我はずっと孤独だった。
我は生まれた時から変わっていたらしい。
ホラー映画に黒の服。
怖い物が大好き。
服はいつも黒。
爪も黒く染めて闇を演出する。
なんて理想的な暮らし…と思っていたのに、人間は皆我を否定した。
『なにその格好?』
『我とか病気じゃん』
『恥ずかしくないの?』
小学校では六年間ずっとクラスメイトにイジメられていた。
靴箱には生ゴミを入れられたり引き出しには大量のゴキブリの死骸が入っていたりロッカーに閉じ込められたりもあった。
毎日毎日その繰り返しで我は学校をやめた。
卒業まであと半年あったが、卒業までイジメに耐えられる気がしなかったので、家に引きこもり、なにか良い方法はないか考えていた時、ある物を見つけた。
それは。
『姉様、眼鏡をしているなんて珍しいな』
『ん? そう、いつもはコンタクトなんだけど、今日はなんか中々上手くできなかったから眼鏡かけてる。もしかして変?』
『いいや、姉様に似合っているぞ。羨ましい』
『だったら、そらもかけてみたら?』
『えっ、我が?』
『うん。度が入ってない眼鏡があるから、試しにかけてみよう、ね』
『あ、ああ』
我には七歳年上の姉がいる。
姉様は一度も我を嫌いになっていない、むしろその個性が好きだと言ってくれている。
我が学校をやめたことはなにも聞かない。
放っておくことも見捨てもしない…我の一番の理解者。
そして、人生で初めて眼鏡をかけた時思った。
『我を隠せばいいんだ』
皆が我を否定するのは我が偉そうに物を言い見下すような態度を取っていたから。
だったら、全く違う性格を作ればイジメられることもない。
そう決めた我は早速服を買いに行った。
(姉様と一緒に)
今まではゴシックやゴスロリなどの暗めの服を着ていたが、新しい性格にはパステルカラーが良いと姉様が一緒に選んでくれた。
『そらがシンプルを選ぶなんてなんか新鮮』
『ああ、表向きの性格にはこのシンプルさが必要だと思ったんだ。これなら誰も我を否定しないはずだ』
『…そこまで気にすることないのに。そらはそらのままでいいのに』
ずっとそばで見守ってくれた姉様が初めて我のために泣いてくれたことは今でもこれからもずっと覚えている。
忘れられない思い出。
でも。
『姉様、心配しないで。我は我のまま変わらない。ただ表向きを変えるだけで学校以外では我は我だ』
自分に嘘をついていない、ただ今までの自分を少し変えるだけ。
姉様の想いは我にとってとても嬉しかった。
『姉様、ありがとう』
それから我は中学生になった。
『初めまして。私は青来《あおく》そらと言います。一年間、よろしくお願いします』
眼鏡をかけて髪を結んで穏やかに美しく。
これが表向きの我。
この時から人間は皆表向きの我だけを見ていた。
『青来《あおく》さんって、勉強が得意だよね。すごーい』
『今度教えて』
『青来《あおく》さんのこともっと知りたい』
誰も知らない我の本当の姿。
『はい、少しずつ教えますね』
本当は怖かった。
我を知られてしまったらまたイジメられてしまうのではないかと怖かった。
だから、中学校三年間は友達も作らずただちょっとした人気者として仲良くして高校は誰とも同じようにしない別の高校に入学した。
そして、我は歌姫に選ばれた。
『我が、歌姫?』
最初は信じていなかった。
だって我はあまり歌が得意ではなかったから。
でも、楽《がく》と出会ったことで全てが変わった。
『そら様の本当の姿を見せてください』
楽《がく》は私と我、二人を受け入れてくれた。
だから安心して今もステージに立っている。
そしてある時、たまたまチケットが余っていたから代わりに見てほしいと同級生から羽音《はおん》のステージを代わりに見に行って我は思った。
『こんなに綺麗なステージ、初めて見た』
我は自然と体が動いて走ってステージ裏にたどり着いた時、倒れかけた羽音《はおん》を抱きしめて確信した。
『羽音《はおん》さんは本当にすごいですね』
この人も私と我を心から受け入れてくれると、心から信じることができた。
