「陽だまりの中で眠る一人の少女よ。私の祈りであなたの心に温かな笑顔を与えてあげます。しっかりと私を見て手を伸ばして、一緒に温かな世界へと羽ばたきましょう」
合図と共に天声《あまごえ》からピンクの羽が手に贈られたことで曲がかかる。
だが、「ふっ」と息を吸った瞬間。
さあ、見なさい。
陽だまりを表した黄色の風船が陽音《ひね》の息で百から五百へとどんどん数を増やし、そこからクサっと弾けて花形のビーズが生まれステージに黄色の花が横から下へ上から横へと予想外すぎる描き方で見ている人たちに驚きを与える。
そして、歌い始める。
「一人ぼっちの少女は恋を愛を知らない。まるで私みたいに冷たく寒く寂しい。こんな気持ちになるくらいなら、私はもう全てを捨てて誰かの愛に辿り着きたい」
この歌詞はまるで陽音《ひね》自身を語っているような感じに思えてしまうのは何故なのか?
「少女は変わりたいと思っている。冷たく寒くても、いつか誰かが私を救ってくれると信じている。だって私はもう一人じゃないから」
陽だまりに包まれた温かな笑顔で手の中から黄色の花が溢れて止まらずステージ全体に温かな花々が育っていくと同時に雨が降り晴れれば黄色の虹がかかり、またそこから黄色のリボンが作られる。
陽の歌姫の最大の特徴がこの「黄色」
黄色は癒やしやキラキラになり、温かな空気と暖かな幸せを与える不思議なステージを作り出せるのは陽の歌姫だけ。
これは陽の歌姫だからこそ作り出せる幻に近い物。
「少女はもう一人じゃなくなった。誰かと笑い、誰かを好きになることが少女の笑顔を取り戻した。やっぱり、そうなのね。少女はまた知った。この世界の輝きは自分にとっての光だと!」
クルクルと回る陽音《ひね》は楽しそうというより悲しみを笑顔で隠している。
その意味が何故なのかは誰も知らない、知らなくていい。
「私はもうなにもない私には戻れない」
歌詞に込められた特別な意味なんてなにもない。
ただ孤独に考えたどうでもいいこと。
陽音《ひね》に選ばれた者は全てを捨ててステージに立っている。
大切な人を守ることさえも捨てて。
歌う度に形は自由に作れて黄色の花や虹、羽などが簡単にステージに描くことができる。
そう、陽の歌姫のもう一つの特徴。
それは
「全ての属性の歌姫の形を操ること」
選ばれた属性だけの形しか使えないのが普通だが、陽の歌姫は全てを包み込む力を持っているため、どんな難しい形でも簡単に作り出せることができるのだ。
そして、クライマックスに入った瞬間。
もっと、もっと。
「私の輝きは永遠になるのよ!」
陽音《ひね》の歌声は羽音《はおん》と少し似て透き通るような暖かく癒されるような素敵な歌声は聴いている人々の疲れを癒やす不思議な力を持っている。
最後に黄色のリボンがステージを包み込み、オレンジ色の宝石がステージの中央に大きく添えてその宝石からキラキラと輝くことで曲が終わり陽音《ひね》は感謝を込めてお辞儀をする。
「ありがとうございました」
これで私は全てを失う。
顔を上げた陽音《ひね》は心からなにかに怯えるように暗く作り上げたステージを見て瞳を激しく震わす。
「うっ、く、」
ダメ、もう捨てたんだから…笑って隠すしかない。
陽音《ひね》の不安定な表情を見た羽音《はおん》は心配して自然に体が動き、ドレスで転ぶことなど恐れず走って陽音《ひね》をギュッと優しく包み込むように抱きしめた。
「陽音《ひね》、大丈夫?」
デビューステージで緊張して終わった瞬間に力が抜けたのかな?
