選ばれた歌姫

奏《かなで》の人生は本当にひどく悲しいことだらけの最悪なことだった。
「僕は病弱な両親に育てられたけど…二人は僕が五歳の頃に病気で亡くなった。多分、寿命が尽きたんだと思う。尽きて僕のために一生懸命頑張って生きてくれたことを僕はそう考えた」
病弱な両親を奏《かなで》は心から大好きだったと、少し寂しそうに涙を瞳の中で耐えて抑え込むほど寂しかったと音羽《おとは》は察して頷く。
「……」
奏《かなで》がこんなに寂しい想いをしていたなんて知らなかった。
ううん、知らないだけじゃダメ。
知ることで得ることもきっとたくさんある。
もっと奏《かなで》の言葉を聞きたい。
音羽《おとは》が右手を伸ばしてそっと包み込むように左手を握られた奏《かなで》は安心してその手を自分の頬に擦り寄せて続きを語る。
「両親が亡くなった後、僕はいとこの家族と暮らすことになった。でも、その家族とは相性が悪くて、毎日けんかばっかりでたまに僕に八つ当たりしてきたのが嫌になって…とうとう耐えるのがバカらしくなって高校生になる時に一人暮らしを始めた。そこで出会ったのが元妻」
「えっ…」
「なに? 僕、なにか変なこと言った?」
「…いえ、まさか高校生の時に出会ったのが予想外だっただけで深い意味はない…です」
曖昧な言葉と驚きなのかショックなのか?
音羽《おとは》が全く目を合わせてくれなくなったことで、奏《かなで》はちょっとズレた勘違いをして無理やり
「あっ! そうだった!」
と、無理やり話の内容を変えてしまう。
「でもね、元妻は君とは違ってめちゃくちゃ顔がブスだから、今思えば結婚したことが一番の人生の後悔かもあはは…うん、ごめんね」
僕のバカ!
適当な言葉しか言えないのか!
奏《かなで》の言葉遣いは本当に学習すべきことが多いだろう。
いや、音羽《おとは》も少し似たような感じにもなっている?
お互い曖昧な空気で目を合わさず、桃のパフェに入っているアイスがどんどん溶けていくことも全く見えていないが、そろそろなにか話題を変えようと音羽《おとは》があることを聞いてみる。
「奏《かなで》はその人が好きだったから結婚したんですか?」
ヤキモチ、嫉妬?
少しだけ眉間にシワを寄せてちょっと怒ったように見える音羽《おとは》の姿に、奏《かなで》は焦らず急がずゆっくり首を横に振って否定する。
「ううん、僕は今まで一度も人を好きなったことがないから元妻と結婚したのはただなんとなく人を好きになれるチャンスだと思ったんだ」
「チャンス?」
「うん。人を好きになれるってどういうことか知りたくて結婚したんだけど、元妻はいや、みんな僕の本性を知らずに寄ってくるから、結婚した時も今みたいにだらしない姿に失望されて別れた。んふふ、しょうもないよね」
「ううん、そんなことない」
「え」
「確かに、今日の奏《かなで》は全然王子様には見えないけど、わたしが思う王子様は完璧よりも、本音を素直に話してくれる王子様の方がわたしは好き。だから、もうわたしの前では完璧にならなくていいよ。そのままの奏《かなで》で居てくれたらわたしは最高に嬉しい」
天使の微笑みのような全てを許してくれるその音羽《おとは》の優しさが、今までの自分の人生全てを肯定してくれたような嬉しさが今の奏《かなで》にピッタリの幸せなのかもしれない。
「分かった。もう完璧は求めない、演じない。君の思う理想の王子様になれるように僕、これから頑張ってみるよ」
顔だけで人から選ばれて求められたけど、羽音《はおん》…音羽《おとは》ちゃんがこんなだらしない僕を選んでくれたことは一生を懸けていつか必ず恩返しをする。
今はまだ言わないけど、きっと大人になった音羽《おとは》ちゃんには後悔のない素敵な幸せを感じてもらえるように少しずつ今の僕を変えていこう。



時は過ぎ去りそれから一週間が経った。
「お姉ちゃん、これ、すっごくおいしいよ!」
「良かった。久しぶりに作ったから自信なかったけど、喜んでくれて嬉しい」
学校を休む代わりとして、日曜日の今日に音羽《おとは》が一人で作った物はカップケーキ。
「チョコとか果物とか色々作ったから、全部食べてね」
音羽《おとは》は小学生の頃から休みの日にはお菓子を作るのが日課だった。
お店で作るよりも自分で作る方が安いからと、節約のために音陽《ねひ》のためにたくさん作ってあげていた。
「久しぶりのお菓子…ん〜本当に大好き、お姉ちゃん!」
そう言いながら遠慮なく満面の笑みで音羽《おとは》に抱きつく音陽《ねひ》。
「まだまだあるからね。足りなかったら、今度はタルトを作るよ。大きいの」
抱きつかれた腕に頬を擦り寄せる可愛い音羽《おとは》。
そしたら、音陽《ねひ》があることを言い出す。
「ねえ、お姉ちゃん。愛ってさ、ハートみたいに可愛くなるなら、それを大切な人に届けられたらきっとその人と結ばれて永遠に一緒にいられたらすごく幸せ…だよね」
その言葉を聞いた音羽《おとは》は羽の館にある透明なドレスが頭に思い浮かび、あることを考えた。
「そっか、ドレスなら、その大切な人に自分の気持ちが届くかもしれない」
この前のデビューステージでも「届けたい」をテーマに歌ったから次は「愛」をテーマにステージに立ちたい。
思いついたらすぐ行動!