その確信通り、羽音《はおん》は音羽《おとは》は私と我を全て受け入れてくれた。
この恩は永遠に忘れない。
一日一日を大切に親友として未来を歩んでいきたい。
「そらさん、今日は誘ってくれてありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ、付き合ってくれてありがとうございます」
今日は久しぶりに音羽《おとは》と二人で楽《がく》がアルバイトで働いている高級スイーツ専門店でゆっくりお話をしに来ているそら。
「うふっ、今日は音羽《おとは》さんを独り占めにできますね」
今は私のそら。
恥ずかしいという意味は全くなく、ただ音羽《おとは》との距離を上手く掴むためにまだまだ練習中なのだ。
穏やかに美しく微笑む私のそらは普段は無理しているが、音羽《おとは》といる時は全く無理せずそのまま自然とできている。
と、じっとそらを見つめている音羽《おとは》が笑顔でこう言った。
「そらさんの笑顔は素敵です。わたしはまだまだ子供なのでそらさんのように笑うのはちょっと難しいですけど」
少し遠慮して右手で頬を軽く摘む音羽《おとは》に、そらも笑顔でこう答えた。
「私の笑顔を褒めてくれてありがとうございます。でも、音羽《おとは》さんには我のことももっと知ってほしいです。親友ですからね」
穏やかに美しく微笑むことができるのは全て。
「あの、ずっと気になっていたんですけど、その眼鏡はそらさんと空音《そらね》さんを使い分けるためですか?」
まるで当たりくじを引いたかのように完璧な質問をされたそらは一瞬戸惑って目を逸らしてしまったが、ここは正直に話すべきだと覚悟を決めてはっきり頷いた。
「はい、そうですね。でも、時々眼鏡をかけたまま我になることもあるので、あまり意味はありませんね」
まあ、少しでも我を隠せるならとかけているだけだが…音羽《おとは》にはできる限り我のことを知ってほしい。
こんなに正直に話せる人間が姉様以外にもたくさんいることを知れたからな。
というか、我よりも。
「私も聞いていいですか?」
「はい」
「その、音羽《おとは》さんの髪が短くなっていたのがずっと気になっていました。なにかあったんですか?」
その質問に、音羽《おとは》は天使のような温かな笑顔で両手で髪を撫でて答えた。
「ふふっ、少しイメージを変えたくて切ってみました」
天声《あまごえ》ちゃんから切られたことは誰にも言えない。
言うつもりもない。
たとえみんなに嫌われたとしても。
その笑顔の裏を知ろうとしたそらがなにか深い理由があるのだともう一度質問しようとしたが、音羽《おとは》のその天使の笑顔を傷つけたくなくて同じように笑顔でメニューを開いて
「どれにしましょうか」
と、話題を変えることにした。
音羽《おとは》がなにを考えているのかは我には全く分からない。
だが、今はもう見守っておく必要がある。
親友とはいえ所詮は他人。
これ以上はなにも聞かない方が今の関係を長続きするコツにもなる。
「今日はすごくお腹が空いているのでたくさん食べたいですね」
そらのいつも通りの穏やかでニコニコっと笑う姿に、音羽《おとは》も気持ちを切り替えて一緒にメニューを見てあることに気づいた。
「このカップケーキ…前に家でわたしが作っていた物に似ている」
メニューを一番下にある小さく描かれていたカップケーキはシンプルにチョコやフルーツを使っている一般的な物だが、音羽《おとは》はなにか心当たりがあるようだ。
この作り方、お母さんが持っているレシピと似ている。
どうして?
ただの偶然かそれともナニか?
なににしても、この疑問はすぐに解決する。
何故なら。
「あっ、そういえばこのお店は心瀬《こころせ》さんが提案したお店でしたね」
「え?」
「あれ、知りませんか? 心瀬《こころせ》さんご夫婦が提案して作られた特別なお店。素敵ですよね」
「ん?」
心瀬《こころせ》はわたしの名字でもある。
だけど、お父さんとお母さんは今会社員だからこういう高級店の話は一度も聞いたことがない。
もしかして、黙っていたの?
