選ばれた歌姫

「花音《はなね》、お疲れ様」
タオルをそっと花音《はなね》の頭にポンッと優しく乗せる。
「うん、ありがとう」
そのタオルの香りはいつも花の香りがしてはなもそれが好きでつい背中に寄りかかる。
「おれたちは幸せ者だな」
「そうだね。君と結婚して後悔したことはあまりない。さすがわたしの夫…律《りつ》」
そう、はなと律《りつ》は結婚している。
その事実を知っている人は誰もいない。
知られたくないというより、律《りつ》の家族から隠すように言われているらしい。
『お前が家の律《りつ》と結婚するのは認めるが、その見た目で結婚して困るのはお前じゃない、私達家族だ』
『そうよ。そんな子供みたいな姿、恥ずかしくないのかしら?』
『あたしの弟を傷つけたら許さないわよ』
はなの容姿は仕方のないことなのに、律《りつ》の家族はそれを全く理解しようとしない。
むしろ、自分たちのイメージを汚すことを心の底から嫌がり、はなを傷つけてまるで人間扱いをしなかった人間のクズのような人達。
だが、律《りつ》だけは違った。
「帰ったら夕飯作らないとな。なにが食べたい?」
「ん〜、甘い物が食べたい。お肉よりも魚よりも、甘〜いデザートが今食べたい」
寄りかかったはなの小さな背中と小さな手が自分の手に重なり合う瞬間が心地良い律《りつ》は決まって
「分かった。じゃあデザートを食べてからメインを作る」
その甘い言葉にに弱く納得するのだった。


帰宅後。
「どうだ? はちみつたっぷりのパンケーキ」
「うん、めっちゃおいしい!」
腕を上げたね。
律《りつ》は子供の頃から趣味で料理を作っている。
有名料理人から声をかけられるほど料理の腕は世界一と言っても間違いなし!
律《りつ》の料理を毎日食べられるはなは本当に幸せ者と言える。
「はあ、いつか誰かに言いたい」
「ん? なにをだ?」
「君の妻はわたしだけだって」
本当に律《りつ》にだけ見せるはなの愛情たっぷりの愛らしい笑顔がこの二人の夫婦関係を良くしているのだろう。


土曜日。
「はな、そろそろ準備しないと間に合わないぞ?」
「待って。今起きたばっかりなのに急かさないでよ」
今日は久しぶりのデート。
はなの歌姫のステージはほとんど毎日行われているため、お互い仕事ばかりで夫婦の時間はそれほど長く取っていないことを律《りつ》はずっと気にしていた。
「全く…」
久しぶりのデート、はなが喜んでくれてると少し期待していたが、仕事続きで疲れ果ててベッドから離れず布団の中でまた二度をしそうなはな。
「ふぁ~。律《りつ》が今日のために色々準備してくれたことは嬉しいけど、一日家でゆっくりするのはダメなの?」
「ダメだ。おれは一度決めたことはしっかりさせてもらう」
はなが疲れているのは十分理解しているつもりだ。
だからこそ、今日一日を最高に楽しい思い出を作るんだ!
律《りつ》のやる気は火山が燃え上がるほどの全身から体温がどんどん上がり,拳を握りしめるその姿はまるでこれからけんかをしそうなくらい恐ろしく思えてしまう。
だが、はなの方は。
「はあ、面倒くさい」
夫のやる気に妻の自分は面倒だと思いながらも、結婚してからあまりデートをしていないこともどうかと心の中で引っ掛かっていたため、はなもちょっとずつ布団から出てパジャマを脱ぐ。
…今日はなにを着ようか?
デートにふさわしい服はいくらでもある。
行く場所によって夫の律《りつ》の反応も様々。
遊園地や動物園ならズボン。
水族館や美術館ならワンピース。
はながなにを着ても律《りつ》はいつも
「はなはなんでも似合うから可愛い」
と、決まったセリフを言うだけ。
でも、はなにとってはそれが嬉しくもあるようだ。
「よし、これにする」
今日はワンピースにする。
実際、ワンピースが一番動きやすいから気に入ってる。
ピンクの花がいっぱい描かれたフリルたっぷりの肩が良く見える半袖のワンピース。
髪型は左右お団子に結んで夏らしい姿とも言える。
「はい、着替えたよ」
「ああっ」
妻の何度見ても可愛い姿に、夫は満面の笑みで頭を撫でるほどめちゃくちゃ機嫌が良さそう。
「はなはなにを着ても似合うから褒め言葉がいつも同じで悪い」
撫でられた律《りつ》の手が少しだけ冷たくてつい自分の頬に擦り寄せるはなもとても嬉しそう。
「別に褒め言葉なんていらない。君が喜んでくれるだけでわたしは嬉しいから」
朝からイチャイチャと楽しそうに二人で笑い合っているが?
「はな、そろそろ行かないと間に合わない!」
「はあ? 君はさっきからなにを急いで」
「昨日の夜言っただろう? 海に行くって…まさか忘れたのか!?」
律《りつ》が壁時計を右手で指差して左手で力強く肩を掴まれたはなは首を傾げた一瞬、昨日の夜疲れた体をマッサージしてくれていた時を思い出してなんとなく目を泳がせる。
「…ああっ、そんなこと、言ってたかもね」
ステージ続きで疲れすぎてあまり記憶がないなんて言ったらまた病院に連れて行かれそうで怖い。
でも、こんなに張り切っている律《りつ》を見てたらちょっと付き合ってた頃みたいでちょっとワクワク、してるかも。
夫婦の思い出は結婚してからもたくさん作ることはできる。
それよりも、恋人の頃の思い出もまた懐かしさやその頃に戻ったみたいにはしゃぎたくなる時も誰だってあるのかもしれない。
「今日一日を忘れない思い出を作ろう」


