選ばれた歌姫

コンテスト三日目。
今回は空音VS華恋の対決。
「今日は空音VS華恋の対決の日! 青空か華やかな恋か。どちらが勝ってもおかしくない特別なステージを皆さん楽しみましょう!」
異等義《いらぎ》のテンション高すぎてボールの上でクルクルと回る派手な姿はまるでサーカスのよう。
異等義《いらぎ》の言う通り、今回は一段違ってどちらが勝っても文句なしの最強対決。
空音か華恋か?
「ああ、わたくしの華やかさがようやく人々の心に届く素敵な日…なんて美しいのかしら」
ステージまでの廊下を行ったり戻ったりを繰り返すご機嫌良い華恋《かれん》。
うふふっ、対戦相手の空音《そらね》はわたくしと仲が良い星宙《ほしぞら》に勝利してばかりで機嫌が良いみたいけれど、わたくしととなったら話は別よね。
同じ属性では勝てなくても、他の属性のわたくしなら余裕で勝てますわ!
花音《はなね》との対決では勝つことなんてなかったが、今回は空音《そらね》との対決で自分が勝者に選ばれることを確信している華恋《かれん》の機嫌が悪くなることはないかもしれない。
「あの、そこ、通ってもいいですか?」
後ろから手を挙げるのは。
「あなた…空音《そらね》!?」
丸眼鏡をかけた穏やかに笑うそらに気づいてしまった華恋《かれん》。
どういうことなのよ?
聞いていた話とは違うわ。
だって…空音《そらね》は怪しげに麗しく微笑む闇のオーラを出しているのに、なんで今のこの方は全くの別人なのよ!?
華恋《かれん》に表向きの姿を知られてしまったそらだが、特になにも思うことなく無理やり隙を通り過ぎる。
「華恋《かれん》さんのステージ、楽しみにしていますね」
まあ、我には勝てないだろうが。
穏やかな笑みを見せて自分の楽屋に戻ろうとしたそらの肩を華恋《かれん》がガシッと両手で掴んだ。
「あなたのその姿も空音《そらね》の姿も偽物で悲しいですわね?」
「…え」
今、なんと言った?
私と我が偽物?
「それ、本気で言っているんですか?」
「ええ、本気よ」
表向きの自分と本当の自分を「偽物」と言われたそらは眼鏡を外しこう言った。
「お前には分からないだろう、分からなくていい。全てはステージで決着をつけるだけ」
はっきりと人間を捨てた残酷な眼差しを向ける空の姿を見てしまった華恋《かれん》は恐怖のあまり後ろに一歩下がり瞳を左右に揺らすほど怯えている。
「う、ふふっ。そうね、全てはステージに立てば分かること…いいわ、あなたの挑戦状、快く受け取ってあげるわ」
お互い勝敗を決める覚悟をステージに立つことで証明するということで、それぞれ楽屋に入り、準備を整えていく。


まずは空音《そらね》。
「はあっ…どうしたらいいんですか?」
「そら様? どうかされましたか?」
まだこの時はそらのまま。
眼鏡をつけているそらは穏やかな印象が強く、弱音を吐くことはしないようにしているが?
「さっき、華恋《かれん》さんに言われてしまったんです。私と我は偽物だって」
そう言うそらは落ち込みすぎて床にしゃがみ、完全に自信をなくしている姿は楽《がく》にとっては怒りが込み上げて拳を握りしめてしまう。
「私はそら様と空音《そらね》様、お二人は決して偽物ではありません。ずっとそばにいる私がそう言うのですから、安心して今日のステージも成功させてください。なにかまた不安や心配ごとがあるなら、私に全てぶつけて構いません。そら様と私は将来結婚する関係です。そら様らしく、自由な世界を作りましょう」
励ましやプロポーズ、たくさんの嬉しい言葉を言ってくれた楽《がく》が満面の笑みを見せてくれたことで、そらはゆっくり深呼吸をして立ち上がり、穏やかな笑みを浮かべて深く頷いた。
「はい、そうですね。私と我はどちらも本物です。私たちらしく、これからも楽《がく》さんと共にいられる幸せは私たちだけですね」
おかげで少し楽になりました。
そうですよね、私と我はどちらも偽物ではありません。
だってあの時決めましたからね。
「うふふっ、そろそろ着替えますね」
「はい。一度部屋から出ています」
楽《がく》が部屋から出て、そらは眼鏡を外し、ドレスに着替える。
今回のドレスは雨粒が描かれた灰色のドレス。
青色の細長いビーズを裾部分に飾っている。
黒に近いグレーは雷や台風とまではいかないが、今回は空と空音《そらね》の怒りや悲しみを表した一着なのかもしれない。
あとはティアラを頭に飾り準備完了。
「このドレスで勝負してやろう。さっき我らを汚したお返しをさせてもらう。絶対に逃がしはしない、どこまでも追い詰めてその言葉を取り消してやる」
まだまだ華恋《かれん》に言われたことを引きずっているわけではなさそうだが、空音《そらね》の怒りは怒らせた相手に跪かせるまで追い詰めて離さない。
これこそが真の「闇」なのかもしれない。
「空音《そらね》様、準備が完了されましたのなら、行きましょう」
「ああ」
扉を開けて外に出たら
「お美しいです」
と、楽《がく》がクスッと嬉しそうに微笑むことが空音《そらね》にとっては台風を手でポイッと飛ばすように喜ばしく怪しく麗しく微笑み二人仲良くステージへと向かう。


次に華恋《かれん》。
「くっ!」
「華恋《かれん》様?」
何故お怒りに?
