と一緒だ。
そこに沢山のパンとりんご。さらに山菜を添えた兎肉のスモーク焼き。子供たちは目を輝かせながら、それらを次々と頬張っていく。
少年たちが持ち帰った紙袋に山盛りに入ったパンとフルーツを見た時、ハリスは開いた口が塞がらなかった。しかもそれを本当に銀髪の貴族が1人で全てお金を出したと聞いて、驚愕の声が思わずあがったほどだ。
当の本人はと言えば、貴族からすれば庶民の貧相な食事であろうこの食卓でも、子供たちと同じように笑って美味いと言いながら食べている。
その表情は嘘には見えない。
その従者と思われる背の低い青年も、手慣れた対応で特に幼い子供たちの世話を焼いている。嫌がる素振りは全く無い。汚した口元を拭いてあげたり、お肉を切り分けるのを手伝ったり、手の届かない位置のパンを取りやすい場所までずらしたり。
「ハリス司祭様」
2人の貴族と一緒に教会に来た女性に呼ばれて、ハリスはそちらを向く。
司祭様なんて呼ばれ方は、ハリスにとってはとても違和感がある。司祭らしいことなんて何もしてないのは、ハリス自身が1番わかっている。
だというのにこの女性は、何の抵抗もなくハリスをそう呼ぶのだ。
「スモーク焼き、美味しいでしょう?」
優しそうに微笑んだ彼女からそう聞かれ、ハリスはなんて答えるべきか迷ってしまった。
確かに、美味しい。司教様にも食べて貰いたいから、レシピをメモさせてほしい。また、右腕が動かないハリスを想ってなのか、食べやすいように予めカットしたものを出してくれたこともお礼は言いたい。
だが、普段同世代の女性と接することが殆どないハリスにとって、それを伝えるのはあまりにもハードルが高い。
「…………まぁ。悪く、ない。」
結果、絞り出せたのはそんな愛想のない言葉だった。
照れてる、とからかってきた子供にはゲンコツをお見舞いしておいた。
そんな自分たちを客人な彼女は変わらず微笑ましそうに笑顔で見ている。本当に、居心地が悪い。
ふと、銀髪の貴族から視線を感じる。ハリスはすかさずそちらを睨み返した。
「なんだ」
そうハリスが問えば、彼はふいと視線を外して答えた。
「…別にぃ」
「は…?」
ハリスが声を漏らす。眉間にシワが寄り、意味がわからないという表情を浮かべた。
銀髪の隣に座る従者が、主人の代わりというように口を開く。
「気にしないで下さい、司祭殿。子供のように拗ねてらっしゃるだけなので。」
「カロン!?拗ねてないよ!!」
すかさず銀髪は反論するが、従者は意に介さない様子だ。
いったい銀髪は何に拗ねたというのか、ハリスの頭には疑問符が増えただけだった。
1つだけハリスが確信したことがある。
この貴族2人と女性の3人組は、どうやら信用出来る奴らのようだということだ。
ーーー
夕食後、プラータ、カロンの2人は、ハリスに案内されて教会のメイン講堂に居た。
居住区画からは子どもたちとエトワールが楽しそうに遊んでいる声が微かに聞こえてくる。
向こうとは違い、男3人しか居ないここはどこか緊張した空気感が漂っていた。
「…で。聞きたいことって何だ。」
燭台のろうそくに明かりをつけてきたハリスが、2人のもとに戻って来ながら尋ねる。
その声色は、初めて会った時に比べると少しばかり角が取れていた。
プラータが、長椅子に腰掛けつつ答えた。
「アンベルク男爵邸跡地を見てきたんだ。7年前に火事があったって聞いたよ。その火事の詳細が知りたいの。あのお屋敷で何があったのか、司祭は何か知ってる?」
プラータの言葉に、ハリスの表情が険しくなった。
「…なんでそんなこと気になんだ。」
静かに、ハリスがそう問いかける。臆することなく、プラータは答えた。
