はなが家出をした理由は簡単なことだった。
「ちっ。なんでわたしの言うこと聞いてくれないの、なんでわたしの機嫌を直してくれないの?」
わたしたち、なんのために一緒になったの?
特に目的もなく一人で街を歩くはな。
身長は小学生に思われてもおかしくないくらいに小さい。
実際の身長は百四十五センチ。
十歳で成長が止まって顔も体も幼いまま大人になったはな。
「ちっ。わたしなんて居なくてもいいならそう言えば良かったのに…なんで、もう!」
わたしの全てを否定されたわけでもない。
ただ、わたしは、大切な人にもっと愛されたかっただけなんだよ!
「ああもう! 酒飲むか」
機嫌がどんどん悪くなっていく一方がとうとう限界に達したはなは近くのレストランに入ってお酒を三杯飲んで自分の機嫌を直しているつもり。
酔で頬が真っ赤に染まっても、お酒を飲み始めたら毎回お店が閉まるまで飲み続けるはな。
「はぁ~、酒が一番おいしい」
この見た目でも、年はちゃんと取っているから問題ない。
周りにいる人からは心配の目を向けられているが、これでもちゃんと成人した立派な大人なので誰もなにも言える立場はない。
「酒があるから歌姫を頑張ってる。どんなに良い結果を残しても、大切な人がなにも言わないならなにも意味なんてない! 一体なにをすれば律《りつ》はわたしを愛してくれるの?」
そう、はなの機嫌を悪くした原因のほとんどは律《りつ》のある一言だった。
『もうおれは君を愛さない』
この一言がはなにとってどんなにショックだったのか、当然本人の律《りつ》はその自覚がいつまでも足りないまま。
「はな。なんで家出なんかしたんだ? またおれが原因なのか?」
一人で探すには広すぎる街を音羽《おとは》と音陽《ねひ》と三人で手分けして探している律《りつ》。
だが、実ははながいるのは街の入り口にあるレストランのそれも窓際で酒を五杯目に飲み過ぎていることに全く気づいていないのもどうかと思ったら…?
「見つけた、はなちゃん」
なんとはなを見つけたのは。
「は? なんで君がわたしを見つけたの…音羽《おとは》ちゃん?」
そう、偶然レストランの前を通り過ぎる前に音羽《おとは》が予想外のことで瞳を激しく揺らしながら恐る恐る重い足取りではなを見つけてしまった。
嘘…はなちゃんが、あのわたし以上に可愛いはなちゃんが電柱で酔い潰れて泣き叫ぶ五十代のおじさんみたいにお酒を飲んでいるのが全く信じられない。
衝撃が大きすぎて理解が追いつかずにこちらををじっと見ている音羽《おとは》に、はなは
「はあーーーー」
と、深いため息を吐いた後に向かい側の席を左手で適当に
指差した。
「座って、ずっと立ってたら目立つから、早く」
「あっ、はい…」
出会った時とは別人の姿を知った音羽《おとは》。
この人…本当にはなちゃんなの?
こんなに人って性格が変わってしまうの?