天使の微笑みのような温かな笑顔で返事を待つ羽音《はおん》に、陽音《ひね》はそれから目を逸らして抱きしめられた腕をバサッと羽が落ちるように冷たく離して睨む。
「羽音《はおん》、私はあなたと違う。私は陽の歌姫 、羽の歌姫の君に私の心に触れる資格はない。もう二度と、私に触れないで」
生まれて初めて言われた悲しい言葉。
羽音《はおん》はショックで足の力が入らず倒れてしまい、涙を流して陽音《ひね》の顔を見上げてもその瞳に映るのは自分ではないことを知って、また涙が溢れては両手で拭うだけ。
「う、ふっ、ああ」
陽音《ひね》、もうわたしのことは「お姉ちゃん」って言ってくれないんだね。
わたしはもういらないんだね。
…そんなの悲しい、寂しいよ。
でも、あなたがそれを選んだのならわたしは。
陽音《ひね》の選択を羽音《はおん》は兄として素直に受け入れてゆっくり立ち上がりこう言った。
「分かった、今までありがとう。大好きだったよ」
ここで双子の兄妹はそれぞれ分かれ道からお互い顔を見ることなくそのまま自分の道へと歩き出した。
翌日。
「乾杯」
「お疲れ様でした」
「頑張りましたね」
一週間に及んだコンテストから一夜明けてお疲れ様会をしている音羽《おとは》とはなとそら。
「結局、優勝したのは陽音《ひね》でしたね」
「うん、最後に出てきて優勝したのはずるいよ」
「…そうですね。本当に、すごいステージでした」
あれから家に帰った音羽《おとは》と音陽《ねひ》はお互い話すどころか目も合わせずただ家族として暮らすだけの他人のように変わってしまった。
だから今の音羽《おとは》は心の半分が空っぽになり、音陽《ねひ》への想いを忘れている途中。
でも、それがいつまで続くのかは分からない。
命が尽きても永遠に離れたままになることだって考えられる。
本当にそれでいいのか?
「音羽《おとは》ちゃん、大丈夫?」
陽音《ひね》のことで落ち込んで自然と涙が溢れている音羽《おとは》を心配してそっと優しくハンカチで涙を拭ってくれたはな。
「あまり無理はしないでくださいね」
そっと優しく手を握ってくれたそら。
そんな優しい二人に支えられてきたことをすっかり忘れかけていた音羽《おとは》は落ち込んだ想いをギューッと二人を抱きしめることでその想いを自分自身で癒やす。
「ありがとうございます。二人のおかげで楽になれました。本当に、親友って素晴らしい存在です」
満面の笑みで「親友」と言ってくれたことははなとそらにとってとても嬉しすぎて同じように明るく可愛く微笑み、抱きしめ返して背中を撫でてあげる。
「うん、音羽《おとは》ちゃんが元気になってくれて良かった。でも、また一人で泣くくらいならわたしたちを呼んでね。いつでも相談に乗るから」
「ええ、私たちは親友ですから、なにも遠慮はいりません。落ち込んだり寂しい時は今みたいに抱きしめてあげますからね」
二人の励ましの言葉に音羽《おとは》は天使のような温かみのある笑顔で大きく頷き感謝する。
「はい! 二人と親友になれて良かったです!」
わたしは一人じゃない。
親友のはなさんとそらさんがいる。
だからもう泣かなくていい。
音陽《ねひ》のことはもう気にしないで、わたしはわたしのまま自由にするの。
「ふふっ、仕切り直してお菓子を食べましょう。今日はタルトを作りました」
「えっ!? 音羽《おとは》ちゃん、タルト作れるんだね。すごいよ」
「うふっ、音羽《おとは》さんが作るお菓子はパティシエと同じようにレベルも高く手作りとは思えないほど完璧ですね」
こうやって趣味で作る音羽《おとは》のお菓子を笑顔で喜びたくさん食べてくれる幸せは今の音羽《おとは》に大切な一歩になること間違いなし。
三人で仲良く手を繋ぎ抱きしめ合い、笑い合う。
こんなに素敵な親友関係はきっと永遠に続くことを祈って。
「本当に良かったんすか?」
「…そう、これでいい。こうするしかない」
「でもでも、あんな突き離すような言い方はひどいと思ったすよ?」
「仕方ないでしょ。私はもう一人になるしかない。君以外に頼ることはしない。だから、黙って私についてきて」
「はーい」
音陽《ねひ》は音羽《おとは》と離れたことに寂しさを感じていない。
「寂しさ」よりも「後悔」している。
ステージに立ったことがなによりも後悔して昨日は眠れずに布団の中でまだ冬ではないのに体中が凍えるような寒さを感じて口をカクカク震わしては
