選ばれた歌姫

羽音《はおん》のデビューステージから一ヶ月が経った。
歌姫になってデビューステージを見事に大大大成功に成し遂げたことで結構な有名になったかと思えば…。
「なあ、最近デビューした歌姫って、どんな人だろう?」
「確かに、その正体気になる」
「でも、歌姫はみんな正体不明だから突き詰めようがないじゃん」
学校では話題になっても、誰も羽音《はおん》が音羽《おとは》だということは知らない…いや、隠されている。
それが何故か。
「歌姫はテレビに出ないから会場に行った人しかその顔は見られない」
クラスメイトの話に珍しく混ざって発言をしたのは自信満々に腕を組む音陽《ねひ》だ。
「へぇ~、お前ってさ、なんか近寄りがたいけどたまに話すと悪い奴じゃないから好きだな」
いきなり「好き」だと言われた音陽《ねひ》は隣にいるニコッと自分の話をされていることがとても嬉しそうに笑う音羽《おとは》にその意味がどういうことか聞こうと右手で肩に触れるのを一瞬躊躇って左手で力強く右手を掴んで下に降ろしてこう言う。
「まあ、たまになら君たちと話すのも悪くない」
お姉ちゃんに手を出さないなら、これくらいのこと…自分でなんとかできるようにしないと、お姉ちゃんと同じ場所には立てない。
お姉ちゃんのデビューステージは本当に良かった。
お姉ちゃんは気づいてなかったけど、私ね、すごく感動して大泣きしてた。
今思えば、小学校の発表会じゃないのに親目線で子供の成長した姿を見たことが嬉しいのってこういうことなのかなって…大分ズレているけど、感動したのは本当だよ。
私の全てはお姉ちゃんの物。
だから、私の全ても受け入れてね。


放課後になった。
「じゃあな、音羽《おとは》、音陽《ねひ》」
「また明日!」
「歌姫の話、もっと聞かせてね」
クラスメイトから仲良しっぽい挨拶に音羽《おとは》と音陽《ねひ》はお互い右手を高く上げて手を振る。
「うん、また明日」
「お姉ちゃんに触れるのをやめるなら、たまには話してあげてもいい」
全く違う返事でも、クラスメイトは笑い流してまた二人に話しかける。
どんな関係でも、笑い合えるならなんでもいい。
それも「青春」だから。


時間は変わり、夜の二十二時になった。
「お姉ちゃん、おやすみなさい」
「音陽《ねひ》、おやすみ。楽しい夢を見てね」
宿題もお風呂もご飯もなんでも一緒。
ベッドは違っても、心は常に手を繋ぎ合っている。
きっと、音陽《ねひ》の夢にはいつも音羽《おとは》が待っている。
同じ場所に届くために。
「お姉ちゃん、私たち、永遠に一緒だからね」
夢は現実になることもあればならないこともある。
それは人によって様々。
そう、誰だって、本当の自分を人に見せることは怖いから。


場所は変わり、真夜中の公園でお酒を三本飲む一人の男がいる。
男は自分のスマホでこっそりある歌姫のステージ動画を撮っていた。
それはもちろん。
「はああっ、羽音《はおん》ちゃんマジ可愛い。可愛すぎて僕の頭の中はいつも羽音《はおん》ちゃんでいっぱい。んふふ、こんなだらしない僕が王子様に選ばれたこと、めっっっちゃ嬉しい!」
羽音《はおん》ちゃんのステージを見てるだけでご飯なんて余裕で二十杯は食えるわ!
「んふふ、だけど、こんな僕を知ったらきっと羽音《はおん》ちゃんは失望するだろうな…いや、それだけは絶対に避ける! 避けて通さず振り向かせない。もう離婚して一人になってから落ち込んでばかりだったけど、今は羽音《はおん》ちゃんが居てくれる。大丈夫、僕の人生に損はない!」
そう、この男こそが羽音《はおん》の王子様に選ばれた二十六歳バツイチの奏《かなで》だ。
そう、奏《かなで》の隠しごとはいくつかある。
その中でも一番大きいのが「バツイチ」である。
これを羽音《はおん》が知ってしまったらとんでもないことになるのは間違いない。
だってよく考えてみても「バツイチ」の男が王子様というのはかなり無理がある。
「んふふ、明日羽音《はおん》ちゃんに会えたらマジ最高!」
はー、やる気も出てきて気分爆上がり!
酒が進むわ進むわ。
「かぁ~、うまい!」
こんなだらしない男が十二歳の中学生を守れるだろうか?


