選ばれた歌姫

水曜日になった。
昨日の陽音《ひね》のステージを見たことで羽音(はおん)もステージに立つことを決めて今日は学校が午前までなので午後になった今から羽の館でドレス作りをしている。
「どうすれば陽音《ひね》に届くかな?」
陽の歌姫は全ての属性の形を使うことができる。
それって勝てるのかな?
わたしの羽も使えるならわたしに勝ち目はない気がする。
「うーん、どうすればいいんだろう…」
透明なドレスに色や飾りをつけようとリボンやビーズ、糸を持っても中々アイディアが浮かばない羽音《はおん》が何度も体をクルクルと歯車のように回す姿を見た奏《かなで》がポンッと頭を優しく撫でて笑った。
「大丈夫だよ。羽音《はおん》ちゃんならどんなドレスでも作れる。自信を持って…なんて言ったら負担になってしまうから言わないけど、羽音《はおん》ちゃんにはできないことなんてないよ。だって、王子様の僕が誇りを持っていつも君にたくさんの想いをを伝えているんだから、安心して、ゆっくりやろう」
これは王子様としての誇り。
デビューから今にまでずっとそばに居続けた奏《かなで》だからこそ言える言葉。
その言葉の意味なんて、誰が聞いても嬉しく思うに違いない。
そうですよね、羽音《はおん》?
「…そう、だね。わたし、奏《かなで》にいつも救われている。こんなに嬉しい言葉を言ってくれるのは奏《かなで》だけだよ。うん、やってみる。わたしの持つ最強の力で、陽音《ひね》に届きたい」
これは挑戦状かもしれない。
わたしが持つ全ての力をこのドレスに込めて完璧に仕上げる。
待ってて。


二時間後。
「できた!」
わたしの今までの最高傑作!
仕上がったドレスは瞳と同じ薄紫色を主体とし、ドレス自体をふわふわの綿で雲みたいにし、真っ黒と真っ白なビーズで柔らかと棘のある羽を作りそれを襟から裾まで飾る。
胸元には宝石みたいなキラキラと輝く紫色の丸いビーズでハートを作り飾れば完成。
これこそが羽音《はおん》の最高傑作。
なんて可愛らしくも綺麗な一着なのでしょうか。
完成したドレスを見た奏《かなで》も思わず羽音《はおん》を抱きしめるほど大喜びで涙を流している。
「完成したね! すごいよ、やっぱり羽音《はおん》ちゃんは天使だよ!」
こんなキラキラなドレスは初めて見た。
本当に、羽音《はおん》ちゃんには驚かされてばかりだよ。
「ははっ」
奏《かなで》に抱きしめられるほど褒められたことが心から嬉しい羽音《はおん》は頬を真っ赤に染めながらこう言った。
「ふふっ、好きな人に褒められるともっと頑張れる」
羽音《はおん》はもう奏《かなで》の愛を全て受け入れている。
王子様としての奏《かなで》。
普段の奏《かなで》。
どっちも羽音《はおん》は愛し愛されるこの喜びは天声《あまごえ》から贈られた最高のプレゼント。
良かったですね、羽音《はおん》。
その調子で陽音《ひね》に届くことを祈って。


夜になった。
お昼に完成したドレスを着て、今回はツインテールで髪を結んでティアラを頭に飾った今日の羽音《はおん》は一段と天使に見える。
そのうち本当に天使の羽が生えてくるかもしれないですね。
「ふふっ、楽しみ。このドレスでわたしの想いを陽音《ひね》に届けてこう言うの。『あなたと二人でステージに立つのが夢だった』って」
でも、もうそれは二度と叶わない。
だって、陽音《ひね》はわたしを捨てた。
わたしも陽音《ひね》との今までの思い出を消した。
わたしたち、最初から一緒にいない方が良かったかもしれない。
双子だから、兄妹だから…仲良くしてお互いの髪を結び合っておままごとをして楽しんで…それから。
音羽《おとは》は音陽《ねひ》から捨てられたことを一度も「嫌」とは言わなかった。
むしろ、安心したのかもしれない。
「お姉ちゃん」とべったりくっついて甘えてばかりだった妹がようやく兄から離れて独立して立派になって…そこはきっと嬉しかったのだろう。
もう今の音羽《おとは》は涙を流したりなんかしない。
今は羽音《はおん》としてステージに立つ。
今できることを全てすることが今の自分にできる最高の瞬間になるから。