受け入れられない事実。
本当の自分の姿を見て全く目を合わせない音羽《おとは》に、はなは段々と腹が立ち店員に
「あと五杯酒を持ってきて」
と、やけ酒を始めてしまう。
「んっ、ん、はあーーーー!」
もういい。
知られたからにはもう隠す必要ない。
むしろ、知ってもらう方が都合がいい。
たとえ逃げられても距離を明け方まで置かれても構わないと、はなは自分の過去を語ってさらに惹かれる覚悟を決める。
「わたしは親の顔を知らない、捨てられたんだよ。親なら子供のわたしのことを一番に考えるべきなのに、あいつらはわたしが二歳の時に急にわたしをドライブに連れて行って森の中に捨てられた。それだけは覚えてる…」
わたしが歌姫に選ばれたのはなんでか分からない。
でも、音羽《おとは》ちゃんみたいに素直でいられたらわたしも少しは性格が変わったかもしれない。
まあ、今はそんなこと…どうでもいいか。
「わたしは君と違って最初からファンがいなかった。わたしが有名になれたのは全部律《りつ》のおかげ。律《りつ》の家族はみんな優秀。両親はそれぞれ会社を持ち、姉はプロのモデル。こんな恵まれた環境に生まれた律《りつ》は顔も良くてできないことは一つもない。律《りつ》がわたしの王子様に選ばれたことを知ったみんなはわたしを応援するようになった。って言っても、きっとファンはわたしよりも律《りつ》を見ている。結局わたしって、わたしが歌姫に選ばれたことはただの偶然だ」
「違うよ」
「は?」
はなが自分が歌姫に選ばれたことを嬉しく思っていないのかは音羽《おとは》にとってはそれをはっきり否定することで自分なりの意見を言うことにする。
「違うよ。はなちゃんが歌姫に選ばれたのはきっと天声《あまごえ》ちゃんがはなちゃんにしか作れないステージを見てみたいから選ばれたんだとわたしはそう思う。わたしもね、男の子なのに歌姫に選ばれたのが正直今でも分からないけど、多分…歌姫に選ばれる人はみんな、特別な輝きを持っていると思うの。誰もが胸に抱える普通の輝きじゃなくて、はなちゃんだけの輝きが天声《あまごえ》ちゃんがはなちゃんを選んだ理由だとわたしはそう信じている」
「…わたしだけの輝き、か」
そんなこと、初めて言われた。
輝きなんて…わたしにはないと思ってた、けど。
今までの人生、これからの人生。
誰にもない自分だけの特別な力、存在。
それさえあればなにも文句なんて言わせない。
歌姫を作る人の天声《あまごえ》に選ばれた歌姫はみんな音羽《おとは》の言うように、普通ではないその人だけの特別な輝きを持っているからこそステージに立ち、歌声から溢れ出る形でステージを輝きで包み込む。
どんな人生を歩んでいようと、どんな性格であろうと。
天声《あまごえ》から選ばれた歌姫は普通の人生を送ることなど決してできない。
普通からかけ離れた力を手に入れた限り、天声《あまごえ》への祈りはステージを繋ぐ世界で特別な物。
そして、はなもその輝きを持つ特別な一人。
きっと、はなの王子様に選ばれた律《りつ》もなにか理由があったからはなにあんなことを言ったはず。
もしそうなら。
「はな!」
「お姉ちゃん」
ようやくはなを見つけに来た律《りつ》と音陽《ねひ》は二人とも全身汗をかいて肩で呼吸をするほど疲れ切っている。
「はあ、はあ、はあっ」
まさかこんな近くにいたなんて…おれ、もうちょっと探し方を気をつけないとその内倒れそうで怖くなる。
「あ、は、はあっ」
この人が花の歌姫トップのはなさん。
なんか私が知っているイメージとは全然違う。
それもそうだろう。
誰もが知る花音《はなね》はとにかく可愛すぎてまるで妖精のような清い心を持ち人々に癒しを与えてくれる…が、本当の姿は律《りつ》以外は誰も知らない。
花音《はなね》とはなの態度は別人すぎる。
本当に同じ人間なのかと疑うくらいに違いすぎて見間違いされても不思議なくらいだ。
でも、律《りつ》は特に驚いていない。
むしろ、お酒を飲みすぎているはなの姿に呆れて
「はぁ~」
と、ため息を何度も吐いてばかり。
「はな、酒は一日一杯にしなさいと言ってるだろう? どうしておれの言うことを聞かないんだ…いや、おれのせいでやけ酒をしているなら謝る。悪かった」