「ごめんなさい」
と、向かい合わせで眠る音羽《おとは》に一秒切らずに謝っていた。
でも、朝になった時にはその後悔は消えて朝ご飯を食べずに六時に家を出て向かったのは電車で三駅ほど乗った場所にある響《ひびき》がアルバイトで働いている定食屋。
「いらっしゃいませって…陽音《ひね》!? なんでここにいるんすか?」
似合わない黄色のエプロンを身に着けている響《ひびき》は突然音陽《ねひ》が訪れてきたことに目玉が飛び出そうなくらいに驚いたが、その一瞬で全てを悟り、一番奥の壁に囲まれた席に案内してそれぞれ向かい合わせで座り事情を聞く。
「で、なんで家出したんすか?」
こんな朝早くにそれもここに初めて来てくれたのは嬉しいすけど、ただ食べに来たわけじゃなさそうっすね。
じっーと響《ひびき》に見つめられていることに音陽《ねひ》は諦めて
「はあっ」
と、ため息を吐いてから事情を話す。
「私はデビューステージに立ったことであの道に進んでいる。羽音《はおん》にひどいことを言ったのは怖がっている私を心配してほしくなかったから…だから、突き離した」
頭を抱えるほど後悔している音陽《ねひ》の姿を見た響《ひびき》はポンッと優しくその頭を撫でてこう言った。
「ニヒッ、こういう時は食べるっすよ」
すると、二人の間に長ーい卵焼きが二つ乗せられた朝定食を音陽《ねひ》の目の前に置いたのは。
「おっ、店長ありがとうございますっす」
筋肉バキバキの全身真っ黒に焦げに日焼けした店長が恥ずかしがり屋なのか無言でそのまま立ち去った。
「ほら、どんどん食べてくださいっす。あなたがこの先どうなるかはちゃんと分かってるっす。ボクはあなたにそんな暗い顔をさせないために永遠にそばにいるって約束したっすから、安心して食べてくださいっす」
口調はヤンキーぽいが、今の音陽《ねひ》にはこの熱々の卵焼きのように心にじんわりと染み渡るほど嬉しくて大粒の涙を流しながら定食を食べる。
「うっ、おい、しい」
響《ひびき》に甘えるなんて初めて。
もう私は後戻りできないほどパズルみたいにボロボロに崩れて直せない。
「私、もうダメだ」
卵焼きを一口ずつ食べる度に弱音を吐く音陽《ねひ》を、響《ひびき》は満面の笑みで見守るだけ。
「二ヒヒッ」
やっとボクに心開いてくれたっすね。
ボクはあなたがどんな道を歩んでもそばにいる。
これは王子様としてじゃなくて、一人の男としてそう決めたことっすから。
「食べ終わったらどこかに行こうっすね」
「えっ、どこに?」
「それは音陽《ねひ》が行きたいって言ってたドーナツ専門店っす」
「ドーナツ…」
その「ドーナツ」という言葉である記憶を思い出す。
あれは三ヶ月前。
『ねえ、お姉ちゃん。今度二人で今人気のドーナツ専門店に行こう』
『うん、いいよ』
二人で出かける時は大体スイーツのお店に行くことが多い。
だが、この時はもう学校や日常生活の疲れですっかり忘れていた。
今その記憶を思い出したことでさらに涙が溢れては響《ひびき》がハンカチで拭ってくれる。
でも、変わった限り、今までの自分に戻ることができなくなった音陽《ねひ》は泣くことさえも許されない。
全ては自分で決めたことなのだから。
「ごちそうさまでした」
箸を置いて満腹そうにお腹を撫でる可愛らしい音陽《ねひ》に、響《ひびき》はとても嬉しそうに笑って食べ終わった食器を持って厨房に入る。
そこに壁にひっそり隠れる店長にこう言った。
「店長、ありがとうございましたっす!」
大きな声で感謝の言葉を以来言われた店長は静かに頷き
「どういたしまして」
と、小声で返した。
エプロンを脱ぎ、タイムカードを押した響《ひびき》はニコニコっとめちゃくちゃ機嫌良さそうに音陽《ねひ》の手を握ってバスで十五分の場所にある今人気絶好調のドーナツ専門店に着いた。
「ほぇ~、人がたくさんいるっすね。軽く五十人は超えてっす」
「うん、こんなに人気ならきっとおいしいはず」
もしお…ダメ。
そんなこと考えない。
今は響《ひびき》がいてくれるんだから。
どうしても音羽《おとは》のことが頭から離れない音陽《ねひ》は思い切って握られている響《ひびき》の手を粘着テープのようにガシッと離さずまるで芋虫を握り潰すかのように力を込めてお店の中に入ると。
「えっ、音陽《ねひ》」
「お、羽音《はおん》」
王子様の奏《かなで》と仲良く手を繋いでドーナツを食べている音羽《おとは》と遭遇してしまった!?