「あの現場に違和感があるからだよ。アンベルクのおっちゃんは、俺がセランディア村に居た頃に遊んで貰ってた。村の人たちにさえあんなに慕われてたおっちゃんが、この街の人や、領民に好かれていないはずがない。なのに、まるで逃げることも救出することも出来なかったかのようにお屋敷は跡形もなく燃えていて、男爵夫妻は亡くなっている。そんなの、ただの火事とは思えないんだ。」
「………」
黙って、プラータの推測を聞くハリス。彼の鋭い目を真っ直ぐに見て、プラータは続ける。
「この街は、本当はもっと活気があったんだよね?本当は、塀なんて要らなかったんじゃない?7年前からの領主不在がこの現状の原因なら、まずはなぜ領主が亡くなってしまったのかを突き止めたい。それが、このエリアの治安改善の第一歩だと思うから。」
「治安改善だと……?そんなにお偉い貴族様なのかよ、お前。」
プラータの言葉に、ハリスは流石に眉をひそめて反論した。
その反応に、プラータもカロンも今更ながらある事実に思い至る。まだ、自分たちは名乗っていなかったのだ。
「ごめん、名乗るのが遅れたね。俺はプラータ。プラータ・ディ・ポセイドニオス。こっちは従者のカロン。」
プラータからの紹介に合わせて、カロンは会釈をする。
2人の名前を聞いて、ハリスの眉間のシワがさらに深くなった。
「ぽせい…どに、おす………って…………」
信じられない、というような声がハリスから漏れ出る。
流石、曲がりなりにも教会の司祭。いくら田舎の外れ司祭でも、王家の名は知っているらしい。
確信が持てなさそうにしているハリスに向けて、カロンが解説するように口を開いた。
「お察しの通り、この方はこの国の第一王子殿下ですよ。」
「まあ、王宮を追放されてるんだけどねぇ〜。治安改善政策をやろうにも、まずは冤罪を晴らして王宮に戻らないとなんだ。」
真面目に伝えるカロンの横で、プラータは呑気に補足した。
しかし、彼らの正体にハリスは唖然としていた。
「………………聞いて、ねぇぞ………………」
「言ってませんからね。あまり騒がれても面倒なので、子供たちや街の人には内密にお願いします。」
辛うじて絞り出されたハリスの言葉。カロンの的確な返しに、ハリスは頭を抱えたのだった。
衝撃の波が少し落ち着いたのか、ハリスがプラータの向かいの長椅子に腰をかける。
それを見計らって、プラータは再度声を書けた。
「男爵邸の火事のこと、知ってることを教えて?司祭。」
「………ハリスでいい。そんな風に呼ばれるほど、俺は大層なもんじゃねぇ。」
唸るように答えたハリス。彼はプラータを真っ直ぐに見返すと、プラータの質問への回答を話し始めた。
「男爵邸は、確かに火事だった。けど、何者かに襲われたものだと、思う。俺もガキだったから、詳しくは知らねぇがな。」
ハリスの話に耳を傾けるプラータとカロン。
続きを促すように、プラータは尋ねた。
「襲われた…って、詳しく知らないのに、どうしてそう言えるの?」
昔のことを思い出すように、左腕で頬杖をつくハリス。彼は答える。
「屋敷が燃えてたのは夜だった。だが、火の手が上がる前に、妙な奴らが男爵の屋敷に入ってったんだ。やけに身なりのいいジジイと、そいつの部下っぽいのが数人。もちろん火事を鎮火しようと、司教様や街の奴らは動いてたが、その部下っぽい奴らが一切こっちに手出しをさせなかったんだ。確か、賊と交戦中だから、軍が対応するとか何とかって…。」
「軍が?」
怪訝な声は、カロンからだ。軍人である彼からすれば、その言葉は聞き捨てならなかったのだ。
しかしハリスはその返しにも頷いて、話を続ける。
「…結果は見てのとおりだ。屋敷を燃やし尽くすまで炎は続いた。夫妻の遺体を確認しただけで、軍の奴らは帰って行きやがった。ボスっぽかった身なりのいいジジイは、屋敷に入って以来見てねぇ。」
「そんな……」
それはあまりにも対応が杜撰だ。顔をしかめて呟くプラータに対し、カロンは確信めいた表情で口を開く。