「ふー、よし。大丈夫、わたしのステージは完璧に仕上げる。終わったら奏《かなで》にいっぱい褒めてもらおう」
鏡に映る自分に深く頷き時に笑って手を振り楽屋を出たら
「おっ、今日のドレスは一段と美しいっすね」
と、何故か響《ひびき》がずっと座り込んで待っていた。
それも満面の笑みで嬉しそうに。
「ニヒッ、今日ボクがここに来たのはただ一つ」
ゆっくり立ち上がって手を握った響《ひびき》に、羽音《はおん》はなにを言われのか少し不安になって瞳を揺らして聞いてみる。
「な、なんですか?」
音羽《おとは》の不安を消し去るように、響《ひびき》は笑顔で耳元にこう囁いた。
「実は今日、陽音《ひね》が来てるんすよ」
そう、遡ること一時間前。
『もう帰る時間…だね』
今日も朝から午後十七時までずっと響《ひびき》と一緒にいた音陽《ねひ》が離れることを残念に思いながら手を振り駅に向かおうしたら
『今日は羽音《はおん》のステージがあるんで、今から一緒に行くっすよ』
と、一番聞きたくなかった言葉を言われた音陽《ねひ》が走って逃げようしたがまた響《ひびき》がこんなことを言った。
『あなたには黙ってたんすけど、実は昨日のステージに姉さんを連れて行ってたんすよ』
『え…』
なんで?
どうして?
頭の中で灰が心臓を取り巻くように苦しくて吐きそうで気持ち悪くなって倒れそうになった音陽《ねひ》を、響《ひびき》がしっかり抱きしめて受け止めて笑顔でゆっくり耳元で言う。
『ボクはあなたと姉さんの仲を戻してほしいとは言わないっす。ただ、向き合うことは大事なこと。羽音《はおん》のステージを見て、これからのあなたがなにをしたいのか、それをはっきりと決めてほしい…だから、行きましょう』
慰めでも励ましでもなく、ただ大切な《ねひ》にこれからの生活をどうしていきたいかをはっきり決めてほしいという響《ひびき》の思いやりの言葉に、音陽《ねひ》は泣くことも笑こともなくただ頷いた。
『分かった。羽音《はおん》のステージを見に行く』
それで私がどうしたいのかをちゃんと考えて決める。
響《ひびき》のためにもちゃんと考える。
そして二人は会場に行き、観客席に座った音陽《ねひ》から一度離れた響《ひびき》がこっそり奏《かなで》より先に楽屋に行って待機していたのだ。
そのことを知った羽音《はおん》は喜ぶことも怒ることもなく、あの時の音陽《ねひ》と同じようにただ頷き歩き出す。
「教えてくれてありがとうございます。わたしはもう変わります…だから陽音《ひね》にもこう言ってください。『あなたはわたしを追いかけないで』って」
現実逃避をしている妹を兄はその想いを否定もせず肯定もせず振り向くことなく自分の道を歩む。
ただ、それだけなのだろう。
それを聞いた響《ひびき》は驚きながらも真剣と受け取った本音への眼差しで歌姫を見送る王子様としての礼儀でお辞儀をし、後ろを向いて歩き出した。
「全く兄妹っていうのはどこまでも似てるままっすね」
さあ、ここからは奏《かなで》の出番。
タキシードを着てビシッと姿勢を正してドレス姿の羽音《はおん》を見て一瞬で王子様スタイルで完璧な笑顔で手を差し伸べ、羽音《はおん》も普通の笑顔でその手を握る。
「わたしのステージ、ちゃんと見ててください」
「ええ、もちろんです。あなたの美しい姿は本物の天使のようです。ついつい抱きしめたくなりますが、それは終わった後にしましょう」
「ふふっ、そうですね」
やっぱり落ち着く。
奏《かなで》はわたしを子供扱いしないで一人の人間として見てくれる。
わたしはそれが嬉しい。
「ふふふっ、今日のステージでわたしはわたしを変える」
覚悟が決まったのはとっくの昔と変わらないが、あの時、陽音《ひね》から拒絶されたショックは二度と消えない。
でも、もうそれはいらないのだろう。
ゆっくり扉を開けて中に入り、生と死の間を通り抜ければそこはもうステージ。
だが、今日は誰も歓声を上げない。
ただ羽音《はおん》を見て息の音も聞こえないほどみんな緊張しているかのようにグッとなにかを堪えている。
羽音《はおん》は誰の声も聞こえないことに不安になるどころか、天使が天に飛び立つように大きな羽を広げ、その羽がこのドレスに宿っていることを感じて満面の笑みで一人頷き合図の言葉を天声《あまごえ》に心から贈る。