合図と共に天声《あまごえ》からピンクの羽が手に贈られたことで曲がかかる。
だが、「ふっ」と息を吸った瞬間。
さあ、見なさい。
陽だまりを表した黄色の風船が陽音《ひね》の息で百から五百へとどんどん数を増やし、そこからクサっと弾けて花形のビーズが生まれステージに黄色の花が横から下へ上から横へと予想外すぎる描き方で見ている人たちに驚きを与える。
そして、歌い始める。
「一人ぼっちの少女は恋を愛を知らない。まるで私みたいに冷たく寒く寂しい。こんな気持ちになるくらいなら、私はもう全てを捨てて誰かの愛に辿り着きたい」
この歌詞はまるで陽音《ひね》自身を語っているような感じに思えてしまうのは何故なのか?
「少女は変わりたいと思っている。冷たく寒くても、いつか誰かが私を救ってくれると信じている。だって私はもう一人じゃないから」
陽だまりに包まれた温かな笑顔で手の中から黄色の花が溢れて止まらずステージ全体に温かな花々が育っていくと同時に雨が降り晴れれば黄色の虹がかかり、またそこから黄色のリボンが作られる。
陽の歌姫の最大の特徴がこの「黄色」
黄色は癒やしやキラキラになり、温かな空気と暖かな幸せを与える不思議なステージを作り出せるのは陽の歌姫だけ。
これは陽の歌姫だからこそ作り出せる幻に近い物。
「少女はもう一人じゃなくなった。誰かと笑い、誰かを好きになることが少女の笑顔を取り戻した。やっぱり、そうなのね。少女はまた知った。この世界の輝きは自分にとっての光だと!」
クルクルと回る陽音《ひね》は楽しそうというより悲しみを笑顔で隠している。
その意味が何故なのかは誰も知らない、知らなくていい。
「私はもうなにもない私には戻れない」
歌詞に込められた特別な意味なんてなにもない。
ただ孤独に考えたどうでもいいこと。
陽音《ひね》に選ばれた者は全てを捨ててステージに立っている。
大切な人を守ることさえも捨てて。
歌う度に形は自由に作れて黄色の花や虹、羽などが簡単にステージに描くことができる。
そう、陽の歌姫のもう一つの特徴。
それは
「全ての属性の歌姫の形を操ること」
選ばれた属性だけの形しか使えないのが普通だが、陽の歌姫は全てを包み込む力を持っているため、どんな難しい形でも簡単に作り出せることができるのだ。
そして、クライマックスに入った瞬間。
もっと、もっと。
「私の輝きは永遠になるのよ!」
陽音《ひね》の歌声は羽音《はおん》と少し似て透き通るような暖かく癒されるような素敵な歌声は聴いている人々の疲れを癒やす不思議な力を持っている。
最後に黄色のリボンがステージを包み込み、オレンジ色の宝石がステージの中央に大きく添えてその宝石からキラキラと輝くことで曲が終わり陽音《ひね》は感謝を込めてお辞儀をする。
「ありがとうございました」
これで私は全てを失う。
顔を上げた陽音《ひね》は心からなにかに怯えるように暗く作り上げたステージを見て瞳を激しく震わす。
「うっ、く、」
ダメ、もう捨てたんだから…笑って隠すしかない。
陽音《ひね》の不安定な表情を見た羽音《はおん》は心配して自然に体が動き、ドレスで転ぶことなど恐れず走って陽音《ひね》をギュッと優しく包み込むように抱きしめた。
「陽音《ひね》、大丈夫?」
デビューステージで緊張して終わった瞬間に力が抜けたのかな?