どんどん両親への疑問が増えて頭を抱えて悩んでいる音羽《おとは》を、そらは優しく頭を撫でて落ち着かせてくれる。
「知らなかったのは仕方ないかもしれませんね。私も詳しくは知らないんですけど、確かご夫婦は社長や秘書になるはずだったんです。でも、このお店は今の社長である楽《がく》さんのお父様が二人の未来を奪ったんです」
「え…未来?」
「そう、未来です。ご夫婦はこのお店をいつか生まれてくる子供たちと一緒に営みたいと思っていたようなんですけど、楽《がく》さんのお父様は金遣いが荒い人で、知り合いでもないのに突然やって来てこのお店を何百億という大金で買い取り強引に自分を社長になってご夫婦をお店から追い出し、今の高級店に変えられてしまいました。ご夫婦は全てを諦めて会社員として働き、生まれてくる子供たちには絶対に同じ想いをさせないためにこの過去を隠していました…って、すみません! 勝手にお話してしまって。今聞いたことは絶対にご夫婦には言わないでくださいね。私の首が取れてしまうかもしれないので」
「大丈夫です。話してくれてありがとうございます」
そう言った音羽《おとは》は驚きとショックと悲しみが入り混じった曖昧な笑顔でそらの両手を包み込むように握ってあげた。
「わたし、このカップケーキにします。お母さんのレシピはわたしにとって、大切な宝物の一つです」
優しい笑顔で母親への愛を語る音羽《おとは》の姿に、そらも安心して
「私も同じのにしますね」
と、二人で母親の味を良く感じるカップケーキを一口一口大切に食べたのだった。
帰宅後。
「ただいま」
靴を脱いで手洗いうがいをした音羽《おとは》はキッチンで夜ご飯の準備をしている母親にさっきの話を思い出して涙をグッと瞳の中で閉じ込めてギューッと背中から抱きしめた。
「お母さん」
突然抱きしめられた母親が首を傾げる。
「音羽《おとは》? おかえり」
「またお母さんのカップケーキ、食べたい」
「ん? 急にどうしたの?」
「ううん、久しぶりに食べたくなったの」
母と子。
たまには甘えたくなるお年頃だと母親はその甘えが嬉しくて思わず手を止めて振り向きギューッとお返しに抱きしめてあげる。
「うふっ、分かった。今度作ってあげる」
音羽《おとは》が抱きしめてくれるなんて…本当に嬉しい。
「今日はグラタンよ。音羽《おとは》、好きでしょ?」
自分の好物を何も聞かずに喜んで作ってくれる母親に感謝して音羽《おとは》は笑顔で頷いた。
「うん! 大好き!」
この時間がずっと続けばいいのに…。
そう、思っていても、時間は止まらず動き続ける。
時計のように。
翌日。
「天声《あまごえ》ちゃん、来たよ」
あれから毎日音羽《おとは》は天声《あまごえ》に会いに行っている。
そう、約束したから。
だけど?
「あれ? いない?」
どこを見渡しても姿が見えないことに、音羽《おとは》は不安になり、走っていつもいるはずであろう一番真っ暗な場所に行くと
「あ、あ、あっ、やっと、見つけた!」
と、急に天声《あまごえ》が現れて首輪を音羽《おとは》の首に巻きつけ、その次に両手を紐で縛った。
どちらも一瞬だった。
瞬きをする暇もなく縛られてしまった音羽《おとは》。
でも。
「天声《あまごえ》ちゃんが切ってくれたこの髪、わたしはすごく好きだよ」
縛られても普段通りに会話しようとする音羽《おとは》の天使のような温かくも愛おしい笑顔に、天声《あまごえ》は一旦深呼吸をして冷静になって頭をを撫でた。
「ごめんなさい。あなたの髪はとても綺麗だったのに、わたしのせいで台無しになった。本当にごめ」
「わたしはこの髪型好きだよ」
「え?」
「今までは女の子みたいに髪を伸ばして色々な髪型にするのが好きだったけど、天声《あまごえ》ちゃんが切ってくれたこの髪を見て思ったの。また新しいわたしに出会えて嬉しい!」
その微笑みはまるで本物の天使のように眩しくて心まで暖かくなって毛布に包まれているような感覚になった天声《あまごえ》の瞳が黒から紫色に変化した。
「…あれ、わたし、元に戻った?」
ポケットに入れているガラスの欠片を取り出して見た瞳だけ元に戻っている。