海。
「あっはは!」
「律《りつ》、こっちに来ないで。水がかかったらせっかく着たワンピースが台無しになる」
水着を持たずにそのまま海の手前で水をかけあう律《りつ》とはな。
律《りつ》の方は無邪気な少年のように楽しそうに嬉しそうに明るく元気に笑っているが、一方のはなはせっかくおしゃれした服と髪を食べるが濡れることを心の底から嫌がって逃げている。
「ちっ」
いくらわたしよりも年下だからって、こんな遠慮なく妻のわたしに水をかける夫がいるのが恥ずかしい!
周りは水着で海に入り涼んでいる中、はなだけが不機嫌に律《りつ》を睨みつけて舌打ちが止まらない。
「ちっ…はあ、酒が飲みたい」
近くにはドリンクを売っているお店がある。
焼きそばにかき氷にアイス。
夏の定番メニューが目立つ中、隅っこの方に酒が二種類置かれているのを発見してしまったはなが全速力でお店に行こうとしたが、
「今日は酒禁止だ」
と、せっかくのデートをしている最中を邪魔する誘惑に惑わされない律《りつ》。
「んっ」
はなは酒が目に入るとおれのことをすっかり忘れて三缶買って飲み潰れる。
はなにとって酒は一番のご褒美だ。
それを止めるのは正直申し訳ないと思うけど!
久しぶりのデートで酒に負けるわけにはいかないんだ!
と言っても、律《りつ》は二十歳なので一緒にお酒を飲めばいいのに…律《りつ》はお酒を飲んだことは一度もない。
その誘惑に負けたことも一度もない。
本当に意思がしっかりしている強い男だ。
「ちっ。酒が飲めないなら帰る」
誘惑を奪われたはなが悔しく拳を握りしめ、頬をたこ焼きのように膨らませながらグッグッと大きく両手を降りながら帰ろうとしたら、
「はあ、なんで分かってくれないんだ」
と、諦めや悔しさを壊すためにそっとキスをしてその思いを知らしめた律《りつ》。
「悪い…でも、こうでもしないとおれの気持ち分かってくれないと思ってキスをした」
頭から温泉の湯気が流れ出るような熱々すぎる恥ずかしさを顔を真っ赤にして照れている姿を見たはなはようやくその気持ちに気づいてお返しにキスをした。
「ふっ、今日は君の言う通りにしよう。今日のために君が頑張ってくれたことでこの広い海を眺められた。ありがとう」
まあ、今日は久しぶりのことばっかり。
全部律《りつ》がわたしの想いを叶えてくれる。
こういう人が居るだけでわたしは幸せだよ。
「ほら、まだ時間はあるから店でなにか食べよう」
結婚して良かったのは夫だけに見せる妻の愛らしくも切ない笑顔と感情。
それがあるからこそ、律《りつ》とはなの関係は長く続いているのも間違いなし!
「ああっ、そうだな」
手と手が重なりあい、お互いが持つそれぞれの体温がどんなに幸せなのか。
こういうことができるのも夫婦になった証なのだろう。