「そんなの、海軍の対応としてあり得ない。この国の軍人ならば、有事の際は人命救助が最優先。ましてや、火事であれば作水魔術が得意な者が動員されるのが当然だ。鎮火なんてすぐに出来る。賊と交戦中だと言うのなら、なぜソイツの身柄を拘束していないんだ。ハリス、それは本当にこの国の海軍だったのか?」
カロンの言う作水魔術とは、その名のとおり水を作り出す魔術だ。
この国における魔術は、王族の聖水魔法を何代にも渡り研究し、術式を用いて似たような効果を一般人も使えるように体系化したもの。
術ごとに決まった魔法陣があり、主に軍人が使用している。カロンが海軍元帥と遠隔で通信をしていたのもそうした魔術の1つ、通水魔術だ。
その中でも、作水魔術は基本中の基本。作れる水の量には実力差が出るが、海軍に所属するための最低条件だ。
その魔術さえ使わず、燃え尽きるまで火事が鎮火されなかったというのは、軍の対応としては明らかにおかしい。
しかしカロンの反論に、ハリスは舌打ちして答えた。
「知るかよんなもん。海軍なんてこんな森の中まで来たのはその時だけだ。北領の領主サマが居るヴェルノーグの街に行きゃあ軍は居るんだろうが、そこまで行ったことある奴なんてこの街には殆ど居ねぇ。ホンモノの海軍を見たことがねぇ俺達が、どうやって「軍人だ」って名乗る奴らの真贋を見分けろってんだ?あ?」
その言葉に、ぐ…とカロンは息をのんだ。確かに、ハリスの言うとおりだ。カロンは自身の軽率さを認め、視線を落とした。
「そう…だな。すまない。」
けれど、カロンとハリスの話を合わせるならば、男爵邸襲撃は軍を装った何者かによって行われた可能性が高くなる。
それに思い至っているプラータは、ハリスに再び問いかけた。
「その、やたら身なりのいいジジイって、どんな人だったか覚えてる?」
「………」
考え込むハリス。
蝋燭の炎がジリジリと蝋を溶かす音が聞こえてきそうな静寂が講堂を包んだ。
しかし、ハリスはゆっくりと首を振った。
「悪りぃ、なんかムカつく雰囲気のデケえジジイだなとしか覚えてねぇ。とはいえ、俺も当時9歳かそこらだ。「デケえ」って感じたのはガキの視点で見上げてたからってだけで、実際は大したことねぇ可能性だってある。」
「そっか…。教えてくれてありがとう」
プラータは微笑んで答える。子供の頃の記憶を思い出すことは、誰にとっても難しい。
むしろハリスはよく覚えている方だろう。
小さくため息をついて、彼は話す。
「王子サマの言うとおり、男爵邸が襲われて以来、この辺りは活気を失くしてった。クソ子爵の領に統合されたが、あの野郎はまともにこの辺の整備なんてやる気はねぇくせに、税だけは取って行きやがる。おかげでゴロツキ共がウロウロするようになっていって、今じゃこんな有様だ。見かねた司教様が、クソ野郎をぶっ飛ばしに行ってくれてるくらいにはな。」
つまり、プラータの推測は大方当たっていたのだ。
首都には届いていない、国内の過酷な事実。それを目の当たりにしたプラータは、胸の奥がズキズキと痛む感覚がした。
ふと、誰かを想うようにハリスが目を伏せて呟く。
「…テオが居りゃあ、アイツが男爵家を復興させられるし、こうまで悪い状況にはならなかったんだろうけどな。」
その言葉に、プラータとカロンは驚いて目を見合わせた。2人にとって聞き覚えのある名前が、急にハリスの口から出てきたのだ。
「…テオ、って?」
プラータが彼に尋ねる。視線をこちらへ戻したハリスが、説明してくれた。
「男爵夫妻の一人息子だ。俺と同い年の悪ガキで、よくここまで来ては森の中やら街の中やら俺のこと連れ回しやがった。屋敷が燃えた夜以来、行方不明なんだよ。遺体も見つかってねぇ。もしもアイツさえ生きてここに居りゃあ、ガキだろうが何だろうが男爵家の家督は継げる。自分のことを天才だなんだって自慢してきやがるクソガキだったから、あの頃のこの街にテオが居たら、意地でもクソ子爵に出張らせはしなかったんじゃねぇかって、街の大人たちの間で言われてんだよ。」
