選ばれた歌姫

会場近くの二十四時間営業しているレストラン。
「あの、えっと…」
私服に着替えた奏《かなで》は突然響《ひびき》に胸ぐらを掴まれ強引に手を握られてこのレストランに連れてこられたことには少しだけ不安を感じている。
何故なら。
僕、ちゃんと王子様として笑っていられるかな?
そう、私服の奏《かなで》はフードで顔を隠し、ズボンは少し毛玉がついているほどだらしない。
だが、今は人と一緒にいるのでフードは被らず頑張って目線を逸らすことなく王子様らしく完璧な笑顔をしている、つもり。
「ん…」
どうしよう、なにか言わないと気まずい雰囲気になってしまう。
なにかないかな、なにか会話になる物…あっ!
テーブルに並べられているデザートのメニュー表紙にお互いの共通点を見つけた奏《かなで》は響《ひびき》に手を振り目線をメニューに移させる。
「このドーナツ、羽音《はおん》様と食べたあの専門店を思い出します。響《ひびき》様もそうですよね? あの時陽音《ひね》様とご一緒でしたから」
「…そうっすね。あの時は陽音《ひね》が姉さんとあなたを無視してしまったっす」
なにも悪いことなどしていないのに、響《ひびき》が心から申し訳なく思い頭を下げようしたら
「謝罪はいりません」
と、奏《かなで》が笑顔で両手で響《ひびき》の肩をそっと包み込むように掴んで止めた。
「あの時は羽音《はおん》様も陽音《ひね》様もお互いにどうすればいいか分からず目を逸らし、距離を置いただけだと僕は思います」
その言葉で、響《ひびき》も自分が見ている陽音《ひね》の話を真剣に真っ直ぐに奏《かなで》を見つめてする。
「ボクも正直今のままは良くないと思ってるっす。学校を休んで毎日ボクに会いに来てどこかに連れて行っての繰り返し。ボクは陽音《ひね》が毎日会いに来てくれるのは嬉しいっすけど、でも、少しでもいいから姉さんのことを考えてほしい。ボクには兄弟がいないから分からないことだらけっすけど、小さい頃からずっと一緒にいてくれた人が突然いなくなってしまうのは耐えられないっすよ!」
ここがレストランであることを分かっていながらある程度抑えて大声を出した響《ひびき》の心の叫びに、奏(かなで)は笑顔を崩さず、立ち上がって響《ひびき》の隣に座り、ポンッと優しく優しく頭を撫でる。
「分かりますよ。僕も大切な人から距離を置かれたら悲しんで大泣きすると思います。それは誰だってそうですよ。響《ひびき》様が思っていること、今ここで発散しましょう」
そのおとぎ話に出てくるような完璧で優しく人を守るその奏《かなで》の眼差しを見せられた響(ひびき)は涙を流し深く頷いて満面の笑みで
「はい、ありがとうございますっす」
と、心の内側にある扉を開き、二人はメニューを開いてそれぞれ好きな物を注文する。
「ニヒッ、奏《かなで》さんは本当に姉さんが大好きなんすね」
「ええ、世界で一番大切な人です。響《ひびき》様も陽音《ひね》を大切にしているでしょう?」
「はい! めちゃくちゃ大切にしてるっす」
「ははっ、元気になれて良かったです。ですが、一つだけお願いしたいことがあるのですが」
「え、なんすか?」
「僕たちは王子様なので、『様』や『さん』をつけずに呼び捨てにしたいです」
「あっ、確かにそうっすね」
「ところで、響《ひびき》はおいくつですか?」
「…二十七歳っす」
「え…ええー!」
そう、響《ひびき》の年齢は二十七歳。
身長も奏《かなで》より約十センチほど低くて小柄で学生と間違わられることが多いのも響《ひびき》は今もずっと悩んでいる。
とは言え、奏《かなで》は自分よりも年上であることを知って地球が滅亡する瞬間に愛する人が女性ではなく男性と最後の最後で知った衝撃と同じくらいに動揺し、瞳も激しく揺れ動いて今にも倒れそうだ。
「…マジか」
まさか僕よりも年上だったなんて…そんなことありえる?
だって、見た目も中身もまだまだ学生みたいにはしゃいでなんでも笑い飛ばして青春を一生生きていると思わされる…どうしよう、僕、なんて言えばいいんだろう?
あらゆる考え、あらゆる複雑な思い。
でずが、奏《かなで》は二十六歳という立派な大人なのでちゃんと冷静に言葉を言うのが一番正しいと思いますよ。
頑張って!