丁寧に頭を下げるほどに反省している律《りつ》の姿を見たはなは両手に持っていたグラスを置いて、ポンッと頭を撫でて撫でて寝癖みたいにグシャグシャに髪で遊び、次第にそれが楽しくなって満面の笑みで
「もういい」
と、すっかり機嫌を取り戻した。
「ははっ、そうそう、謝るのは君の方。わたしを一人にしたから酒を飲んでたけど、君のだらしない姿は本当にイジりがいがあって中々面白い、逆にありがとう」
これはけんかではない。
ただのすれ違いが原因で起きてしまったほんの小さな出来事。
誰でも一人にされたら悲しくもなるし、やけになることだってある。
きっと、今のはなはそれに当てはまっている。
『愛さない』
愛を知らずに大人になってなにが大切なかも分からない人生を変えたのは全部律《りつ》。
やけ酒をするほどの寂しさを感じさせた律《りつ》だが、はなが全くもう気にしていないように歯を見せる元気な笑顔で髪がグシャグシャにされてもそれがはなにとっていいことなら…と、同じように思い切りニヒッと歯を見せて楽しそうに笑い合うのだった。
三週間が経った。
テストが終わり、家に帰って来た音羽《おとは》と音陽《ねひ》。
「せーの!」
いつもテストの結果は家に帰ってから見ている二人の結果は予想通り。
「やったー! 私が二位。お姉ちゃんは」
「わたしが一位…毎回すごいと思う」
「そうだね。私たちが一位と二位を取れるのは全部お姉ちゃんのおかげだよ。ありがとう!」
普通なら二位ではなく一位を取る方がいいはずなのに、この兄妹は全く普通ではない、普通にしない。
その理由は簡単なこと。
小学生の頃、音陽《ねひ》は大泣きしながら音羽《おとは》に謝った。
『ごめんなさい、ごめんなさい! う、あっ、私がもう少し間違っていたらお姉ちゃんが一位になれたのに、私が頑張りすぎたからお姉ちゃんは一位になれなかった。うううあああああっ!』
普通なら一位になれたら喜ぶはずが、音羽《おとは》に対する憧れや尊敬が強すぎたことで自分のせいで音羽《おとは》が一位になれなかった後悔が今の音陽《ねひ》の心に傷がついた。
それがきっかけで音羽《おとは》が一位を取れば音陽《ねひ》は心から安心して自分が二位を取ることでもっと安心する。
中学生になってもその習慣はずっと変わらないまま。
「次のテストも頑張ろうね、お姉ちゃん」
「うん、そうだね」
さらに二週間が経った。
「律《りつ》、行くよ」
「ああっ」
仲直りをしたはなはそれをテーマにステージに立つ。
今回は緑を主にドレスを色濃くし、花は草花の刺繍を添えて派手でありつつ、純粋さを演出するちょっと変わった仕上がり。
真っ赤な薔薇のティアラには少しテーマは合わないが、きっと花音《はなね》に考えがあるのだろう。
そうでなければ、このドレスは誰も作ろうとしないはず。
「ははっ、このドレスははながデザインした特別な一着だな」
「当然でしょ。トップが作るドレスはどれも最高の物にしないと、天声《あまごえ》様に見せたら恥をかくのと変わらないんだから」
「いや、そこまで言う必要はないだろう? 天声《あまごえ》様はそんなに厳しいお方じゃないみたいだから」
「そうね。まあ、今はそれよりも、今日はちゃんと呼んであるでしょ? 音羽《おとは》ちゃんと音陽《ちゃん》」
「もちろん。ちゃんと君が見える席を用意した」
楽しそうに幸せそうに明るく可愛く元気に笑い合うはなと律《りつ》。
今日のステージテーマは「仲直り」。
二人の体験から出たこのテーマとドレス。
いつもはフリルたっぷりの妖精のような可愛さとは違う優雅で落ち着いた大人の美しさが詰まったこのドレス。
観客席にいる音羽《おとは》と音陽《ねひ》はその登場を心からお互い手を繋ぎ合って満面の笑みで待っている。
「うわあ〜、やっぱり花音《はなね》さんはすごい人気者だね」
「そうだね。わたしももっとたくさんの人の心に届くようなここよりも大きなステージに立ちたい」
「うん、きっとお姉ちゃんならできる」
「えっ?」
音陽《ねひ》はいつもわたしを応援してくれるけど、今のは全てを知っている預言者みたいにわたしを導いてくれてるの?