彼の話で、ますますプラータとカロンの間に「まさか」の思いが膨らんでいった。
何故なら彼らがよく知るテオの口癖も、「俺は天才だからな!」なのだ。
「………その、テオという子供の見た目の特徴は、覚えているか?」
カロンが恐る恐る問いかける。
プラータとカロンの不思議な反応に気づいたハリスは首を傾げるが、ハッキリと答えた。
「それは覚えてる。外ハネの癖っ毛な金髪に、スカイブルーの目のチビだ。昔から力自慢なところがあって、男爵の屋敷で剣の稽古は飽きもしねぇでよくやってやがった。」
その特徴に、プラータとカロンの予想は確信に変わった。
同名の別人ではない。それはまさしく、プラータたち双子にとって弟分でありシルヴァラの従者、カロンの同期でライバルである、テオ・プルタルコスだ。
「テオの実家が、アンベルク男爵家ってことぉ!?」
「…確かに、アイツが宰相様の養子になったのは、9歳の頃だと言っていたな…。」
驚きの声をあげるプラータと、粛々と本人から聞いた情報と照らし合わせるカロン。
そんな2人の反応に、今度はハリスが面食らった。
「………は?テメェら、テオのこと知ってんのか?」
呆然と呟いたハリスの言葉に、2人は力強く頷いた。
「よーーーーく知ってるよ!」
プラータが明るく答える。それに続いて、カロンが知る事実を伝えた。
「テオは、現在の宰相であるウスタシュ・P・プルタルコス公爵閣下の養子だ。シルヴァラ第一王子殿下の側近として、王宮で働いている。…本人曰く、天才剣士だ。」
その情報に、今度はハリスが目を丸くした。
しかしその表情は、怒りや憎悪を含む乾いた笑いへと変わっていく。
友人の生存を喜ぶものではなく、ショックを受けたようにハリスは吐き捨てた。
「ハッ…こんな田舎町は捨てて、首都でお偉く王宮勤務だぁ?…いーご身分だな、テオの野郎。」
その言葉に、テオの事情を知るプラータは反論しようと口を開く。
しかしそれより早く、カロンの声が強く響いた。
「それは違う。」
その言葉は、まるで頬をビンタしたかのようにハッキリとハリスに突き刺さった。
カロンの方をハリスは見上げる。カロンの表情は、勝手な思い違いをしたハリスに対して怒っているようだ。
カロンが言葉を続ける。
「テオは、養子になるまえの記憶がないと言っていた。覚えている最後の記憶は、燃え盛る炎、倒れている誰かの力のない手と大量の血液。それから額から左目の辺りを斬られた衝撃と痛みだと。名前とその景色しか分からなくて、恐怖で発狂しそうだったテオを助けてくれたのが、ウスタシュ宰相だそうだ。宰相が差し伸べてくれた手に、すがるしかなかったとテオは言っていた。」
「っ…」
気まずげに、言葉を詰まらせるハリス。
怒りを鎮めるように深呼吸をするカロン。そして彼はハリスを安心させるために、努めて優しく伝えた。
「テオは、自分が襲われた事件の詳細を調べて、記憶を取り戻したいと言っていた。それが、海軍に入る目的の1つだと。だから、テオは決して、この街を捨てた訳じゃない。アイツは、アイツ自身の帰るべき故郷が、分からないだけなんだ。」
テオの悪友同士の視線が交わる。
カロンとハリスの知る「テオ」は、根本の部分は何一つ違わないのだろう。
観念したように、ハリスは息をつき呟いた。
「…そーかよ。」
その声音に、先程のような憎悪はない。
「じゃあ、さっさと調べて帰ってこいって言っとけ。たとえあの馬鹿天才が俺のことを覚えてなくてもな。」
「ふ…。承知した。」
ハリスの言葉を、少し笑いながらカロンは了承した。
そんな2人の様子に、プラータはテオのことを思い微笑んだ。弟分はどうやら、タイプの違う最高の友人が2人も居るようだ。そのことが、プラータは嬉しかった。
To be continued...