「あの、年なんて考えないで、奏《かなで》は自由に話してくれるとボクは嬉しいっす。それに、一つしか年変わらないんすから、敬語じゃなくてもいいんすよ?」
実際、ボクの言葉遣いも年に合ってないんすからみんなボクが子供だと勘違いするんよね。
まっ、でも、ボクは王子様になってから色々な人と出会うことができた。
大切な人もできた。
この幸せは永遠に大切にしていくっすよ!
響《ひびき》はさっきまでの完璧すぎる王子様を演じていた奏《かなで》を見て、あることを質問してみる。
「あの、奏《かなで》は王子様に選ばれたこと、その、後悔したことありますか?」
急な質問に、奏《かなで》は一瞬ビクッと体が震えたが、ここは正直に話すことを選んでちょっと目を逸らしながらも頷いた。
「…はい、もちろんありますよ」
奏《かなで》の素直に思いと嘘がない答えに、響《ひびき》は嬉しすぎてよだれがテーブルがビショビショになるくらいに垂らして笑顔で頷く。
「そうっすよね」
ボクと同じ想いがある人が目の前にいてくれて良かった…。
いや、これはただの偶然にもなり得ること。
誰もが自分と同じ思いを抱えているわけではないことは年齢関係なく理解できること。
きっとこの二人もただの偶然で出会ってしまった奇跡にはならない瞬間になっただろう。
「二ヒヒッ! さっ、お腹も空いたことだし、いっぱい食べるっすよ!」
「あははっ そうだね…」
響《ひびき》は本当に元気がある子だなぁ〜。
僕もこんな風にいつも元気だったら音羽《おとは》ちゃんにもっと僕のこと好きになってくれるかな…。
本物の天使みたいな美しい顔。
男の子とは思えないほど可愛い顔。
声も高くて純粋で嘘をつかない優しい子。
こんな完璧な人間と出会えたみんなはとても幸せ者だろう。
私も皆さんが羨ましいですよ。
「わあ~、めっちゃおいしそうっす!」
「ええ、そうですね」
注文した料理はミートソースたっぷりのドリア、パスタ、ピザ。
中々高カロリーな物ばかりを注文したのはもちろん。
「ささっ、遠慮せずたくさん食べてくださいっす。今日はボクが奢るんで」
「あ、はい。ありがとうございます」
さ、さすが年上なだけある。
こういう時は一番年上の僕が払うのが普通だけど、今日は響《ひびき》と一緒だから言いにくい。
まさか僕よりも一つ上だなんて予想外すぎてどうすればいいか分からない。
ここは響《ひびき》に合わせるしかない。
見た目や話し方なんて関係ない。
でも、時々大人に感じることもある。
まるで少し魔法をかけられているみたいだ。
「僕も君みたいになりたい」
「え?」
無自覚に独り言を聞かれてしまった奏《かなで》が恥ずかしさで両手で顔を隠そうとしたら
「それはボクも同じっす」
と、また予想外の言葉を言った響《ひびき》も頬を真っ赤に染めるほど恥ずかしがっている。
「ん〜、お互い恥ずかしがちゃってるすね。二ヒヒッ」
ボクだって、奏《かなで》に憧れていた。
ゆっくり優しく奏《かなで》の手を響《ひびき》は満面の笑みでこう言う。
「ボクたち、同じなところが多いっすね」
「そうですね。じゃあ、お言葉に甘えていただきます」
「はい。どうぞどうぞ」
「ははっ、奢られのは久しぶりです」
ピザを一口食べただけで一生分の得をしたような頬を両手でギュッと掴む奏《かなで》はとても可愛らしく思えてくるのは私だけかと思いきや?