「すごい…もうとっくに諦めていたのに…う、嬉しい、うん」
これは成長の証かもしれない。
その姿を見た音羽《おとは》はつい一目惚れしてしまい、思わずこう言った。
「わたしの物にしたい」
我は生まれた時から変わっていたらしい。
ホラー映画に黒の服。
怖い物が大好き。
服はいつも黒。
爪も黒く染めて闇を演出する。
なんて理想的な暮らし…と思っていたのに、人間は皆我を否定した。
『なにその格好?』
『我とか病気じゃん』
『恥ずかしくないの?』
小学校では六年間ずっとクラスメイトにイジメられていた。
靴箱には生ゴミを入れられたり引き出しには大量のゴキブリの死骸が入っていたりロッカーに閉じ込められたりもあった。
毎日毎日その繰り返しで我は学校をやめた。
卒業まであと半年あったが、卒業までイジメに耐えられる気がしなかったので、家に引きこもり、なにか良い方法はないか考えていた時、ある物を見つけた。
それは。
『姉様、眼鏡をしているなんて珍しいな』
『ん? そう、いつもはコンタクトなんだけど、今日はなんか中々上手くできなかったから眼鏡かけてる。もしかして変?』
『いいや、姉様に似合っているぞ。羨ましい』
『だったら、そらもかけてみたら?』
『えっ、我が?』
『うん。度が入ってない眼鏡があるから、試しにかけてみよう、ね』
『あ、ああ』
我には七歳年上の姉がいる。
姉様は一度も我を嫌いになっていない、むしろその個性が好きだと言ってくれている。
我が学校をやめたことはなにも聞かない。
放っておくことも見捨てもしない…我の一番の理解者。
そして、人生で初めて眼鏡をかけた時思った。
『我を隠せばいいんだ』
皆が我を否定するのは我が偉そうに物を言い見下すような態度を取っていたから。
だったら、全く違う性格を作ればイジメられることもない。
そう決めた我は早速服を買いに行った。
(姉様と一緒に)
今まではゴシックやゴスロリなどの暗めの服を着ていたが、新しい性格にはパステルカラーが良いと姉様が一緒に選んでくれた。
『そらがシンプルを選ぶなんてなんか新鮮』
『ああ、表向きの性格にはこのシンプルさが必要だと思ったんだ。これなら誰も我を否定しないはずだ』
『…そこまで気にすることないのに。そらはそらのままでいいのに』
ずっとそばで見守ってくれた姉様が初めて我のために泣いてくれたことは今でもこれからもずっと覚えている。
忘れられない思い出。
でも。
『姉様、心配しないで。我は我のまま変わらない。ただ表向きを変えるだけで学校以外では我は我だ』
自分に嘘をついていない、ただ今までの自分を少し変えるだけ。
姉様の想いは我にとってとても嬉しかった。
『姉様、ありがとう』
それから我は中学生になった。
『初めまして。私は青来《あおく》そらと言います。一年間、よろしくお願いします』
眼鏡をかけて髪を結んで穏やかに美しく。
これが表向きの我。
この時から人間は皆表向きの我だけを見ていた。
『青来《あおく》さんって、勉強が得意だよね。すごーい』
『今度教えて』
『青来《あおく》さんのこともっと知りたい』
誰も知らない我の本当の姿。
『はい、少しずつ教えますね』
本当は怖かった。
我を知られてしまったらまたイジメられてしまうのではないかと怖かった。
だから、中学校三年間は友達も作らずただちょっとした人気者として仲良くして高校は誰とも同じようにしない別の高校に入学した。
そして、我は歌姫に選ばれた。
『我が、歌姫?』
最初は信じていなかった。
だって我はあまり歌が得意ではなかったから。
でも、楽《がく》と出会ったことで全てが変わった。
『そら様の本当の姿を見せてください』
楽《がく》は私と我、二人を受け入れてくれた。
だから安心して今もステージに立っている。
そしてある時、たまたまチケットが余っていたから代わりに見てほしいと同級生から羽音《はおん》のステージを代わりに見に行って我は思った。
『こんなに綺麗なステージ、初めて見た』
我は自然と体が動いて走ってステージ裏にたどり着いた時、倒れかけた羽音《はおん》を抱きしめて確信した。
『羽音《はおん》さんは本当にすごいですね』