音陽《ねひ》がこんなに歌姫に詳しいのはまたどこかの話で分かるかもしれない…?
「さあ、ステージが君を待っている」
ティアラを頭に飾り、王子様の律《りつ》のエスコートで着いたステージにはこの前とは少し人数が多い三百人超えのファンが集まっている。
「花音《はなね》ちゃん!」
「待ってたよー」
「お花いっぱいのステージ咲かせて!」
ファンの歓声ははなにとっては嬉しくなくても、花音《はなね》にとってはちょっとだけ涙が溢れるくらいに嬉しそう。
ふっ、まあ、頑張るか。
「草原の中で二人で眠ればそれは仲直りの証。草も花も仲良しになればきっとあなたも幸せになる」
合図と共にピンクの羽がドレスに触れたことで曲がかかる。
「ごめんなさい、ごめんなさい。わたしが悪いの、それともあなた? どっちでもいいから仲直りがしたい」
両手を伸ばして胸に直してそこから小さな色鮮やかな花たちが花音《はなね》の両手から零れ落ちてステージ全体に草原が広がる。
「ああ、ああっ。仲直りはいいもの。わたしとあなたが繋ぐこの草原はとても気持ちいい。ずっとここで一緒に居たい」
曲が終わる時に花音《はなね》はバサッとステージ全体に広がった草原に寝転がり、そこから咲いた小さな花と共に眠る…。
仲直りも大切な思い出の一つ。
けんかのままでいるよりも、仲直りをすることでもっと仲良しになれる。
きっと今回の花音《はなね》のステージは見ている人の心に寄り添えた特別な物になった。
「ははっ、さすがおれの妻は世界一可愛い」
ん?
一体これは誰の声…?
「ちっ。なんでわたしの言うこと聞いてくれないの、なんでわたしの機嫌を直してくれないの?」
わたしたち、なんのために一緒になったの?
特に目的もなく一人で街を歩くはな。
身長は小学生に思われてもおかしくないくらいに小さい。
実際の身長は百四十五センチ。
十歳で成長が止まって顔も体も幼いまま大人になったはな。
「ちっ。わたしなんて居なくてもいいならそう言えば良かったのに…なんで、もう!」
わたしの全てを否定されたわけでもない。
ただ、わたしは、大切な人にもっと愛されたかっただけなんだよ!
「ああもう! 酒飲むか」
機嫌がどんどん悪くなっていく一方がとうとう限界に達したはなは近くのレストランに入ってお酒を三杯飲んで自分の機嫌を直しているつもり。
酔で頬が真っ赤に染まっても、お酒を飲み始めたら毎回お店が閉まるまで飲み続けるはな。
「はぁ~、酒が一番おいしい」
この見た目でも、年はちゃんと取っているから問題ない。
周りにいる人からは心配の目を向けられているが、これでもちゃんと成人した立派な大人なので誰もなにも言える立場はない。
「酒があるから歌姫を頑張ってる。どんなに良い結果を残しても、大切な人がなにも言わないならなにも意味なんてない! 一体なにをすれば律《りつ》はわたしを愛してくれるの?」
そう、はなの機嫌を悪くした原因のほとんどは律《りつ》のある一言だった。
『もうおれは君を愛さない』
この一言がはなにとってどんなにショックだったのか、当然本人の律《りつ》はその自覚がいつまでも足りないまま。
「はな。なんで家出なんかしたんだ? またおれが原因なのか?」
一人で探すには広すぎる街を音羽《おとは》と音陽《ねひ》と三人で手分けして探している律《りつ》。
だが、実ははながいるのは街の入り口にあるレストランのそれも窓際で酒を五杯目に飲み過ぎていることに全く気づいていないのもどうかと思ったら…?