子どもたちの嬉しそうな声が教会の食堂に響く。
みんな見たこともないご馳走の量に、我先にと手を伸ばした。
キノコとお豆のスープと、山菜とお芋のサラダ。
ここまでは普段の食事と一緒だ。
そこに沢山のパンとりんご。さらに山菜を添えた兎肉のスモーク焼き。子供たちは目を輝かせながら、それらを次々と頬張っていく。
少年たちが持ち帰った紙袋に山盛りに入ったパンとフルーツを見た時、ハリスは開いた口が塞がらなかった。しかもそれを本当に銀髪の貴族が1人で全てお金を出したと聞いて、驚愕の声が思わずあがったほどだ。
当の本人はと言えば、貴族からすれば庶民の貧相な食事であろうこの食卓でも、子供たちと同じように笑って美味いと言いながら食べている。
その表情は嘘には見えない。
その従者と思われる背の低い青年も、手慣れた対応で特に幼い子供たちの世話を焼いている。嫌がる素振りは全く無い。汚した口元を拭いてあげたり、お肉を切り分けるのを手伝ったり、手の届かない位置のパンを取りやすい場所までずらしたり。
「ハリス司祭様」
2人の貴族と一緒に教会に来た女性に呼ばれて、ハリスはそちらを向く。
司祭様なんて呼ばれ方は、ハリスにとってはとても違和感がある。司祭らしいことなんて何もしてないのは、ハリス自身が1番わかっている。
だというのにこの女性は、何の抵抗もなくハリスをそう呼ぶのだ。
「スモーク焼き、美味しいでしょう?」
優しそうに微笑んだ彼女からそう聞かれ、ハリスはなんて答えるべきか迷ってしまった。
確かに、美味しい。司教様にも食べて貰いたいから、レシピをメモさせてほしい。また、右腕が動かないハリスを想ってなのか、食べやすいように予めカットしたものを出してくれたこともお礼は言いたい。
だが、普段同世代の女性と接することが殆どないハリスにとって、それを伝えるのはあまりにもハードルが高い。
「…………まぁ。悪く、ない。」
結果、絞り出せたのはそんな愛想のない言葉だった。
照れてる、とからかってきた子供にはゲンコツをお見舞いしておいた。
そんな自分たちを客人な彼女は変わらず微笑ましそうに笑顔で見ている。本当に、居心地が悪い。
ふと、銀髪の貴族から視線を感じる。ハリスはすかさずそちらを睨み返した。
「なんだ」
そうハリスが問えば、彼はふいと視線を外して答えた。
「…別にぃ」
「は…?」
ハリスが声を漏らす。眉間にシワが寄り、意味がわからないという表情を浮かべた。
銀髪の隣に座る従者が、主人の代わりというように口を開く。
「気にしないで下さい、司祭殿。子供のように拗ねてらっしゃるだけなので。」
「カロン!?拗ねてないよ!!」
すかさず銀髪は反論するが、従者は意に介さない様子だ。
いったい銀髪は何に拗ねたというのか、ハリスの頭には疑問符が増えただけだった。
1つだけハリスが確信したことがある。
この貴族2人と女性の3人組は、どうやら信用出来る奴らのようだということだ。
ーーー
夕食後、プラータ、カロンの2人は、ハリスに案内されて教会のメイン講堂に居た。
居住区画からは子どもたちとエトワールが楽しそうに遊んでいる声が微かに聞こえてくる。
向こうとは違い、男3人しか居ないここはどこか緊張した空気感が漂っていた。
「…で。聞きたいことって何だ。」
燭台のろうそくに明かりをつけてきたハリスが、2人のもとに戻って来ながら尋ねる。
その声色は、初めて会った時に比べると少しばかり角が取れていた。
プラータが、長椅子に腰掛けつつ答えた。
「アンベルク男爵邸跡地を見てきたんだ。7年前に火事があったって聞いたよ。その火事の詳細が知りたいの。あのお屋敷で何があったのか、司祭は何か知ってる?」
プラータの言葉に、ハリスの表情が険しくなった。
「…なんでそんなこと気になんだ。」
静かに、ハリスがそう問いかける。臆することなく、プラータは答えた。