唇をギュッと血が垂れる直前まで噛み締める華恋《かれん》の姿に、舞《まい》は何故こうなったのかが分からず首を傾げていると。
「絶対にわたくしが勝つ! わたくしの華が一番なのよ!」
鏡に映る自分を睨みつけ、拳を握りしめて、ソファに置いてあるクッションを破る華恋《かれん》の姿は異常すぎる。
「く、うっ、ちっ!」
あの瞳は怖いわ。
もう思い出したくもない。
もしわたくしが負けてしまったら…わたくしは誰に勝てるのよ!
空音《そらね》の表向きの姿を知ってそれが弱点だと勘違いし、逆に空音《そらね》の怒りを買ってしまった華恋《かれん》は本当に弱い。
でも。
「華恋《かれん》様、おやめください! なににお怒りなのかは分かりませんが、物に当たるのは良くありません!」
破られた綿が飛び出しクッションを必死に両手で取り上げるてそっと優しく舞《まい》が抱きしめて頭を撫でて落ち着かせる。
「華恋《かれん》様、こういう時は深呼吸が大事です。さあ、吸って、吐いて」
「ふー、はあっ、ふー、はあ、ふー、はあ」
これを十回繰り返し、ようやく落ち着いた華恋《かれん》が舞《まい》に寄りかかり大粒の涙を流す。
「う、ふっ、ああ。わたくしは本当に勝てるの?」
「勝てますよ。今回は花音《はなね》様ではありませんから」
「で、でも、空のトップに勝てる気がしないの!」
「大丈夫です。トップであろうと、華恋《かれん》様の椿には敵いません。自信を持ってください」
「ほ、本当に、大丈夫なの?」
「ええ、俺がいますから、安心してください。王子様としても一人の男としても、あなたをお支えします」
華やかしく、気高く笑顔を見せてくれる舞《まい》に、華恋《かれん》も笑顔で頷いた。
「そうね。弱音はここまでにして、ドレスに着替えるわ」
「はい」
舞《まい》が部屋から出て、華恋《かれん》はドレスに着替える。
今回は真っ白な椿が描かれた緑色のドレス。
大きな真っ白なリボンを前腰につけてちょっとシンプルでありながらも、華やかさを残した最高の一着。
あとはティアラを頭に飾ることで準備完了。
「このドレスで勝負しますわ。今までのわたくしとは大違いなのよ」
華やかに豪華に笑う華恋《かれん》はとても美しく見える。
「今日は勝てる、絶対に勝つわ!」
鏡の自分に勝利を確信し一人頷き目を閉じ開けばもう華やかな椿が咲き誇る。
「舞《まい》、行くわよ」
そう言って、華恋《かれん》が部屋から出ると舞《まい》は満面の笑みで
「良く似合っています、美しいです」
と、決まった褒め言葉を贈り、その表情が華恋《かれん》にとっては少しだけではない、世界で一番華やかな姿が愛おしく感じてついその頬を撫でてしまう。
「うっふふ、あなたも本当に美しいわ」
華やかな関係性、愛おしさ。
この二人もまた将来は結婚する。
二人仲良く手を繋ぎステージへと向かう。


「さあ、いよいよ始まります! 空音《そらね》と華恋《かれん》の対決は一体どうなるのか? 世界が消える、世界が滅ぶ? なっははは! それは誰にも分かりませんね。ワタシにも分かりません…この対決の勝者は誰になるのでしょうか!」
無駄な例えと余計な想像をさせるような異等義《いらぎ》の言葉だが、実際どちらが勝っても負けても世界はなに一つ左右されるどころか、天と地がひっくり返る…そんなバカげた話なんて存在しない。
してもらったら困る。
「我が勝つ」
「わたくしが勝つのよ」
今回のステージテーマは「想い」。
それぞれ王子様のエスコートで扉の中に入り、生と死の間を通り抜ければそこはもうステージ。
「空音《そらね》様!」