この人も私と我を心から受け入れてくれると、心から信じることができた。
その確信通り、羽音《はおん》は音羽《おとは》は私と我を全て受け入れてくれた。
この恩は永遠に忘れない。
一日一日を大切に親友として未来を歩んでいきたい。
「そらさん、今日は誘ってくれてありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ、付き合ってくれてありがとうございます」
今日は久しぶりに音羽《おとは》と二人で楽《がく》がアルバイトで働いている高級スイーツ専門店でゆっくりお話をしに来ているそら。
「うふっ、今日は音羽《おとは》さんを独り占めにできますね」
今は私のそら。
恥ずかしいという意味は全くなく、ただ音羽《おとは》との距離を上手く掴むためにまだまだ練習中なのだ。
穏やかに美しく微笑む私のそらは普段は無理しているが、音羽《おとは》といる時は全く無理せずそのまま自然とできている。
と、じっとそらを見つめている音羽《おとは》が笑顔でこう言った。
「そらさんの笑顔は素敵です。わたしはまだまだ子供なのでそらさんのように笑うのはちょっと難しいですけど」
少し遠慮して右手で頬を軽く摘む音羽《おとは》に、そらも笑顔でこう答えた。
「私の笑顔を褒めてくれてありがとうございます。でも、音羽《おとは》さんには我のことももっと知ってほしいです。親友ですからね」
穏やかに美しく微笑むことができるのは全て。
「あの、ずっと気になっていたんですけど、その眼鏡はそらさんと空音《そらね》さんを使い分けるためですか?」
まるで当たりくじを引いたかのように完璧な質問をされたそらは一瞬戸惑って目を逸らしてしまったが、ここは正直に話すべきだと覚悟を決めてはっきり頷いた。
「はい、そうですね。でも、時々眼鏡をかけたまま我になることもあるので、あまり意味はありませんね」
まあ、少しでも我を隠せるならとかけているだけだが…音羽《おとは》にはできる限り我のことを知ってほしい。
こんなに正直に話せる人間が姉様以外にもたくさんいることを知れたからな。
というか、我よりも。
「私も聞いていいですか?」
「はい」
「その、音羽《おとは》さんの髪が短くなっていたのがずっと気になっていました。なにかあったんですか?」
その質問に、音羽《おとは》は天使のような温かな笑顔で両手で髪を撫でて答えた。
「ふふっ、少しイメージを変えたくて切ってみました」
天声《あまごえ》ちゃんから切られたことは誰にも言えない。
言うつもりもない。
たとえみんなに嫌われたとしても。
その笑顔の裏を知ろうとしたそらがなにか深い理由があるのだともう一度質問しようとしたが、音羽《おとは》のその天使の笑顔を傷つけたくなくて同じように笑顔でメニューを開いて
「どれにしましょうか」
と、話題を変えることにした。
音羽《おとは》がなにを考えているのかは我には全く分からない。
だが、今はもう見守っておく必要がある。
親友とはいえ所詮は他人。
これ以上はなにも聞かない方が今の関係を長続きするコツにもなる。
「今日はすごくお腹が空いているのでたくさん食べたいですね」
そらのいつも通りの穏やかでニコニコっと笑う姿に、音羽《おとは》も気持ちを切り替えて一緒にメニューを見てあることに気づいた。
「このカップケーキ…前に家でわたしが作っていた物に似ている」
メニューを一番下にある小さく描かれていたカップケーキはシンプルにチョコやフルーツを使っている一般的な物だが、音羽《おとは》はなにか心当たりがあるようだ。
この作り方、お母さんが持っているレシピと似ている。
どうして?
ただの偶然かそれともナニか?
なににしても、この疑問はすぐに解決する。
何故なら。
「あっ、そういえばこのお店は心瀬《こころせ》さんが提案したお店でしたね」
「え?」
「あれ、知りませんか? 心瀬《こころせ》さんご夫婦が提案して作られた特別なお店。素敵ですよね」
「ん?」
心瀬《こころせ》はわたしの名字でもある。
だけど、お父さんとお母さんは今会社員だからこういう高級店の話は一度も聞いたことがない。
もしかして、黙っていたの?