天使の微笑みのような温かな笑顔で返事を待つ羽音《はおん》に、陽音《ひね》はそれから目を逸らして抱きしめられた腕をバサッと羽が落ちるように冷たく離して睨む。
「羽音《はおん》、私はあなたと違う。私は陽の歌姫 、羽の歌姫の君に私の心に触れる資格はない。もう二度と、私に触れないで」
生まれて初めて言われた悲しい言葉。
羽音《はおん》はショックで足の力が入らず倒れてしまい、涙を流して陽音《ひね》の顔を見上げてもその瞳に映るのは自分ではないことを知って、また涙が溢れては両手で拭うだけ。
「う、ふっ、ああ」
陽音《ひね》、もうわたしのことは「お姉ちゃん」って言ってくれないんだね。
わたしはもういらないんだね。
…そんなの悲しい、寂しいよ。
でも、あなたがそれを選んだのならわたしは。
陽音《ひね》の選択を羽音《はおん》は兄として素直に受け入れてゆっくり立ち上がりこう言った。
「分かった、今までありがとう。大好きだったよ」
ここで双子の兄妹はそれぞれ分かれ道からお互い顔を見ることなくそのまま自分の道へと歩き出した。
翌日。
「乾杯」
「お疲れ様でした」
「頑張りましたね」
一週間に及んだコンテストから一夜明けてお疲れ様会をしている音羽《おとは》とはなとそら。
「結局、優勝したのは陽音《ひね》でしたね」
「うん、最後に出てきて優勝したのはずるいよ」
「…そうですね。本当に、すごいステージでした」
あれから家に帰った音羽《おとは》と音陽《ねひ》はお互い話すどころか目も合わせずただ家族として暮らすだけの他人のように変わってしまった。
だから今の音羽《おとは》は心の半分が空っぽになり、音陽《ねひ》への想いを忘れている途中。
でも、それがいつまで続くのかは分からない。
命が尽きても永遠に離れたままになることだって考えられる。
本当にそれでいいのか?
「音羽《おとは》ちゃん、大丈夫?」
陽音《ひね》のことで落ち込んで自然と涙が溢れている音羽《おとは》を心配してそっと優しくハンカチで涙を拭ってくれたはな。
「あまり無理はしないでくださいね」
そっと優しく手を握ってくれたそら。
そんな優しい二人に支えられてきたことをすっかり忘れかけていた音羽《おとは》は落ち込んだ想いをギューッと二人を抱きしめることでその想いを自分自身で癒やす。
「ありがとうございます。二人のおかげで楽になれました。本当に、親友って素晴らしい存在です」
満面の笑みで「親友」と言ってくれたことははなとそらにとってとても嬉しすぎて同じように明るく可愛く微笑み、抱きしめ返して背中を撫でてあげる。
「うん、音羽《おとは》ちゃんが元気になってくれて良かった。でも、また一人で泣くくらいならわたしたちを呼んでね。いつでも相談に乗るから」
「ええ、私たちは親友ですから、なにも遠慮はいりません。落ち込んだり寂しい時は今みたいに抱きしめてあげますからね」
二人の励ましの言葉に音羽《おとは》は天使のような温かみのある笑顔で大きく頷き感謝する。
「はい! 二人と親友になれて良かったです!」
わたしは一人じゃない。
親友のはなさんとそらさんがいる。
だからもう泣かなくていい。
音陽《ねひ》のことはもう気にしないで、わたしはわたしのまま自由にするの。
「ふふっ、仕切り直してお菓子を食べましょう。今日はタルトを作りました」
「えっ!? 音羽《おとは》ちゃん、タルト作れるんだね。すごいよ」
「うふっ、音羽《おとは》さんが作るお菓子はパティシエと同じようにレベルも高く手作りとは思えないほど完璧ですね」
こうやって趣味で作る音羽《おとは》のお菓子を笑顔で喜びたくさん食べてくれる幸せは今の音羽《おとは》に大切な一歩になること間違いなし。
三人で仲良く手を繋ぎ抱きしめ合い、笑い合う。
こんなに素敵な親友関係はきっと永遠に続くことを祈って。
「本当に良かったんすか?」
「…そう、これでいい。こうするしかない」
「でもでも、あんな突き離すような言い方はひどいと思ったすよ?」
「仕方ないでしょ。私はもう一人になるしかない。君以外に頼ることはしない。だから、黙って私についてきて」
「はーい」
音陽《ねひ》は音羽《おとは》と離れたことに寂しさを感じていない。
「寂しさ」よりも「後悔」している。
ステージに立ったことがなによりも後悔して昨日は眠れずに布団の中でまだ冬ではないのに体中が凍えるような寒さを感じて口をカクカク震わしては