翌日。
「行ってきます」
「お姉ちゃん、今日も頑張ろうね!」
いつも通り朝起きて制服に着替えて同じお団子に結んで朝ご飯を食べて一緒に家を出る当たり前の毎日。
「行ってらっしゃい」
「今日も学校楽しむんだぞ」
明るい両親に見送られて家を出て歩いていると、音羽《おとは》は偶然すれ違ったフードで顔を隠しながら飲み切った三本のお酒の空き缶をビニール袋に入れて適当に右手の小指でぶら下げる男の手を急に掴んでしまった!
「あの、あなた、どこかで会ったことありますよね?」
そう言われた男はフードの隙間からちょっとだけ見えた音羽《おとは》の不思議そうに首を傾げて尋ねた姿が男…いや、奏《かなで》は全く信じられずに掴まれた手をすぐに右手で振り払ってしまう。
「うわあ! ええええええええええっ、な、なんでなんで…羽音《はおん》ちゃんが僕の目の前にいるんだ!?」
偶然にしては出来すぎてる。
いいのか?
これが夢なら納得できる。
制服姿のレアな羽音《はおん》ちゃん見れるとか僕運がが良すぎだろ…ん?
音羽《おとは》の制服姿に喜びを感じていた奏《かなで》だったが、瞬きをしている間に音陽《ねひ》が腕を組んで人間扱いなど捨てるような恐怖だけではない留まらない睨みが奏《かなで》の喜びを灰みたいにサラーっと消し去り地面に膝をつくほど動揺する。
「なななななな、なんで、羽音《はおん》ちゃんが二人いるんだ? まままさか、分身して」
「そんなわけないでしょ。私たちは双子なんだから、そんなことも分からないのは人間じゃない。早くどこか行って邪魔!」
そう言って、朝からイライラモードの音陽《ねひ》が思い切り右手を強く握りしめてなにも悪くない奏《かなで》の顔を殴りかけた瞬間。
「ダメ!」
両手を精一杯痛くなるまで広げて奏《かなで》を守った音羽《おとは》は何故か大粒の涙を流して本気で嫌がっているのが誰の目にも自然と分かる。
「音陽《ねひ》、暴力はダメだよ。この人は…奏《かなで》はわたしの世界にたった一人の大切な王子様なの。だから、絶対に傷つけさせない。お願い、やめて」
自分よりも細く小さな体が大きく成長した大人の体を守ってくれたことが奏《かなで》の素直な本音が溢れ出す前に音羽《おとは》が手を握り音陽《ねひ》に満面の笑みを見せて言った。
「音陽《ねひ》、今日はわたし学校休む。休む代わりに今度手作りの菓子を作るからそれで許して」
妹の機嫌を良くする魔法の言葉を兄から言われた妹は同じように笑って頷いた。
「うん、絶対だからね。お姉ちゃんのお菓子、絶対食べさせてね」
握りしめた右手をゆっくり解いて左手で手を振り走って学校に向かう音陽《ねひ》の姿に音羽《おとは》は安心して笑顔を崩さず、奏《かなで》を抱きしめた。
「良かった。あなたがわたしのそばに居てくれて…歌姫になれて本当に良かった」
抱きしめられた小さな手の温もりが嬉しかったのか、奏《かなで》はボロボロと涙を流してまるで少年のよう。
「ううううううっ! 羽音《はおん》ちゃん、マジありがとう!」
羽音《はおん》ちゃんに抱きしめられている僕…超幸せーーーーー!
内心別の意味で気分爆上がりの勘違いする奏《かなで》。
だが、それよりも音羽《おとは》は一つ気になったことを耳元で囁く感じで試しに聞いてみる。
「奏《かなで》さんはわたしが男って…知っていたんですか?」
ズボンにネクタイ。
スカートを履いていた可愛い姿というより、かっこいい少年の姿に違和感を感じているのではないかと思っていた音羽《おとは》の質問に奏《かなで》はゆっくり頷いた。
「うん、最初から知っていたよ。だからこそ、君が大大大大好きだ!」
近所迷惑になるほどのヘッドホンから大音量の音漏れとは比べ物にならないほどの叫びの告白に音羽《おとは》はどこか嬉しそうに顔を真っ赤に染めて頷いた。
「うん、ありがとう。わたし実は…告白されたのが初めてで、お礼の言葉しか言えないけど…こういう場合、恋人になるのがいいのかな?」
恋愛未経験の十二歳の音羽《おとは》の質問にバツイチの二十六歳の奏《かなで》なら正解を導き出せるのは間違いないが?
「えっ…いや、そう、だね。あ、はははっ…そっか、結婚が先じゃないんだ」
なんともバカみたいなゴミのような答えが人間とは言えないほどのクズの言葉になった奏《かなで》。
あれ?
僕、前に結婚した人とは結婚が先だと思って返事をしたけど…普通はお付き合いをしてからそこから段々距離を縮めてそれから結婚する…あれ、じゃあ今の羽音《はおん》ちゃんの質問が一番正解ってことじゃん!
ああああああああっ!
僕のバカバカ。
いくら顔がいいからってこんな簡単なことも分かっていなかった!
今更自分の間違いを自覚してももう遅い。
一度言ってしまった言葉は二度と取り消すことはない。
それを人に言ってしまえば、尚更取り消すなんて無理がありすぎる。
はず…。
「そっか、結婚が先なんだ…知らなかった」
自分より歳上の言うことが正しいと信じている音羽《おとは》のキラキラと瞳を輝かせる純粋な姿が奏《かなで》のクズさが一気に正解へと変わってしまう不思議な光景。
でも、もしそうならと。
「奏《かなで》がわたしと本気で結婚したいなら…わたしが二十歳になるまで待ってくれますか?」
この二人はある意味相性がいいのかもしれない。
奏《かなで》のバカな言葉も全て受け入れて? くれる優しい音羽《おとは》ならバツイチなんて埃を笑いで吹き消すくらいにお互いを認め合い愛し合うことができるだろう。
「うん。こんな僕でも結婚してくれるなら、君が大人になるまでゆっくり待つよ。王子様としてじゃなくて一人の男として、君を永遠に幸せにすることを約束するよ」