「二ヒヒッ! ボクは確かに奏《かなで》よりも年上なんで奢るのは普通なんすけど、たくさん食べてくれるだけで金と同じ価値があると思いますよ」
実際、ボクは誰かに奢られっぱなしは正直嫌いなんで、こういう時のためにたくさん金を稼いで人に喜んでもらえればそれだけで幸せなんすよ。
響《ひびき》の今までの収入は定食屋のアルバイト代だけだった。
歌姫の陽音《ひね》がデビューしなかった間は定食屋だけではなく、カフェや居酒屋など三つのアルバイトを掛け持ちしてなんとか生活していた。
生活費はそこまで高くないが、陽音《ひね》が喜んでもらえること全てを叶えてあげるために毎日朝から深夜まで働いて働いてようやく二年経った今、陽音《ひね》がデビューしてくれたおかげで定食屋のアルバイトだけで済んでいる。
「奏《かなで》、また二人でこうやって話すことはできますか?」
この時間が好きになった響《ひびき》が心からそう望んで笑顔で手を握ってきたことに、奏《かなで》は満面の笑みで頷いた。
「はい、もちろんです!」
歌姫のために王子様ができることはただエスコートするだけではない。
王子様としてできることは歌姫に対する想いや人間関係をより完璧に仕上げることがきっとなによりも大切になっていくのだろう。
「奏《かなで》、ありがとう」
「響《ひびき》、僕と一緒にいてくれてありがとう」


木曜日。
「音陽《ねひ》、今日も来てくれたんすね!」
「うん…」
今日も音陽《ねひ》は響《ひびき》のアルバイト先の定食屋に来ていた。
だが、唇を噛み締めて拳を握りしめて今にも泣きそうなくらいに心配させられる音陽《ねひ》の姿を、響《ひびき》は動揺し瞳を激しく震わして恐る恐る両手を伸ばしたら。
「もう嫌だ!」
店中に耳が千切れそうなくらいの痛みを感じさせるほどの叫び声をあげた音陽《ねひ》。
幸いお客は音陽《ねひ》だけなので迷惑になっていない。
「なんで、なんでよ!」
足を床にドンドンと叩いて明らかに心が壊れている音陽《ねひ》はとうとう涙を零して苦しそうだ。
響《ひびき》は一瞬自分のことではないかと不安になって暗く無表情で床を見ていたが、どこも心当たりがないことに気づいてちょっと強引に音陽《ねひ》をギューッと抱きしめた頭を撫でて落ち着かせる。
「音陽《ねひ》、なにがあったんすか? 誰かになにか言われたんすか?」
おかしい。
音陽《ねひ》がこんなに取り乱すなんて…誰かのせいなら許せないっす!
まだ理由など分かっていないけれど、響《ひびき》は大切な音陽《ねひ》が誰かから傷つけられたことを一つの考えとして取ってしまったているが…本当は。
「陽の歌姫をやめたい! もうこれ以上ステージに立ちたくない!」
自分の使命を捨てたくてたまらなかったようだ。
この前二回目のステージに立ってしまったことを今更後悔して自分を責めて体に傷をつけてしまっていた。
その傷跡は誰にも分からないところにあるが…。
その理由を知った響《ひびき》もそばにいているからこそ分かってあげられる立場にあることから同じように悔しがって大粒の涙涙を流し、抱きしめている腕をさらにちょっと力を込める。
「よしよし。そうっすね、分かるっす。あなたは陽の歌姫に選ばれた悲しい人。ボクはただエスコートして見守ることしかできない役立たず。もっとあなたのことを知っていたら、もっと近くにいられたら叫ぶこともなかったはずなのに、本当にごめんなさい」
歌姫に選ばれたことと、王子様に選ばれたことの差は圧倒的に歌姫の方が負担も責任感も強い。
響《ひびき》はよく分かっているつもりだった。
特に陽の歌姫に選ばれた音陽《ねひ》の負担は地球を抱っこするほどの重く抱えきれないほどの不安に陥る。
だから今は。
「そうだ。今日は最近できたパイ専門店に行きましょうか。あなたは甘い物が好きでしょう? こういう時は甘い物でも食べてリラックスしましょう!」
その言葉を聞いた音陽《ねひ》は噛み締めていた唇と握りしめていた拳を振り解いてゆっくり頷き、アルバイトが終わった後、歩いて二十分くらいの住宅街にひっそりとあるパイ専門店に入り、大きなアップルパイのホールを頼んだ。
その味は?
「んむ! なにこれめっちゃおいしいっす!」
瞳をキラキラと眩しく輝かせるほど両手で頬を摘む響《ひびき》。
「うん…とてもおいしい」
少しずつ心が落ち着いて陽だまりのような温かい笑顔でアップルパイを頬張る音陽《ねひ》。
二人は今日の出来事を絶対に忘れることはないだろう。
だって、もう二人が一緒にいられる時間はあと八回ステージに立った時点で自動的に解消されてしまうのだから。
「私、今日が一番楽しい」
「はい、ボクも同じっすよ」
あなたが死んでも、ボクは永遠にあなたのことを忘れない。
約束ですよ、ボクの歌姫。