「ごめんなさい」
と、向かい合わせで眠る音羽《おとは》に一秒切らずに謝っていた。
でも、朝になった時にはその後悔は消えて朝ご飯を食べずに六時に家を出て向かったのは電車で三駅ほど乗った場所にある響《ひびき》がアルバイトで働いている定食屋。
「いらっしゃいませって…陽音《ひね》!? なんでここにいるんすか?」
似合わない黄色のエプロンを身に着けている響《ひびき》は突然音陽《ねひ》が訪れてきたことに目玉が飛び出そうなくらいに驚いたが、その一瞬で全てを悟り、一番奥の壁に囲まれた席に案内してそれぞれ向かい合わせで座り事情を聞く。
「で、なんで家出したんすか?」
こんな朝早くにそれもここに初めて来てくれたのは嬉しいすけど、ただ食べに来たわけじゃなさそうっすね。
じっーと響《ひびき》に見つめられていることに音陽《ねひ》は諦めて
「はあっ」
と、ため息を吐いてから事情を話す。
「私はデビューステージに立ったことであの道に進んでいる。羽音《はおん》にひどいことを言ったのは怖がっている私を心配してほしくなかったから…だから、突き離した」
頭を抱えるほど後悔している音陽《ねひ》の姿を見た響《ひびき》はポンッと優しくその頭を撫でてこう言った。
「ニヒッ、こういう時は食べるっすよ」
すると、二人の間に長ーい卵焼きが二つ乗せられた朝定食を音陽《ねひ》の目の前に置いたのは。
「おっ、店長ありがとうございますっす」
筋肉バキバキの全身真っ黒に焦げに日焼けした店長が恥ずかしがり屋なのか無言でそのまま立ち去った。
「ほら、どんどん食べてくださいっす。あなたがこの先どうなるかはちゃんと分かってるっす。ボクはあなたにそんな暗い顔をさせないために永遠にそばにいるって約束したっすから、安心して食べてくださいっす」
口調はヤンキーぽいが、今の音陽《ねひ》にはこの熱々の卵焼きのように心にじんわりと染み渡るほど嬉しくて大粒の涙を流しながら定食を食べる。
「うっ、おい、しい」
響《ひびき》に甘えるなんて初めて。
もう私は後戻りできないほどパズルみたいにボロボロに崩れて直せない。
「私、もうダメだ」
卵焼きを一口ずつ食べる度に弱音を吐く音陽《ねひ》を、響《ひびき》は満面の笑みで見守るだけ。
「二ヒヒッ」
やっとボクに心開いてくれたっすね。
ボクはあなたがどんな道を歩んでもそばにいる。
これは王子様としてじゃなくて、一人の男としてそう決めたことっすから。
「食べ終わったらどこかに行こうっすね」
「えっ、どこに?」
「それは音陽《ねひ》が行きたいって言ってたドーナツ専門店っす」
「ドーナツ…」
その「ドーナツ」という言葉である記憶を思い出す。
あれは三ヶ月前。
『ねえ、お姉ちゃん。今度二人で今人気のドーナツ専門店に行こう』
『うん、いいよ』
二人で出かける時は大体スイーツのお店に行くことが多い。
だが、この時はもう学校や日常生活の疲れですっかり忘れていた。
今その記憶を思い出したことでさらに涙が溢れては響《ひびき》がハンカチで拭ってくれる。
でも、変わった限り、今までの自分に戻ることができなくなった音陽《ねひ》は泣くことさえも許されない。
全ては自分で決めたことなのだから。
「ごちそうさまでした」
箸を置いて満腹そうにお腹を撫でる可愛らしい音陽《ねひ》に、響《ひびき》はとても嬉しそうに笑って食べ終わった食器を持って厨房に入る。
そこに壁にひっそり隠れる店長にこう言った。
「店長、ありがとうございましたっす!」
大きな声で感謝の言葉を以来言われた店長は静かに頷き
「どういたしまして」
と、小声で返した。
エプロンを脱ぎ、タイムカードを押した響《ひびき》はニコニコっとめちゃくちゃ機嫌良さそうに音陽《ねひ》の手を握ってバスで十五分の場所にある今人気絶好調のドーナツ専門店に着いた。
「ほぇ~、人がたくさんいるっすね。軽く五十人は超えてっす」
「うん、こんなに人気ならきっとおいしいはず」
もしお…ダメ。
そんなこと考えない。
今は響《ひびき》がいてくれるんだから。
どうしても音羽《おとは》のことが頭から離れない音陽《ねひ》は思い切って握られている響《ひびき》の手を粘着テープのようにガシッと離さずまるで芋虫を握り潰すかのように力を込めてお店の中に入ると。
「えっ、音陽《ねひ》」
「お、羽音《はおん》」
王子様の奏《かなで》と仲良く手を繋いでドーナツを食べている音羽《おとは》と遭遇してしまった!?