一ヶ月後。
「花音《はなね》、準備はいいか?」
「とっくにできてるよ」
今回のステージテーマは「青春」。
恋する人に届ける最高の応援。
花音《はなね》のドレスも青色の花が青春をイメージした甘酸っぱくも爽やかな夏にふさわしい一着。
ティアラの真っ赤な薔薇は存在感が半端ないけれど、花音《はなね》が持つ輝きで花の色を変えることもできる。
青色の薔薇はミステリアスだが、青春を彩る特別な感じを出している。
「今日のステージはたくさんの人に届ける特別な物。律《りつ》、ちゃんと見ててよね?」
「もちろんだ。君のステージはどれも素敵な物。まあ、ステージに立っている君は最高に輝いてる。…日常生活でももっと素直になってほしいけど」
「はあ? わたしはいつも素直だけど?」
力強く見放すような冷たく睨む花音《はなね》に、律《りつ》は
「はあ、そうだな」
そう言われ続けているので適当に受け流した。
でも、今はそれよりも。
「さあ、今日もみんなが待っている。気合を入れて最高のステージを作るんだ」
「分かってるよ。わたしは花の歌姫にして頂点に立つべき器。絶対に後悔なんてしない」
その言葉通り、律《りつ》の夜エスコートで扉の中を歩き目を開けたらそこはステージ。
「誰もが体験する青春。その人生は誰にとっても忘れられない思い出をわたしと一緒に作りましょう」
合図と共にピンクの羽がドレスに触れたことで曲がかかる。
「ああっ、わたしとあなたとみんなと作る青い春の思い出。学校も授業も行事も、みんながいるから作れる青春。そう、みんながいるから思い出がたくさんできる」
青色の薔薇が空から舞い散るように踊り花音《はなね》を囲み、その薔薇に触れた瞬間、ステージが青く染まっていく。
「どんなに年をとっても、どんな大人になっても。みんなのことは永遠に忘れない…だって、みんなと出会えたわたしの想いはいつまでも変わらないから」
そう歌ったまた瞬間、青く染まったステージが大空のような水色に変わり、シャボン玉が観客席に向かって跳んで行く。
このステージもまた花音《はなね》にしか作れない世界にたった一つの宝物。
「ふっ、みんな、ありがとう」
満面の笑みで大きく両手を振って観客席にいる三百人以上のファンに感謝の言葉を言う花音《はなね》はとても楽しそうにステージの上で輝きを放つ。


三日後。
「こんにちは」
「はなちゃん、遊びに来たよ」
はなから家に招待された音陽《ねひ》と音羽《おとは》だが?
「そう…まあ入ったら?」
もう昼の十二時を過ぎているのにまだパジャマ姿で背中を左手でかいてあくびをする寝起きのはな。
そんなだらしない姿を見ても。
「はなちゃん、今日はお菓子を作って来たの。一緒に食べよう」
「お姉ちゃんのお菓子は世界一おいしいですよ」
全く気にせず普段通りの優しい態度を見せる音羽《おとは》と音陽《ねひ》の満面の笑みで嬉しそうに笑う姿が眩しかったのか?
はなは自分のだらしない姿を見て無言で寝室に戻り適当に部屋着の無地のピンクのワンピースに着替えて二人をリビングに案内する。
「どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
リビングの内装は全て可愛い。
花柄の壁紙に花型のテーブルとソファー。
これは全て律《りつ》のはなへ対する愛情表現の一部かもしれない。
「音羽《おとは》さん、音陽《ねひ》さん。ようこそ、我が家へ。精一杯歓迎します」
明るく元気に歯を見せて笑うエプロン姿の律《りつ》。
その姿がかっこよかったのか?
「律《りつ》さんは本当に素敵な方ですね」
「えっ?」
「はい、私たちも見習わないとですね」
「え、え、えっ、そんな、おれはただ礼儀正しい対応をしているだけですよ。こんなに褒められたのはちょっと恥ずかしいですが、ありがとうございます」
音羽《おとは》さんと音陽《ねひ》さんの方がおれよりも大人らしいけど…まあ、年は関係ない。
褒められたんだから素直に受け止めて次へ進もう。
おっと。
「あっ、そうだ。お二人は王子様の仕事はご存知ですか?」
その言葉の意味がどういう意味なのか?
音陽《ねひ》はすぐに頷いて知っている。
音羽《おとは》は全く知らずに首を横に振った。
二人の全く違う反応を見た律《りつ》は少し違和感を覚えながらも、左手で
「どうぞ、座ってください」
と、ソファーに座らせてある話を語ることにする。
「おれたち王子様はあなたたちと同じように天声《あまごえ》様から選ばれました」
そう、ここから語るのは天声《あまごえ》が選ぶ王子様の存在と理由について知る内容は歌姫にとっても大切な宝物となる…?