「見つけた、はなちゃん」
なんとはなを見つけたのは。
「は? なんで君がわたしを見つけたの…音羽《おとは》ちゃん?」
そう、偶然レストランの前を通り過ぎる前に音羽《おとは》が予想外のことで瞳を激しく揺らしながら恐る恐る重い足取りではなを見つけてしまった。
嘘…はなちゃんが、あのわたし以上に可愛いはなちゃんが電柱で酔い潰れて泣き叫ぶ五十代のおじさんみたいにお酒を飲んでいるのが全く信じられない。
衝撃が大きすぎて理解が追いつかずにこちらををじっと見ている音羽《おとは》に、はなは
「はあーーーー」
と、深いため息を吐いた後に向かい側の席を左手で適当に
指差した。
「座って、ずっと立ってたら目立つから、早く」
「あっ、はい…」
出会った時とは別人の姿を知った音羽《おとは》。
この人…本当にはなちゃんなの?
こんなに人って性格が変わってしまうの?
受け入れられない事実。
本当の自分の姿を見て全く目を合わせない音羽《おとは》に、はなは段々と腹が立ち店員に
「あと五杯酒を持ってきて」
と、やけ酒を始めてしまう。
「んっ、ん、はあーーーー!」
もういい。
知られたからにはもう隠す必要ない。
むしろ、知ってもらう方が都合がいい。
たとえ逃げられても距離を明け方まで置かれても構わないと、はなは自分の過去を語ってさらに惹かれる覚悟を決める。
「わたしは親の顔を知らない、捨てられたんだよ。親なら子供のわたしのことを一番に考えるべきなのに、あいつらはわたしが二歳の時に急にわたしをドライブに連れて行って森の中に捨てられた。それだけは覚えてる…」
わたしが歌姫に選ばれたのはなんでか分からない。
でも、音羽《おとは》ちゃんみたいに素直でいられたらわたしも少しは性格が変わったかもしれない。
まあ、今はそんなこと…どうでもいいか。
「わたしは君と違って最初からファンがいなかった。わたしが有名になれたのは全部律《りつ》のおかげ。律《りつ》の家族はみんな優秀。両親はそれぞれ会社を持ち、姉はプロのモデル。こんな恵まれた環境に生まれた律《りつ》は顔も良くてできないことは一つもない。律《りつ》がわたしの王子様に選ばれたことを知ったみんなはわたしを応援するようになった。って言っても、きっとファンはわたしよりも律《りつ》を見ている。結局わたしって、わたしが歌姫に選ばれたことはただの偶然だ」
「違うよ」
「は?」
はなが自分が歌姫に選ばれたことを嬉しく思っていないのかは音羽《おとは》にとってはそれをはっきり否定することで自分なりの意見を言うことにする。
「違うよ。はなちゃんが歌姫に選ばれたのはきっと天声《あまごえ》ちゃんがはなちゃんにしか作れないステージを見てみたいから選ばれたんだとわたしはそう思う。わたしもね、男の子なのに歌姫に選ばれたのが正直今でも分からないけど、多分…歌姫に選ばれる人はみんな、特別な輝きを持っていると思うの。誰もが胸に抱える普通の輝きじゃなくて、はなちゃんだけの輝きが天声《あまごえ》ちゃんがはなちゃんを選んだ理由だとわたしはそう信じている」
「…わたしだけの輝き、か」
そんなこと、初めて言われた。
輝きなんて…わたしにはないと思ってた、けど。
今までの人生、これからの人生。
誰にもない自分だけの特別な力、存在。
それさえあればなにも文句なんて言わせない。
歌姫を作る人の天声《あまごえ》に選ばれた歌姫はみんな音羽《おとは》の言うように、普通ではないその人だけの特別な輝きを持っているからこそステージに立ち、歌声から溢れ出る形でステージを輝きで包み込む。
どんな人生を歩んでいようと、どんな性格であろうと。