「新しいステージ見たい!」
「二人とも頑張ってください!」
ここまで大きな歓声を聞いたことのない二人は一瞬固まってしまったが、お互い瞳を合わせて合図を始める。
「この雨は我の心から溢れるあなたへの細やかな想い」
「この椿はあなたがわたくしにくれる華やかな想い」
二人重ねて。
「わたくし《我》があなたに与える心からの想いに応えてあげましょう」
まずは空音《そらね》から。
「ポツポツと降るこの冷たい雨は、我があなたに抱える清らかな想い。誰にも言えなかった、誰にも叫ばなかった我だけのあなたに贈る宝石のような想い」
天井、いや、本物の雨が降るみたいに心の芯から寒気を感じさせる冷たい雨がステージを雨粒で濡らし、そこにグレーの雲と青く輝く雨粒が描かれていく。
…我にできる全てのことはやるつもりだ。
我にできないことはない。
あってもらっては困る。
さあ、もっと我のステージを見せ
『あなたのその姿も空音《そらね》の姿も偽物で悲しいですわね?』
忘れていた華恋《かれん》の言葉をステージ中に思い出してしまった空音《そらね》は次の歌詞を歌う前に立ち止まってしまった!
「……」
大丈夫だ、大丈夫だ。
我らは偽物じゃない、我らは両方とも本物だ。
惑わされるな、今はステージに集中するんだ!
ここで負けるわけにはいかない!
いつも通り怪しく麗しく微笑み次の歌詞を歌う空音《そらね》。
「雨は悲しみではない。時に喜びとなり楽しみとなり、人を笑顔にすることだってある。だから、我の想いを受け取ってほしい」
手の中から小さなダイヤモンドににた宝石がさらにステージに色を足して青空に変わる…が。
「それはダメよ」
一瞬で青空が風のようにスッと消え去り、真っ白な椿がステージに大きく大きくドーンと描かれてしまい、渋めの赤や緑が華やかさで色を添えてしまった!
「うっふふ、想いというのは人から与えられる物なのよ。わたくし自身かが与えるなんてそんな安っぽいことはしないわ。華やかで優雅で美しく咲くこの椿こそがあなたがわたくしに与える最高級の想いなのよ!」
うっふふ、この白の椿はわたくしの武器の一つでもあるのよ。
今までは赤を選んでいたけれど、今回は花ではないから、白を選ばせてもらったわ。
手強い相手だと思っていたけれど…いざステージに立ってみたら全く大したことないわね!
「華やかな想い、溢れる想い。どちらも素敵だけれど、わたくしはやっぱり華やかさが欲しいわ。だって、溢れた想いはいつか消えてしまうのだから」
もうこれ以上はなにも変わることはない。
ステージに描かれた真っ白な椿は青空を消した事実がある限り、永遠な傷を与えてしまった。
空音《そらね》はその事実に耐えきれずにしゃがみ込んで言葉を失った。
「……」
我はなんのためにステージに立っている?
もう、勝ち目はない。
諦めるしかない…。
悔しい!
でも、負けを認めないとこの先も同じことが起きるかもしれない。
だから、諦めよう。
空音《そらね》がしゃがみ込んだところで対決は終了し、天声《あまごえ》から水色の羽が贈られたのは。
「やったわ! わたくしが勝ったわ!」
華恋《かれん》が勝者に選ばれた。
空音《そらね》は敗者として勝者の華恋《かれん》を祝福せず無言でステージから降りて司会者の異等義《いらぎ》も観客席のファンも、高笑いをして自分の勝利に溺れる華恋《かれん》を黙って見守った…。
ここで整理すると、勝利したのは星宙《ほしぞら》、翼《つばさ》、華恋《かれん》。
三人とも「音を掴む者」では負けたが、今回は勝った。
次のお話では敗者戦をお贈りします。
誰が選ばれるのか、お楽しみに!