時間は午後十二時を過ぎて二人でどこかでお昼ご飯を食べようと街に出かけている。
「羽音《はおん》ちゃん、なにが食べたい? なんでも言ってね。お金は全部僕が出すから遠慮はいらないよ」
「ありがとうございます。えっとじゃあ」
立ち止まって一瞬で惹かれた物は。
「パフェがいいです」
お肉でも魚でも揚げ物でもなくデザートを選んだ音羽《おとは》の期待を裏切らない可愛い笑顔が奏《かなで》の心をグッと矢に突き刺さったように目が離せないと同時に好きな人の好物を知れた喜びがつい王子様みたいな完璧でかっこいい微笑みで頷いた。
「うんうん。じゃあ入ろうか」
「はい!」
学校を休んで王子様と二人で出かける理想的な生活。
だけど、それが現実に起きている事実もまたすごいと言える。
「さあ、好きなの選んでね」
カフェに入り、案内させた青空がよく見える窓際の席に案内されてそのまま座ってメニューを開く奏《かなで》に、音羽《おとは》は迷うことなく表紙に乗っている夏の季節にあるおすすめの桃のパフェを選んだ。
「これにします。わたし、果物の中で一番好きなのは桃なのでこれが食べたいです」
夏になると、ついどこに行っても桃を選んでしまうんだよね。
前に音陽《ねひ》にこんなこと言われたなー。
『お姉ちゃん、あまり一つの物ばかり食べていたらお腹壊すから気をつけた方がいいよ』
音陽《ねひ》はいつもわたしのことを一番に考えてくれるからいつも助けられてばかりだなー。
「ふふっ」
「ん? どうしたの?」
羽音《はおん》ちゃんが急に笑った。
もしかして、彼氏の僕と一緒にいるのが嬉しかったりして…んふふ、なんだからめっちゃ嬉しすぎて鼻血出そう。
全く違うことを考えているはずなのに二人共同じように楽しそうにクスクス笑っているのがどこか羨ましく見えてしまいそう。
「お待たせしました」
「あっ、ありがとうございます」
注文をスマホで済ませて届いた桃のパフェを見た音羽《おとは》のキラキラと日の光よりも眩しいくらい瞳をキラキラと輝かせながらちょっとよだれを垂らす姿に、奏《かなで》は彼氏? として彼女をクスッと楽しそうに微笑む。
「んふっ、足りなかったらお代わりしてもいいからね」
「はい、いただきます」
長いスプーンを右手で持ってかぶっと食べて、想像以上においしかったのか、音羽《おとは》が黙々と満面の笑みで食べ進めている姿が奏《かなで》には元妻の笑顔と重なって、少し暗い表情を浮かべた後、両手を力強く握りしめて自分の今までの過去を語り出す。
「僕は元妻を失望させた」
「えっ?」
「…聞いてほしい。君には、羽音《はおん》ちゃんには僕の全てを知ってほしいから」
「分かりました。聞きます。あなたの全て、教えてください」
こうして、音羽《おとは》は今から語られる奏《かなで》の全てを知ることで新しいドレスが完成する。