天声《あまごえ》から選ばれた歌姫は普通の人生を送ることなど決してできない。
普通からかけ離れた力を手に入れた限り、天声《あまごえ》への祈りはステージを繋ぐ世界で特別な物。
そして、はなもその輝きを持つ特別な一人。
きっと、はなの王子様に選ばれた律《りつ》もなにか理由があったからはなにあんなことを言ったはず。
もしそうなら。
「はな!」
「お姉ちゃん」
ようやくはなを見つけに来た律《りつ》と音陽《ねひ》は二人とも全身汗をかいて肩で呼吸をするほど疲れ切っている。
「はあ、はあ、はあっ」
まさかこんな近くにいたなんて…おれ、もうちょっと探し方を気をつけないとその内倒れそうで怖くなる。
「あ、は、はあっ」
この人が花の歌姫トップのはなさん。
なんか私が知っているイメージとは全然違う。
それもそうだろう。
誰もが知る花音《はなね》はとにかく可愛すぎてまるで妖精のような清い心を持ち人々に癒しを与えてくれる…が、本当の姿は律《りつ》以外は誰も知らない。
花音《はなね》とはなの態度は別人すぎる。
本当に同じ人間なのかと疑うくらいに違いすぎて見間違いされても不思議なくらいだ。
でも、律《りつ》は特に驚いていない。
むしろ、お酒を飲みすぎているはなの姿に呆れて
「はぁ~」
と、ため息を何度も吐いてばかり。
「はな、酒は一日一杯にしなさいと言ってるだろう? どうしておれの言うことを聞かないんだ…いや、おれのせいでやけ酒をしているなら謝る。悪かった」
丁寧に頭を下げるほどに反省している律《りつ》の姿を見たはなは両手に持っていたグラスを置いて、ポンッと頭を撫でて撫でて寝癖みたいにグシャグシャに髪で遊び、次第にそれが楽しくなって満面の笑みで
「もういい」
と、すっかり機嫌を取り戻した。
「ははっ、そうそう、謝るのは君の方。わたしを一人にしたから酒を飲んでたけど、君のだらしない姿は本当にイジりがいがあって中々面白い、逆にありがとう」
これはけんかではない。
ただのすれ違いが原因で起きてしまったほんの小さな出来事。
誰でも一人にされたら悲しくもなるし、やけになることだってある。
きっと、今のはなはそれに当てはまっている。
『愛さない』
愛を知らずに大人になってなにが大切なかも分からない人生を変えたのは全部律《りつ》。
やけ酒をするほどの寂しさを感じさせた律《りつ》だが、はなが全くもう気にしていないように歯を見せる元気な笑顔で髪がグシャグシャにされてもそれがはなにとっていいことなら…と、同じように思い切りニヒッと歯を見せて楽しそうに笑い合うのだった。
三週間が経った。
テストが終わり、家に帰って来た音羽《おとは》と音陽《ねひ》。
「せーの!」
いつもテストの結果は家に帰ってから見ている二人の結果は予想通り。
「やったー! 私が二位。お姉ちゃんは」
「わたしが一位…毎回すごいと思う」
「そうだね。私たちが一位と二位を取れるのは全部お姉ちゃんのおかげだよ。ありがとう!」
普通なら二位ではなく一位を取る方がいいはずなのに、この兄妹は全く普通ではない、普通にしない。
その理由は簡単なこと。
小学生の頃、音陽《ねひ》は大泣きしながら音羽《おとは》に謝った。
『ごめんなさい、ごめんなさい! う、あっ、私がもう少し間違っていたらお姉ちゃんが一位になれたのに、私が頑張りすぎたからお姉ちゃんは一位になれなかった。うううあああああっ!』
普通なら一位になれたら喜ぶはずが、音羽《おとは》に対する憧れや尊敬が強すぎたことで自分のせいで音羽《おとは》が一位になれなかった後悔が今の音陽《ねひ》の心に傷がついた。