「あの現場に違和感があるからだよ。アンベルクのおっちゃんは、俺がセランディア村に居た頃に遊んで貰ってた。村の人たちにさえあんなに慕われてたおっちゃんが、この街の人や、領民に好かれていないはずがない。なのに、まるで逃げることも救出することも出来なかったかのようにお屋敷は跡形もなく燃えていて、男爵夫妻は亡くなっている。そんなの、ただの火事とは思えないんだ。」
「………」
黙って、プラータの推測を聞くハリス。彼の鋭い目を真っ直ぐに見て、プラータは続ける。
「この街は、本当はもっと活気があったんだよね?本当は、塀なんて要らなかったんじゃない?7年前からの領主不在がこの現状の原因なら、まずはなぜ領主が亡くなってしまったのかを突き止めたい。それが、このエリアの治安改善の第一歩だと思うから。」
「治安改善だと……?そんなにお偉い貴族様なのかよ、お前。」
プラータの言葉に、ハリスは流石に眉をひそめて反論した。
その反応に、プラータもカロンも今更ながらある事実に思い至る。まだ、自分たちは名乗っていなかったのだ。
「ごめん、名乗るのが遅れたね。俺はプラータ。プラータ・ディ・ポセイドニオス。こっちは従者のカロン。」
プラータからの紹介に合わせて、カロンは会釈をする。
2人の名前を聞いて、ハリスの眉間のシワがさらに深くなった。
「ぽせい…どに、おす………って…………」
信じられない、というような声がハリスから漏れ出る。
流石、曲がりなりにも教会の司祭。いくら田舎の外れ司祭でも、王家の名は知っているらしい。
確信が持てなさそうにしているハリスに向けて、カロンが解説するように口を開いた。
「お察しの通り、この方はこの国の第一王子殿下ですよ。」
「まあ、王宮を追放されてるんだけどねぇ〜。治安改善政策をやろうにも、まずは冤罪を晴らして王宮に戻らないとなんだ。」
真面目に伝えるカロンの横で、プラータは呑気に補足した。
しかし、彼らの正体にハリスは唖然としていた。
「………………聞いて、ねぇぞ………………」
「言ってませんからね。あまり騒がれても面倒なので、子供たちや街の人には内密にお願いします。」
辛うじて絞り出されたハリスの言葉。カロンの的確な返しに、ハリスは頭を抱えたのだった。
衝撃の波が少し落ち着いたのか、ハリスがプラータの向かいの長椅子に腰をかける。
それを見計らって、プラータは再度声を書けた。
「男爵邸の火事のこと、知ってることを教えて?司祭。」
「………ハリスでいい。そんな風に呼ばれるほど、俺は大層なもんじゃねぇ。」
唸るように答えたハリス。彼はプラータを真っ直ぐに見返すと、プラータの質問への回答を話し始めた。
「男爵邸は、確かに火事だった。けど、何者かに襲われたものだと、思う。俺もガキだったから、詳しくは知らねぇがな。」
ハリスの話に耳を傾けるプラータとカロン。
続きを促すように、プラータは尋ねた。
「襲われた…って、詳しく知らないのに、どうしてそう言えるの?」
昔のことを思い出すように、左腕で頬杖をつくハリス。彼は答える。
「屋敷が燃えてたのは夜だった。だが、火の手が上がる前に、妙な奴らが男爵の屋敷に入ってったんだ。やけに身なりのいいジジイと、そいつの部下っぽいのが数人。もちろん火事を鎮火しようと、司教様や街の奴らは動いてたが、その部下っぽい奴らが一切こっちに手出しをさせなかったんだ。確か、賊と交戦中だから、軍が対応するとか何とかって…。」
「軍が?」
怪訝な声は、カロンからだ。軍人である彼からすれば、その言葉は聞き捨てならなかったのだ。
しかしハリスはその返しにも頷いて、話を続ける。
「…結果は見てのとおりだ。屋敷を燃やし尽くすまで炎は続いた。夫妻の遺体を確認しただけで、軍の奴らは帰って行きやがった。ボスっぽかった身なりのいいジジイは、屋敷に入って以来見てねぇ。」
「そんな……」
それはあまりにも対応が杜撰だ。顔をしかめて呟くプラータに対し、カロンは確信めいた表情で口を開く。