今回のステージテーマは「運命」。
「わたしたちの運命はもう過ぎた。あなたはわたしを捨ててわたしもあなたを忘れる。そう、人との出会いの結末はそうなることを止めなかった。だからわたしは選んだ。あなたとの記憶は全てなかったことにする」
その言葉を聞いた陽音《ひね》は心からショックを受けてつい自然とステージにいる羽音《はおん》に手を伸ばしてももう遅い。
全てあなたが始めたことなのですから、陽音《ひね》。
天声《あまごえ》は特になにも思うことなくただ一言。
「あなたたちはわたしがあげた運命を破るのね…」
悲しみや怒りなどアリはしない。
この「運命」というステージは一体どんな結末を迎えるのか。
ピンクの羽がドレスに触れることで曲がかかる。
「不思議だわ。なにも怖くない。あの子と別れた運命がこんなに自由になれるなんて知らなかった。もっと早く別れていたら、わたしは最初から自由になれたかもしれない。本当、最初から一緒にいない方が良かったのよ」
この歌詞は音羽《おとは》の想い全てが込められた最強の一曲。
それを羽音《はおん》は歌い形を作りステージに色を添える。
天から降ってきたのは闇に飲まれた刺々しい悪魔の羽。
さらにその羽が一度ステージを全て黒く染め上げ、またその羽が天使の羽のように真っ白に変わった。
「わたしたちの運命はきっとそれぞれの道を歩むため、天国か地獄に行くかを選ぶために用意されたプレゼント」
その歌詞を歌う羽音《はおん》はもう迷いを捨てて自分だけの人生を歩むことを心から選んでしまった。
真っ白な羽が大きく形作りステージの端から端まで羽の欠片が天使が舞い降りたように美しく踊り、そして羽音《はおん》のドレスに触れたことでさらに羽は会場中を天使の羽で埋め尽くし、消えてクライマックスに入る。
「ふふっ、わたしの人生に関わってくれてありがとう。わたしと一緒にいてくれてありがとう。あなたのことはもう忘れる、忘れてしまうけれど、今までの思い出はいつまでも心に残り続ける。それは覚悟していなさい」
最後にステージが天国をイメージした黄色のような温かい温もりを感じられる光景を作り、そこにこの世界を作り上げた謎の人物の影が登場したことで曲が終わり、綺麗にお辞儀をしてステージから降りて行った。
その歌詞を聴いた陽音《ひね》は体中を百万本以上の小さい針がグサグサっと心臓だけでなく心までも痛々しく抜くことが困難なほど追い詰められている感覚に陥った…。
「なに、これからの私たちはもう二度と会わない覚悟はある…あるのに、なんで君はそんなに輝いている? なんでそんなに笑っていられるの?」
双子に生まれて顔もそっくりでいつも一緒にいて、まるで私がもう一人いるみたいで少し嬉しかった。
音羽《おとは》が羨ましかった。
いつも笑顔で人を喜ばせてたくさん友達ができて…私はずっと追いかけていた。
どうすれば音羽《おとは》に届くのか分からなかった。
でも、君が本気で私を忘れる気持ちはよく分かった。
私も決めた。
「十回目のステージで君と対決する」
大切だった音羽《おとは》を睨みつけている音陽《ねひ》は死を恐れるのをやめてゆっくり立ち上がって響《ひびき》の手を握りながら会場を出た。
「私は十回目のステージまで、もう時間はないと思う」
「え…なに、言ってるんすか?」
突然言われた喉が焼き切れるような悲しい痛みを感じた響《ひびき》は冷や汗をかいたり涙袋が火のように熱く湿っているが、音陽《ねひ》はこう言って家に帰る。
「私は最初からいらない子だったんだね」
その言葉で響《ひびき》は全力で息が切れそうでもそんなことは気にしていられないと走り続けてたどり着いたのは
「はあ、ああ、はっ。姉、さん」
羽音《はおん》の楽屋の前。
すると。
「おや? 君は確か陽音《ひね》様の王子様、ですよね?」
まだタキシード姿で羽音《はおん》の楽屋から出て来た奏《かなで》と遭遇し、響《ひびき》は助けを求めるようにとっさに胸ぐらを掴んでこう言った。
「お願いです! ボクの話を聞いてください!」
一体これからどうなるのか?
王子様同士の熱い会話を次のお話でお楽しみください。