エプロンを脱ぎ、使い終わった道具を洗って棚に直して、そのまま家を出ようとした音羽《おとは》に、音陽《ねひ》はクスッとちょっと楽しそうに笑って手を振りその姿を見送る。
「お姉ちゃん、今、とっても楽しそう。行ってらっしゃい!」
「うん、行ってきます」
元気に右手を振って歯を見せる豪快な笑顔で家を出る音羽《おとは》。
そんな姿に音陽《ねひ》はどこか寂しそうに暗い表情を浮かべた。
お姉ちゃんが歌姫になって良かったかもしれない。
こんなに楽しそうに幸せそうにステージに立つお姉ちゃんの姿は陽だまりよりも眩しい。
私もこんな風になれたら良かったのに…。




羽の館。
「そうそう、愛なら赤がいいと思うの。赤色のハートの飾りをドレスいっぱいつけてドレスの色はピンクとかどうかな…ふふっ、なんだか結構楽しい! 好きな人に贈る時間…奏《かなで》はこのドレスを喜んでくれるかな?」
館に着いて真っ先に音羽《おとは》はクローゼットから色のない自由に使える透明なドレスとビーズや色とりどりの飾りを取り出して一人で楽しそうに奏《かなで》への「愛」を込めた特別な一着を作り続けて完成したのは…?
「できた!」
ピンクの肩にフワフワのフリルをつけて胸元には「愛」の印となる大きな赤色のハートを飾り、その下の部分には小さなハートの型を取った布でペタッとつけたなんともキュートな可愛さ抜群のドレス。
楽しみすぎてニコっと笑顔が抑えきれずに両手をバンっと上に挙げる音羽《おとは》の姿は誰が見ても微笑まい光景だ。
「よし、早く着替えてステージに行って…あれ? ステージに行くには王子様の奏《かなで》がエスコートしてくれないと、無理だよね?」
そう、歌姫がステージに立つには王子様のエスコートがなければ絶対に不可能。
歌姫本人だけがあの扉の中向こう側に行くのは「死」に近づくことと同じくらいに恐れ多い。
だから、音羽《おとは》は早くこのドレスでステージに立つためにスマホを持って奏《かなで》に電話かける。
「もしもし、奏《かなで》」
「えっ!? 羽音《はおん》ちゃん,急にどうしたの?」
「奏《かなで》に見てほしいステージがあるから急いで羽の館に来てほしい」
「…分かった! すぐ行くから待ってて!」
十五分後。
「お待たせ、羽音《はおん》ちゃん…って、なんでローブを被ってるの?」
もしかして、なにか僕に見られたくないドレスを着てるとか…そうならマジでチラッと隠して見たいんだけど!
勝手に変な妄想をする奏《かなで》の怪しげにニヤニヤと笑う姿など音羽《おとは》は全く気づかず、たださっき作ったばかりのドレスに自信がなさそうにちょっと俯いてしまっている。
「うーん」
このドレス、本当に大丈夫かな?