「そんなの、海軍の対応としてあり得ない。この国の軍人ならば、有事の際は人命救助が最優先。ましてや、火事であれば作水魔術が得意な者が動員されるのが当然だ。鎮火なんてすぐに出来る。賊と交戦中だと言うのなら、なぜソイツの身柄を拘束していないんだ。ハリス、それは本当にこの国の海軍だったのか?」
カロンの言う作水魔術とは、その名のとおり水を作り出す魔術だ。
この国における魔術は、王族の聖水魔法を何代にも渡り研究し、術式を用いて似たような効果を一般人も使えるように体系化したもの。
術ごとに決まった魔法陣があり、主に軍人が使用している。カロンが海軍元帥と遠隔で通信をしていたのもそうした魔術の1つ、通水魔術だ。
その中でも、作水魔術は基本中の基本。作れる水の量には実力差が出るが、海軍に所属するための最低条件だ。
その魔術さえ使わず、燃え尽きるまで火事が鎮火されなかったというのは、軍の対応としては明らかにおかしい。
しかしカロンの反論に、ハリスは舌打ちして答えた。
「知るかよんなもん。海軍なんてこんな森の中まで来たのはその時だけだ。北領の領主サマが居るヴェルノーグの街に行きゃあ軍は居るんだろうが、そこまで行ったことある奴なんてこの街には殆ど居ねぇ。ホンモノの海軍を見たことがねぇ俺達が、どうやって「軍人だ」って名乗る奴らの真贋を見分けろってんだ?あ?」
その言葉に、ぐ…とカロンは息をのんだ。確かに、ハリスの言うとおりだ。カロンは自身の軽率さを認め、視線を落とした。
「そう…だな。すまない。」
けれど、カロンとハリスの話を合わせるならば、男爵邸襲撃は軍を装った何者かによって行われた可能性が高くなる。
それに思い至っているプラータは、ハリスに再び問いかけた。
「その、やたら身なりのいいジジイって、どんな人だったか覚えてる?」
「………」
考え込むハリス。
蝋燭の炎がジリジリと蝋を溶かす音が聞こえてきそうな静寂が講堂を包んだ。
しかし、ハリスはゆっくりと首を振った。
「悪りぃ、なんかムカつく雰囲気のデケえジジイだなとしか覚えてねぇ。とはいえ、俺も当時9歳かそこらだ。「デケえ」って感じたのはガキの視点で見上げてたからってだけで、実際は大したことねぇ可能性だってある。」
「そっか…。教えてくれてありがとう」
プラータは微笑んで答える。子供の頃の記憶を思い出すことは、誰にとっても難しい。
むしろハリスはよく覚えている方だろう。
小さくため息をついて、彼は話す。
「王子サマの言うとおり、男爵邸が襲われて以来、この辺りは活気を失くしてった。クソ子爵の領に統合されたが、あの野郎はまともにこの辺の整備なんてやる気はねぇくせに、税だけは取って行きやがる。おかげでゴロツキ共がウロウロするようになっていって、今じゃこんな有様だ。見かねた司教様が、クソ野郎をぶっ飛ばしに行ってくれてるくらいにはな。」
つまり、プラータの推測は大方当たっていたのだ。
首都には届いていない、国内の過酷な事実。それを目の当たりにしたプラータは、胸の奥がズキズキと痛む感覚がした。
ふと、誰かを想うようにハリスが目を伏せて呟く。
「…テオが居りゃあ、アイツが男爵家を復興させられるし、こうまで悪い状況にはならなかったんだろうけどな。」
その言葉に、プラータとカロンは驚いて目を見合わせた。2人にとって聞き覚えのある名前が、急にハリスの口から出てきたのだ。
「…テオ、って?」
プラータが彼に尋ねる。視線をこちらへ戻したハリスが、説明してくれた。
「男爵夫妻の一人息子だ。俺と同い年の悪ガキで、よくここまで来ては森の中やら街の中やら俺のこと連れ回しやがった。屋敷が燃えた夜以来、行方不明なんだよ。遺体も見つかってねぇ。もしもアイツさえ生きてここに居りゃあ、ガキだろうが何だろうが男爵家の家督は継げる。自分のことを天才だなんだって自慢してきやがるクソガキだったから、あの頃のこの街にテオが居たら、意地でもクソ子爵に出張らせはしなかったんじゃねぇかって、街の大人たちの間で言われてんだよ。」