どんどん両親への疑問が増えて頭を抱えて悩んでいる音羽《おとは》を、そらは優しく頭を撫でて落ち着かせてくれる。
「知らなかったのは仕方ないかもしれませんね。私も詳しくは知らないんですけど、確かご夫婦は社長や秘書になるはずだったんです。でも、このお店は今の社長である楽《がく》さんのお父様が二人の未来を奪ったんです」
「え…未来?」
「そう、未来です。ご夫婦はこのお店をいつか生まれてくる子供たちと一緒に営みたいと思っていたようなんですけど、楽《がく》さんのお父様は金遣いが荒い人で、知り合いでもないのに突然やって来てこのお店を何百億という大金で買い取り強引に自分を社長になってご夫婦をお店から追い出し、今の高級店に変えられてしまいました。ご夫婦は全てを諦めて会社員として働き、生まれてくる子供たちには絶対に同じ想いをさせないためにこの過去を隠していました…って、すみません! 勝手にお話してしまって。今聞いたことは絶対にご夫婦には言わないでくださいね。私の首が取れてしまうかもしれないので」
「大丈夫です。話してくれてありがとうございます」
そう言った音羽《おとは》は驚きとショックと悲しみが入り混じった曖昧な笑顔でそらの両手を包み込むように握ってあげた。
「わたし、このカップケーキにします。お母さんのレシピはわたしにとって、大切な宝物の一つです」
優しい笑顔で母親への愛を語る音羽《おとは》の姿に、そらも安心して
「私も同じのにしますね」
と、二人で母親の味を良く感じるカップケーキを一口一口大切に食べたのだった。
帰宅後。
「ただいま」
靴を脱いで手洗いうがいをした音羽《おとは》はキッチンで夜ご飯の準備をしている母親にさっきの話を思い出して涙をグッと瞳の中で閉じ込めてギューッと背中から抱きしめた。
「お母さん」
突然抱きしめられた母親が首を傾げる。
「音羽《おとは》? おかえり」
「またお母さんのカップケーキ、食べたい」
「ん? 急にどうしたの?」
「ううん、久しぶりに食べたくなったの」
母と子。
たまには甘えたくなるお年頃だと母親はその甘えが嬉しくて思わず手を止めて振り向きギューッとお返しに抱きしめてあげる。
「うふっ、分かった。今度作ってあげる」
音羽《おとは》が抱きしめてくれるなんて…本当に嬉しい。
「今日はグラタンよ。音羽《おとは》、好きでしょ?」
自分の好物を何も聞かずに喜んで作ってくれる母親に感謝して音羽《おとは》は笑顔で頷いた。
「うん! 大好き!」
この時間がずっと続けばいいのに…。
そう、思っていても、時間は止まらず動き続ける。
時計のように。
翌日。
「天声《あまごえ》ちゃん、来たよ」
あれから毎日音羽《おとは》は天声《あまごえ》に会いに行っている。
そう、約束したから。
だけど?
「あれ? いない?」
どこを見渡しても姿が見えないことに、音羽《おとは》は不安になり、走っていつもいるはずであろう一番真っ暗な場所に行くと
「あ、あ、あっ、やっと、見つけた!」
と、急に天声《あまごえ》が現れて首輪を音羽《おとは》の首に巻きつけ、その次に両手を紐で縛った。
どちらも一瞬だった。
瞬きをする暇もなく縛られてしまった音羽《おとは》。
でも。
「天声《あまごえ》ちゃんが切ってくれたこの髪、わたしはすごく好きだよ」
縛られても普段通りに会話しようとする音羽《おとは》の天使のような温かくも愛おしい笑顔に、天声《あまごえ》は一旦深呼吸をして冷静になって頭をを撫でた。
「ごめんなさい。あなたの髪はとても綺麗だったのに、わたしのせいで台無しになった。本当にごめ」
「わたしはこの髪型好きだよ」
「え?」
「今までは女の子みたいに髪を伸ばして色々な髪型にするのが好きだったけど、天声《あまごえ》ちゃんが切ってくれたこの髪を見て思ったの。また新しいわたしに出会えて嬉しい!」
その微笑みはまるで本物の天使のように眩しくて心まで暖かくなって毛布に包まれているような感覚になった天声《あまごえ》の瞳が黒から紫色に変化した。
「…あれ、わたし、元に戻った?」
ポケットに入れているガラスの欠片を取り出して見た瞳だけ元に戻っている。
「すごい…もうとっくに諦めていたのに…う、嬉しい、うん」
これは成長の証かもしれない。
その姿を見た音羽《おとは》はつい一目惚れしてしまい、思わずこう言った。
「わたしの物にしたい」