それがきっかけで音羽《おとは》が一位を取れば音陽《ねひ》は心から安心して自分が二位を取ることでもっと安心する。
中学生になってもその習慣はずっと変わらないまま。
「次のテストも頑張ろうね、お姉ちゃん」
「うん、そうだね」
さらに二週間が経った。
「律《りつ》、行くよ」
「ああっ」
仲直りをしたはなはそれをテーマにステージに立つ。
今回は緑を主にドレスを色濃くし、花は草花の刺繍を添えて派手でありつつ、純粋さを演出するちょっと変わった仕上がり。
真っ赤な薔薇のティアラには少しテーマは合わないが、きっと花音《はなね》に考えがあるのだろう。
そうでなければ、このドレスは誰も作ろうとしないはず。
「ははっ、このドレスははながデザインした特別な一着だな」
「当然でしょ。トップが作るドレスはどれも最高の物にしないと、天声《あまごえ》様に見せたら恥をかくのと変わらないんだから」
「いや、そこまで言う必要はないだろう? 天声《あまごえ》様はそんなに厳しいお方じゃないみたいだから」
「そうね。まあ、今はそれよりも、今日はちゃんと呼んであるでしょ? 音羽《おとは》ちゃんと音陽《ちゃん》」
「もちろん。ちゃんと君が見える席を用意した」
楽しそうに幸せそうに明るく可愛く元気に笑い合うはなと律《りつ》。
今日のステージテーマは「仲直り」。
二人の体験から出たこのテーマとドレス。
いつもはフリルたっぷりの妖精のような可愛さとは違う優雅で落ち着いた大人の美しさが詰まったこのドレス。
観客席にいる音羽《おとは》と音陽《ねひ》はその登場を心からお互い手を繋ぎ合って満面の笑みで待っている。
「うわあ〜、やっぱり花音《はなね》さんはすごい人気者だね」
「そうだね。わたしももっとたくさんの人の心に届くようなここよりも大きなステージに立ちたい」
「うん、きっとお姉ちゃんならできる」
「えっ?」
音陽《ねひ》はいつもわたしを応援してくれるけど、今のは全てを知っている預言者みたいにわたしを導いてくれてるの?
音陽《ねひ》がこんなに歌姫に詳しいのはまたどこかの話で分かるかもしれない…?
「さあ、ステージが君を待っている」
ティアラを頭に飾り、王子様の律《りつ》のエスコートで着いたステージにはこの前とは少し人数が多い三百人超えのファンが集まっている。
「花音《はなね》ちゃん!」
「待ってたよー」
「お花いっぱいのステージ咲かせて!」
ファンの歓声ははなにとっては嬉しくなくても、花音《はなね》にとってはちょっとだけ涙が溢れるくらいに嬉しそう。
ふっ、まあ、頑張るか。
「草原の中で二人で眠ればそれは仲直りの証。草も花も仲良しになればきっとあなたも幸せになる」
合図と共にピンクの羽がドレスに触れたことで曲がかかる。
「ごめんなさい、ごめんなさい。わたしが悪いの、それともあなた? どっちでもいいから仲直りがしたい」
両手を伸ばして胸に直してそこから小さな色鮮やかな花たちが花音《はなね》の両手から零れ落ちてステージ全体に草原が広がる。
「ああ、ああっ。仲直りはいいもの。わたしとあなたが繋ぐこの草原はとても気持ちいい。ずっとここで一緒に居たい」
曲が終わる時に花音《はなね》はバサッとステージ全体に広がった草原に寝転がり、そこから咲いた小さな花と共に眠る…。
仲直りも大切な思い出の一つ。
けんかのままでいるよりも、仲直りをすることでもっと仲良しになれる。
きっと今回の花音《はなね》のステージは見ている人の心に寄り添えた特別な物になった。
「ははっ、さすがおれの妻は世界一可愛い」
ん?
一体これは誰の声…?