彼の話で、ますますプラータとカロンの間に「まさか」の思いが膨らんでいった。
何故なら彼らがよく知るテオの口癖も、「俺は天才だからな!」なのだ。
「………その、テオという子供の見た目の特徴は、覚えているか?」
カロンが恐る恐る問いかける。
プラータとカロンの不思議な反応に気づいたハリスは首を傾げるが、ハッキリと答えた。
「それは覚えてる。外ハネの癖っ毛な金髪に、スカイブルーの目のチビだ。昔から力自慢なところがあって、男爵の屋敷で剣の稽古は飽きもしねぇでよくやってやがった。」
その特徴に、プラータとカロンの予想は確信に変わった。
同名の別人ではない。それはまさしく、プラータたち双子にとって弟分でありシルヴァラの従者、カロンの同期でライバルである、テオ・プルタルコスだ。
「テオの実家が、アンベルク男爵家ってことぉ!?」
「…確かに、アイツが宰相様の養子になったのは、9歳の頃だと言っていたな…。」
驚きの声をあげるプラータと、粛々と本人から聞いた情報と照らし合わせるカロン。
そんな2人の反応に、今度はハリスが面食らった。
「………は?テメェら、テオのこと知ってんのか?」
呆然と呟いたハリスの言葉に、2人は力強く頷いた。
「よーーーーく知ってるよ!」
プラータが明るく答える。それに続いて、カロンが知る事実を伝えた。
「テオは、現在の宰相であるウスタシュ・P・プルタルコス公爵閣下の養子だ。シルヴァラ第一王子殿下の側近として、王宮で働いている。…本人曰く、天才剣士だ。」
その情報に、今度はハリスが目を丸くした。
しかしその表情は、怒りや憎悪を含む乾いた笑いへと変わっていく。
友人の生存を喜ぶものではなく、ショックを受けたようにハリスは吐き捨てた。
「ハッ…こんな田舎町は捨てて、首都でお偉く王宮勤務だぁ?…いーご身分だな、テオの野郎。」
その言葉に、テオの事情を知るプラータは反論しようと口を開く。
しかしそれより早く、カロンの声が強く響いた。
「それは違う。」
その言葉は、まるで頬をビンタしたかのようにハッキリとハリスに突き刺さった。
カロンの方をハリスは見上げる。カロンの表情は、勝手な思い違いをしたハリスに対して怒っているようだ。
カロンが言葉を続ける。
「テオは、養子になるまえの記憶がないと言っていた。覚えている最後の記憶は、燃え盛る炎、倒れている誰かの力のない手と大量の血液。それから額から左目の辺りを斬られた衝撃と痛みだと。名前とその景色しか分からなくて、恐怖で発狂しそうだったテオを助けてくれたのが、ウスタシュ宰相だそうだ。宰相が差し伸べてくれた手に、すがるしかなかったとテオは言っていた。」
「っ…」
気まずげに、言葉を詰まらせるハリス。
怒りを鎮めるように深呼吸をするカロン。そして彼はハリスを安心させるために、努めて優しく伝えた。
「テオは、自分が襲われた事件の詳細を調べて、記憶を取り戻したいと言っていた。それが、海軍に入る目的の1つだと。だから、テオは決して、この街を捨てた訳じゃない。アイツは、アイツ自身の帰るべき故郷が、分からないだけなんだ。」
テオの悪友同士の視線が交わる。
カロンとハリスの知る「テオ」は、根本の部分は何一つ違わないのだろう。
観念したように、ハリスは息をつき呟いた。
「…そーかよ。」
その声音に、先程のような憎悪はない。
「じゃあ、さっさと調べて帰ってこいって言っとけ。たとえあの馬鹿天才が俺のことを覚えてなくてもな。」
「ふ…。承知した。」
ハリスの言葉を、少し笑いながらカロンは了承した。
そんな2人の様子に、プラータはテオのことを思い微笑んだ。弟分はどうやら、タイプの違う最高の友人が2人も居るようだ。そのことが、プラータは嬉しかった。
To be continued...