奏《かなで》は喜んでくれて…あれ? そういえばわたし、いつのまにか奏《かなで》のこと呼び捨てにしたりタメ口で話してた…これ、結構マズイ気がする。
今更気づいた事実。
それでも。
「奏《かなで》、わたし、あなたともっと仲良くなりたいから好きな呼び方で好きな話し方してもいいですか?」
ちょっと恥ずかしそうモジモジと体を左右に揺らす可愛らしい音羽《おとは》の姿に、奏《かなで》は一気に興奮して鼻血が出るのを一生懸命両手でグッと押し込んで何度も頷いて了承した。
「全然いいよ! むしろその方がお互いの関係を良くすると思うから、これからはお互いタメ口で話そう、うん、そうしよう!」
「うん、そうだね…」
鼻血を出すほどタメ口っていいものなんだ…知らなかった。
いや、それは違う。
奏《かなで》の場合は音羽《おとは》のことが大大大好きすぎてこっそり動画を撮ってそれを酒のつまみにするほどのヤバイ奴なため、純粋な音羽《おとは》は誰が見てもそういう人を手本にするのは正直間違いないと言える。
だけど、今はそれよりも。
「奏《かなで》、わたし今からステージに立つから、エスコートをお願い」
「え、今からステージに立つの!?」
「うん、あなただけに見てほしいから。今日の観客は奏《かなで》一人の特別席」
「え〜、マジか。とうとう僕、君のパートナーになれるのか!?」
「パートナー? はまだ早いけど、わたしがあなたにあげる最高の愛を渡すからちゃんと見ててね」
そう言って、羽音《はおん》はクリップからティアラに形を変えて頭に飾られたことで、ようやくローブをバサッと脱ぎ捨てて、奏《かなで》に左手を伸ばす。
「さ、王子様。お姫様のわたしのエスコートをしてくれますか?」
そう言われて右手でその手を握ろうとした瞬間、奏《かなで》は自分の服装を見て一旦左手を下ろしてしまう。
「ご、ごめんね」
「えっ?」
「突然だったからタキシードに着替えるの忘れちゃって…その、一回家に帰って着替えて来てもい」
「ダメ。わたしは完璧よりも本音を素直に話せる王子様が好きだから、タキシードなんていらない、今のパーカー姿の方が今日のステージに合ってるから、帰らないで、ずっと一緒にいて」
完璧さを求めず素直な気持ちを選ぶ羽音《はおん》は本当に心から寂しそうに涙をグッと瞳の中で堪えている姿を見てしまえばきっと奏《かなで》は。
「そうだった。君は僕を、こんなだらしない僕を選んでくれた。なのに、僕はまた完璧を求めてしまうところだった。本当、僕って」
完璧なんて人それぞれ。
求めようが持っていようが。
それが心に穴を空けてしまうほど思い詰めてしまうことだってきっと起きる。
どんなに良い結果でもどんなに褒められても。
自分が自分を大切にしているだけでも素晴らしいこと。
今の奏《かなで》も同じようになっていたのかもしれない。
だから、羽音《はおん》はそんな奏《かなで》の全てを受け入れたのだ。
「わたしを信じて、一緒に行こう」
もう一度左手でその手を握り、二人で扉の中に入ってステージに立った羽音《はおん》。
「わたしにくれるあなたの愛は本物。わたしがあなたにあげる愛で最高の音を奏でましょう」
合図の言葉を贈り、ピンクの羽がドレスに触れたことで曲がかかり、歌声と共にこの前とは違う真っ白な羽ではなく、愛が詰まった真っ赤な羽がステージをいちごに似たような甘酸っぱい赤色に染めていく。
「愛、愛、愛。あなたがくれる愛は全て本物。わたしがあなたに渡す愛も本物」
次第に大きなリボンが現れてそれが中央に結び合い、結び目にはハートが作り上げる。
「わたしたちの愛は永遠に変わらない」
真っ赤な羽がステージに色をつけたこともまた羽の歌姫の歴史を塗り変えたのだった。


ステージから降りて館に戻り私服に着替えた音羽《おとは》を奏《かなで》は嬉しさのあまり大泣きしながらわーいわーいと音羽《おとは》を抱っこして祝福する。
「ありがとう! 君の愛、よく伝わったよ!」
「良かった。わたしたちの愛は永遠だから、これからもずっと一緒に居てね」
二人だけの幸せな空間…のはずが?
「わあ~、羽音《はおん》だ。本物、可愛い!」
「こら、勝手に他の館に入ったらダメだよ」
「いいのいいの。わたしがどこに行ってもなにも問題はない…ってあっ、ごめんね。自己紹介しないと」
桜よりもちょっと濃ゆめの背中まで長い髪をツインテールにし、草木香るような黄緑色の瞳を持つ少女。
「わたし、はなって言うの。二十三歳!」
「えっ!?」
「う、嘘」
「はあ、全く…」
ここに現れた「はな」は歌姫の中でも一番有名な存在。
忘れられない歌姫のトップ。
これからどんな話が待ち受けているのか。
それはまた次のお話で…。